年金制度の維持と超高齢化・生産年齢人口の減少
『100年安心プラン』を掲げた年金制度は破綻するのかしないのか?
現役世代が高齢世代(年金受給者)を保険料の納付で支える『賦課方式の年金制度』では、『高齢者(年金受給者)の数と現役世代(保険料納付者)の数との比率』によってその制度の持続性が変わってきます。戦後日本は長らく『年齢別人口構成の若さ+生産年齢人口(労働力)の多さ+皆婚と人口増加の傾向+経済成長率の高さ』の支えられてきたので、賦課方式の年金制度でも長く持続できるように思われてきました。しかし、1990年代のバブル崩壊以降は賦課方式の年金を維持するためのそれらの条件が、『少子高齢化・晩婚化未婚化・非正規率(若年失業率)の高さ』などによってすべて崩れてきています。
高齢者が増えているのに現役世代の労働者(保険料納付者)が減っていること、結婚する人や生まれてくる子どもの数も減っていること、景気・雇用情勢も悪くハングリーな労働意欲も奮わないこと、長年にわたってゼロ成長に近い低成長経済が続いていることなどの諸条件を考えれば、現行の賦課方式に基づく『65歳からの年金給付開始+40年勤務のサラリーマンの月額10~30万円台の給付水準』というのは維持することが難しくなるのではないかと思われます。
賦課方式の年金制度における負担と給付の増減は、15~64歳までとされる“生産年齢人口”と年金を受け取る65歳以上の“高齢者人口”の比率で決まってきますが、この『高齢者層の数÷現役層の数の比率』は1970年までは10%以下であり、10人の現役層で1人の高齢者(年金受給者)を支えるという極めて余裕のあるものでした。
しかし、経済社会が成熟して豊かになり子どもの教育水準も高くなって、個人の自由と娯楽文化が横溢し始めた1980年代以降は、急速に年齢別人口構成の高齢化が進み始めます。1980年には約13.5%、1995年には約21.0%、2000年には約25.5%、2010年には約35%となり、現状では3人の現役労働者(保険料納付者)で高齢者1人を支えている形になっています。この『高齢者層の数÷現役層の数の比率』は今後も上昇を続けることが人口推計から確実であり、2020年代前半には“50%”を突破して、『2人の現役で1人の年金受給の高齢者を支える』という超高齢化社会になりますから、現役層の年金の負担率は上がり給付率は落ちることになります。
日本社会は政府の人口推計では、世界史の上でもかつてないほどの急速な超高齢化を体験すると見られており、2070~2080年代には『高齢者層の数÷現役層の数の比率』が90%を超えて、『1人の現役で1人の年金受給者を支える構造』となり、実質的に賦課方式の年金制度は無効になる(自分の親を自分の仕送りで全面的に支える昔の家族間の老後扶養と変わらなくなる)と考えられています。
『1人の現役で1人の年金受給者を支える構造』だと世代間の助け合いがどうのという理屈を言っても、月額約6.6万円の年金を受給している高齢者のために、現役労働者が毎月6.6万円の年金保険料を納付するという形になるので、わざわざ年金制度として加入する意義が失われてきます。更に高齢化が進んで、現役層よりも高齢者の数のほうが多くなれば、ますます賦課方式の年金制度を維持する意義は無くなり(1人の現役が毎月13.2万円の保険料を納めて2人の高齢者に6.6万円の基礎年金を給付することなどは現実的に有り得ない構造です)、現役層がその負担を負うことをどこかの段階で拒否するでしょう。
『日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)』は、戦後すぐの1950年代からピークとなる1995年まで右肩上がりの急速な増加を続けてきましたが、1995年の“約8700万人”をピークとして減少傾向に転じています。2012年の現時点ではまだ人口減少は始まったばかりなのですが、2010年の段階で生産年齢人口は約8100万人にまで減っており、既に1985年と同程度の生産年齢人口になっています。そして少子高齢化社会の現象と並行する形で生産年齢人口も減少していきますが、2050年代になると約5000万人にまで生産人口年齢は減り、これは戦後間もなくの1950年代と同じ水準になります。一人当たりの労働生産性(平均所得)がよほど上昇するか、平均寿命がよほど短くなるか(それは平均的には不幸な変化ですが)しない限りは、今後、『現役労働者の年金保険・健康保険・介護保険にまつわる負担率(負担額)』はかなり大きなものになっていくと予想されます。
『少子化(生産年齢人口減少)+高齢化+長寿化』がセットになって50年以上にわたって続くのであれば、賦課方式の年金制度はよほど極端なイノベーションによる高成長か経済のルールそのものの根本的変革がない限りは、『現状の約束通りの形(65歳からの支給開始・現行の給付水準)』では維持できないと考えられます。少子化傾向は、今すぐに女性が沢山の子どもを産むようになる奇跡的な社会変化があったとしても解決する問題ではなく、子どもが現役労働者(税・保険料の納付者)になるまでには約20年間の歳月がかかります。そのため、その約20年間のタイムラグの期間は、現状の年金財政悪化に歯止めをかけることができず、単年度だけの出生率上昇だけではなく、何十年間にもわたって出生率上昇が続かないと『抜本的な人口問題(年金納付者の不足問題)の解決』にはならないでしょう。
