一般的に用いられる『不安』は、『何か気掛かりな事があって落ち着かない心理状態。心配な事があって安心できない心理状態』というような意味ですが、不安障害や神経症で経験される『不安』は、『恐怖』と区別する為に『具体的な対象のない漠然とした恐れ』という意味で使われます。『恐怖』とは、閉所、高所、犬、蜘蛛を恐れるというように、『具体的な対象や状況を特定できる恐れ』のことです。
精神医学で考える場合の不安には、漠然とした不安な感情に加えて、『心臓がドキドキする、息苦しくなったり胸が痛くなったりする、冷や汗が吹き出る。身体や手足が震える』などの自律神経系(交感神経)の過剰な興奮による身体症状が伴う事に特徴があります。不安感情が激しく心の中に生じている時には、交感神経が優位になって、発汗・心臓の運動・呼吸運動などを活発にするのです。
精神症状 | 恐れ・心配・緊張・イライラ・焦燥感・興奮・落ち着きの無さ・苦悶・刺激への過敏な反応 |
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身体症状 | 呼吸困難(息苦しさ)・心臓の動悸・頻脈・手指の振戦・吐き気・嘔吐・めまい・発汗・下痢・便秘・頻尿 |
このような不安は状況次第では誰もが感じるものですが、不安を感じる程度が過大で、いつも持続的に様々な漠然とした不安を感じ続けている事で日常生活を営むことが困難になった場合には、『全般性不安障害(GAD)』の可能性があります。
全般性不安障害は、『特定の状況や対象に限定されず、理由や根拠が曖昧な漠然とした不安』が長期間にわたって継続し、それを自分でコントロールできない為に日常生活に支障を来す事が最大の特徴ですが、場合によっては、『パニック発作と発作の予期不安』を伴う事もあります。
ここでは、不安障害として、全般性不安障害とパニック障害の二つを同じスペースで取り上げていますが、この二つの精神疾患は不安・パニック発作への恐怖が前景に立ち、それが苦悩の中心であるという意味で非常に性質の似た病気です。全般性不安障害は、『持続的な慢性の不安』に悩み、パニック障害は、『激しい急性の不安(パニック発作)』に悩む病気ですが、全般性不安障害になるきっかけとして『過去にパニック発作の体験をしたこと』がよく挙げられます。
全般性不安障害の不安の内容は、漠然として曖昧ですが、『家庭生活・家族の人間関係』から始まって、『近隣住民との付き合い』、『仕事の内容』、『職場の人間関係』、『昇進・左遷』、『学業成績』、『進学』、『就職・転職』、『友人・恋人関係』、『大災害・戦争等の不意の天変地異の心配』などあらゆる物事や現象が不安の対象となる可能性があります。そして、その不安の対象は固定的でなく、日によって不安の対象が変わる事もよくあります。
また、それらの不安に対して、意識的にコントロールする事が出来ないことで、心身に様々な症状が現れます。更に、持続する不安の影響で、集中力や思考力が低下して仕事・勉強が思うように出来なくなったり、精神的に緊張状態にあることでいつもイライラして周囲との関係がうまくいかなくなったり、激しい疲労感が出て食欲が落ち、不眠になったりといった感じで日常生活を健康に楽しく送る事が極めて困難な状態になります。
全般性不安障害であるかどうかの判断は、DSM-Ⅳの診断基準で考えると以下のような感じになります。
全般性不安障害の原因は、単一の原因に還元する事は出来ません。神経質で環境の変化に弱かったり、不安感を感じやすいといった性格的基盤があって、そこに家庭・学校・職場における強いストレスが継続してかかる事などによって発症すると考えられます。生物学的要因としては、うつ病と同じように、脳内の細胞間にあるセロトニンの量が不足して、気分を高める作用が悪くなっていると考えられているようです。
『パニック障害』は、前述したように、『急性の激しいパニック発作(不安発作)』を特徴とする疾患で、1980年に米国精神医学会(APA)で認定された比較的歴史の浅い病気ですが、それ以前は不安神経症に付随して起こる発作として認識されていました。全般性不安障害とパニック障害は、男性よりも女性に発症しやすいとされ、人口の1~3%が罹患すると言われています。
