『アダルト・チルドレン(Adult Children)』というのは、元々、アルコール依存症の親によって酒害家族の環境で育ち大人になった人たちを指す言葉で、アメリカでは『ACOA(Adult Children Of Alchoholics)』と言われていました。このアメリカのACOAを巡る研究で分かったことは、アルコール依存症の両親を持つ子どもはそうでない子どもよりも有意にアルコール依存症になる確率が高いという事でした。一時期は、ACOAの環境で育った大人たちは反社会的な行動を起こしやすいという俗説がありましたが、現在は心理的な問題や情緒発達の障害を起こしやすいという事に訂正されています。ACOAだからといって、反社会的な犯罪を起こしやすいわけではありません。
本来なら子ども達が信頼して甘える事や尊敬する事が出来る両親が、アルコール依存症である事によって自堕落な生活を送ったり、乱暴を振るったりする事で子ども達は心に深い傷(トラウマ)を負ってしまい、健常な精神の発達や情緒の安定を得る事が出来なくなる事があるのです。自分がその問題を抱えた家族の子どもである事を想定すれば、強い不安や恐怖、絶望を感じながら、子ども達が萎縮して生活しているという事が漠然とでも分かるはずです。ACはその概念の成立期には、アルコール依存症の両親の下で育てられた大人達を指していましたが、現在では、『機能不全家族の環境で育った大人達(ACOD:Adult Children Of Dysfunctional Families)』という定義に変わっています。時々、ACをその語感から『精神的に成熟していない未熟な子どもっぽい大人』という間違った意味で捉えている方もいますが、そういった意味はまったくありません。
つまり、機能不全家族とは、アルコール依存症の親を持つ家族に限定せず、『物理的・精神的な相互扶助(家族がお互いに経済的にも精神的にも思いやりを持って助け合う)』という『正常な家庭の機能』が損なわれている家庭を指します。機能不全家族の例を挙げると、アルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症を持った家族成員がいて生活環境が劣悪になっている家族、幼児虐待やドメスティックバイオレンス、家庭内暴力などが家族内で行われていて、家の中での安全が確保されておらず常に不安や恐怖の雰囲気がある家庭などが考えられます。
他にも夫婦関係が悪くて喧嘩が絶えなかったり、両親が共依存的な関係で情緒的に成熟できていなかったりすると機能不全家族の問題が起こる可能性があります。子どもに対して『過剰な期待』をかけて極端に甘やかしたり、精神的・経済的な自立の機会を与えずに過保護に育てる環境も機能不全家族の環境と考えられます。機能不全家族の特徴として、両親の精神的な発達が不完全で未熟だったり、情緒的な安定がなくて感情を制御できずに子どもに当たったりといった事が見られます。両親が、親としての責任を果たすための十分な精神的成熟と社会的発達が出来ていなかったことに原因が求められます。
こういった機能不全家族で成長した子どもが感じているのは、『両親に様々な面で束縛され続けている』といったトラウマの記憶の継続です。親が情緒的な問題や依存症の病気を抱えていた為に、子どもは親の身勝手な振る舞いや暴力に振り回されてしまい、自分自身の人生を自由に自立して生きることが出来ないという観念に縛られてしまっているのです。親から過大な期待を掛けられて過保護に育てられた人も、『両親の期待に沿った生き方をしなければならない』という強迫的な観念に束縛されて窮屈な気持ちになって萎縮してしまっています。
機能不全家族の親に限らず、親が考えなければならないのは、『子どもの人生は子ども自身のものであり、子どもは親の所有物ではなく、自分とは独立した人間で、いつかは自立して自分の人生を歩んでいくのだ』という事です。そのために健常な精神の発達が出来るように、出来る限りの支援と努力を両親はしていく必要があるのでしょう。こういうと何だか、とても責任が重いことのように思えますが、実際には、子どもの自立を妨げないように温かく見守りながら、必要な愛情を注いでいけばいいという事です。また、自分自身がアルコールやギャンブル、薬物に溺れないように精神的にも経済的にも自立した親になるという事がまず一番大切なことです。
