製品ライフサイクルのプロセスと市場の変化
製品ライフサイクルの各段階とマーケティング戦略
時間経過に伴って『競争環境としての市場』は段々と変化していきますが、その市場の変化によって『市場分析(リサーチ)・マーケティングの有効性』も必然的に変化することになります。ある段階で有効であり成果を出していたマーケティング活動でも、別の段階では殆ど役立たなくなり成果も出せなくなるというリスクが生まれるのです。市場で流通する製品(商品)にも生物に似た寿命があるという『製品ライフサイクル』は、市場の変化の予測を簡単にするための概念ですが、この製品ライフサイクルは『導入期・成長期・成熟期・衰退期』の4つの段階に分類されています。ある製品の総売上額は導入期から成熟期に向かって増加を続けますが、製品の市場が十分に成熟してしまうとそれ以上売上を伸ばすことはできなくなり、衰退期に向けて売上は減少して最終的に需要が無くなれば市場からの撤退を迫られます。
製品ライフサイクルの順番は、どんな製品にも共通しており一定なので、各段階において次にくる段階が何かを予測することができ、各段階において企業がどんなマーケティング活動をすれば成果が出せるのかを戦略的に考えることができます。時間の経過と共に市場が変化する要因は、『売り手側の要因』と『買い手側の要因』に大きく分けることができ、売り手側の要因としては『競争環境・技術水準・各種コストの変化』を想定することができます。競争環境は業界の企業数、市場規模、参入障壁などの産業構造の変化によって変わってきますが、一般的には『独占‐競争‐寡占』といったプロセスを辿ります。最初に市場参入した企業が独占状態で大きく儲けると、それを見た他の企業が次々にその市場に参加して競争を仕掛けてきますが、最終的には競争原理による淘汰によって少数の企業がその市場を寡占するようになるのです。
『導入期・成長期』には新製品における技術革新や生産プロセスの効率化によって、垂直的差別化(品質の改善)のコストが下がってきますが、『成熟期』に入ってくるとその製品のドミナント・デザイン(支配的な技術・仕様)が確立してくるので垂直的差別化は起こらなくなり、規模の経済性や生産の効率性において優位な企業(経営体力のある企業)が市場を寡占するようになってくるのです。ドミナント・デザインの確立によって垂直的差別化(品質・機能の向上)が限界に直面してくると、その市場では市場セグメンテーション(市場細分化)や水平的差別化(消費者の多様な選好・ニーズへの対応)のほうが重要になってくるという変化もあります。
市場の変化を引き起こす『買い手側(消費者)の要因』というのは、時間が経つにつれて製品の新鮮さが無くなっていき、製品についての客観的な知識・評判が蓄積されていくという心理的要因であり、もう一つは製品の各普及段階における消費者層の違い(キャズム理論)である。消費者は製品についての知識・理解を深めていくにつれて、『自分が重視する属性』を明確化していく傾向があり、ただ新しいだけの商品やただ話題性があるだけの商品は次第に売れなくなっていきます。更に、スタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャースが提唱した『キャズム理論(イノベーター理論)』では、市場の段階が変化するに従って商品を購入する顧客層そのものも大きく変化することが指摘されています。
1962年にアメリカのスタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャース(Everett M. Rogers)が提唱した『イノベーター理論(キャズム理論)』は、イノベーションと製品の普及に関する仮説理論であり、商品の購入行動を新商品を購入する時期が早い順番に以下の5つに分類したものです。
『導入期』の市場の特徴は、新商品・新技術を知っている消費者が極めて少ないために、市場規模が小さくその商品を欲しいと思う消費者のニーズ・関心も殆どないということですが、新商品に対する抵抗感・拒絶感が少ないイノベーターやアーリーアダプターにその商品・技術が普及していくことで『市場拡大の起点』を得られる可能性もあります。導入期は新技術・新商品を企業が市場に投入することによってスタートしますが、この段階でのマーケティング戦略として重要なのは競合他社がいない状況で『先行者利益としての低コスト化・ブランディング』を確立することであり、『成長期に移行できるチャネル開拓・市場開拓』を段階的に推し進めていくということです。
