ジョン・ケネス・ガルブレイスの『計画化体制』

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独自の発想と視点で経済学を研究したジョン・ケネス・ガルブレイス
社会主義に接近する生産者主権の『計画化体制』

独自の発想と視点で経済学を研究したジョン・ケネス・ガルブレイス

ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith, 1908年10月15日-2006年4月29日)はカナダ出身の新制度学派の経済学者で、身長が2メートルを越える大男としても知られ非主流派でありながら『経済学の巨人』と呼ばれました。カナダ・オンタリオ州のアイオナ・ステーションで農民の子として産まれたジョン・ケネス・ガルブレイスはカリフォルニア大学バークレー校で修士号・博士号を獲得して、ハーバード大学経済学部の教授になりました。多くの大統領と個人的交流のあったガルブレイスは、当時の敗戦国であったドイツと日本の戦後復興において『経済アドバイザー』の役割を務めたりもしました。1961~1963年には、ジョン・F・ケネディ大統領から『駐インド大使』に任命されたガルブレイスは、開発途上国であったインドの経済開発計画と労働生産性の向上に協力しました。

ガルブレイスは、市場原理(自由市場の需給原則)を数理的・実証的にモデル化した『新古典派経済学』の考え方に従わず、自らの経済生活の実感と現実の経済社会の観察に基づいて経済学的な分かりやすい著書を書いたため、主流派である新古典派経済学の学者からは『異端・通俗経済学・非実証的』などの批判を受けました。ガルブレイスは1934年から1975年にかけて50作以上の著書と1000を超える論文を書いていますが、それらは経済学の学術的な実証研究や数理モデルとは無縁の論考であり、独自の経済生活の経験や斬新なアイデアに基づいてまとめられた作品です。そのため、ガルブレイスは『アカデミックな経済学者』というよりも『経済学のトピックを取り扱う物書き・ビジョナリー(未来思想家)』としてのアイデンティティを強く持った人物でしたが、ガルブレイスの著作には民衆の労働経験(サラリーマン生活)や未来予測と合致する興味深い立論が多く見られるという特徴があり大きな人気を獲得しました。

ガルブレイスが分類される『新制度学派』は、ソースティン・ヴェブレン、ジョン・ロジャーズ・コモンズ、ウェズリー・ミッチェルらの『制度学派』の系譜を引き継ぐ学派です。新制度学派のガルブレイスは、主流の古典派経済学が重視する『実証主義的な数理モデル』では、現実の経済活動や景気変動、巨大企業の資本主義社会における影響力を十分に説明できないと考えました。ガルブレイスの経済学の研究論文は、個人・企業・政府の社会的な行動様式を観察することによって、『産業構造の変化』『巨大な多国籍企業の影響力拡大』を分析するものであり、そういった集団力学に基づく経済活動の考察によって来るべき未来の社会モデルを予見しました。

ガルブレイスは自由市場経済の価格メカニズムに基づくパレート均衡(需給均衡)を重視する『新古典派経済学』を批判し、公共事業・財政政策に基づく総需要管理政策によって景気を調節できるという『ケインズ経済学』にも否定的でしたが、彼は『巨大化する企業』が大勢の従業員の生活を規定して社会で影響力を拡大するプロセスに注目しました。ガルブレイスの著書『アメリカの資本主義(1952年)』では、『自由市場の競争原理』よりも『大企業中心の資本・生産手段の独占プロセス(寡占プロセス)』のほうが経済社会にとって大きな意味を持つと述べ、レーニンの国家独占資本主義のような『大企業の独占資本主義』を主張しました。

つまり、ガルブレイスは資本主義経済の発展に伴って、巨大企業の生産手段(労働力)や競争市場の寡占・独占状態が形成され、巨大企業のマーケティング(市場リサーチ・広報宣伝)や雇用需給によって経済社会の景気が規定されると考えたのです。政治的な『財の再分配』が機能しない自由競争のメカニズムは、豊かなものをますます豊かにして、貧しいものをますます貧しくすることによって『富・権力の二極化』を進めます。この市場メカニズムを踏まえたガルブレイスは、資本主義経済の究極の発展段階において、巨大企業の政治的・社会的影響力が拡大すると推論しました。市場・生産手段を独占した巨大企業が『経済成長・イノベーション』を放棄して、『安定的な自己保存』のみを目的とする官僚機構化を起こしてしまうと、資本主義の成長がストップします。

