ドメスティック・バイオレンス(DV:Domestic Violence)

『ドメスティック・バイオレンス(DV)』は、そのまま日本語に訳すと『家庭内暴力』となりますが、家庭内の全ての暴力問題を指すのではなく『夫婦間の暴力・恋人間の暴力』を限定して指します。よって、両親に対する子どもの暴力の問題は、ドメスティック・バイオレンスという表現は通常使わず、家庭内暴力全般に含まれる問題という事になります。ドメスティック・バイオレンスで暴力を振るうのは身体的な力関係から、殆どの場合が男性(夫・彼氏)で、女性が被害を受けてしまいます。

暴力を振るう男性は、普段は気立てが優しかったり、穏やかだったりして、周囲の人たちからは『あの人が暴力を振るうなんて信じられない』といった感想が聞かれるほどです。時に、夫(恋人)の暴力に追い詰められた女性が、相手の男性の親兄弟・上司、自分の両親・友人などに相談した場合に、相手の男性が暴力を振るっているという事実を本気で信じてもらえず、『たまたま機嫌が悪かっただけよ。もっと貴方がよく面倒を見てあげないからよ』といった感じで簡単に話を流されて、真面目に対策を考えてくれないばかりか、暴力があったという事実そのものも隠蔽されてしまう事もあります。

その場合には、女性は事実を述べているのに誰も助けてくれないという事に対して失望や無力感を感じ、そういった周囲の無理解が続くと『どうせ、自分の意見には誰も真剣に耳を傾けてくれないんだ。信じて貰えないから一人で我慢するしかないんだ』という孤立感の強い心理状態となり、自分の殻に閉じこもってしまう事でますますドメスティック・バイオレンスが密室化して激しくなる危険があります。

家庭内で暴力を振るう男性は、多くの場合、深く付き合うまでは、短気で攻撃的なわけでもなく、粗暴で喧嘩っ早いといった暴力的な性格傾向を見せているわけでもありません。結婚前には、温和で優しくてとても暴力を振るうようには見えなかった理想的な男性が、結婚して数年が経過してから突然、暴力的な言葉を吐いて精神的な暴力を加えたり、手を上げて殴ったり蹴ったりといった身体的な暴力を振るうようになるのがドメスティック・バイオレンスの一つの特徴です。

そして、ドメスティック・バイオレンスの最大の問題は、『経済的事情や心理的恐怖といった要因によって、激しい暴力が繰り返されても、女性がその環境から逃げ出す事が難しい』という事です。暴力を受けてもなお、相手に対して精神的にすっかり依存してしまっている女性もいます。精神的に依存している場合には、『相手と一緒に居るためには、少々の暴力には耐えなければならない。悪い時もあるけれど、また機嫌が良い時には楽しい時間が過ごせるはず』といったやや偏った認知(物事の受け止め方)が形成されてしまうことがあります。

とはいえ、激しい暴力があるにも関わらず、生活環境から離れられない一番の理由は、女性が一人で生計を立てることが難しいという経済的な理由によることが一番多いのですが。多くの場合、男性側は女性が経済的事由によって家から簡単には離れられない事を認識した上で暴力を振るっていますので、相手の弱みにつけこんだ卑劣な許されない暴力行為だと言わなければなりません。

また、不安定な精神状態で暴れる夫を見て、心優しい妻の場合には『私がしっかりしていないから、夫がこんな暴力を振るうようになってしまった』という自責感や罪悪感にとらわれたり、『私がいなければ、この人はとても一人で生きていけないだろう』といった母親のような保護欲求に突き動かされて、相手の暴力を受容してしまう事もあります。そういった優しさが相手に通じて、暴力が収まってくれれば問題はないのですが、多くの場合にはそういった配慮や優しさにつけ込んで『自分が暴力を振るっても、後で謝りさえすれば相手は許してくれるんだ』という相手の痛みや悲しみを無視した自己中心的な安易な考え方に陥ってしまい、暴力が延々と継続してしまう事もあります。

