自由主義的な価値観の評価尺度

ここでは、哲学の理念や現実の政治で問題となる“自由(自由主義)”“集団(共同体主義)”に対するあなたの相対的な立場をいくつかの質問を通して知ることができます。このポリシーテストは大まかな“自由志向の程度・政治思想の特性・価値観の傾向”を示すもので、絶対的な結果ではなく価値判断を含みません。この自由主義的な価値観のポリシーテスト(評価尺度)は、一般的な古典的自由主義やリベラリズム・リバタリアニズムの政治思想の傾向を参考にしています。政治思想の特性を多面的に考えるために、共同体主義・社会民主主義(福祉国家)・権威主義(統制主義)・アナキズム(無政府主義)・市場主義などの価値観を若干取り入れている項目もあります。

精神的な自由に関する質問

人間の精神的活動や価値判断の自由をどれくらい重視するのか、あるいは、集団生活の秩序と共同体の凝集性をどれくらい重視するのかについての質問項目です。それぞれの項目に、『はい・いいえ』で答えてみてください。

“奇数番号の質問項目(1,3,5,7,9,11,13)”は自由主義的な価値観に賛成する内容となっており、“偶数番号の質問項目(2,4,6,8,10,12,14)”は自由主義的な価値観に反対する内容となっています。

「1」は自己所有権に関する項目であり、自由主義の強力な根拠のひとつは自分の身体と自分の労働(行動)の成果を当然の権利として排他的に所有する自然権にあるとされます。「2」は個人の自由は共同体の利益(秩序)によって抑制され得るという共同体主義的なスタンスを示し、あるいは最大多数の最大幸福という功利主義の立場から個人の自由が規制されることを意味しています。「3」は日本国憲法18条の「奴隷的拘束や苦役からの自由」にも関係する身体の自由・行動の自由の項目であり、他者危害の刑罰(自由刑)による以外は個人に特定の行動を強制することはできないという原則です。「4」は民族主義(ナショナリズム)や伝統主義、共同体主義の立場であり、全体の利益を確保するためには個人の思想信条の自由や行動の自由が一部制限されることもあり得るという立場です。「政府(国家権力)から放って置かれる権利・政治から個人の自由に干渉されない権利」は、古典的自由主義やリバタリアニズムにおいて最も重視される「消極的自由」です。

「5」は思想信条の自由を中核とする「内面の自由」であり、実際に反社会的行動をしない限りは内面であらゆることを考える自由は保証されるとする精神の自由です。日本国憲法19条では、思想・良心の自由が保証され、20条では信教の自由が認められています。「6」は実際の違法行為がなくても、社会規範や道徳原則の立場から思想信条の自由や表現の自由を規制できるとする共同体主義や道徳主義(権威主義)の立場になります。「7」は学問の自由を社会道徳に優越させるスタンスであり、「8」は学問の自由は社会道徳や文化的価値観、世論の倫理的懸念によって一定の規制を受けるとするものです。日本国憲法23条では、学問の自由が定められています。

「9」はインターネット上の思想信条・表現・言論の自由を全面的に肯定し、情報発信の事前規制や公共の福祉のための検閲を認めない自由志向の立場を意味します。「10」はインターネット上の思想信条・表現・言論の自由は、公共の福祉(全体の利益)や犯罪の未然抑止(環境の管理)を理由にして規制され得るという秩序志向の立場になります。「11」は集会結社の自由に関する項目であり、「12」は集会結社の自由に対して社会秩序の維持を目的とする一定の制限を認める立場です。日本国憲法21条では、表現・言論の自由と集会結社の自由が認められています。「13」は個人のプライバシー権や通信の秘密を保護する立場ですが、自由主義思想の中には「14」のように「プライバシー権や個人情報のコントロール権」には一定の限界があるという考え方も見られます。

経済的な自由に関する質問

人間の経済活動の自由や独占的な財産権(私的所有権)をどれくらい重視するのか、あるいは、政府の経済政策(産業保護・自由市場の規制)と所得の再分配・社会福祉制度をどれくらい重視するのかについての質問項目です。それぞれの項目に、『はい・いいえ』で答えてみてください。

“奇数番号の質問項目(1,3,5,7,9,11,13)”は自由主義的(リバタリアン的)な価値観に賛成する内容となっており、“偶数番号の質問項目(2,4,6,8,10,12,14)”は自由主義的(リバタリアン的)な価値観に反対する内容となっています。

経済的な自由には、“個人の排他的な財産権(私的所有権)”“政府の規制や課税からの自由”を優先するリバタリアニズム・古典的自由主義がある一方で、生存権・社会権といった実質的な自由(公正性)を実現するために“政府による財(所得)の再分配”と“経済財政政策・社会福祉制度”を承認するリベラリズム(社会的自由主義)があります。自由市場経済の競争原理と企業・金融中心の経済秩序に焦点を合わせる場合には、アメリカのブッシュ政権で採用された市場主義的な経済政策である『新自由主義(ネオリベラリズム)』という概念が用いられることもあります。同じ自由主義という名前を冠していても、『消極的自由(政府からの経済活動の自由)』を重視するリバタリアニズム・新自由主義(古典的自由主義)と『積極的自由(政府による社会権保証)』を重視するリベラリズムは正反対の立場を意味しています。

リバタリアニズム(自由至上主義)・古典的自由主義(新自由主義)の『政府・課税からの自由』という目的を先鋭化させていくと、『小さな国家・夜警国家・無政府主義(アナキズム)・無政府資本主義(アナルコキャピタリズム)』といった政治形態に近づいていき、最終的には税制によって運営される社会制度・福祉制度の存在が否定される可能性が出てきます。リベラリズム(社会的自由主義)の『政府・社会制度による自己決定(社会権保証)』という目的を先鋭化させていくと、『大きな国家・福祉国家・社会民主主義』といった政治形態に近づいていき、最終的にはすべての国民の最低限度の文化的生活を税制(財の再分配)によって保証する高負担・高福祉の北欧的体制になる可能性が出てきます。リバタリアニズムや古典的自由主義は、国家権力(公的部門)や課税制度を否定する方向での『原理的な自由(解放)・民間の自治による自生的秩序』を目指しますが、現代の先進国に多いリベラリズムは、国家権力(行政機構)や課税制度によって国民の平均的な生活水準を安定させようとする方向での『実質的な自由(安心)・政府の調整による政治的秩序』を目指すことになるのです。

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