1950年代のトヨタの経営危機と『カイゼン』による効率的生産体制の立て直し
カイゼンの導入・運用の難しさと労働者の過剰管理の問題
2015年現在のトヨタ(TOYOTA)は『クリーンディーゼルの排ガス不正問題』を起こしたドイツのフォルクスワーゲン(VW)の年間販売台数を抜いて、世界一のグローバルな自動車会社として発展している。しかし、戦後間もなくの1950年代のトヨタは、『非効率的な生産体制』のために大量の在庫の山を抱えており、あわや倒産というほどの経営危機に直面していた。
大量の在庫の山を捌くための経営改革として、『必要なものを必要なときに必要な量だけ作る』という生産段階の基本哲学が見直されることになり、『不要なことを徹底的に減らす+無駄を徹底的に無くす』ことを中心にしたトヨタの効率的生産方法である『カイゼン(KAIZEN)』が進められていったのである。
徹底的に生産現場の非効率性を是正して無駄な作業・動作のプロセスを省いていくことで、仕事を効率化して過剰在庫を抱えないようにするトヨタ発の『カイゼン』は、1970年代に体系化・実用化されていき日本経済の高度経済成長の起爆剤の一つとなった。
『安くて品質の良い製品(商品)を納期内に届けること』を至上命題として、経営中枢から生産現場・グループ企業の下請けまで、全員が一丸となって無駄や非効率を省く方法を分析・提案して、実際に実行していくという絶え間無い業務改善プロセスの繰り返しが『カイゼン』なのである。
バブル期の1984年には、トヨタがGM(ゼネラル・モーターズ)との合弁会社をカリフォルニア州に設立したが、その際にトヨタ車をはじめとする日本車に押されて売上を減らしていたGMが『トヨタ方式のカイゼン』を学んで、当時デトロイトにあったGM本社でも自動車工場でのカイゼンが奨励されたのだという。
『カイゼン(KAIZEN)とは何か?』を一言で説明することは難しいが、カイゼンは『トップダウン(経営陣)とボトムアップ(現場労働者)の経営手法・仕事意識の効果的な融合』という側面が強くあり、企業の仕事に関係するすべての人が『自分が行っている仕事の効率化・無駄の排除』を意識して実際に行動に移す、上層部も従業員も徹底的に自分の仕事の効率化を進めるということが基本である。
『カイゼン』は大きな経営改革をトップダウンで一気に断行するという性格のものではなく、仕事に携わっているひとりひとりの人が『小さな効率化・無駄の排除』をコツコツと積み重ねていき、結果として非常に大きなコスト削減や効率的な生産体制(仕事状況)の定着を生み出すというものなのである。
仕事の無駄・遅滞・重複を排除していくカイゼンの地道な手法を聞いていると、とても簡単な経営改善策のようにも思えるのだが、実際にこのカイゼンのノウハウを導入して運用していくためには、ハイレベルなマネージメントとすべての関係者のモチベーションが必要である。そのため、『ノウハウを知識として知ること』と『ノウハウを実際に機能させること』との間には非常に高いハードルがあると言われている。
カイゼンの導入・運用の難しさについては、ハーバード大学ビジネススクールのボウエン教授らの企業調査を元にしたカイゼンの実証研究でも証明されており、世界で数千社以上(数十万人以上)がカイゼンのノウハウを導入してみたが、実際にトヨタと同レベルの成功事例は殆ど出ていないという。トヨタが自動車会社であるという『業種に固有の生産体制・ノウハウ』がカイゼンと非常に相性が良いということもあるのだが、カイゼンの運用のハードルという面では『現場の末端従業員の隅々にまでカイゼンの必要性・知識と意欲を行き渡らせることの難しさ』がある。
トヨタの体系化されたカイゼンはトヨタ生産方式の『TPS(Toyota Production System)』として国際的にも知られているが、日本のキヤノンや米国のクライスラーなどがこのTPSを導入・運用して一定以上の成果を上げている。2000年代前半には、アメリカ政府の財務報告書のリードタイム短縮のために、トヨタのカイゼンのTPSが採用されており、TPSには公的機関の作業効率を向上させる効果もあることが分かっている。カイゼンやTPSは、製造業のメーカーだけではなくて、政府、公的機関、商社、病院、銀行などあらゆる業種の企業や職場に導入されているのである。
TPSのトヨタ生産方式の全体の詳細については今でも明らかになっているわけではないが、TPSの具体的な手法として以下のようなものがある。
カイゼン……徹底的に無駄・過剰を減らして、不要不急なことをやめ、効率的な生産体制を確立する。
ジャスト・イン・タイム……必要なものを、必要な時に、必要な量だけ生産・納入する方式である。
かんばん方式……後の工程が前の工程に対して、『必要な部品の種類・分量・タイミング(時間)』を事前に伝えることで、過剰在庫のリスクを大幅に減らす手法である。
カイゼンの具体的手法には、ストップウォッチを使って従業員の一挙手一投足の動作のスピードを計測したり、生産現場や配達経路における従業員の動線(動く範囲)を計測したりして、『ほんのわずかな無駄な動き・作業』さえも完全に無くしてしまおうする過度に強引な効率化が行われることもある。
こういった過度に強引な効率化としてのカイゼンには、『従業員の人間性+必要な休息(息抜き)』さえ許さないような『機械的な管理主義』の問題も生まれてくる。行き過ぎたカイゼンは『従業員の過剰管理』になって職場への定着率を下げたり、仕事への不平不満を強めたりする副作用もあるのである。
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