家庭が機能不全で崩壊している状態だと、子どもは両親を尊敬する事も頼る事も出来ません。子どもが成長して困難や問題に直面した時にも、両親は精神的にも経済的にも頼りにならないので相談もできず、何の支援も受けられず、一人で悩み続けた挙げ句、心の病気や問題を抱え込みやすくなってしまいます。また、幼少期に両親から虐待を受け暴力を受けながら育った子どもは、心に癒す事が出来ない非常に深い心の傷・トラウマを負っていて、自分が親になった時に素直に子どもに対する愛情や優しさを表現することが出来ません。そして、虐待されてつらい思いをしてきた自分の不快な過去を思い出させる対象として子どもを見てしまう事もあります。その場合には、そういった屈辱的で嫌悪さえ感じる過去を打ち消す為に、子どもに八つ当たりして暴力を振るったり、更にその過去に逆らえなかった無力で弱い自分から目を逸らす為に自らの子どもを虐待してしまう事もあります。
勿論、こういった『虐待の連鎖』は一般論での話ですから、アダルトチルドレンの自覚があっても、いや、あるからこそ『自分の子どもには絶対に虐待などという残酷で卑劣な行為はしない。子どもを傷つけたり、バカにしてつらく悲しい思いはさせない。』と固く心に誓って、温かい愛情を持って子供を育てておられる方たちもたくさんいます。そういった健康な愛情溢れる子育てが出来ているアダルトチルドレンの方たちは、自分が受けた虐待の事実を無理に否定するのではなく、その事実を変えられない過去として受け入れています。その上で、過去の出来事を自分の生きる支えになる形で捉えなおし、両親を反面教師として自分の親として果たすべき役割をしっかりと認識しているのです。トラウマが完全に癒される事はないのですが、『過去の状況と現在の状況を整理して区別』出来ているという特徴があります。
アダルト・チルドレンは、親の虐待や暴力、ネグレクト(育児放棄)による身の危険を感じながら、常に緊張し、感情を殆ど表に出さずに従順な子ども時代を過ごしていきます。自己主張したり、理屈で反論したりすると、親から激しい暴力や虐待を受けることが分かっているので、ありのままの感情を表現できないし、親が間違っていることが明らかでも反論することが出来ないのです。感情を露にして、泣いたり、喚いたりすることがないので、世間では『大人しくて良い子』と思われています。しかし、人間関係の中で適切な感情表現をすることは自分の思いや考えを伝えるためにとても重要なことですから、それが出来ない子供たちが大人になると、自分の感情を適切にコントロールすることが出来ず、対人関係がうまく作れないという心の問題が表面化してくるのです。自分の恋人や友達が感情を全く表現しない人だったとしたら、多分、誰もがその人と恋人や友達になるきっかけを見出せなかったのではないでしょうか。円滑な楽しい人間関係を作っていくためには、一緒に笑ったり、泣いたり、悲しんだりといった感情の共感体験がとても重要なのです。
対人関係が上手くいかないと、社会生活の中でトラブルを起こしやすくなったり、孤立してしまったりして挫折体験をしやすくなります。アダルトチルドレンの多くが、本当に信頼できる恋人や友人がなかなか作れずに、先が見えない不安や恐れを感じています。また、両親から無条件の愛情を受けた経験が無いために、『相手を信頼して深い愛情を注ぐ』という事がなかなか上手くできないといった問題が起きてくる事もあります。アダルトチルドレンの問題は、本人の苦悩や心の傷(トラウマ)といった問題とは別に、親と同じ過ちである『アルコール・薬物・ギャンブルなどの依存症』や『子どもの虐待』を繰り返して起こしやすいという事があります。
そういった『機能不全家族の連鎖』を自分の代で終わらせるために、『過去の無力な子どもであった自分と現在の成長した良識と理性ある大人としての自分の区別』をしっかりとつけ、過去の苦しくて悲しい思い出を受け入れ、『自分が悪かったり、弱かったりしたことが虐待の原因ではなく、両親の心や行動に問題があったのだから、自分は同じ過ちは繰り返さない。子どもと配偶者、そして、何より自分のためにここから幸せな明るい家庭、お互いに支えあう家庭を作っていくのだ』という強い決意と未来への希望を持つ事が何よりも大切だと思います。また、注意しなければならないのは、『アダルトチルドレンというのは、心の病気や性格の問題ではない』という事です。だから、アダルトチルドレンという精神医学上の病名があるわけではありません。
