税金には、負担者と納付者(納税義務者)が一致する『直接税』と負担者と納付者が異なる『間接税』がありますが、どちらの徴税方法がより望ましいのかについては色々な意見があります。直接税と間接税の比率である『直間比率』が税の公平性や効率性の観点から問題になることがありますが、実際には雇用者と被雇用者の納税バランスなどを考えると、納税の負担者と納付者(納税義務者)を厳密に区別することは簡単ではありません。
生産者(企業)は希望小売価格を調整することで、消費者に納税額の一部を転嫁することもできます。その為、現在の経済学では、所得水準や家族構成など納税者個人の属性(情報)を考慮した課税をする税金を『直接税』と呼び、納税者個人の属性(情報)とは無関係に税率が決定される消費税や酒税のような税金を『間接税』と呼ぶようになってきています。
国民や企業から徴収された税金は、公共サービス(行政サービス)の充実や社会インフラ(道路・空港・建物)の整備に使われたり、公的年金や医療保険など社会保障政策(社会福祉事業)に使われることで『国民の利益・公共の福祉・内政の安定』に還元されることが理想です。国民の福祉に還元される公共行為(政治を含む公務)、社会インフラ(道路・ライフライン・公共建築物)の維持、公務従事者(公務員)の給与支払、社会保障政策の実現などに必要な財源(予算)を確保することが政治の重要な役割ですが、日本は長期の不況の影響もあって深刻な財源不足(財政赤字)に陥っています。国民の各所得階層の税金に対する不満を和らげて、税金をスムーズに徴収する為には『公平性・中立性・簡素性』という課税の基本三原則を突き詰めて考えていく必要があります。
社会福祉サービスや社会保障政策に使われる税金には、高額所得者層から高い税金を徴収して生活の苦しい低額所得者層に公的福祉サービス(公的扶助)を提供するという『所得の再分配機能』もあります。政府の経済政策や日銀の金融政策の目的には経済成長や景気対策、物価(通貨価値)の安定がありますが、徴税と公的サービス(社会保障政策)による『所得の再分配』は、国民の間にある不公平感や経済格差の行き過ぎ(富の偏在)を和らげる効果を持っています。課税の基本三原則とは、課税される国民が税負担に対して不公平感を抱かないようにする『公平性』、企業の経済活動や個人の購買意欲に悪影響を与えない『中立性』、税制(徴税と使途)に透明性があり納税額の計算ができるだけ簡単な『簡素性』のことを指しています。
税金の三原則のうち、税金の徴税方法と使い道について出来るだけ透明性を増し、納税額の計算方法をできるだけ簡単にするという『簡素性』については殆ど意見の対立がありません。しかし、税金の『簡素性』を徹底的に追究すると、個別的な税の計算が面倒な『直接税』を全廃して消費税などの『間接税』のみにするとか、所得の大小を無視して一人当たり決まった金額の税金を払う『人頭税』に行き着いてしまいます。税金の計算と支払いを出来るだけシンプルにしようとする『簡素性』だけを重視すると、税金による所得の再分配機能が失われてしまい、富裕層がますます豊かになり低額所得者層がますます貧しくなるという『不公平性』の弊害が生まれてしまいます。
納税額を計算する手間がかからない人頭税であれば、年収5億円の人も年収100万円の人も一律的に20万円とかの税金を支払うことになりますから、所得が高ければ高いほど税負担の実感がなくなり、所得が低ければ低いほど税負担が生活に重くのしかかってきます。個別的な所得と費用を考慮しなくて良い間接税だけで税制を構築すれば、食費の家計に占める割合であるエンゲル係数の高い低額所得者層ほど税負担が重くなり、可処分所得が大きくその大半を貯蓄に回せる富裕層の税負担は相対的に小さくなります。高額所得者や利益を上げている優良法人が最も嫌がる税金は所得税や法人税などの直接税ですが、それは応能課税に基づく公平性の観点から直接税には累進課税制が採用されていることが多いからです。
