児童虐待(Child Abuse)

現代社会では、毎日のニュース報道の中で、親が子どもに常軌を逸した残酷な体罰(身体的虐待)を与えて死なせてしまった、親が車の中にいる我が子の事を忘れて、パチンコなどのギャンブルに没頭した結果、熱射病や窒息で死なせてしまった、子どもに満足な食事を与えずに、監禁状態において死ぬ寸前まで衰弱させたというような悲しく、痛ましい『児童虐待』(Child Abuse)の報道が後を絶ちません。

日本で児童虐待が増加してきた背景には、少子高齢化の急速な進展と両親と子どもだけの核家族の増加があります。更には、離婚率の上昇と再婚による連れ子と新しい配偶者の親子関係の成立の難しさがあります。核家族化の急速な流れの中で、子育ての先達である祖父母の指導や援助が受けられないために、子どもの心身の発達に応じた接し方や育児の方法が分からず、更に育児について相談できる人たちもいないという厳しい状況に若い母親たちが置かれやすくなっています。そういった社会的な生活環境の問題が、児童虐待の問題とも密接に関係しているのです。

児童虐待(Child Abuse)というのは、親または親代わりの養育者が、子どもに対して加える『継続的な身体的・精神的・性的暴力』のことで、育児を放棄して食事の用意や身の回りの世話、会話相手を全くしない『ネグレクト(育児放棄)』も児童虐待に含まれます。親代わりの養育者というのは、親戚や養親、児童養護施設の職員といった実際に子育てに当たる人たちのことです。虐待は、子どもの世話や保護をする養育者が、“会社・家庭・育児・人間関係のストレス”をうまく処理することが出来ずに、情緒不安定になり、その苛立ちや欲求不満を子どもにぶつける為に起きてしまいます。

過去にこのページで『児童虐待の発生件数全体のうち、3分の2が実子ではなく、連れ子に対する虐待』という記述をしていましたが、この記述は厚生労働省の『児童相談所における児童虐待対応件数の統計データ(平成18年度)』を参照すると明らかに間違っており、虐待の加害者は『実母:60%前後,実父:20%前後』の比率で近年はほとんど大きな変化がないまま推移しています。『連れ子のある再婚者・義理の父母』のほうが、児童相談所における虐待報告事例の件数・比率が大きいという統計的根拠は存在せず、『エビデンスの乏しい偏見・誤解』を招きかねない記述になっていたので、2010年2月に閲覧者からの善意のご指摘によりこの部分を訂正しました。

連れ子に対する虐待の心理として『初めは自分の子どもとして可愛がろうと思ったが、どうしても子どもが自分になつかないので、次第にイライラが募って、愛情が憎しみに変わり暴力を振るうようになってしまった』ということが指摘されますが、虐待の報告件数全体に対する比率では実の父母の比率が大きくなっているという統計的なエビデンス(根拠)には注意する必要があります。

警察が逮捕・検挙した児童虐待事件については、2008年に全国の警察が検挙した児童虐待は前年比2.3%増の307件、被害児童数は同1.3%増の319人で、統計を取り始めた1999年以降で過去最多となっています。2008年に検挙された児童虐待事件のうち、加害者は実母95人、実父85人、養・継父66人、内縁の父52人となっており、男性の加害者では「実父以外の者」の比率がやや増加傾向にあるようです。

児童虐待というと、殴ったり、蹴ったり、壁や床に叩きつけたりといった身体的な暴力が一般的なイメージとしてありますが、実際にはその内容は種々様々で、児童虐待は次の4つに分類されます。

第一に『身体的虐待』で、殴ったり、蹴ったりして、子どもに肉体的な苦痛を与えたり、傷害を負わせたりするものです。この身体的虐待は、最も深刻な結果を招く可能性があり、子どもが回復不能な重傷を負ったり、死亡することさえあります。

第二に『放置虐待(ネグレクト)』があります。これは、子どもが健康に生活していくための衣食住の世話や保護をせずに、親としての責任を放棄して、子どもを放ったらかしにしておくというものです。

第三に『精神的虐待』があります。暴力的な言葉や冷酷な態度などで、子どもの自尊心を著しく傷つけ、恐怖や絶望を与える虐待です。子どもの心に将来にわたって消えない深い心の傷であるトラウマをつくり、情緒不安定な状態にさせるので、精神疾患に罹りやすい性格や心理状態になってしまう可能性があります。

