分裂病質人格障害(Schizoid Personality Disorder)

DSM-Ⅳによる分裂病質人格障害の診断基準
分裂病質人格障害の性格行動面の特徴
抑うつ的なタイプと回避的なタイプ
分裂病質人格障害への対応

DSM-Ⅳによる分裂病質人格障害の診断基準

アメリカ精神医学会(APA)が作成した“精神障害の統計・診断マニュアル”であるDSM‐Ⅳ‐TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、世界保健機関(WHO)が定めたICD‐10(International Classification of Diseases:国際疾病分類)と並ぶ精神医学的な疾病分類と診断基準の国際的なスタンダードとなっていますが、DSM‐Ⅳによると分裂病質人格障害の診断基準は以下のようなものとなっています。分裂病質人格障害は、『奇妙な思い込みや風変わりな行動』を特徴とする人格障害のクラスターA(A群)に分類されます。

DSM‐Ⅳによる分裂病質人格障害(Schizoid Personality Disorder)の診断基準

社会的関係からの遊離、対人関係状況での感情表現の範囲の限定などの広範な様式で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下の7つの基準の内、4つ(またはそれ以上)によって示される。

1. 家族を含めて人と親密な関係を持つことを楽しいと思わず、親しい関係を持ちたいとも思わない。

2. ほとんどいつも孤立した行動を取る。

3. 他人と性体験を持つことにほとんど興味がない。

4. 趣味のような喜びを感じる活動にあまり関心がない。

5. 親、兄弟姉妹以外に親しい人や信頼できる人がいない。

6. 他人の賞賛にも批判にも無関心に見える。

7. よそよそしく冷淡である、感情が平板化しており情緒性がない。

分裂病質人格障害の性格行動面の特徴

分裂病質人格障害(Schizoid Personality Disorder)は、統合失調症の病理研究や臨床活動の中から発見された性格上の問題で、対人関係や社会活動を拒絶する『非社会的問題行動』との関連が深い人格構造の偏りです。『非社会的な分裂病質』の問題を初めて精神医学的な課題として取り上げたのは、Schizophrenieの病理概念を提起したオイゲン・ブロイラーです。ブロイラーは分裂病質の特徴として『過度の内向性・外界への興味喪失・感情表現の平板化・情緒性の欠如』などを上げています。

精神病である統合失調症には、健常者の精神活動には見られない幻覚・妄想・錯乱を伴う『陽性症状』と健常者が持っている心理機能である自律性や積極性(興味関心)が失われる『陰性症状』とがあります。分裂病質人格障害は、統合失調症の陰性症状(無為・自閉・対人関係への欲求喪失・興味や喜びの消失・感情の平板化)と関連が深い人格障害と見られており、その最大の特徴は『社会生活・対人関係・職業活動などからの孤立』であり『ほとんどの事柄に興味がなくなるという無関心(感情鈍磨)』です。

統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想)に類似した性格特徴を示すものに分裂病型人格障害(Schizotypal Personality Disorder)がありますが、分裂病質人格障害(Schizoid Personality Disorder)の場合には認知機能の障害である幻覚妄想は見られず、『親しい対人関係の拒絶・社会環境からの孤立・感情の鈍磨』などの非社会性が際立っています。人格障害は『平均的な性格特性からの極端な偏り』であり病気としての精神障害ではないので、非社会的状況にあるひきこもりの中には、元々対人関係や社会活動に関心(欲求)がない精神病質人格障害に該当する人がいるかもしれません。しかし、成育歴の途中までは学校生活や友人関係を楽しんでいたのに、何かの挫折や失敗を引き金にしてひきこもりが始まったようなケースでは、人格障害というよりも心因反応(もしくは急性の精神疾患)としての側面が強いと思われます。

他人と接触(交流)する社会的場面を回避しようとする回避性人格障害(Avoidant Personality Disorder)とも『現象学的な特徴(外部観察的な特徴)』では似ていますが、回避性人格障害では『本当は人と親しい関係を持ちたいのに、不安や恐れが強くて積極的になれない』という両価的(アンビバレンツ)な葛藤が見られます。分裂病質人格障害は『感覚鈍感型』で対人関係の不安は強くないが、他人と関わることへの興味や意欲が著しく欠如しているという特徴を持ちます。回避性人格障害の場合には『感覚過敏型』であり、対人関係への欲求や関心はある程度あるものの、自分が傷ついたり軽蔑されることを恐れて対人関係の不安が強まっています。

分裂病質人格障害は、基本的に統合失調症のスペクトラム(病理学的な連続性)の中に位置づけられますが、現実吟味能力がしっかりとしていて他人の話の内容や質問の意図などについては正確に認知することが出来ます。社会経済的な問題が深刻化しない限りは、『人嫌いな人・非社交的な人・孤独が好きな人・打ち解け難い人・よそよそしい人・冷静で慌てない人・いつもぼんやりした人』といった印象を周囲にもたれていることが多く、友人関係を自分から求めることが殆どないので人間関係の幅が狭くなりがちです。