『少子化・超高齢化・生産年齢人口の減少』という賦課方式の年金制度を維持困難にする根本的な要因だけではなく、ここ10~20年は『年金積立金の公共事業や特殊法人(天下りポスト)、金融投資による使い込み』『社会保険庁の年金記録消失や保険料横領などの不祥事』『国民年金の未納率の上昇と財政悪化(約4割の未納・約2割の減免措置)』などの問題も頻繁に指摘されており、公的年金制度に対する不信感・不安感が高まっています。そういった問題状況や不安要因を踏まえて、『年金制度はそう遠くない将来に破綻するのではないか?』という不安が言われることも多いのですが、本当に年金制度は数十年先くらいの将来に破綻してしまう危険性があるのでしょうか。
厚生労働省や年金制度の審議会・研究会、それらと関係する学者・専門家は、『保険料方式の現行の公的年金制度は絶対に破綻しない』と主張することがありますが、果たして本当に現行の年金制度は破綻しないのでしょうか。この疑問に対する答えは、政府や厚生労働省は『年金保険料の引き上げ+年金の給付開始年齢の引き上げ』という技術的な財政調整をすることが可能なので、年金財政そのものは確かに破綻しないと言うことができるでしょう。
しかし技術的な負担増で年金財政を維持していくとなると、『年金保険料の負担増+年金給付額の引き下げ』が段階的に行われる可能性が高いので、公的年金制度そのものは維持されるにしても『国民年金の保険料(厚生年金の自己負担率)が高くなる・年金の支給開始年齢が68~70歳以上に引き上げられる』という制度の改悪が続くと予想されます。少なくとも公的年金制度が今後、今よりも良い条件になっていくという可能性(今よりも低い年齢で受給できるようになる・今と同等以上の価値がある金額を年金で受給できるようになる)はまずありません。
『現役層の負担率』を高めて『高齢者層の給付率』を低くし続けることができれば、公的年金制度はずっと破綻しないのだから安心ではないか(究極的には平均寿命に近い年齢に年金の給付開始年齢を設定すればほとんど年金を払わなくて良いから年金財政は安泰だ)と言われても、大多数の人は『現在以上の保険料と税金の負担+現在よりも低くなる給付水準+世代間格差の更なる拡大(新たに生まれる若い人たちの極端な高負担)』に対して、年金制度が破綻していないから確かに安心だなどとは思わない気はしますが。
生産年齢人口が減少する超高齢化社会では『年金保険料の引き上げ』だけではなく、高齢者(高齢による病者・寝たきり・認知症・障害者)の増加とも相関した『健康保険料と介護保険料の引き上げ』『消費税率や他の税率の引き上げ』も起こってきますので、現実的問題としていくら社会保障制度を維持したくても現役層がその負担を背負いきれなくなるリスクがでてきます。30年先、50年先の高齢化が進んだ日本において、税金と保険料の負担率が極端に大きくなり、それに見合うだけの社会保障サービスや年金給付を受けられなくなってくると、技術的・財政的には公的年金制度を高負担に耐えて維持できるとしても、政治的な数の論理と合意によって公的年金制度がいったん白紙に戻されて破綻(廃止)する可能性がないわけではないでしょう。
2004年に小泉純一郎首相が率いる自公政権(坂口力厚労相)が国民に約束した『年金制度の100年安心プラン』は、そのプランが前提としていた楽観的な女性特殊出生率の改善(1.39までの回復)と年2.0~3.0%前後の経済成長率の持続、年金積立金の年利3.2%での継続運用が、リーマンショックや世界同時不況、EUの債務危機(金融危機)などでことごとく否定されている現状があり、100年先まで『現行の保険料方式・賦課方式・積立金運用の公的年金制度』で安心と断言するような制度設計・景気情勢(投資環境)・人口動態にはなっていないように思われます。
2004年に出された年金制度の100年安心プランは、安定的な経済成長と年金積立金の年利3.2%以上の運用で制度を維持していくという骨格になっているのですが、その前提が長期的なゼロ成長とリーマンショック後の運用利回りの低下(運用損の発生)によって崩れており、鈴木亘『年金は本当にもらえるのか? ちくま新書』の積立金運用のシミュレーション(P70~P71)では、厚生年金の積立金が2055年に、国民年金の積立金が2060年に枯渇するのではないかという確率的リスクが指摘されています。
厚生労働省が主導した100年安心プランの前提である『年金給付水準を現役層の平均所得の50%以上で保つという所得代替率50%以上・年金積立金の運用による財政収支の維持』は、『女性特殊出生率・人口動態・景気情勢・運用利回り(投資環境)・GDPの成長率』などを参照する限り、その前提条件を実現し続けることは相当に困難なのではないかと考えられます。