津守式乳幼児精神発達診断検査・デンバー式発達スクリーニング検査

アーノルド・ゲゼルの乳幼児の発達観

乳幼児期の発達観の前提には、アメリカの心理学者A.L.ゲゼル(Arnold Lucius Gesell, 1880-1961)「成熟優位説(自然成熟説)」があり、ゲゼルは環境要因よりも遺伝要因が乳幼児の発達過程に大きく影響すると考えた。クラーク大学に在籍していたA.L.ゲゼルは、一卵性双生児を用いた双生児統制法の実験的研究を行い、発達早期の知覚‐運動機能の発達では「教育訓練(学習行動)」よりも「生物学的な成熟(中枢神経系・筋骨格系の成熟)」が優位に立つことを実証した。

乳児期における階段のぼりの運動機能の発達では、幾ら早期に厳しい訓練(トレーニング)をしても、訓練をしなかった乳児と殆ど結果(訓練の効果)に変わりはないのである。ゲゼルが双生児の乳児を用いた実験的研究によって明らかにした成熟優位説とは、発達早期に「教育訓練に対する生物学的成熟の優位性」があるということである。ゲゼルに対して行動主義心理学者のジョン・ワトソンは環境決定論に基づく「学習優位説」を主張した。

遺伝要因を基盤に置く成熟優位説(自然成熟説)は、「一定の身体の発達(遺伝的な成熟)」によって成立する「レディネス(readiness, 心身の準備性)」を待たないと、後天的な教育・学習の効果がほとんど期待できないことを示している。子どもがある行動や反応を学習する為には、それに相応しい生物学的な発達段階(遺伝的な成熟段階)を待たなければならないのである。ゲゼルの遺伝中心の発達観が発達心理学に大きな影響を与えている理由として、ゲゼルが「観察法・実験法・双生児統制法・現象学的記述(育児日誌の記録)」を用いて科学的実証性の高い乳幼児研究を行ったということがある。

子どもの発達に欠かせない生物学的なレディネス(準備性)とは、行動や機能の発現を支える「身体的・器質的な構造基盤(成熟レベル)」のことである。口腔や声帯、肺が発達しなければ言葉を話せず、筋肉や骨格が発達しなければ立って歩けないというのが生物学的なレディネスであり、レディネスが整うことによって子どもは様々な心身機能を獲得していく。無論、子どもの身体発達や精神発達には、養育者である親の世話や保護が必要不可欠である。子どもの発達スピードには親の養育態度や共感性、ケア的対応が影響することが知られているので、親子関係の相互作用に言及しないゲゼルの遺伝決定論的な生物学主義はやや偏っている面もある。

精神分析学の創設者であるジークムンド・フロイト(1867-1939)は、「リビドー(性的欲動)の発達」と「自我によるエスの制御」「対象関係の変化」によって乳幼児の精神発達を考えたが、フロイトは「エス(本能)に由来する欲求充足の方法」が発達段階によって適応的・自立的に変化すると述べた。S.フロイトは、善悪の分別のない動物的本能であるエスを自我や超自我によってコントロールできるようになるためには、性愛幻想を巡る家族内葛藤である「エディプス・コンプレックス」を克服しなければならないとした。他者との情緒的関係や社会への適応能力を重視する精神分析の発達理論では、社会文化的環境(他者との相互的関係)に適応していくことを精神発達の課題と見なす傾向がある。

徹底的行動主義(急進的行動主義)の立場に立って子どもの発達を考えたB.F.スキナーは、産まれたばかりの新生児はジョン・ロックが言うように「白紙」であると考えた。B.F.スキナーは後天的な経験や学習による強化で、子どもは「複雑で高度な行動特性」を身に付けていくと言い、「オペラント条件づけ・レスポンデント条件づけ・モデリング(観察学習)」の行動科学理論によって子どもの発達を説明した。構造主義の心理学者(教育者)であるジャン・ピアジェは、認知機能の発達プロセスと生活環境からの刺激の相互作用によって子どもの心身発達が促進されると考えた。