分裂病質人格障害(SPD)の特徴を持つ人にも、内面的な葛藤や対人関係における不安(恐れ)が見られることがあるので、クラスターCの回避性人格障害や強迫性人格障害の問題と重複しているケースも少なくない。SPDには、対人関係に対する無関心や社会活動に対する意欲の減退という『現象面の特徴』と他者や社会に対して積極的な興味・欲望を抱けない自己に対する違和感(アイデンティティの混乱)という『心理面の葛藤』が並存していると考えられます。異性に向かう性的欲求も一般にほとんど感じないため、恋愛関係や結婚関係でもトラブルが多くなってくるという特徴があります。特定の異性が好きや嫌いという判断を理性的に下すことができても、その理性的判断に情熱や感情をリアルに感じることが苦手なので、好きな相手に対するコミュニケーションや感情表現に不自然な感じが現れやすくなるのです。

抑うつ的なタイプと回避的なタイプ

精神医学分野で性格理論研究を進めているセオドア・ミロンによると、分裂病質人格障害は『抑うつ的なタイプ・対人関係の乏しいタイプ・離人症的なタイプ・感情鈍磨のタイプ』の4つのタイプに分類することが出来るといいます。

『抑うつ的なタイプ』とは、意欲の減退や自発性の欠如を特徴とする『うつ病(気分障害)』との関連性が深い分裂病質人格障害です。自分から進んで何かを積極的にするという自発性が見られず、他人とコミュニケーションすることにも余り関心を示しません。慢性的な疲労感や無気力が強く見られるので非活動的であり、行動面のエネルギーが激しく低下していますが、『自分の快楽・喜びを追求する行為』にも興味がないので、意欲・気力がない状態を心地よく感じていて『現状からの変化』を拒絶する傾向が見られます。物事全般に関心が乏しく他人と関わりを持ちたいという欲求もないので、『抑うつ的な分裂病質人格障害』は一般的に自我親和的(自分はそのままで良いと思える状態)です。しかし、その『無気力・不活発に繰り返される日常』を変えたいと思った時には、自我異和的な刺激(自分はこのままではいけないという認知)が生じて強烈な不安感や焦りを感じることもあります。

『対人関係の乏しいタイプ』とは、情緒的な他者との関係性を拒絶して孤立しやすいという意味で、『社会不安障害(対人恐怖症)』『回避性人格障害』との関連性が深い分裂病質人格障害です。他人と表面的な会話をしたり社交辞令的な挨拶をしたりすることには問題がない場合も多いのですが、他人と個人的な付き合いをしたり他人から自分のプライベートな心理領域に踏み込まれることをひどく嫌っていて、『対人関係上のデメリット(攻撃・被害・嫉妬・裏切り・いじめ・負担)』にいつも意識を向けています。他人を深く信用し過ぎて裏切られた場合の苦痛や屈辱などをいつも予測しているため、『他人との感情的関係』に強い不安や恐れを抱いています。他人よりも優位に立ちたいという『自尊心の強さ』と自分は傷つきやすいという『自我の脆弱性』によって、他人と円滑なコミュニケーションをすることができず、社会環境から孤立してしまうという問題が生まれます。対人的な不安感の強さや社会的スキルの未熟を抱えるひきこもりの問題には、この『対人関係の乏しい分裂病質人格障害』の関与が疑われるケースもあります。このタイプの人格障害には『幼少期の対人接触機会の不足』や『トラウマティックな親子間関係』が発症に関係しているとも言われます。

『離人症的なタイプ』とは、自己の人生や日常生活に対する関心が弱まっている状態であり、意識の覚醒水準が低下してぼんやりと夢見心地になっているような分裂病質人格障害のことです。解離性障害の離人症と同じように、自分の身体や自己アイデンティティのリアリティ(現実性)が減弱しており、『自分が自分ではないような曖昧な感覚』を持って毎日を生活しています。自分や周囲の人々、外部の世界のリアリティ(現実性)が薄らいでいる離人症のような状態にいつもあるので、『具体的な人生の課題』や『現実的な経済状況』などに関する興味関心は殆ど見られず、周囲の人からは『浮世離れした脱俗的な人・現実問題に興味のない人・夢想的で想像が好きな人・自分の人生に対する責任感のない人』というような印象をもたれています。離人症的な分裂病質人格障害の最大の特徴は、『自己と世界のリアリティの喪失』であり『現実社会への不適応の深刻化』ですが、本人は自分の人生や問題そのものに関心を持てない状態にあるので、苦悩や不安はそれほど強くないことも多いのです。

