ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder;注意欠陥多動性障害)
LD(Learning Disability;学習障害)

ADHD(注意欠陥多動性障害)は、以前は児童の自閉症の一種と考えられていましたが、自閉症とは病態の内容が異なるので、LD(学習障害)と呼ばれるようになり、近年になって、ようやく病態に則した病名として“ADHD”が使用されるようになりました。

ADHDは、“注意欠陥”“多動”によって特徴付けられる発達の障害で、その原因は脳内の目に見えないような微細な障害(微細脳障害:MBD)であると考えられています。一般に、ADHDは幼児~児童に発症することが多い“子どもの病気”であり、大人になってもADHDと同じ症状が現れて日常生活や職業生活に支障が出る場合には、ADHDではなく『ADD(Attention Deficit Disorder:注意欠陥障害)』という病名の診断がなされます。

“注意欠陥”とは、その名が示すとおり、一つの物事に注意を集中させる事が出来ず、興味や関心の対象が次々に移り変わってしまうので、一定時間の集中力を必要とする“学習・記憶・思考・意欲”の面が障害されます。その結果、一つの物事に集中出来ないので勉強が思うように出来なかったり、知能が特別低いわけでもないのに、極端に成績が低かったりといった学習活動の障害が目に付いてきます。

“多動”とは、自分の衝動や欲求に基づく行動を自分でコントロールする事が出来ないので、いつもそわそわとしていて、落ち着きがなく動いている症状のことです。じっとしていなければならない学校の授業中などでも、おとなしく授業を聞く事が出来ずに周囲を走り回ったり、手足を動かしたり、他の生徒にちょっかいを出したりします。当然、ADHDの多動の症状が出るのは、学校だけではなく家庭内でも落ち着きなくうろうろと動き回り、一つの物事に集中することが出来ないので、世話をする親もその多動に振り回されて、へとへとに疲れてしまう事もあります。

また、ADHDによく見られる症状として“衝動性”があり、自分がやりたいと思った事を我慢する自己制御の能力が低いので、静かにしていなければならない状況でも突然、大声を上げて話し始めたり、順番待ちをしなければいけない場面でも、順番を待てずに無理矢理、順番抜かしをしようとしたりします。衝動性の症状は、『欲求を自制して我慢すべき場面で、我慢することが出来ない』という事に集約されます。

ADHDで現れる症状をまとめると、下記の表のようになります。

ADHDの症状症状の内容
注意欠陥性一つの物事に集中して考える事ができず、すぐに気が散って他の物事に興味が移ってしまう。
注意力が散漫なので、記憶や学習、意欲などの面で障害が起きてきて、学校の成績が知能水準から考えられないほど極端に落ちることがある。
一つの物事に注意を向け続けられないので、不注意からのミスや失敗が増えたり、忘れ物や置き忘れをしやすくなる。
多動性そわそわとして落ち着きがなく、いつも動き回ったり、手足を動かし続けている。
授業や儀礼的な場面でも、じっとしている事が出来なくて、うろうろと歩き回ったり、大きな声でおしゃべりをしたりする。
衝動性自分がやりたいと思った事を我慢することが出来ずに、周りの状況を考えずにすぐに実行しようとする。
学校生活などでの集団のルールを守る事が出来ずに、順番待ちをしなければならない場面で、割り込みをしたりする。
自分の衝動や欲求を制御して、周囲の状況に適応することがとても苦手である。

ADHDの症状は、2,3歳頃の幼い時期から現れてきます(生後6ヶ月といった発達のごく早期に発見されたとする症例もある)が、その段階ではあまり大きな問題として親や先生、医師などから意識される事は少ないのです。ただ、文字や数字など基本的な事柄を教えようとしても、他の子どもより物覚えが悪くてなかなか覚えられないといった印象が漠然とあったり、次から次へ興味が移り変わって、何でもすぐに飽きてしまう落ち着きのない性格という感じがあったりします。

ADHDの症状が強く意識されてくるのは、多くの場合、小学校に入学して学校で先生や友達との集団生活を経験するようになってからなのです。一定時間、自分の席にじっと座って話を聞かなければいけない授業という場面に適応できないという事からADHDであることが明らかになることが多いのです。

ADHDは、知的障害(精神遅滞)や知能の低さの問題ではありませんから、普通の子どもと同様の理解力や言語力、判断力などの知的能力を持っています。ただ、一つの物事を集中して覚えたりする事が困難なので、注意欠陥性の問題から学校の勉強についていけなくなる場合があります。

ADHDの子ども達は、みんなと同じような内容を集中して記憶する一般的な学校の勉強は苦手なことが多いのですが、自分が好きな事柄や興味を持っている分野に限って、驚異的な優れた能力を発揮することもあります。例えば、自分の好きな車のメーカーと車種を全て暗記したり、数十年分のカレンダーの日付と曜日を丸暗記したりします。計算が好きな子どもの場合には、平均以上の計算処理能力を発揮して、桁数の多い難しい掛け算や割り算ができたりします。

