強迫性人格障害(Obsessive-Compulsive Personality Disorder)

DSM-Ⅳによる強迫性人格障害の診断基準
強迫性人格障害の性格行動面の特徴
強迫性人格障害の各種タイプ

DSM-Ⅳによる強迫性人格障害の診断基準

アメリカ精神医学会(APA)が作成した“精神障害の統計・診断マニュアル”であるDSM‐Ⅳ‐TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、世界保健機関(WHO)が定めたICD‐10(International Classification of Diseases:国際疾病分類)と並ぶ精神医学的な疾病分類と診断基準の国際的なスタンダードとなっていますが、DSM‐Ⅳによると強迫性人格障害の診断基準は以下のようなものとなっています。強迫性人格障害は、『不安感と依存性の強い行動パターン』を特徴とする人格障害のクラスターC(C群)に分類されます。アメリカの疫学的調査によると強迫性人格障害の発症率(比率)は約1.0%ですが、男性のほうが女性よりも有意に発症率(男性は女性の約2倍)が高くなっています。

DSM‐Ⅳによる強迫性人格障害(Obsessive-Compulsive Personality Disorder)の診断基準

A.秩序・完璧主義・精神面および対人関係の統制にとらわれ、柔軟性・開放性・効率性が犠牲にされる広範な様式で、成人期早期に始まりさまざまな状況で明らかになる。次の8つの基準のうち、4つ以上があてはまる。

1. 細かいこと(細目・規則・一覧表・順序・構成)にとらわれて、活動の主要点を見失う。

2. 何か一つでも落ち度があると、それを理由にして計画の達成を丸ごと諦めてしまうような完全主義を示す。

3. 娯楽や友人関係を犠牲にしてまで、仕事と効率性の向上に過剰にのめり込む(経済的必要性だけでは説明できない仕事・生産性への没頭)。

4. 一つの道徳・倫理・価値観に凝り固まっていて融通が効かない。

5. 特に思い出があるわけでもないのに、使い古したもの、価値のないものを捨てられない。

6. 自分のやり方に従わない限り、人に仕事を任せたり一緒に仕事をすることができない。

7. 金銭的に自分に対しても人に対してもケチである。将来の破局・困窮に対してお金は貯めておかねばならないと思っている。

8. 頑固である。

強迫性人格障害の性格行動面の特徴

強迫性人格障害(obsessive-compulsive personality disorder:OCPD)は、『完全主義・頑固・倹約性・秩序志向』という特徴が見られる硬直的な性格構造で、S.フロイトのリビドー発達論(性的発達理論)における肛門期性格(anal character)に類似した性格です。S.フロイトのリビドー発達論ではトイレット・トレーニングを行う『肛門期(1歳半~3歳頃)』に行動の自律性を獲得すると考えましたが、肛門期に情緒的な問題が起きてリビドーが固着すると、『頑固・几帳面・吝嗇(ケチ)・完全主義』などの特徴を持つ独特の強迫的な肛門期性格が形成されるとしました。『排泄・貯留』の快刺激を感じる肛門期に、順調にトイレット・トレーニングが進めば『自律性(自尊心に根ざした行動力)』を獲得しますが、親がトイレの失敗を過度に批判したりすると『恥・疑惑(自尊心の傷つき)』の心理特性を身につけてしまうことがあります。

肛門期におけるリビドー固着(発達停滞)によって『攻撃性(怒り)・罪悪感・恥辱感』が内面に生成されますが、それらの不快な感情が抑圧されることによって強迫性人格障害に近似した肛門期性格が形成されます。古典的な精神分析理論では、強迫性障害の症状形成メカニズムを『攻撃性と怒りの過度の防衛・反動形成による怒りの取り消し』によって理解していましたが、厳密に言うと病的な『強迫性障害』と性格的な問題の『強迫性人格障害』とは異なる特徴を持っています。人生・状況に対するコントロール欲求が強い強迫性人格障害は、『仕事面での完全主義傾向』『企業活動での秩序志向性』を顕著に持っており、融通性や柔軟性に乏しい『典型的なワーカホリック(仕事中毒)』の状態を示すことが多くなっています。几帳面さ・没頭性・秩序性などの特徴を見せるワーカホリック(仕事中毒)の強迫性人格障害では、『情緒的・個人的な人間関係』を楽しめず『社会的・序列的な人間関係』にしか上手く適応できないという問題が起こってくることがあります。