A.L.ゲゼルの心理形態学的(構造・心理の統合)な発達原理は、以下の5つに集約することが出来る。「発達診断学」を構想したゲゼルは、乳幼児の発達プロセスを「運動行動(微細・粗大)・言語行動・適応行動・個人‐社会行動」の4つの行動特性の観点から考えた。

津守式乳幼児精神発達診断検査

津守真稲毛教子によって作成された乳幼児向け(0-7歳)の診断的な発達検査が、津守式乳幼児精神発達診断検査(津守・稲毛式乳幼児精神発達診断検査)である。乳幼児は心身発達が未熟でありその機能も未分化なので、知能の発達に焦点を絞って心理アセスメントを実施することは難しい。その為、「身体・知覚‐運動・言語・認知・日常生活行動」などの観点を統合して全体的に乳幼児の発達レベルを把握しようとする発達検査が多く開発されている。津守式乳幼児精神発達診断検査(以下では津守式検査と略称)は、438項目からなる間接検査の質問紙法の発達検査であり、子どもの心身発達レベルを「運動・探索・操作・社会・食事・生活集団・言語」の各領域から総合的かつ網羅的に理解しようとするものである。間接検査(間接法)というのは、乳幼児である子どもの行動を直接観察してテストをするのではなく、母親に質問紙に答えて貰ってテストをするということである。

何故、津守式検査において母親に質問する間接的な質問紙法が採用されているのかと言うと、乳幼児の発達レベルでは問題に答えようとする意欲や集中力が見られず、検査者に対する人見知りが激しいこともあるからである。津守式検査には、乳幼児の発達上の問題や発達遅滞(発達障害)を早期に発見して専門的な治療や教育につなげるという目的があるが、「3~7歳に適用する津守式」はビネー式知能検査やウェクスラー式知能検査との相関性が乏しいので、知能指数(IQ:Intelligence Quotient)に対応する発達指数(DQ:Developmental Quotient)を計測しないことになっている。津守式検査は、総合検査のビネー式知能検査やウェクスラー式知能検査のようにIQという単一の指標(基準)を持っていないので、発達の各側面を理解するための「分析検査」に分類される。津守式に限らず全ての発達検査は「検査時点における乳幼児の発達水準と心身機能」を測定するものに過ぎず、検査以降の子どもの発達可能性までも予測することは出来ない。つまり、検査時点において言葉の遅れや運動機能の停滞、社会性の問題が測定されても、3~4歳頃に正常な発達段階へとキャッチアップ(追いつく)することがあるということである。

乳幼児健診(1歳6ヶ月児健診・3歳児健診)や発達相談などに用いられる津守式検査は、発達上の遅滞(問題)や発達障害がある子どもを早期に発見するための「スクリーニング検査(screening test)」である。スクリーニング検査は、被検者の正常性と異常性を素早く判別するためのテストであり、大勢の子どもが受ける集団健診などで専門的な治療や療育が必要な子どもを見分けるために用いられる。それに対して、個別的な発達状況や行動特性を詳細に診断する発達検査を「診断検査」と呼び、診断検査はスクリーニング検査よりも時間と手間がかかり、検査者の能力・経験を必要とする。

津守式検査は乳幼児の日常生活行動を観察している母親に質問に答えて貰うことで、子どもの発達状況や行動特徴を理解しようとするものである。津守式検査には、「1~12ヶ月・1~3歳・3~7歳」に適用可能な3種類の発達検査が作成されていて、「運動・探索・社会(大人との関係・子供との関係)・生活習慣(食事・排泄・生活習慣)・言語」の5領域の発達内容について測定することが出来る。検査結果から被検者の乳幼児のプロフィールを作成するが、通常、津守式ではチャート表の折れ線グラフのような「発達輪郭表」が作られる。