パニック発作は、何の前触れもなく不意に突然起こる発作で、『死んでしまうのではないか。頭がおかしくなってしまうのではないか』といった強烈な不安感と共に、心臓がドキドキと激しく脈打って、胸が苦しくなり、大量の冷や汗が出たり、息苦しく呼吸困難になったりしてパニックを起こしてしまう発作』です。
激しいパニック症状が突然襲ってくるので、本人は何が起こったか分からないままに混乱して『もしかするとこのまま死んでしまうのではないか』という強烈な不安感を感じるという特徴があります。
また、パニック発作は、電車・バス・飛行機・エレベーター・教室・雑踏・部屋など周囲を壁や人に囲まれていて、すぐにその場を離れられないような『閉鎖的な場所』で起こる事が多いのです。
この症状は、簡単に逃げ出せない場所を恐怖するという『広場恐怖』につながっていきます。この『広場恐怖』の場合の広場とは、物理的な広い場所ではなく、『心理的な広い場所、つまり、簡単に助けを呼びにいけないような広い場所』だったり、『原語のギリシア語のagora(広場)のように人が集まる公共的な場所』のことを指します。
発作が始まると、ほとんどの場合は、数十分程度で自然に収まりますので、パニック発作が起きた場合には慌てずに、恐怖に圧倒されずに静かに対処すれば大丈夫です。器質的原因のない心因性のパニック発作で発狂したり、死んでしまったりする事は決してありませんから、冷静に気持ちを落ち着けて、ゆっくりと呼吸を繰り返し、自然に発作が収まるのを待ちましょう。
日常生活に支障を来すパニック障害の最大のポイントは、『いつ突然、パニック発作に襲われるか分からない』という不安感にあります。この『また、発作が起きるのではないか?』『今度、発作が起きたら大変な事が起こるんじゃないか?』といった不安を『予期不安』といい、パニック障害になった人は、この予期不安によって、一度発作を起こした場所に出向く事を恐れるようになり、その場所を避けるようになります。
このようにして、発作を起こした場所が増えていくと、様々な場面や場所を避けなければならなくなり、日常生活を送る事が困難になっていきます。電車・飛行機・バスの中でパニック発作を起こした人は、その乗り物の中に入ると必ずパニック発作が起きるのではないかという予期不安にかられて、その乗り物に乗ることが出来なくなっていくのです。
また、部屋に一人でいる時に、パニック発作が起きた人の中には、家の中で一人で居る事自体が出来なくなり、絶えず誰かが側に一緒にいて見守っていてくれないと強い不安や恐怖を感じるという人もいます。
『また、同じ場所・状況になると、激しいパニック発作を起こすのではないか?』という予期不安は、それ自体が、精神的相互作用を生じ、過度に発作に対する注意や警戒心が高まりすぎる事で、発作が起こりやすい精神状態を作り上げてしまいます。予期不安があるからパニック発作が起こり、発作が起きたから更に予期不安が強まるといった形で、悪循環になる恐れがあるので、この悪循環の連鎖を止める為に、不安除去を目的とする認知行動療法・不安の根源的葛藤を探る精神分析療法を中心とするカウンセリングや医師の薬物治療を受けることが必要です。パニック発作は、慢性化しやすい全般性不安障害よりも治りやすい疾患とされていますので、早期発見・早期治療が大切といえるでしょう。
以下のような状態に、突然なったことがあれば、パニック障害である可能性があります。
パニック障害は、対人関係に敏感でストレスに弱く、人から自分がどう評価されているかという事を日常的に強く意識している人や他人から良く見られようとして過度に自分の感情や意見を押し殺して他人に合わせている人などに発症しやすいと言われています。しかし、反対に、強い野心を持っていて、競争心の強い外交的な仕事熱心の人が突然、パニック発作に襲われることもあり、自分が意識していない心の深層(無意識)にある不安感や欲求と抑圧の葛藤が原因となっている事もあるようです。
生物学的要因としては、脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリン、セロトニン、GABAといった気分を高揚させる作用・抗不安作用を持つ化学物質の量が不足して、情報伝達がスムーズに行われていないといった事が考えられます。
その他にも、統計的な研究はまだありませんが、遺伝的素因としてパニック障害になりやすい体質の人がいる可能性も否定できないようです。