生きづらさを感じ心の傷を持ち続けている大人が、自分の過去の生育環境を顧みた場合に『機能不全家族で育ったことが原因で現在の心の問題や苦しみがある』と認識している状態であれば、アダルトチルドレンであると言えます。機能不全家族とは、『両親の行動・養育態度・心理に問題のある家庭』のことです。具体的にいえば、『両親の心の病気(依存症)や虐待、夫婦の不仲などで、子どもが子どもらしい生活を送ることが出来ない家庭』『親の理想や期待を一方的に子どもに押し付けて、子どもの自己主張や希望を抑圧している家庭』『愛情が行き過ぎて、溺愛してしまい、子どもの自立心・独立心を阻害している家庭』などが機能不全家族に相当すると考えられるでしょう。
そういった機能不全家族で育った人たちの中で、大人になって生きづらさや苦悩を感じた時にその原因を遡っていくと、『両親から愛情を注いで貰えなかったり、暴力・虐待や育児放棄を受けたりして、子どもらしい子ども時代を過ごす事が出来なかった。過大な期待をかけられて、両親の期待に沿う事だけを目的に人生を歩んできて自分らしい人生を送ったり、自分の考えを主張する事が出来なかった。』という事に行き当たり、今でもそのトラウマ(心の深い傷)が現在の自分の心や生活に障害を与えていると感じている場合には、アダルトチルドレンになります。
しかし、アダルトチルドレンは自分自身の『つらくて苦しかった過去に関する認知』や現在の心理状態によって『自己申告されるべきものであり、他人があなたはアダルトチルドレンであると診断や指摘をするものではない』という点に気をつける必要があると思います。つまり、子ども時代にどんなに耐え難い暴力や虐待を受けていても、両親がアルコールや薬物の依存症で安心できる生活が出来なくても、大人になったその人が、『私は過去にはひどい環境で育ったが、現在は充実した幸せな生活をしている。私はアダルトチルドレンではない』という認識をしていて、実際に心の問題や苦悩、葛藤を抱えていなければその人はアダルトチルドレンではありません。また、人間は誰でも自分の心の中に『理性的で現実的な大人のこころ』と『想像的で依存的な子どものこころ』を持っています。しかし、アダルトチルドレンの人の場合には、子ども時代に十分な愛情や満足を得られず、親から罵倒されたり、虐待されたりして傷つけられたので、『子どものこころの部分が激しく傷つけられて』いるのです。
愛情や保護を与えられて、安心して生き生きと育つという子どもらしい子ども時代を過ごせなかったアダルトチルドレンの人たちは、『大人のこころの部分』で『子どものこころの部分』を上手く制御できず、情緒不安定になったり、自己破壊的になったりしてしまう事があります。実際、アダルトチルドレンの人たちの多くは子ども時代には非常にしっかりした責任感の強い子どもであり、機能不全に陥っている家族を何とか正常な楽しい家族にしようとして気を遣い、時には道化役を自ら買ってでて家庭の雰囲気を和ませようと努力したりしているのです。まだ、精神的にも身体的にも幼くて弱い子ども達がそんなに必死に家族のために頑張っていれば、どこかに無理がでてストレスが蓄積し、心の問題が出てきてもおかしくはありません。
こういった『内面的な傷ついた子どもの心の部分』を『インナーチャイルド』と呼ぶ事がありますが、アダルトチルドレンの人たちが元気に回復していくためには、この傷ついたインナーチャイルドに愛情を注いで安心させ、癒してあげる事が非常に役立つとされています。これは精神分析療法などにも通じる考え方で、『自分の幼少期の心的外傷(トラウマ)を思い出して、それを受け入れ克服すること』を意味しているのです。過去の傷つけられた幼い自分を、優しく見つめ直し、愛情を注いで古い心の傷を癒してあげることで、現在の心の問題や病気が回復しているという事です。このことからアダルトチルドレンの人たちについて言えるのは、大人になっても簡単には癒されないほどに心に深い傷を負って、なかなかその過去の記憶や苦しみから逃れられない状態になってしまっていたとも言えます。
アダルトチルドレンの人たちに共通する心理として、自己否定感からくる自己評価の低さ、漠然とした憂鬱感、何をしてもうまくいかないという無力感や絶望感、そして、他人を信用できず、適切な対人関係を持つ事がなかなか出来ないという問題があります。そういった心理的な問題から多くの自己否定的・自罰的な精神疾患である『摂食障害・自傷行為としてのリストカットやOD(薬剤の過剰服用)・ひきこもり・抑うつ状態・うつ病・各種の依存症』が発症する可能性もあるので、アダルトチルドレンの苦しみを早い段階で解決する為のカウンセリングが必要になってくるのです。
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