日本版デンバー式発達スクリーニング検査

発達スクリーニング検査とは、発達障害や発達の遅れ、精神遅滞(知的障害)などを早期に発見して必要な治療や療育を受けられるようにするための検査であるが、特別な発達上の問題がなくても「乳幼児の個性や特徴に合わせた指導教育」に役立てることが出来る。日本では母子保健法に基づいて「乳児健診・1歳6ヶ月児健診・3歳児健診」などで発達スクリーニング検査が実施され、その大まかな検査結果を母親(父親)に伝えて母子手帳に記載し、適切な発達教育支援へとつなげている。アメリカのデンバー式発達スクリーニング検査を、日本の乳幼児向けに改訂して標準化したものが「日本版デンバー式発達スクリーニング検査(JDDST-R)」であり、「プレ発達スクリーニング検査(JPDQ)」と並んで日本の乳幼児発達検査で最も良く使われるテストである。

JDDST-R(日本版デンバー式発達スクリーニング検査)には「個人‐社会領域・微細運動‐適応領域・言語領域・粗大運動領域」の検査項目があり、各検査項目において各発達年齢に対応した「90%達成月(同年齢の子どもの90%が達成可能な発達課題)」を知ることが出来る。個人‐社会領域では「1ヵ月半:顔を見つめる→2ヵ月半:社会的微笑→3ヶ月半:視線移動と微笑み→6ヶ月半:おもちゃを手に取ろうとする→7ヶ月:ビスケットやお菓子を自分で食べる→7ヶ月半:いないいないばあを見て喜ぶ→9ヶ月:おもちゃを取ることに抵抗→11ヶ月半:バイバイと手を振る」という発達課題があり、微細運動‐適応領域では「1ヶ月:左右対称運動→2ヵ月半:正中線まで追視→3ヶ月:正中線を越えて追視→3ヶ月半:ガラガラを握る→4ヶ月:180度の追視→4ヵ月半:両手を合わせる→5ヶ月半:食べ物を見る→6ヶ月:物に手を伸ばす→7ヶ月:毛糸を探す→8ヶ月:2つの積み木を持つ→10ヶ月半:親指を使って物をつまむ→12ヶ月:2つの積み木を打ち合わせる」という発達課題があり、言語領域や粗大運動領域にもそれぞれの90%発達月が設定されている。

知能指数と関係の深い「言語の発達」では、3ヶ月頃に声を出して笑うようになり、4ヶ月頃に甲高い声を発生できるようになり、6ヶ月頃に聴覚機能が発達してお母さんやお父さんの声に反応するようになる。パパやママなど単純な一語を11ヶ月頃から言い出すが、この段階では父親や母親の名前としてパパやママと言っているわけではなく意味は理解していない。12ヶ月頃から養育者の声を真似しようとし始め、14ヶ月になると「ママ・マンマ・パパ」などの簡単な言葉を親に向かって言うようになり何かして欲しい時に「マンマ」というような言葉を発するようになる(対人コミュニケーションの原初形態)。16ヶ月には「パパ・ママ・ワンワン」など3つくらいの単語を使えるようになり、21ヶ月で自分の身体を指差して何か言うようになる。27ヶ月くらいになると、絵に描かれている動物や果物などを片言で言えるようになり、「パパ、おかえり。ママは大丈夫?」などの2語文を言えるようになってくる。3歳になると親の簡単な指示を理解できるようになり、言いつけや指示を守れるようになってくる。3歳を過ぎた頃から自分の名前を言えるようになってきて、語彙と言い回しが急速に増え「言語の世界」がどんどん拡大していく。4歳以降になってくると、様々な抽象的概念(色彩・大小・上下・高低・感覚表現)を理解できるようになり、簡単な論理的思考を巡らせるようにもなってくるのである。

このウェブページで紹介した津守式乳幼児精神発達診断検査と日本版デンバー式発達スクリーニング検査以外にも、「遠城寺式乳児分析的発達検査法(0~4歳)・新版K式発達検査(0~14歳)・MN式発達スクリーニング検査(6ヶ月~6歳)・ボーテージ幼児教育プログラム(0~10歳の発達遅滞児)・早期発達診断検査(0~3歳)」などの発達検査が発達早期の子ども達の診断検査やスクリーニング検査として用いられている。

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