ヒトの赤ちゃんの特徴と新生児の視覚発達

人間の新生児や発達プロセスはどこが特殊なのか?

新生児の視覚・視力の発達

人間の新生児や発達プロセスはどこが特殊なのか?

人間(ヒト)の生物種の特殊性はどこにあるのかを考えると、『大脳の巨大化・言語の獲得』『直立二足歩行・手の活用と道具の製作』『ネオテニー(幼形成熟)』『高度・複雑な社会の構築』などを上げることができます。霊長類のような複雑な構造と高度な能力を持つ動物は、他の動物と比較して一度に産む『子どもの数』が少なくて『寿命』が長く、『成体(大人)になるまでの性成熟の期間』が長くかかるという特徴があります。昆虫・魚類・両生類の産卵数が多いように、構造が単純な生物ほど一般に、一度に産む子(卵)の数が多くて寿命が短く、成体(大人)になるまでの性成熟の期間が短いという傾向があります。

ヒトを含む霊長類は子の数が少ないために、それだけ一人(一頭)辺りに掛ける世話や保護が手厚くなり、大人になって次世代の子を産むまでの性成熟の期間が長いので、『成育期間における親子関係の親密さ』も高くなる傾向があります。単純な構造で大脳の小さな動物である爬虫類以下の脊椎動物には『明確な親子関係のつながり』は観察できませんし、もっとシンプルな身体構造を持っている節足動物や微生物には『親子関係らしきつながり』さえも観察できませんが、ヒトは全ての動物の中で情緒的・社会的に最も濃くて親密な親子関係を持つ動物だと言えます。子の成育期間の長期化や保護・教育の必要性などによって、ヒトの親子関係はより緊密かつ親密になっていき、社会的関係も複雑化して多様なつながりを持つものへと発展していったのです。

ヒトは類人猿やサルなどと比較しても、思春期の性成熟(次世代の子を産む)までの期間が最も長く、保護や教育、社会適応の必要性から『成長期間の全体』が長期化しているのですが、大人になってからも幼児的な形態・特徴を残すという『ネオテニー(幼形成熟)』の特徴が強く見られます。ヒトは他の哺乳類・霊長類と比較すると、身体機能的に極めて未熟で無力な状態で産まれるという特徴があり、この未熟状態での新生児の誕生についてA.ポルトマンは『生理的早産』と名づけましたが、この生理的早産とネオテニーによって『人間の脳機能・学習能力の可塑性(潜在的な成長可能性)』が高くなっているのです。

幼児的特徴が長く残っているというネオテニーや成長期間の全体の長期化というのは、それだけ『出産後の学習』によって多くの知識や技術を習得できるチャンスがあるということであり、なかなか大人にならないことで能力・知識の上限が固まりにくく『能力・知識の可塑性』が高くなっているのです。寿命が極端に短かったり成熟までの期間が短かったりすると、多種多様な学習・練習をするための十分な時間(教育期間)を確保できないだけでなく、脳機能の発達が早い時期に止まってしまってそれ以上は能力・知識を伸ばせなくなる恐れがでてきます。人間は極めて未熟・無力な状態で産まれてきて、親の長い期間に及ぶ保護や世話を必要とする『子どもである期間(能力的・社会的に次世代の子を産まない期間)』が非常に長い動物種ですが、他の大型類人猿と比較すると『行動次元の発達が遅く、認知次元(知能次元)の発達が早い』という特徴を持っています。

ヒトの赤ちゃんは首が据わって座れるようになり、自力で歩けるようになるまでの行動発達には『約一年』という長い期間がかかり、行動次元の発達に関しては類人猿よりも遅いのですが、『モノとモノを組み合わせて置く定位操作・鏡映像による自己認知・指差しや視線の追従)』などの認知次元(知能次元)の発達に関してはヒトのほうが早くなっているのです。ヒトの赤ちゃん(新生児)は出生時に既に3000グラム前後の体重があり、他の類人猿の新生児よりも随分と身体が大きく成長していますが、この『胎生期の身体発育の早さ』もヒトの赤ちゃんの特徴になっています。ヒトの新生児の大型化という特徴は、ヒトの新生児の姿勢保持機能や運動機能の発達を遅らせることになりましたが、この新生児の行動次元の未熟化によって『母親の手厚い保護・世話の必要性』が高まり、母子関係の親密度が増したと考えられています。