『社会的・序列的な人間関係』とは、企業内の職階(上下関係)や規則に従った人間関係のことであり、ワーカホリックな強迫性人格障害の人の中には『上司に対しては従順で卑屈・部下に対しては傲慢で意地悪』という企業秩序にはまり込んだ典型的な会社人間のパターンを示すこともあります。仕事には集中して熱心に取り組みますが、『重要ではない細部の項目(枝葉末節な事柄)』にこだわり過ぎる完全癖(完全主義)があるので、一般にプロジェクトを確実に達成するようなパフォーマンス(成果を出す仕事能力)はあまり高くありません。ワーカホリックな強迫性人格障害の人には、重要度・緊急性に合わせた『仕事の優先順位・作業の詳細度』を上手くつけるという能力が欠けており、すべての作業・項目を完璧に仕上げようとし過ぎて『仕事の全体像(目的意識)』を見失ってしまうという短所があります。

完全主義欲求の過剰によって、少しでも仕事でミスや失敗をすることが許せず、些細なミスによって『仕事全体に対する意欲(やる気)』を失ってしまうという問題もあります。強迫性人格障害(OCPD)の問題点の一つが、『一切のミス(遺漏)無く、完全に物事をやり遂げられなければ無意味である』という完全主義欲求(完全癖)であり、人間が完全に物事をやり遂げることが困難である以上、完全主義欲求によって物事(仕事)を途中で投げ出してしまうことが多くなります。強迫性人格障害の認知療法的なカウンセリングでは、ある程度のミスや欠点を受容できる『現実的な柔軟性・妥協ができる応用性』を身に付けることが一つの課題になります。幾つかの些細なミスや失敗をしたとしても、与えられた仕事(役割)を完全に出来ないからといって途中で放棄するのではなく、とりあえず最後までやってみることが現実社会では大切なのです。

『秩序志向性・感情抑制性』を持つ強迫性人格障害の人は、自由に自分の決断で物事を決めることが苦手であり、他人に優しさや思いやりといった支持的な感情を表現することがあまり得意ではありません。強迫性人格障害(OCPD)に特徴的な葛藤として『自己主張-集団主義・他者配慮-他者支配・寛容な態度(表情)-厳格な態度(表情)』などがあり、想像力や創造性に乏しい強迫性人格障害の人は『他者・環境・規則(ルール)』に対してその場その場でどういった反応をすれば良いのかを決断できない優柔不断な側面を持っています。

その為、いつも不機嫌そうにフラストレーションを溜めて怒っていたり、規則(ルール)に従った画一的・機械的な行動しかできなかったり、無難な表情と反応でその場をやり過ごしたりといったことが多くなります。表面的な性格としては『良心的(道徳的)な態度・几帳面な誠実さ・硬直的な生真面目さ』などが目立ちますが、それは自分の怒り(攻撃性)や不平不満を隠蔽するための補償(防衛機制)の現れであり、本質的な性格特性としては『自信の欠如・決断力(判断力)の不足・自己不確実感(アイデンティティ拡散)』などが浮かび上がってきます。

強迫性人格障害(OCPD)の人は、社会規範(集団秩序)や道徳規範に対して従順に従う傾向がありますが、彼らは『一般的な規則』に従って『大多数の行動』に調和することで自己決定に対する不安感を防衛しています。つまり、自分の判断(決断)に対する自信の欠如からくる不安感を『大多数の人が認める規範性・常識性』によって補償しているのであり、OCPDでは必然的に『内面的な判断基準』と『社会的(組織的)な判断基準』が一致してきます。内面的な判断基準と外部的な倫理道徳(規範性)が一致してくると、OCPDの人の性格に対する評価は『道徳的・誠実(良心的)・まじめ・頑固・執着的』といった融通の効かないものになってくるわけです。

病理的な強迫性障害では、『自分固有のルール(規範)』に強迫観念・強迫行為で束縛されることが多くなり、『馬鹿馬鹿しい不合理で無意味な思考・行動』を自分の意思でやめることが不可能になってきます。代表的な強迫症状には、何度も手を洗っても手が細菌で汚れているように感じてしまう『洗浄強迫』や何度戸締りを確認しても鍵をかけ忘れたように感じてしまう『確認強迫』がありますが、これらの強迫症状は強迫性障害のものであり、完全主義・秩序志向を特徴とする強迫性人格障害(OCPD)では見られません。