第四に『性的虐待』があります。自分の性的な欲求を満たす為に子どもを利用したり、子どもに性的ないたずらや性的な行為を強制するといった虐待で、将来の解離性障害などの精神疾患の原因になる危険性があります。

児童虐待の分類
虐待の種類虐待の内容
身体的虐待殴る・蹴る・叩く・つねる・やけどを負わす
身動きできないように柱などに縛り付ける
押入れや納屋などに閉じ込める
屋外に閉めだす
首を締める
精神的虐待激しく罵倒する・大声で恐怖を感じるほどに怒鳴りつける
無視して口を聞かない・侮辱して馬鹿にする
他の子どもと差別的取扱いをする
子どもの要求の全てを不当に拒否する
放置虐待(ネグレクト)食事を与えない・衣服を着替えさせない
劣悪で不潔な生活環境下におく
入浴させない・学校へ行かせない
病気の子どもを病院に連れて行かない
性的虐待性的な行為を子どもに対して行う
性的な悪戯をしたり、性器に性的な目的をもって触れる
ポルノビデオやポルノ雑誌を子どもに見せる
猥褻な表現(言葉・態度)を子どもに向けてする

児童虐待全体の割合から言えば、最も多いのは“身体的虐待”“放置虐待(ネグレクト)”であると考えられています。身体的虐待や放置虐待は、深刻な結果や不幸な結末を迎えることもありますし、無視できない非常に大きな虐待問題ですが、精神的虐待や性的虐待と比較すると、身体の怪我の状態や栄養状態、子どもの表情や親に対する態度などから周囲の人たちに発見されやすいという特徴があります。特に、子どもが普通では考えられないような重症の外傷ややけど、骨折などの怪我を負った際に、親がその怪我をした理由をはっきり答えることが出来なかったり、怪我の存在そのものを周囲に知られないように隠そうとしたり、曖昧な説明で済ませようとしている場合には、身体的な虐待の可能性が考えられます。

反対に、家庭という密室の中で頻繁に行われる言葉や態度の暴力である“精神的虐待”は、外部から見え難く、仮に周囲の人が、子どもを激しく怒って大声を出している親の姿を見ても、厳しくしつけをしているのか、精神的な虐待のレベルになってしまっているのかの区別が難しいという問題があります。また、解離性同一性障害(多重人格障害)や自己評価の低下による人格障害などの精神病理学的な障害を起こしやすい“性的虐待”も、家庭という外部から接触しにくい場所の中で慢性的に繰り返し行われている事が多く、周囲の人たちが性的虐待を発見して子どもを救い出すのは簡単なことではありません。

性的虐待は、たとえ、性的な行為の意味を理解していない子ども達が相手であっても、子どもの心に生涯消えることのない深く重大な傷(トラウマ)を残し、自分に対する嫌悪感や否定感情を抱かせます。大人の身勝手で利己的な性的欲望を、無力で何の罪もない子ども達を利用して満たそうとする性的虐待は、“いたずらという軽い言葉のイメージ”で捉えて良いものではなく、人間として許されざる残酷な虐待行為であるという認識を私達は強めなければなりません。

性的虐待は、大人が軽い気持ちで日常のストレスの捌け口(はけぐち)としてなされる場合が少なくありませんが、子どもの自尊心や人格の健全な発達を著しく傷つけ、本人に責任のない罪悪感や屈辱感を抱かせてしまいます。また、そればかりではなく、統合失調症や解離性同一性障害など将来の精神障害の原因となりうる許されない残忍な性格と深刻な負の影響を持つ虐待なのです。

現代の日本社会では、核家族化と少子化のあまりにも急速な進行の影響と親になる人たちの自覚の低下や精神の未成熟などがあいまって、児童虐待の発生件数は増加しています。もちろん、表面にでてくる虐待の発生件数の統計的なデータの推移(厚生労働省調査では、平成13年度に児童相談所で受け付けた児童虐待だけで24,792件)をそのまま信じることは出来ませんが、社会的な関心の高まりによって表にでてくる虐待が増えたことを考慮しても、誰にも気付かれないまま水面下で行われている児童虐待の件数はかなりの数に上ると推測されています。

