DSM-5の統合失調症スペクトラム(Schizophrenia Spectrum)という考え方
妄想性障害と統合失調症の診断基準の変更
DSM-5では、統合失調症が『自閉症スペクトラム』と同じように一連の連続体(スペクトラム)と見なされるようになっており、統合失調症のカテゴリーに含まれていた『妄想性障害・統合失調症様症状・短期精神病性障害』などもスペクトラムの一部に包摂されている。統合失調症スペクトラム(Schizophrenia Spectrum)とは、統合失調症の限定的な中核症状に基づいて、その有無や重症度、持続時間を分別する一連の連続体のことであり、統合失調症スペクトラムには軽症から重症まで様々な統合失調症的な症状の人が含まれている。
DSM-5では、統合失調症の中核症状を以下の5つと定義しており、その症状の有無・重症度・持続時間を判断していく。
1.妄想
2.幻覚
3.思考の解体・疎通性のない会話
4.非常にまとまりのない言動・緊張病性の行動
5.陰性症状(感情の平板化・無為)
DSM-5の統合失調症スペクトラムに包摂される障害を、症状がはっきりと現れない軽症のものから、現実検討能力が失われる重症のものへ順番に並べると以下のようになる。
1.統合失調型パーソナリティ障害
2.妄想性障害(旧パラノイア)
3.短期精神病性障害
4.統合失調症様障害
5.統合失調症
『妄想・幻覚・思考の解体(疎通性のない会話)・まとまりのない言動(緊張病性の言動)・陰性症状(感情の平板化・無為)』の5つの中核症状がはっきりとした形では見られず、健常者とはやや異なる奇妙な言動・奇異な信念が見られたり、現実的な認知・思考がある程度歪められたりしている状態を『統合失調症型パーソナリティ障害(schizotypal personality disorder)』として定義している。統合失調症型パーソナリティ障害は、統合失調症スペクトラムの中では最も軽度な障害であり、他者とのコミュニケーション能力は一定程度は維持されており、幻覚・妄想によって日常生活全般に大きな支障が生じているわけではない。
5つの中核症状の中で妄想の症状だけが顕著に見られるものが『妄想性障害(delusional disorder)』、中核症状のうちの1つ以上が確認されても1ヶ月以内に完全に回復したものが『短期精神病性障害』、統合失調症の診断基準を満たすが6ヶ月以内にその診断を満たさない程度に回復したものを『統合失調症様障害』、その診断基準を満たす状態が6ヶ月以上にわたって継続されている病的状態を『統合失調症』というように分類している。
DSM-Ⅳでは、“統合失調症”と“妄想性障害・短期精神病性障害・統合失調症様障害”は異なる別の精神疾患として診断されていたが、DSM-5では“統合失調型パーソナリティ障害・妄想性障害・短期精神病性障害・統合失調症様障害・統合失調症”は症状の程度が違うだけで連続的な一連の病的状態(スペクトラム)を形成していると考えられている。
DSM-5の妄想性障害(delusional disorder)では、『妄想内容の奇妙さや危険性のレベルに代表される妄想の重症度』は統合失調症であるか否かの診断基準ではなくなっており、そういった妄想の奇妙さ・奇異さのレベルは『特定子』として別に記載するように変更されている。
妄想そのものは他の精神障害でも発生することの多い障害であるが、妄想性障害と他の強迫性障害・解離性障害・身体醜形障害(自己臭症)などがオーバーラップする時には、妄想性障害ではないほうの精神障害の診断を優先する(妄想症状は特定子として記述すれば良い)とされている。また、DSM-5では『妄想』の症状だけしか見られないケースでは統合失調症とは診断しないということが決められており、必ず他の中核症状(主領域の症状)が妄想と一緒に発症していなければ統合失調症とは診断されない。
短期精神病性障害(brief psychotic disorder)と統合失調症様障害(schizophreniform disorder)については、DSM-Ⅳからの診断基準の変更はないが、緊張病がオーバーラップ(重複)する可能性と重症度の特定(多元的診断)が付け加えられている。統合失調症と統合失調症様障害の違いは、ただその症状の持続期間が6ヶ月以上であるか否かだけの違いである。
妄想性障害の一種であるエロトマニア(erotomania)は、他者(特に手の届かないような著名人・権力者・憧れの人物)が自分に恋愛感情を抱いているに違いないと思い込む妄想症状が発生する精神障害であり、日本語訳の『色情狂』から連想される安易に誰とでも肉体関係を持とうとするセックス依存症や代理的な自傷行為とは異なるので注意が必要である。
統合失調症(schizophrenia)の診断基準の変更点としては、基準Aの『奇異な妄想』と『シュナイダーの1級症状(複数の人が話をしている幻聴)』の特別扱いをなくして、それら単独だけでは統合失調症の診断ができないということになった。その理由は、妄想の内容がどれくらい奇異なのか重症なのかの判断基準はかなり曖昧であり、判断をする専門医の主観に左右される部分が大きいからである。非常に奇妙な内容の妄想だけが見られて、それ以外の中核症状が見られない場合には、『妄想性障害』という診断が下されることになる。
シュナイダーの1級症状についても、古典的な精神病理学理論に基づくものであり、統合失調症以外の精神障害でもそれらの1級症状は見られることがあるため、統合失調症だけに見られる特異的な症状とは見なせないとされた。DSM-Ⅳまでは、上記した5つの中核症状のうちの2つが確認されれば統合失調症という診断が下されていたが、DSM-5では『妄想・幻覚・解体した思考(疎通性のない会話)』といった陽性症状が必ず一つは含まれていなければ診断できないことに決められた。
DSM-5では症状の曖昧さの問題があった統合失調症の亜型分類も削除されて、それぞれの患者の中核症状の違いについては、緊張病性障害の有無や中核症状(主領域)の多元的診断で確認するようになっている。精神障害の各種の中核症状(主領域)の重症度を評価する尺度として、『治療者評価精神病症状重症度ディメンション(CRDPSS:Clinician-Rated Dimensions Psychosis Symptom Severity)』というものが作成されている。