交流分析のエゴグラムと3つの自我状態

エリック・バーンの交流分析の概要

アメリカの精神科医エリック・バーン(Eric Berne, 1910-1970)が1957年頃に創始したとされる交流分析(transacional analysis)は、『口語版・簡易版の精神分析』と呼ばれる。交流分析の理論・技法は『正統派の精神分析』の影響を受けているが、精神分析の難解な概念や複雑な理論を敢えて用いずに、誰もが理解しやすい『平易な概念・簡潔な説明』を用いているところに特徴がある。

交流分析では自分の性格傾向と他者の性格傾向を、J.M.デュセイが体系化して整理した『エゴグラム(egogram)』に基づいて客観的(図式的)に理解するが、エゴグラムの自己分析と交流パターンの分析によって『具体的な人間関係・コミュニケーションの問題点』を改善しやすくなる。

交流分析の実践は集団精神療法(グループセラピー)の分野から始められたが、その後に個人心理療法(個人カウンセリング)の分野にも応用されるようになり、現在では『精神医療・教育・産業・家庭・恋愛と結婚・心理相談』などの分野にも幅広く使われるようになっている。日本には1972年(昭和47年)に、九州大学心療内科研究科の池見酉次郎(いけみゆうじろう)杉田峰康(すぎたみねやす)らによって米国の交流分析が導入されたが、現在では日本人の性格特性・人間関係・社会文化に適合した理論体系へと段階的な改良が重ねられている。

交流分析には自分(他者)の性格傾向や人格構造を図式的に理解するための『構造分析(エゴグラム)』を中心にして、以下の4つの分野がある。これらの4つの分野はどこから学習し始めても良いとされるが、一般的には精神分析の『自我構造論(精神構造論)』に対応する『構造分析(3つの自我状態)』から学び始めたほうが交流分析の理論体系の全体を掴みやすくなる。

カウンセリングとして交流分析を実施する時の目的は、まず自分の行動や発言、性格特徴への気づき(洞察)を深めて、自分で自分の心理状態と身体の調子をセルフコントロールできるようになるということである。心身状態のセルフコントロールを高めることによって、日常生活や社会活動への適応性が高まり、他者との良好な人間関係を築きやすくなるので、意欲的で生産的な時間を過ごしやすくなるのである。

交流パターンの分析を通して『親密な本音の人間関係』を回復させることも目的の一つであり、円滑なコミュニケーションを経験しながら自己と他者との人間関係を再構築し、自分の言動に対する責任感・自覚を強めていきます。ゲーム分析によって『不適切で効果のないコミュニケーションのパターン』に気づくことができれば、こじれる人間関係の悩みを解決しやすくなり、深刻なトラブルや感情・気分の悪化を繰り返す『悪循環』から脱け出すこともできます。

3つの自我状態とエゴグラム

エリック・バーンの交流分析では人間の精神構造を、『P(親の自我状態)・A(大人の自我状態)・C(子の自我状態)』の3つの自我状態に分けて考える。自我状態(ego status)とは自我を構成する部分のことで、一貫した思考・感情・行動・対人関係のパターンを持つ『内面的なシステム』のことである。人間は『相手・状況・気分』によって半ば無意識的に自我状態を使い分けることで、多様な人間関係や社会状況に対する適応を実現していると推測されている。

P(親の自我状態)は更に『CP(Critical Parent:批判的な親)』『NP(Nurturing Parent:擁護的な親)』に分けることができ、C(子の自我状態)は更に『FC(Free Child:自由な子)』『AC(Adapted Child:適応的な子)』に分けることができる。交流分析の自我状態には以下の5種類が想定されているが、適応的でスムーズな人間関係を築き上げるためには、臨機応変にその場に合った自我状態を使い分けていく必要がある。

CP(Critical Parent:批判的な親)……幼少期に両親(養育者)の支配的で権威的な価値観を取り入れた部分で、父性的・男性的な他者の上位に立って厳格に指導しようとする自我状態としての特徴を持つ。CPに基づく言動は、『他者に対する批判・指示・命令』や『自己に対する良心・道徳・規範』となって現れやすい。他人を賞賛するよりも非難することが多く客観的事実を重視せずに、自分の信念・価値観に基づいて、独断的な非難(自分が間違いと感じる事に対する批判)をすることが多い。

NP(Nurturing Parent:擁護的な親)……幼少期に両親(養育者)の保護的で世話好きな価値観を取り入れた部分で、母性的・女性的な傷ついた他者を優しく包み込んで励まそうとする自我状態としての特徴を持つ。NPに基づく行動は、『他者に対する優しさ・愛情・保護』や『自己に対する保護者的なアイデンティティ(他人を守ってあげる義務感)』となって現れやすい。援助を必要としている他人を手伝ってあげたり、温かい励ましの言葉を掛けたりすることが多く、困っている人や弱っている人を見捨てられないという『共感性・同情性』の特徴を持つ。