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社会主義に接近する生産者主権の『計画化体制』

ガルブレイスは資本主義社会の市場経済の需給原則は、『個人の自然な需要』に基づくものではなく『企業の人為的なマーケティング(需要喚起)』に基づくものに過ぎないとしました。著書『ゆたかな社会(1958年)』では、自動車の非本質的なモデルチェンジや洪水のように視聴者に届けられるテレビCMを題材にして、『市場の需要は消費者ではなく、生産者(企業)が作り出しているという事実』を説得力のある筆致で綴りました。需要が供給を規定するというケインズ主義に基づく『競争市場における消費者主権』を幻想に過ぎないとしたガルブレイスですが、ガルブレイスは『生産者主権による財(投資)の配分の不均衡』を問題にしました。『消費者の需要』や『国民の福祉(公共財)の必要性』とは無関係に、マーケティングと広告で『有効需要』を次々に創出する社会を、ガルブレイスは『ゆたかな社会』と呼びました。

『ゆたかな社会』の最大の問題点は、『有効需要を生み出せる分野・利益を得られる分野』には市場メカニズムに従った企業の投資が進むが、『有効需要を生み出せない分野・利益率の低い公共サービスや人材教育の分野』には投資が行われなくなるということであり、ガルブレイスはこれを『自由経済の不均衡』と呼びました。大企業の宣伝戦略・マーケティングによって、消費者が初めは意識していなかった『欲望』がかき立てられることを『依存効果(dependence effect)』といいますが、依存効果によって生産者主権が確立して『財(投資)の分配の不均衡』の問題が起こってきます。『ゆたかな社会』における自由経済の不均衡は、社会福祉サービスの減少や公共財への投資の削減などを引き起こしますが、巨大企業から十分な所得税を徴収して財の再配分ができなければ『人為的な需要・利益の上がる分野』のみに集中的な企業投資が起こって不均衡の度合いが強まります。

本来であれば、政府・地方自治体が不均衡(社会格差・社会インフラ不足)を解消する社会福祉政策や公共投資政策を行うことになるのですが、ガルブレイスは著書『新しい産業国家(1967年)』の中で生産者主権の中心が、高度な専門知識や専門技能、経営能力を持った『テクノストラクチャー(techno-structure)』に移行するとしています。

高度に発達した資本主義社会では市場を寡占した巨大企業の成長力が鈍化しますが、巨大企業を運営・統治する実権が“資金を持つ資本家”から“組織運営能力・技術開発能力・専門的知識や情報を持つテクノストラクチャー”へと移行して、テクノストラクチャーは国家に相当する権限と能力を有するようになると予言しました。国家・公的機関に匹敵する『テクノストラクチャー』という専門家・経営者集団は、『官僚機構化した企業の存続・自治』『安定した収益構造と需要の維持』を目的として活動するようになり、資本主義の究極の発展段階では社会主義に似た『計画化体制(市場管理体制・経済活動の計画化)』が誕生するとしました。

巨大企業や政府の継続を自己目的化した『計画化体制』は、自由市場の不安定性を解消して消費者の総需要を政策的にコントロールする体制と解釈することができますが、生産者主権の中核で経済社会を統治するのは、専門的な知識・技能・組織運営能力を持つテクノストラクチャーです。『大きな政府』と連携して国民(消費者)を管理するテクノストラクチャーは、商品の開発スピードやマーケティング戦略、価格調整で市場を計画的にコントロールすることで、不況のない安定した経済社会の実現を促進するとされています。ガルブレイスはこういった社会主義的な『計画化体制』を、大企業が影響力を拡大していく資本主義社会の到達点と見なしました。計画化体制を維持するためには『高度な教育訓練・技術伝達・組織管理』を行えるテクノストラクチャーの再生産がポイントになってきますが、計画化体制は官僚独裁主義(テクノクラートによる計画経済)の弊害に陥った旧社会主義体制と同じであるという批判も根強くあります。

著書『経済学と公共目的(1973年)』では、経済成長を目的とする『産業国家』から公共投資と国民の福祉を重視する『公共国家』への発展が志向されており、テクノストラクチャーと国家の癒着構造の問題点も指摘されています。『ゆたかな社会(1958)』『新しい産業国家(1967)』『経済学と公共目的(1973)』の3冊は、『ガルブレイス三部作』と呼ばれていて代表作となっています。

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