上記の様に、ドメスティック・バイオレンスが継続しても女性が逃げ出さない理由の一つに、『いつも暴れて殴ったりしてくる事もあるけれど、後にはきちんと反省して謝ってくれるから相手を見捨てることが出来ない』といった心理が働くという事が挙げられるでしょう。しかし、暴力の程度が軽い内で、自分が怪我をしたりしないならばいいのですが、相手への一方的な寛容が裏目にでて、暴力行為が延々と継続して悪循環に陥ったり、少しずつ暴力の程度が激しくなっていく事もあります。もし、このままでは自分の身が危ない、とても自分たちだけでは解決できないと思ったら、まずは身近な男性のご両親やご兄弟、そして自分の両親・兄弟に相談して仲裁してもらう事が必要になってくると思います。

そういった身内だけの話し合いを持つ事が難しかったり、自分の話そのものを誰も真実味があるものとして聞いてもらえないという場合には、カウンセラーなどの心理学の専門家に相談してドメスティック・バイオレンスの問題を解決するための支援やアドバイスを受ける事も考える必要があると思います。

家庭内で暴力を振るう男性の多くは、元々、攻撃的で暴力的な性格ではなく、どちらかというと対人関係が苦手な内気で内向的な性格の人が多いようです。

特に、自分の考えている事や思っている事を言葉にして表現するのが苦手だったり、生活の中で浮かび上がってくる自分の感情やストレスと向き合う事が苦手な人やつらい感情を奥さんや恋人にうまく伝えて理解して貰うことが出来ずに、マイナスの感情やストレスを内側に溜め込んでしまって爆発させやすい人がドメスティック・バイオレンスに走りやすい傾向があります。

カウンセリングを受ける場合には、女性単独で相談に来られる事が多いのですが、本来ならば男女揃ってカウンセリングを受ける事が理想的です。女性単独のカウンセリングでも、乱れたつらい精神状態を安定させたり、問題解決のための話し合いを深めたりは出来るのですが、実際に暴力を振るっている男性も参加して真剣にお互いの胸の内を語る事は、ドメスティック・バイオレンスの解決に向けてとても意義深いことです。

それは、ドメスティック・バイオレンスの問題は、暴力を受ける女性側にあることは殆どなく、二人の相互的な関係性を通して暴力の問題が発生してくる為にお互いの意見を聞く必要があるからです。

男性と一緒にカウンセリングに来てもらって、第三者(カウンセラー)を介在させた真摯な話し合いをする事は、二人だけで話をするのとは全く異なった深い話し合いをする事につながってきます。何故なら、二人だけだと、馴れ合いや甘えの感情があるので、真面目に客観的に話をする事が難しいことがあるからです。二人でドメスティック・バイオレンスを解決するために話し合いをしようと妻(彼女)のほうが持ちかけても、途端に興奮して感情的になってしまい、暴力を振るわれるといった事もありますが、カウンセリングの場面などの第三者が介在した状況ではそういった暴力が見られる事は極めて稀です。

夫婦や恋人の間の暴力の問題の解決が難しいのは、感情的に取り乱す事で状況が混乱してしまい、対話そのものが不可能な事態になってしまうからです。

暴力を振るう男性の中には、言葉を用いて冷静に話し合う事を『話し合いによって解決できる理屈の問題じゃないし、他人には分からない二人だけの問題なんだ』という言い方で否定する方もいますが、本当に暴力に悩んでいる場合にはやはり、冷静に『二人の関係をこれからどうしたいか』『何故、自分に対して不条理な暴力を振るうのか』などを相手と一緒に話し合う機会をもつということがとても大切になってくると思います。

男性自身にまずは、『自分の理不尽な暴力や暴言が、相手をどれほど酷く身体的・精神的に傷つけているのかしっかりと気付いてもらうこと』が問題を解決するための重要な働きかけになってきます。