税金の課税原則には、政府(行政)の公共サービスや社会福祉政策から直接利益を受ける国民自身が税負担すべきという『応益課税(応益負担)』と国民の担税力(所得・資産の大小)に応じて税負担すべきという『応能課税(応能負担)』とがあります。応益課税は『受益者負担』とも言われますが、簡単に言えば、公共サービスや社会福祉を利用して利益を得る人自身が税金を払うべきという課税原則です。応益課税(応益負担)は、公共サービスや相互扶助的な社会保障へのフリーライダー(ただ乗り)を抑制するという意味で一見理想的に見えますが、応益負担を徹底すると社会的弱者の救済や所得の再分配という財政政策を行うことさえ出来なくなり社会福祉制度が有名無実化してしまいます。
つまり、所得や貯蓄(資産)が少なくて生活に困窮している人こそ『社会保障制度(公的年金・生活保護・医療保険)』が必要なのですが、応益課税の原則を完全に適用すれば税金を支払えないほど貧しい人は一切の公共サービスが利用できなくなってしまうので、公的支援を必要な人にそのサービスが届かないという問題が起こってきます。反対に、莫大な所得や資産を持っている人は公的な医療保険や福祉サービスに頼らなくても、競争原理の働く市場経済でより良質なサービスや保障の手厚い医療保険を購入することが出来ます。アメリカの富裕層の多くは民間の高額な医療保険(あるいは、全額自己負担の自由診療)で、技術力と実績のある医師から高度で迅速な医療サービスを受けることを希望します。その為、(待ち時間の長い)平均的な医療を安く受けられる公的医療保険があっても、アメリカの高額所得者層は必ずしもそういった公的医療保険を使いたいとは思わないと予測されます。
逆に言えば、民間の医療保険と自由診療で満足のいくサービスを受けられる高額所得者層は、平均的な医療サービスへのアクセスを平等に保障する公的医療保険を使う必要性がないということになります。応能負担(所得に応じた負担率)で保険料を納める国民皆保険制度を必要とするのは、民間市場の医療サービスや各種の保険が高すぎて利用できないという中流以下の所得階層の国民です。自由市場における医療費や保険料を自己責任で負担できない国民が大多数を占めるからこそ、日本では国民皆保険制度(相互扶助的な社会保障)による『平等な医療へのアクセス』が強く支持されています(もちろん日本でも、自費負担で高いお金を出せば美容整形や審美歯科、保険適応外の薬剤や手術などの高度で特殊な医療サービスを受けることは出来ます)。
所得や資産が多ければ多いほど、結果として納税額や保険料が安くなる『応益負担(受益者負担)の原則』を支持する人たちが増えますが、所得が少ない人でも自分が全く利用しない公共サービス(社会インフラ)には一切税金を払いたくないという人もいます。ボランティア精神や持ちつ持たれつの相互扶助を大切にして、応能負担を快く受け容れる富裕層も当然多く存在していますが、一般的には、車を持っていない人が自動車税を払うのはおかしいというように応益課税に正当性が認められるような税金の種類もあります。応益課税(応益負担)とは言い換えれば、私達が商品やサービスを売買している『市場経済のシステム』と同じ仕組みであり、公共サービス(社会保障)が必要な人が自分でお金を出して買うという税制のことです。
しかし、民間サービスと公共サービスを同一視する応益負担(受益者負担)を税制に適用するのであれば公的部門と民間部門の差異がなくなり、市場原理の働きにくい社会福祉分野に無理やり市場原理を持ち込むことにもなりかねません。そうなると、所得の再分配や社会的弱者の保護を担う政府の財政政策(福祉政策)が機能しなくなり、税制の公平性が損なわれると同時に社会的格差が拡大する結果へとつながっていきます。また、社会インフラや公共サービスの利用に際して納税額が少ない人だけを選別して排除することは出来ないので、そういった『排除不可能性』によっても受益者負担を税制に適用することは困難なのです。
このように個人単位の応益負担には問題が多いのですが、最近では地方自治や福祉目的税の観点から応益課税の原則が見直されてきています。それは、『その地域に住んでいて地方自治体の公共サービスを受ける人(受益者)』が税金を負担すべきという応益課税の考え方に合理性があり、『その地域に住んでおらず地方自治体の公共サービスを一生受けない人(非受益者)』が税金を負担するのはおかしいという直感的な判断が働くからです。あるいは、固定資産税や自動車税、揮発油税、酒税、たばこ税など受益者が容易に限定できるものに対しては、それを所有したり利用する者だけが納税する『応益負担(応益課税)の目的税』を支持する国民が多いでしょう。