このことからも、ADHDの子ども達は元々、知的能力が低いわけではなく、ただ集中力と注意力の障害のために、本来もっている知的能力をなかなかフルに発揮できない状態にあると言えるでしょう。

既述したように、子どもの注意欠陥多動性障害を“ADHD”といい、大人の注意欠陥障害を“ADD”といいますが、これは年齢が進むにつれて、そわそわして落ち着きがない“多動”の症状が消失していくことが多いからです。

更に、大人の注意欠陥障害である“ADD”の症状も、加齢と共に軽減していくのが一般的なので、ADHDやADDは絶対に治らない不治の病ではなく、自然に回復する可能性が十分に考えられる病気なのです。ADHDの子どもの大半は、中年期(30~50代)に至るまでには治癒するケースが多いのです。

ADHDやADDの原因は、脳の神経細胞の非常に小さな傷であると推測されていますが、何故、年齢が進むにつれて脳内の微細障害が修復されていくのかのメカニズムはよく分かっていません。

しかし、ADHDで気になる話として、ADHDの“多動”の症状が消える時期が遅くなっているということがあります。従来、ADHDは、小学生に最も多く見られる病気で、中学生になるくらいから次第に多動の症状が軽くなっていき、自然に消失するのが一般的でした。

その多動の症状の消えていく時期が最近遅くなっていて、ADHDがADDへ推移することなく中学生や高校生までADHDの症状が長引いているケースが多くなっています。

現在では、小学生のADHDの子どもより中学生のADHDの子どもの方が多くなっていると見られ、中学時代は高校受験を控えた大切な時期という事もあり、周囲の他の子どもの親御さんや授業を担当する教師からの理解や協力を得ることが難しくなっている現状があります。小学生時代には、学習内容も比較的簡単で、まだそこまで勉強に必死になる必要を子どもも親も感じていないため、ADHDの子ども達に授業が時々、妨害されたり、中止されたりしてもそれほど目くじらを立てて怒る人も少なく、病気を理解して寛容な態度を示してくれる人が多いのですが、中学生になると自分の子どもの将来を親も意識してくる為に学校の教育現場に向けられる視線が厳しくなってきます。

このように、以前は中学時代にはかなり回復していたADHDの回復期が遅れることで、周囲に与える影響が大きくなってしまうという難点が生まれてきました。また、ADHDの子どもが授業中に大声で話したり、自分の席を離れてうろうろと動き回っていると、周囲の生徒までそれに悪乗りして騒いだり、教室を出たりして授業が成り立たなくなる“学級崩壊”が起こる危険性もあって、ADHDの生徒とそうでない生徒をどのように一緒の教室で指導していくかは現代の学校教育場面において非常に大きな課題となってきています。

ADHDの治療はなかなか難しいのですが、アメリカと日本の精神医療の現場では、うつ病の薬物治療にも使われることのあるリタリンという強力な中枢神経興奮剤が治療薬として用いられる事が多いようです。ただ、リタリンはその化学構造が覚醒剤と似たアンフェタミン系の薬物“塩酸メチルフェニデート:methylphenidate hydrochloride”で依存性・耐性・幻覚妄想等の副作用・爽快感・多幸感への中毒症状、興味本位や意欲増進を目的にした乱用の問題が大きいので、その取り扱い、処方や服用には非常に慎重にならなければならないでしょう。

ちなみに、ADHDに対するリタリンの処方は、国民健康保険の適応外となっています。リタリンはADHDに対して非常に有効なお薬といえますが、その副作用も強いため、必ず、医師の処方と説明に従って正しい用法用量を守って服用する必要があります。

中枢神経興奮剤・リタリンの副作用としては以下のようなものがあります。

1.通常の用法用量での副作用
過剰覚醒による不眠、食欲減退、頭痛、消化器障害、動悸など。

2.急性中毒症状
短期に過剰服用すると過剰覚醒による不眠、食欲減退といった通常の副作用以外にも、発熱、全身けいれん、不整脈、気分の苛立ちや興奮といった急性中毒症状が現れることがあります。

3.慢性中毒症状
リタリンの長期大量服用によって耐性や依存性が形成される恐れがあると共に、アンフェタミン系薬剤の副作用である幻覚・妄想の副作用が現れてくることがあります。

4.離脱症状
リタリンの服用を突然中止すると、重篤な抑うつ感や無気力、倦怠感といった離脱症状(禁断症状)が起きてくる場合があります。その他の離脱症状としては、強い眠気、空腹感、全身疲労感などがあります。

5.耐性・依存性
リタリンを長期服用していると耐性が形成されて、今までと同じ分量ではそれまでの効果効能が得られなくなり、結果として服用する分量が増えていきます。また、リタリンは即効性で爽快感や多幸感を得ることができ、抑うつ感がなくなって集中力や思考力が増すので、強い依存性があり、その覚醒の効果を求めてやめられなくなり薬物依存症になる危険性もあります。

どのような薬物にも良い作用(効果)と副作用(悪い影響)がありますので、そのメリットとデメリットを考慮しながら、自分の抱えている病気を治療することを目的として、医師や薬剤師の説明をよく聞き適切な服用を心がけることが大切です。
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