幸福な夫婦生活や恋人関係を維持していくためには、不平不満や苛立ちがあっても絶対に暴力を振るわないという原則を二人が守っていく事が大切だと思います。そういった場合には、まず、自分がどうしてそんなに怒っているのか、相手にどのような態度をとってもらいたいのか、どのような言葉を自分にかけてほしいのかをはっきりと自分の言葉で表現していく事を心がけていきましょう。

そして、暴力によって相手を完全に自分の思うままに動かそうとか、相手を支配しようという考え方が非常に歪んだ間違った価値観であり、相手の気持ちや権利を無視した卑劣な考え方である事を本人が深く自覚して改めていく事が期待されます。

ドメスティック・バイオレンスには、以下のような行為が代表的なものとしてあります。

家庭内暴力(子どもの親に対する暴力)

ドメスティック・バイオレンスは、『夫婦間・恋人間の暴力』を指しましたが、ドメスティック・バイオレンスと区別された家庭内暴力は、『子どもの親に対する暴力』を指します。

ドメスティック・バイオレンスの発生件数を国際比較すると、日本はアメリカやヨーロッパの国々よりも少ないのですが、日本では子どもによる家庭内暴力の件数が特別多くなっています。欧米では、日本で言う家庭内暴力、つまり子どもの親に対する暴力の問題は殆どありません。

その原因として、欧米では日本と違って、親と子どもの心理的距離が開いていて『甘え・依存的な馴れ合い』が殆どなく、個人主義を基本にして子育てをしている事と、子どもが親元から早く離れたいという独立志向が強い事が挙げられます。

また、欧米では父親(両親)の権威性が強く、親と子どもの役割関係の区分がしっかりとしているので、両親に暴力を用いて逆らうといった事態が少ないのかもしれません。何よりも、欧米の平均的な子ども達は思春期を過ぎると、自分の意識や目的が外部の異性との付き合いや経済的独立を果たして家を出る事に向かう性格傾向があるので、家の中で両親と争う事よりも自分が家庭の外部の社会にどのように適応して自立していくのかという事が重要課題になってきます。

そういった性格傾向が何に原因しているのかを特定する事は出来ませんが、両親の子どもの育て方や接し方といった後天的な要因以外にも先天的な遺伝や気質の違いによって外向的な欧米人との違いが出てきているといった見方もあります。日本人は平均的に、自我を確立して『自分は自分、他人は他人』という個人主義で生きていく人よりも、周囲の人と持ちつ持たれつで協調性を重視して助け合って生きる集団主義を重んじる人たちが多いようです。そういった社会的風潮との関係もあるでしょうし、日本人は相互扶助の精神を重んじて、自分が生まれ育った共同体を大切にする伝統を持っています。

現代では、自由主義と個人主義の価値観がかなり社会に浸透してきましたが、それでもやはり、独立した自我を確立して生きると言う欧米流の個人主義が徹底しているわけではありません。家族・地域・企業などの社会集団の一員として自分の存在を認識し、集団の価値観や大勢に自分の意見を合わせて調和を保つという集団主義を大切にしています。

当然の事ですが、個人主義と集団主義のどちらが良いかという価値判断は簡単には出来ません。また、集団主義には個人主義にはない温かい人間関係や相互扶助、社会秩序の安定、お互いが不快感を感じない配慮など個人主義にはない良い面もたくさんあります。

少し話が比較文化論の方向に逸れましたが、そのような文化的背景も踏まえて、子どもの親に対する暴力の問題である『家庭内暴力』は、日本という国において頻発する特殊な社会・心理的問題だという事です。

また、家庭内暴力の起きる背景として、家庭における『父性の喪失』も考えられています。つまり、現代の家庭の中では父親と子どもの役割意識が希薄になり、父親が友達と同じような存在になってしまっていることが多いのです。