虐待の事実があっても、親自身が虐待していると認めるケースは非常に少なく、全体の半数以上は虐待の事実を否認します。また、自分が子どもを虐待していることに気付いて悩み、自ら児童相談所やカウンセラーなどに相談に訪れるのは、児童虐待件数全体の1割に満たないと考えられます。従って、周囲の大人や保育園・幼稚園・小中学校の先生、医師などが児童虐待に気付き、その事実を児童相談所などに連絡することが強く望まれます。

児童虐待も他の身体的な病気と同じように早期発見して、早い段階に親に指導的なカウンセリングを行い、子どもの傷ついた心をケアすることがとても大切な事になってきます。そういった『児童虐待の早期発見』をする為には、不自然な場所に外傷・やけど・青あざがある、衣服や身体がいつも不潔で汚れている、極端に体重が減少して痩せ細っている、大人のちょっとした言動(大きな声や優しい注意など)に対して過度におびえた反応を反射的にする、子どもの怪我に対する親の説明がつじつまが合っておらず不自然であるなど、虐待を受けている子どもに現れる『虐待のサイン』“周囲にいる近親者・地域社会・学校・医療機関の大人たち”が適切に見つけてあげる事が重要です。

密室化した家庭でいつも親と一緒にいなければならない子どもは、どんなに苦しくてつらくても自分からはなかなか親による虐待の事実を言い出すことが出来ませんから、周囲にいる大人が子どもの立場にたって警戒心を解きながら、優しく虐待からの救いの手を差し伸べてあげることが必要なのです。場合によっては、親自身が虐待している事実そのものを認識できないことも多くあります。あるいは、無意識の保身的な防衛機制が働いて、虐待を“子どもの将来のための厳しいしつけ”という様な形に解釈し、虐待をしていてもそれは虐待ではないのだと思い込んでしまっている事があります。また、親になる立場の人たちが十分に精神が発達していない為に、冷静な合理的判断や善悪の分別、欲望の自制をする自我が確立していなかったり、親としての愛情の注ぎ方やしつけの仕方などを身につける事がなかなか出来なかったりします。

当然、初めから全てを完璧にこなせる理想的な親などは存在しないわけですが、最低限の心構えとして、『子どもに責任のない事柄や自分の心理的ストレス・情緒の不安定などによって子どもに八つ当たり的な身体的・精神的・性的暴力を振るってはいけない』という決意を強くもって育児にあたることが必要でしょう。育児に対する嫌悪感や拒否感は、育児をする事による自由時間の喪失や外出外食・娯楽・夫婦のコミュニケーションの減少によって、自分は子どものせいで人生を楽しめていないという認知をする事から始まる事が多いので、『育児そのものを自分の愛する子どもの成長を見守る過程として楽しむこと』『夫婦がお互いを思いやりながら、二人で協力して仲良く育児に取り組む姿勢』が大切になってくるのではないでしょうか。

児童虐待を生む他の原因としては、初めての子育てに対する不安やストレス、離婚後などに一人で子育てをしなければならない重圧や孤独感、疎外感などがあります。そして、夫の失職、フリーター化、労働意欲の減退、更にはギャンブル依存などによる経済的な困難が虐待の遠因になることもしばしばあります。健全な育児をしていく為には、贅沢ができるほどの収入は必要ないにしても、最低限の文化的で清潔な生活ができるだけの経済的基盤が必要だと言えるでしょう。経済状況があまりに悪いと夫婦仲も険悪になってドメスティック・バイオレンスや喧嘩が起こりやすくなり、衣食住などの生きていく上で欠かせないものが用意できなくなったりする危険性もあります。

また、アルコール・ギャンブル依存症や児童虐待をする親などに育てられたアダルト・チルドレンの人が、自分自身も(自分を虐待したり、育児放棄をした)親と同じような虐待を子どもにしてしまいやすいという『虐待の世代間連鎖』の問題もあります。この場合には、アダルト・チルドレンの人たちの精神状態を安定させて、落ち着いた気持ちで愛情を持って育児に取り組めるようにする為に、カウンセリングや心理療法などの心理的援助が必要になってきます。過去のトラウマを自分自身が認識して、それを過去の問題として受容し処理していくことで、“自分と親は異なる別の人間である”という明確な認識が出来るようになり、自分は自分を虐待した親とは違う健全な育児を行うことが出来るという自信や親としての自覚が生まれてくるのです。

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