ヒトの新生児は姿勢保持・運動機能が極端に未熟であるため、類人猿の赤ちゃんのように母親の体にずっとしがみついていることができなくなり、『母子の対面コミュニケーション・情緒的な非言語コミュニケーション』に割かれる時間が長時間化したとも推測されます。母親・父親は仰向けに寝ている赤ちゃんに対して、『スキンシップ・表情や目線・声掛け』による相互的コミュニケーションを取り易くなり、この事によってヒトの社会性や自己意識(自我)が発達しやすい環境的・情緒的な条件が整備された側面もあります。仰向けになっている赤ちゃんは自由になった手足をバタバタと動かすことができ、この自発的なジェネラル・ムーブメントを通して視覚と手足の運動を調整する『感覚協応能力』が発達しやすくなるのです。生理的早産による学習期間の長期化をベースとして、運動レベルの発達の遅さと認知レベルの発達の早さというアンバランスが、環境との相互作用による『生態学的自己』を生み出し、他者との相互作用による『自己意識(対人的な自我の感覚)』を作り出したのです。

新生児の視覚・視力の発達

産まれたばかりの新生児の視力がどれくらいあるのかは正確に測定できませんが、新生児の反応から視力は極めて低いものの、母親の顔(存在)があることはぼんやり見えるくらいの視力はあると考えられており、その視力は“0.02以下”程度だろうと推測されています。視覚機能がある程度完成するには、歩けるようになるまでと同じくらいの時間が必要であり、概ね生後1歳くらいで明瞭な視覚が発達してきます。新生児の視力は低いですが、約20センチ前後の距離にぼんやりした焦点を合わせることができ、新生児の焦点を合わせる能力は『母親の存在』を何とか感じ取れるといったレベルになっています。

R.L.ファンツ(R.L.Fantz)の新生児の視覚的選好(好きなものを見る選好注視)を調べた実験では、生後間もない新生児でも無地の円よりも活字やイラストのような模様を長く見る傾向があり、更に『人の顔(人の顔のようなイラスト)』を最も好んで長く見る傾向があることが分かっています。人間の赤ちゃんには『人の顔のような構図を持つもの』を選好して長く見るという生得的な選好性が備わっているわけですが、それ以外にも直線の輪郭の図形よりも曲線の輪郭の図形を好み、単純な図形よりも複雑な図形を好むということなどが分かっています。

乳児の視覚的選好の特徴としては、『止まっている静止画よりも動いている動画を好む』こともファンツの実験によって明らかにされており、『人らしさの特徴を持った顔』だけではなく『動きのある顔』に対してより強い選好を持っているようです。そこから分かる新生児(乳児)の視覚機能の特徴は、顔のパーツが揃っているかどうかやそのパーツが正しく配置されているかと言うことよりも、その顔に人間らしい動き(表情認知の模倣になるもの)があるかどうかを重視しているということです。新生児は『人らしいもの』と『人でないもの』との大まかな識別ができる視覚機能を備えていると推測されていますが、その識別能力は自分にミルク(母乳)やスキンシップ、保護を与えてくれる人間(親)を見極めるという生存適応のために発達したと考えることができるでしょう。

乳幼児の視覚・視力の発達については、ブログで書いた『乳幼児の精神発達と言語獲得のプロセス2:『人間の顔』に対する認知と社会的微笑』『見慣れた顔ほど高い精度で見分けやすい“人種効果”と顔の表情の読み取りによる“人間関係の調整” 』の記事も参考にしてみて下さい。

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