その場合には、悪い事をすれば親から厳しく怒られるという経験が殆どない為に、社会適応のための善悪の区別が曖昧になったり、父親や母親に対する敬意が育たないことがあるのです。敬意や感謝が乏しいのですから、当然、両親の意見を尊重することもなく、自分がわがままを言って暴れれば、親のほうが意見を曲げてくれると間違った考えを持つようになってしまう事もあります。

今まで注意されたり、叱られたりした経験が殆どなく、親の厳しい指導によって恐れを感じたり、罪悪感を感じたこともないので、いったん、何らかの不満や挫折が引き金となって暴力が始まると、両親の力では制止することが出来なくなるのです。

こういった父親の権威や影響力が殆どなくなってしまって、父親の存在そのものが薄くなっている『父性喪失の家族』は、今ではそれほど珍しい家族ではなく、むしろ、強い父親がいる家庭のほうが少ないのではないでしょうか。しかし、何も明治時代のような頑固で無口な怖い親父、絶対的な権力をもって家族を支配するような親父になれというのではありません。そこまで父性が強くなると、家庭全体に緊張感が漲ってくつろげない堅苦しく息の詰まる家庭になってしまいますから、適切に子どもの間違った行動や発言、物事の考え方を指導できる父親・母親であればいいのだと思います。

親の言う事に全く耳を傾けない子どもになってしまうと、家庭内暴力が発生した時に親と子だけの話し合いで解決することが非常に難しくなってしまいますので、普段から、大きな家庭内の問題、家族の悩みが起きた時には真剣な気持ちで話し合って問題を解決していくといった習慣を作っていくことが大切なのだと思います。

お互いに何か不満や苛立ちがあったり、家族の発言や行動に対して納得がいかない事がある場合には、オープンにそのことを家族で話し合える環境が用意されている事が重要なのです。

また、上述した『父性の喪失』と並んで、『母性の過剰による溺愛』も子どもの心の問題や家庭内暴力に至る遠因の一つとなっています。少子高齢化の影響もあって、数少ない子どもを大切に手間をかけて育てるというのが一般的な子育ての風潮になってきている感じがありますが、母親の側に、『子どもは自分とは異なる一人の人間であって、いつかは自分ひとりで独立して生きていかなければならない』という認識が必要だと思います。

いつかは家を出て一人立ちしていくのですから、『子どもが望む事なら何でも叶えてやるという形』の甘やかす一方の子育ては、子どもの自立心を阻んでしまうという意味で子どもの精神発達上、あまり好ましくない子育てのやり方です。

普通、子どもは、3~4歳頃に『第一次反抗期』を迎えます。しかし、母親が子どもを甘やかして、言う事を何でも聞いてやるという形で溺愛の子育てをすると、その反抗期の期間でも親に対する反抗が全くできません。実際の家庭内暴力の統計でも、家庭内暴力を起こす子ども達は、第一次反抗期が見られず、母親からは『素直で言う事を良く聞くいい子』だと認識されていることが殆どです。近所のお母さん達からも『あの子は素直でお母さん思いのいい子』だと高い評価をされている場合が多いのです。

しかし、母親からの精神的自立を目的とする正常な心理の発達をするために、第一次反抗期というのはとても重要な意味を持つ時期です。社会生活の中では出来ることと出来ないこと、許されることと許されないことがある、という事を母親への体当たりの反抗で身を持って知るというような意味が第一次反抗期にはあります。

健常な自我が確立していくためには、社会の中で出来ることと出来ないことの区別をしっかりとつけ、そういった社会的な制約の中で自分がどのようにして生きていけばよいのかを考える機会を持つ事がとても大切な事なのです。

ところが、何もかも思い通りに進むという過保護な環境で育った子どもは、第一次反抗期の心理的課題を達成することが出来ず、社会生活の中での善悪を区別する自我が十分に育ちません。