『感情鈍磨のタイプ』とは、自己の感情を認識できずその感情を適切に表現できないという『アレキシシミア』に近似した症状を見せる分裂病質人格障害です。一般的に、情緒的コミュニケーションがぎくしゃくとしており、他者に対する温かい共感性や優しい気配りなどが出来ないという問題を抱えています。喜怒哀楽の感情が平板化(鈍磨)していて、他者に自分の気持ちを円滑に伝達することが出来ないので、良好な対人関係を築く事が出来ず社会的な孤立状況に置かれることが多くなります。他人との親密な関係やコミュニケーションに居心地の悪さを感じますが、臨機応変な返答をしなくても良い儀礼的なやり取り、ビジネス的な利害関係のみの交渉であればある程度適応能力を発揮することもあります。対人場面における緊張感や強迫性が強く『決まりきった対応』さえしていれば良い機械的(慣例的)なコミュニケーションを好むので、情緒的な発言・態度を楽しむような友人関係や恋愛関係が苦手なのです。喜びや興奮、怒りや悲しみといった人間らしい感情を持てない自分に対して劣等感や抑うつ感を感じてしまうこともあります。

分裂病質人格障害への対応

分裂病質人格障害が抱える問題をまとめると、『対人関係(対人コミュニケーション)への無関心』とそれに付随する『社会生活(職業活動)への不適応』になりますが、対人関係や社会生活への適応が上手くいかないことで社会的・経済的不利益も多くなっていきます。分裂病質人格障害は、共感的な対人コミュニケーションや生産的な社会活動(職業生活)に関心・意欲を示さないことによって、非社会的な問題行動である『ひきこもり』のリスク・ファクター(危険因子)となりますが、最終的には周囲にいる家族への経済的・生活的な依存が問題になってくることが多いようです。

分裂病質人格障害(SPD)への対応としては、『社会的なあらゆる事柄への無関心』という状況をまずは改善することが重要であり、本人の『好きなもの・関心があるもの・空想しているもの・過去に興味を持っていたもの』を特定して日常会話のとっかかりを作って上げることがスタートになります。SPDの性格傾向には、自分の内面的なイメージや思考内容を価値基準とする『内向性(introversion)』が強く見られるので、自己の精神世界の外部にももっと興味を持てることや面白いものがあるということに気づかせることから実際的な心理療法が始まります。

『対人関係を拒絶する傾向』に関しては、『私は一人だけで十分に満足できる・どうでもいい事にこだわって意見する他人は厄介な存在である・他人とは一定の距離感を取っていないと危険だ』という中核的信念が関係していることが多いので、心理臨床家(カウンセラー)や周囲にいる人々(家族・友人)が『他人と関係すると、一人でいるよりも楽しいことがある』という経験を積み重ねさせなければなりません。SPDでは、過去に他人と深く関わって裏切られたり自分の考えを否定されたりしたトラウマティックな記憶を持つことも少なくないので、自由に自分の意見や感情を表現しても否定されないという安心感を与えてやることが大切なのです。その為、SPDの人に『話したいテーマや考え』を話させてみて、その意見や気持ちを肯定したり評価してあげるという支持的療法も有効に機能しますが、本格的なSPDの対応としては、ロールプレイング(模擬的な対人コミュニケーション)を実施する行動療法や集団精神療法(エンカウンター)、SST(社会技能訓練)に大きな効果があります。

実際にさまざまな個性を持つ他者がいる社会的場面に参加してみること、あるいは、社会生活への適応を高めるために職業教育訓練や資格取得のための学校教育を受けてみることにも治療的な意義があります。何か本人が興味や意欲を持てる事柄を一緒に探して上げることがまず大事ですが、そういった興味の対象が見つかったら、『安心できる環境(自分を否定する人がいない準備された治療的環境)』で他人と試しにロールプレイングで会話をしてみることが次の課題になってきます。『他人とコミュニケーションする楽しさ』を少しでも実感できるようになったら、実際の社会環境の中でいろいろな活動や対話を行動療法的に経験していくことが回復に役立ちます。

しかし、他人から反対されたり拒絶されたりといった『対人関係の悩み』が起こると、『自分は他人から好かれないので、人間関係に上手く適応できない』という自己否定的な認知が強まりやすいので、その都度、適切な心理的ケア(支持・肯定・解釈)を行っていく必要もあります。対人関係や社会生活に対する劣等感・不適応感を弱めていくことが心理療法の中心であり、日常会話を練習できるロールプレイングを通して他人とのコミュニケーション(社会的場面)に慣れ、自己と他人に対する感情的な共感性を高めていきます。共感能力や興味関心を回復することで『楽しさを実感できる親密な対人関係』を拡大していき、社会生活や対人場面への不安を和らげることで『経済的な職業活動』に参加できるようになっていくのです。

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