アーベントロート(Abendrot)とはドイツ語で『夕焼け』のことであり、Abendは“夕方”、rotは“赤い”を意味している。なぜ山に登るのかという問いには、近代アルピニストが様々な自分なりの答えを語ってきた、アーベントロートをはじめとして太陽光線を反射する山肌が作り上げる視覚的な芸術に大きな感動と高揚感を覚える登山者は多い。
アーベントロートは赤い夕日が雲を美しく染め上げていく景色のことであるが、雲だけではなく、その太陽の赤い光を受けて輝きながら聳え立つ山の姿が壮観なのである。『早立ち・早帰り』が原則となる日帰り登山では、夕焼けのアーベントロートをゆっくり満喫することは難しいので、山肌を赤く情熱的に燃やすようなアーベントロートを楽しもうと思えば、『テント泊・小屋泊まり』の宿泊登山を前提にすべきである。
エベレスト遠征で帰らぬ人となったイギリスの登山家ジョージ・マロリー(George Herbert Leigh Mallory,1886-1924)は、『なぜ世界最高峰のエベレストに登るのか』という記者の質問に対して、『そこに山があるから(Because it is there. )』と答えたと伝えられるが(知人からマロリーらしくない簡潔過ぎる発言という異論もあるが)、そこまで激しく山や自然が人間を惹きつけるのはなぜなのだろうか。
世界を代表する高峰への登頂を目指したり、より難易度の高いバリエーションルートを通って登頂しようとするスポーツ的・チャレンジ的要素の強いアルピニズムもあるが、多くの登山者は、『自分の体力に見合った登山の心地よい負荷(その対価としての達成感)』や『下界では見ることができない景色(植物・鳥獣・虫も含め)』を楽しみながら山を登っている。
モルゲンロート(Morgenrot)とは、Morgenが“朝”、rotが“赤い”を意味するので、日の出と共にその美しさを露わにしてくる『朝焼け』のことである。朝に日光を受けて黄金色に輝く山肌の神々しい姿のことを、特別に『アルペングリューエン』と呼ぶこともある。四季折々によって変化し続ける山と岩、森の姿は、さまざまな気象条件によってまたその趣きを大きく変えてくるが、『夕焼けのアーベントロート』は物悲しい情緒を思い起こさせ、『朝焼けのモルゲンロート』はこれからの未来への力強くさわやかな決意を促してくれるという人もいる。