その結果、自我の発達が未熟なままで、思春期の第二次反抗期を迎えてしまうこととなります。そこで、実際の社会生活に適応できない場合に様々な心の問題が目立ってくるようになります。つまり、進学や就職に失敗して自尊心が傷つけられたり、経済的自立のきっかけを失うことで、フラストレーション(欲求不満)を家族に向けて爆発させて、家庭内暴力を起こすようになってしまうのです。

第二次反抗期を迎える時期というのは、ちょうど中学の終わり頃の高校受験を控えた精神的に不安定になりやすい時期です。多くの子ども達にとって、自分の将来に関わるような大きな出来事として高校受験は認識されているので、非常に強いストレスを受ける事になるからです。ただでさえ、強いストレスにさらされているのに、今まで甘やかされてきた母親から大きな期待を受ける事で更に『その期待に応えなければ』という思いになり、焦りと不安が高まってしまいます。このような状態にある子どもは、ほんの僅かな失敗やミスで心のバランスが崩れてしまう非常に不安定な状態で、家庭内暴力を起こしやすいのです。

ただ、いきなり家の中で暴れだすという事は少なく、段階的に家族に対する暴力が起こってきます。初めは学校に段々と通えなくなり、不登校の状態になります。その次に、ひきこもりのような不活発な生活になり、家の中の食器や花瓶などの器物を壊したり、ガラスを割ったりといったモノに八つ当たりするような暴力が起こってきます。その暴力がエスカレートすると、母親や父親、兄弟姉妹などに対する家庭内暴力に発展してしまうのです。

その中でも特に暴力の対象となるのは、甘えや依存の対象で比較的力の弱い母親である事が多いのです。子ども達の暴力の原因の多くは、『自分の将来に対する不安感や焦燥感』です。そして、そういった不安を生む原因である自分に向けられた周囲の期待や社会の規範(ルール)に対して怒りや反発を向けるようになります。

家庭内暴力が起こった場合には、ドメスティック・バイオレンスの時と同じように、家族の内部だけで問題を解決するのは非常に難しいです。家庭内暴力の場合でも、自分たちで解決するのが困難だと感じたら、カウンセラーなどの心の専門家に相談をしてみた方が良いと思います。

その相談者に、子どもとの間に入って貰って話し合いを行った方が、感情的にならずに冷静な話し合いを子どもとする事が出来ます。その結果、子どもが何を不安に思って焦っていたのかという暴力に至った原因が少しずつ明らかになってきます。

そして、これからどういう風な生き方をしていきたいのか、両親に対してどのような気持ちを抱いていて、自分に対してどのように接して欲しいのか、暴力という表現手段を使わずに、自分の気持ちを相手に伝えるにはどのようにすれば良いのかといった、本人にとっても家族にとっても有意義で効果的な話し合いをする事が出来るのです。

カウンセリング場面では、暴力を振るう子どもが悪いといった前提で決め付けて話し合いを進めるのではなく、その暴力の問題も含めた家族全体の人間関係のすれ違いや問題にも目を向けて、お互いの感情や思いを率直に語るように、皆が努力していかなければなりません。

家族のそれぞれがどういった役割を果たすべきなのか、親と子の関係をどのような形で良好なものに変えていくのかをじっくりと話し合っていくことが大切なのです。その場合には、誰々が悪いからこんなひどい状態になったのだといった特定個人を非難したり、責任を追及したりするような事があってはなりません。

家族の問題には、家族を形成している一人一人の態度や発言、価値観などの対立やすれ違いが影響しています。

更に、相手に対する思いやりのなさや過度の甘やかしがあったり、無関心になって放任していたりといった事が精神の発達や安定に悪影響を与える事があります。相手にすっかり頼りきる甘えや依存といった要素も関わってきて、いろいろな感情や思考、過去の記憶が複雑にからみあっている事が多いのです。だから、みんながそれぞれ自分自身の行動や考えについて真剣に振り返ってみて、これから明るく楽しい家庭内の雰囲気と人間関係を築いていくために、自分がどうすればよいのかを考える必要があるのです。

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