完全主義欲求は『すべての物事を完全に仕上げなければ無意味である』という非適応的な価値観を導きやすく、その為にOCPDでは『(意志決定困難による)行動計画の延期・プロジェクトの途中放棄』といった問題が見られやすくなります。OCPDの柔軟性のない頑固さと温かい感情表現の欠如は『他人に対する批判的な態度・近寄りがたい厳格な雰囲気』を生み出し、金銭に対する執着性(吝嗇・倹約)は『自己と対象を分離できない過度の所有欲』につながっていきます。

強迫性人格障害では対人トラブルが起こりやすくなりますが、その理由は温かい感情表現や相手の心情の推測(想像)が苦手であり、他人と妥協してお互いの満足を追求するという柔軟な意志決定ができないからです。秩序性と完全性を延々と追求するOCPDの人の問題の本質は、『リラックスして安心できない』ということであり、なぜリラックスできないかというと『完全に物事を達成しなければ、自分は誰にも承認されない(愛されない)』という基本的認知があるからです。

強迫性人格障害の人の秩序志向の統制感覚と完全主義的な努力は、『完璧に物事をやり遂げれば、完全な愛情と承認(尊敬)を得ることができる』という理想的状況に向けられていますが、現実には完全にすべての物事をやり遂げることは不可能なので、OCPDの人の強迫的な葛藤と不安は長期的に継続することになります。この強迫的な不安と葛藤を根本的に解決するためには、『特別な努力をしていないありのままの自分』を他者から無条件に受け容れてもらう体験が必要であり、『強迫的な完全主義欲求(成功すること)』『情緒的な愛情欲求(愛されること)』を認知的に切り離さなければいけません。

強迫性人格障害の各種タイプ

セオドア・ミロンの強迫性人格障害についての仮説によると、『良心的なタイプ・禁欲的なタイプ・官僚的なタイプ・ケチなタイプ・混乱させるタイプ』の5つのタイプに分類することが出来ます。

『良心的なタイプ』とは、『一般的な社会規範・倫理観・権威性への従順さ』を特徴とする性格構造であり、自分の良識・常識や上品さなどを強調することで自分の存在意義を確認しています。他者の意見や価値観、評価に対しても基本的に従属的であり、『他人からどのように評価されているか』によって自己評価が大きく変化するという自己アイデンティティの不安定性をもっています。良心的なタイプの強迫性人格障害の人は一般的な規範(ルール)や善悪に従って一生懸命に働くことで、『自己の不確実感・目的意識の不在・自分の能力への疑惑』を補償しています。良心的なタイプの強迫性人格障害の内面では、『完全を目指して働くこと・集団のルールを従順に守ること=他人から強い愛情や保護を与えられること』であり、基本的には依存性や従属性の強いパーソナリティであるといえます。内面的な攻撃性や怒り・不満が、独自の従属的な性格構造の中に昇華されているので、他人とトラブルを起こすことが少なく社会適応性が高くなっています。逆に言えば、『社会適応性の高さ・規律正しい善良な市民であること』を積極的にアピールする性格傾向であり、真面目にルールを守って働くことで他人から認められたい(愛されたい)と考えているわけですが、『真面目さ=愛される(認められる)の等式』が成り立たない時には強烈な見捨てられ不安や自己嫌悪・社会への敵意に襲われることになります。

『禁欲的なタイプ』とは、『服従(禁欲的昇華)』『反抗(衝動的欲求)』のアンビバレンツ(両価的)な葛藤を抱える強迫性人格障害の人が、怒り・攻撃性を昇華することに成功した性格構造のことです。強迫性人格障害はS.フロイトの肛門期性格と同じように『内的な怒り・サディスティックな攻撃性』を抑圧していますが、この怒りの情動は『昇華・抑圧・反動形成・置き換え』などの防衛機制によって処理されることになります。OCPDでは不快な性的欲求や非道徳的な衝動、怒りの感情を日常的に抑圧しており、禁欲的なタイプでは『白か黒か・善か悪かの二分法思考』が頻繁に見られます。禁欲的なタイプは非常に厳格な道徳主義者であることが多く、人間に対する評価でも正義(善)か不正(悪)かの二元論的な価値判断をして、臨機応変な融通を効かせることはほとんど出来ません。禁欲的な強迫性人格障害者は、日常生活でサディスティックな攻撃衝動や怒りを抑圧していますが、『相手が道徳や法律に違反している』というような大義名分があれば、その攻撃性や怒りが解放されてサディスティックな性格行動パターンを示すようになります。