日本の所得税は、所得額の増加に応じて税率が上がる累進課税制を取っているので、所得税については『応能負担(応能課税)』になっています。政府が税金を徴収する目的の一つが国民の経済格差を縮小する『所得の再分配』ですから、所得税に関しては『垂直的公平(応能負担による格差縮小と社会貢献)』を実現する累進税が好ましいと判断されています。税金はその税率の算定方法によって『比例税・累進税・逆進税』に分けることが出来ます。
比例税とは、所得と無関係に一定の税率で課される税金、累進税とは、所得の増加に従って平均税率(税負担)が上がる税金、逆進税とは、所得の増加に従って平均税率(税負担)が下がる税金のことです。税率には平均税率と限界税率がありますが、平均税率は『税負担÷課税ベース(所得)』で求めることができ、限界税率は『増税額÷課税ベースの増加分』で求めることが出来ます。税金が高くなりすぎると労働意欲が低下するという『マイナスの誘因効果』が指摘されますが、負の誘因効果が問題となりやすいのは『課税前所得が、ある一定ラインを超えると累進的に税率が高くなるので、一定ラインより下の課税前所得の人よりも課税後所得が少なくなる場合』です。それは即ち、限界税率が高すぎると、労働意欲を阻害するマイナスの誘因効果が生まれやすいことを意味しています。
所得税の税制において応能負担(応能課税)の累進課税制が採用される公式な理由は『税の公平性(所得の再分配)』ですが、一人一人の国民が平等な政治的影響力(投票権)を持っている民主主義社会では必ず応益負担よりも応能負担が優勢となります。それは、『大多数の国民が、平均所得以下の所得しか得ていない』ので、必然的に高額所得者層や大企業に高い税金を課する累進課税制が税制を決める国会(議会)で支持されるからです。日本の平均所得は400万円から600万円の間を推移していますが、実際には500万円以上の年収を稼いでいる国民は少数派であり、年収数十億円から数千万円といった高額所得者層が平均所得を押し上げている現状があります。
平均的な国民の所得水準を実感するためには、日本人の総所得を人口で割った『平均所得(平均値)』ではなく、日本人の所得をトップ(上位者)からボトム(下位者)へと順番に並べてその真ん中に位置する『中位所得(中央値)』を参照したほうがより適切です。中位所得やジニ係数(経済格差の統計指数)を踏まえて日本の平均的な労働者の所得を考えると、年収200万円から400万円の間にその大多数が位置することが分かります。そういった余り裕福ではない平均的な所得階層では、『応益負担による課税=水平的平等』よりも『応能負担による課税=垂直的平等』を選んだほうが、結果として納税額が減り可処分所得(消費・貯蓄)が増えることになるのです。
国民個人の所得や資産と無関係な税負担の「客観的平等」を求めることを『水平的平等』といい、国民個人の所得や資産を考慮した税負担の「倫理的平等」を求めることを『垂直的平等』といいますが、所得税・法人税などの累進税的な直接税は垂直的平等(所得の再分配)の実現を志向しやすい税金です。反対に、消費税や揮発油税などの比率税的な間接税は、水平的平等(脱税や節税を抑止できる安定課税)の実現を志向しやすい税金と言えます。
民主主義社会における『税金の公平性』とは、納税義務のある人から平等に税金を徴収することと、所得水準の高い人と所得水準の低い人との経済的格差を一定範囲内で縮小する『所得の再分配』にあります。『税金の効率性』とは、納税額の計算方法(税の徴収方法)をできるだけ簡単にする『税制の簡素化』を推進することであり、社会にある資本と財を有意義に配分する『最適な資源配分(経済成長重視の政策)』と密接な関係があります。『税金の公平性』は垂直的な平等や累進的な直接税(所得税・法人税)と相性が良く、『税金の効率性』は水平的な平等や比例的な間接税(消費税・固定税)と相性が良いのですが、所得の再分配を肯定する『税金の公平性』と最適な資源配分(経済成長に有利な税体系)を目指す『税金の効率性』はトレードオフの関係にあり両立が困難なのです。