知能検査(知能テスト)の種類:ビネー式知能検査


ビネー式知能検査と知能の定義

ビネー式知能検査は、1905年にフランスのアルフレッド・ビネー(Alfred Binet, 1857-1911)とビネーの友人の医師シモンによって開発された初めての知能検査である。フランスの文部省付属の専門機関『異常児問題研究委員会』の嘱託によって開発されたビネー式知能検査は、普通教育の授業についていけない学業不振児童(精神遅滞・精神薄弱の児童)を判別する為の客観的な知能測定法であった。

ビネーは、フランス文部省付属の委員会に所属する前に、『知能の実験的研究』(1903)という画期的な知能研究の大著を発表していました。この著作は、ビネーが自分の二人の娘を観察対象にして分析した科学的な知能研究の著作である。12年間にも及ぶ娘たちの長期的な行動観察を通して作成されたという意味では、稀有な関与的観察法の研究書であると言えるだろう。ビネー式知能検査は、テストを受けた児童が『解答できた問題の難易度』を判定することで、知能面の精神年齢(MA, Mental Age)を測定できるとするものである。1908年版と1911年版に改訂版が開発されたが、正解することが出来た問題の難易度によって知能の発達水準を表す精神年齢を測定するという基本的な方法は変わらない。

ビネーは、初め『知能』を生得的素質によって規定される『判断力』と同義な能力と考えたが、実証的な知能研究を進めていく中で知能を判断力のみで定義することは不可能であると気づいた。そこで、知能を構成する要素として『判断力・理解力・批判力・方向付け・工夫する力』を想定するようになった。現在では、知能とは何であるかについて一義的にずばり定義することは困難であると考えられるようになっているが、敢えて知能を定義するならば『学習能力・記憶能力としての結晶性知能』『問題解決能力・環境適応能力としての流動性知能』の複合体を知能の一般的理解として定義できるだろう。結晶性知能とは、意識的な学習行動の結果としての知識・技術を蓄えるストックとしての知能であり、流動性知能とは、変動する環境や所与の課題にその場その場で対応して問題解決するフローとしての知能である。

知能の定義にはこれ以外にも様々なものがあり、経験的な学習行動による知能発達を無視するC.バートの知能の生得的素因説やA.R.ジェンセンによる遺伝要因を重視した知能観など実に多様な定義がある。感覚・知覚機能から切り離された抽象的思考力や高次の判断力のみを知能とするL.M.ターマンらの古典的定義は、実際の行動次元での知能が説明できず、知覚材料と抽象的思考との相関関係を無視していることから現在では余り一般的な定義とは言えない。

児童心理学の研究分野で著名なスイスの心理学者ジャン・ピアジェ(J.Piaget, 1896~1980)は、乳幼児期から児童期に至る認知機能の発達理論を提唱しました。ピアジェは、知能をダイナミック(動的)な環境と個体の調整機能と定義した。即ち、認知機能の発達過程で見られる『同化(子どもから環境世界への働きかけ)』『調節(環境世界から子どもへの働きかけ)』の均衡によって課題解決や環境適応を実現する精神機能こそが知能であるとピアジェは考えたのである。

知能検査の特徴と歴史に関する参考URL

心理アセスメントで用いる心理検査とインフォームド・コンセント:ビネー式知能検査による一般知能の評価

集団知能検査の開発を促進した第一次世界大戦:投影法の性格検査と無意識概念

ビネー式知能検査と知能指数(IQ)

心理学者アルフレッド・ビネーと医師シモンが作成した最初の知能検査は、30個の問題を易しい問題から難しい問題に順番に並べた簡単なものであったが、1908年版から児童の知能水準を相対的に把握するための精神年齢(Mental Age:MA)の概念を知能検査に取り入れるようになる。

精神年齢とは、知能発達の水準を相対的に測定する為の概念で『当該年齢水準の問題の正当』によって決定される年齢である。同じ教育文化圏に所属するある年齢集団(例えば10歳の集団)の子ども達に問題を解かせて、50~75%の子どもが正しく回答できる問題を『当該年齢(10歳)の知能水準を測定できる問題』とする。そして、その問題に正解できた児童の精神年齢は、その問題が示す当該年齢(10歳)となる。

知的障害は精神遅滞とも呼ばれるが、これは知能面の精神機能の発達が平均的な児童よりも遅れている(遅滞している)という意味である。精神遅滞児童を選別して発達段階に合わせた特殊教育を行うことを目的にしていたビネー式知能検査では、相対的な精神年齢を測定することでその児童に最適の教育内容を与える役割を果たすことになる。ビネーは、現代の知的障害概念としては差別的表現に該当するとして用いられなくなった『魯鈍(精神年齢10歳以下)・痴愚(精神年齢7歳以下)・白痴(精神年齢2歳以下)』という15歳以上の精神遅滞の概念を定義したことでも知られる。

1911年版のビネー式知能検査は54問から成り立ち、3~15歳までの精神年齢を判定する年齢尺度を備えるようになった。その1911年版を改訂してアメリカ人用に標準化したのが、スタンフォード大学のL.M.ターマンであり、1916年IQ(Intelligence Quotient, 知能指数)で検査結果を表示する『スタンフォード・ビネー式知能検査』の作成に成功した。

IQ(知能指数)

ドイツの心理学者ウィリアム・シュテルンが考案したIQとは、Intelligence Quotientの略称で、知的能力という観点から標準的な発達水準における相対的な位置づけを示す数値である。IQは、『精神年齢(MA)/生活年齢(CA)×100』の公式で算出することができ、生活年齢相応の知能水準であればIQ100となる。

『スタンフォード・ビネー式知能検査』の開発者であるL.M.ターマンは、多数の知能検査の実施事例からIQは加齢によって殆ど変化しないという『IQの恒常性』を主張した。しかし、現在では、同一人物に対する継続的な知能検査の実施検証によって『IQの恒常性』は反証されており、IQは生涯を通して変化しないという性質を持たないことが分かっている。一般的に、IQの上昇は思春期辺りで頭打ちとなり、18歳以降は知能の直線的な量的増加よりも質的変化や応用能力が重視されるようになる。

現在では、精神遅滞の判定の道具という歴史を持つIQの指標は余り用いられなくなってきており、個別的な知的能力を発達年齢(精神年齢)という形で数量化することに対して倫理的な問題を指摘する意見もある。IQに代わる知的能力の相対指標としては、ISS(知能偏差値)D・IQ(偏差知能指数)が使われることが多くなっている。

ISS(Intelligence Standard Score, 知能偏差値)

集団に適用した知能検査の得点が正規分布曲線を描く事から、統計学の偏差値を知能測定に応用した指標がISS(Intelligence Standard Score, 知能偏差値)である。平均値が50となるISSを用いると、被験者が同年齢母集団の中でどの程度の位置づけなのかを相対的な数値で理解することが出来る。ISSは、『ISS=10×(個人得点-同年齢母集団の平均得点)/標準偏差+50』の公式で計算することができ、難易度や複雑性の異なる複数のテストで偏差値を比較できるので便利である

D・IQ(Deviation IQ, 偏差知能指数)

ウェクスラー式知能検査で、IQの検査尺度として表示されるのがこのD・IQ(Deviation IQ, 偏差知能指数)であり、『D・IQ=15×(個人得点-同年齢母集団の平均得点)/標準偏差+100』の公式で計算することができ、平均得点を100とするIQに近似した数値で知能を理解することが出来る。

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