中世の聖職者階級や近代の労働者階級、現代の原理主義者(道徳主義者)などに禁欲的なタイプの強迫性人格障害が見られ、『社会規範(法規範)・労働道徳・宗教教義』などを絶対的な判断基準として、そこから逸脱した人物を徹底的に糾弾して処罰することに快楽を感じます。世界と人間を善・悪に二分して自分が禁欲的な生活をすることで『善の立場』を手に入れ、『悪の立場』にあると認定した人物を厳しく攻撃して罰則を加えるというのが禁欲的なタイプの典型的なパターンです。その心理の本質は『抑圧した怒り・攻撃性・不満の解放=ルサンチマン(弱者の強者に対する怨恨)の充足』にあり、これだけ禁欲的な我慢をしたのだからそれなりの満足や快感が欲しいという補償の防衛機制も関係しています。

『官僚的なタイプ』とは、自分の外部にある社会的・政治的システム(官僚主義的機構)に従属することによって、『自己の不安定性・両価的な葛藤』を補償しようとする性格構造です。大企業・官庁など大組織の一員になることで『自己の存在意義』を認識するような心理と関係しており、伝統的価値観や社会的権威性に忠実に服従することによって『自己の行動の目的・人生の意義・社会的な役割』を受動的に手に入れることができます。『外部的なシステム(官僚主義的機構)』に自己を組み入れて、『与えられた任務・仕事』を着実に遂行することで、内面的な問題(苦悩)から遠ざかることが出来るというメリットが官僚的な強迫性人格障害にはあります。官僚的な強迫性人格障害は、社会的(規則的)に規定される上下関係や階層秩序に安心感を感じる傾向があり、責任・権限、役割が曖昧な人間関係に不快感や戸惑いを感じやすくなっています。システマティックな組織・集団に所属してその中での地位や役割が明確に決まっている状態を彼らは心地よく感じており、官庁・警察軍隊・大企業・大学機関などでの公的地位(上下関係)をそのまま人間的価値として認識する傾向があります。官僚的なタイプの強迫性人格障害者は、自尊心と自己アイデンティティ、人生の目的意識の大部分を『所属している組織・機関』に依存しており、自分自身の主体的な判断能力(意志決定)に自信が持てないという問題があります。所属組織に対する『勤勉さ・忠実さ・従属性』と引き換えに、『人生の大まかな保障・地位に応じた自尊心・仕事の目的意識』を得たいとする考えを持っており、彼らの中では帰属組織(権威性)と自己存在の価値は限りなく密接に結びついています。

『ケチなタイプ』とは、肛門期性格にも典型的に見られるものであり、所有物や金銭に対する過剰なまでの執着心を持っています。ケチなタイプの強迫性人格障害は、『自分のものは自分のもの、相手のものも自分のもの』というような強い金銭・物質の独占欲が見られ、『今、所有しているものを失うのではないか?』という妄想的なまでの喪失不安を抱えています。金銭的な吝嗇(ケチ)に象徴される『物質的な利益への執着』『情緒的な満足への執着』と表裏一体のものであり、幼少期から愛情や欲求を剥奪されてきた苦痛な経験が『所有物・価値観への過度の執着』を生み出している部分があります。経済的必要性を超えて異常なまでに吝嗇(ケチ)な態度を取るのは、『単純にお金が惜しいから』というよりも、『もっと他者の愛情・承認が欲しいから』という強烈な愛情飢餓(対人欲求)の心理に根ざしていると考えられます。

『混乱させるタイプ』とは、『欲求(衝動)』と『抑圧(禁欲)』の両価性を持つ強迫性人格障害に振り回されているタイプであり、本当の自分の欲求や怒り(攻撃性)を抑圧して『理想的な正しい人物像』を演じていることに息苦しさや無価値感を感じています。つまり、OCPDに特徴的な実際の感情(欲求)とは正反対の感情を表現するという『反動形成』の防衛機制が機能しなくなっている性格構造であり、『自分の欲求と倫理規範』『自己主張と他人の要求(希望)』の間でどのような行動を取ればいいのか分からなくなり混乱している状態にあります。混乱させる強迫性人格障害では、自分の目的意識や欲求内容が分からなくなり自己アイデンティティが拡散してしまうので、『判断能力の低下・意志決定の延期・生きがいの喪失』といった問題が発生しやすくなります。

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