A(Adult:大人)……合理的なコンピューターに喩えられる現実的な自我状態であり、『客観的な事実・情報』に基づいた判断を下そうとする。客観的なデータや利害を参照しながら、仮説を立てて合理的に適切な判断を下そうとするので、感情に左右されない冷静な決定を行うことができる。だが、時に冷淡な温かみのない人間というマイナスの評価を受けることもあり、現実的判断と人間的な情緒とのバランスも重要となる。合理的で適応的な行動を生み出すAは、現実の社会環境や対人関係に適応するのに役立ち、PやCの過剰な働きを抑制して『人格の統合(精神機能のバランス化)』を促進するという役割もある。

FC(Free Child:自由な子ども)……本能的な欲求・感情に基づいて明るく天真爛漫に振る舞おうとする自我状態であり、他者や社会のルールに束縛されない自由な行動と感情表現が特徴である。親の躾や学校の教育、社会規範の影響を受けていない、子ども時代の思考・感情・行動のパターンが持続しているもので、自己中心的で幼稚な側面もあるが、純粋な喜びや興奮を感じている時にはFCが強くなりやすい。FCは社会規範や現実適応から逸脱した自分中心のわがままな振る舞いになることもあるが、『幸福感・想像力・好奇心・創造性』を生み出す源泉にもなっている。

AC(Adapted Child:適応的な子ども)……両親の躾や学校の教育に素直な態度で順応しようとする自我状態であり、自分の自然な感情や欲求を押し殺して周囲の状況(他人の指示)に合わせようとする傾向がある。社会常識や権威的な人物(目上の相手)、両親の指導に対して素直に従い従順なので、一般的に礼儀正しくて社会適応の良い人と見られやすいが、一方で自分の欲求や感情を過度に抑圧することでストレスを蓄積しやすい問題がある。社会環境や対人関係に円滑に適応しやすい自我状態であるが、自然な感情・価値観を抑圧して我慢することによって、自己嫌悪や劣等コンプレックスが強まりやすくなる。ACの適応性が限界に達すると、その反動としての恨みや敵対心(攻撃性)が生まれたり、『相手への依存性』がいじける行動や拗ねる態度に転換されることもある。

構造分析では心理テストの結果に基づいて『CP・NP・A・FC・ACのバランス』を確認し、自我状態のバランスの崩れを自覚して改善することを目指す。『P・A・C』の3つの自我状態のどれが優位になっていてどれが劣位になっているのかを、視覚的に認識しやすくするために自我状態の心理テストの結果をグラフ化(折れ線グラフ・棒グラフ)することがあるが、グラフ化したものを『エゴグラム(egogram)』というのである。

自分のエゴグラムをチェックすることで、自分の5つの自我状態の『優位性・劣位性』を認識することができるので、『自分のなりたい性格構造』に合わせて優位過ぎる自我状態を引き下げたり、劣位過ぎる自我状態を引き上げたりする改善が行われる。しかし、交流分析のエゴグラムではどんな自我状態のバランスが望ましいという画一的・一般的な判断基準はないので、臨機応変に状況に適応するために自我状態を使い分けたり、『自分が希望する生き方・人間性』に合わせて自我状態のバランスを調整することが望ましいのである。

エゴグラムと精神疾患の発症リスクの相関では、『FC(自由な子ども)』が低くて『AC(適応的な子ども)・CP(批判的な親)』が高いと、うつ病やパニック障害、消化性潰瘍のような心身症の発症リスクが高くなるとされている。心身の健康を維持するためには、自分の自然な感情や欲求を発散するために『FC(自由な子ども)』をある程度高めると同時に、自分の疲労やストレスを共感的に慰撫するための『NP(擁護的な親)』の自我状態も高めていたほうが良い。

『CP』は完全主義思考や道徳心の過剰、強迫的な考え方によってメンタルヘルスを悪化させるが、現実的かつ合理的な判断を下す『A(大人)』が強すぎても、自分の感情・情緒に気づきにくい失感情言語症(アレキシシミア)の問題が起こって心身症の発症リスクが高まる。『FC・AC』といった子どもの自我状態が強くなり過ぎると、他者への依存性や自己中心的な幼児性が高くなり、自己愛性パーソナリティ障害や演技性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害といったかつてのヒステリー性格に似た『感情的な興奮・自己愛の過剰・嗜癖的な依存性』が問題化してくる。

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