導入期にはイノベーターとアーリーアダプターが主な顧客層になってきますが、新しい商品や技術に付加価値を見出してくれるこの層に対しては、初期開発コスト・部品コストを反映した比較的高い価格で商品を販売することができます。導入期に価格設定を高くできるという『スキミング戦略(上澄み吸収戦略)は、高いものでも自分が欲しいものであれば買うという導入期の『価格弾力性の低さ』を反映した
導入期に価格設定を高くできるという『スキミング戦略(上澄み吸収戦略)』は、高いものでも自分が欲しいものであれば買うという革新者・早期採用者の『価格弾力性の低さ』を反映した戦略ですが、成長期に移行するためには価格に敏感なマジョリティを取り込まなければならず、規模の経済性(大規模生産による低コスト化)を生かして価格を安くしていく『浸透戦略』のほうが重要になってきます。しかし、市場規模の小さい『導入期』を抜け出して『成長期』へとつなげていくためには、できるだけ多くの消費者にその新商品を知ってもらう販促活動(無料サンプルの試供・広範な広告)なども必要であり、更に知ってもらった商品を気軽に購入できるようにするための『チャネル(販売拠点)の拡張・大型小売店での取扱い』というのも売上増加のための大きな課題になってきます。
市場成長と機会利益が拡大してくると、他の競合企業も市場に参入し始めて、製品差別化が進むことになりますが、市場拡大の鍵を握るアーリーマジョリティ(早期多数派)に向けた『マスメディアの広告・チャネルの拡大』も増えてきます。成長期には売上が大きく伸びるので、積極的な『販促活動・広告・多チャネル化』を推進しやすい財務条件が整いやすくなり、各企業は競合企業よりも大きな市場シェアを獲得して、成熟期における優位なポジショニングを確立するために多額の投資と生産体制の拡充を行います。
新規市場では先発企業が大きなコストを掛けて宣伝広告やブランディング、チャネル拡充を行うことになりますが、先発企業にはそのコストに見合うだけの『先行者利益としてのブランディング・市場シェア』があります。一方、低コストで商品差別化やブランド名の浸透だけに注力できる後発企業にも有利な部分があり、特に『新技術の模倣と改良・低コストでの広告効果(初めに先行企業がその分野の広告に投資しているため)』といった部分では後発企業のメリットが大きくなります。
情報処理能力や技術への関心が高い革新者・早期採用者が顧客となる『導入期』では、製品の品質や機能を向上させてスペックの高さを広告する『垂直的差別化のマーケティング』が非常に有効です。しかし、市場規模が拡大して『成長期』に入ると、製品についての知識が少なく技術・スペックへの関心も低いアーリーマジョリティが主な顧客層になってくるので、ブランドイメージや時代の要請感を伝えるような『エモーショナルな広告・水平的差別化のマーケティング』のほうが有効になってきます。
売上の成長率が低下して横ばいになってくる『成熟期』では新規購入者が減る一方で、リピーター(反復購買者)や買い替え需要、多様な品種の水平的差別化によって、それまでの売上市場の規模が維持されることになります。売上成長率が停滞する『成熟期』には、成長予測を読み間違う過剰投資(過剰な生産能力)が企業の赤字を拡大するリスクになりますが、一定の顧客層のパイを奪い合う競争激化に陥りやすく、競争力・経営体力のない企業が淘汰されるという特徴があります。成熟期の市場競争で生き残りやすいのは、市場シェアの獲得・維持に有利な経営基盤の固い企業であり、『技術力・品質・コスト・ブランド・価格設定』において競争優位を維持しやすい大企業のほうが成熟期では有利になってくるのです。
新製品・新技術の普及が本格化して、古くなった製品の売上が急速に下落する『衰退期』に入ると、市場から撤退する企業が増えて多くの関係ブランドがその姿を消すことになります。その製品を生産しても利益が出なくなる衰退期のマーケティング活動で重要になるのは、『利益を出せない製品生産の終了時期(事業撤退の時期)の見極め・企業イメージを低下させない旧商品のアフターサービスの継続・ニッチ市場への再ポジショニングやブランドロイヤリティの活用の検討』などになってきます。