大地母神イシスと混沌・嵐の神セト

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大地母神・豊穣の神イシス

古代ギリシアの文筆家プルタルコス(Plutarchus,46あるいは48年頃-127年頃)が書いた著作『イシスとオシリス』に登場する大地母神・豊穣の神イシスは愛する夫を蘇生させたことで知られる。

エジプト神話の主神である太陽神ラーは、大地神ゲブと天空の女神ヌートとの結婚に反対して、ヌートに1年360日の間、子供を産めない呪いを掛けた。だが、知恵の神トトが1年間を5日延長して365日にしてくれたお陰で、この延長された日にちを使ってゲブとヌートは『オシリス・イシス・ホルス・セト・ネフテュス』という兄弟神を生むことができた。

オシリスとイシスはエジプト神話の中で最も強い愛情で結ばれた夫婦であるが、同父同母から産まれた兄妹神でもある。古代エジプトの王家では高貴な王族の男女(同父同母のきょうだい間)で『近親婚』が普通に執り行われていたので、古代エジプト神話の世界観でも近親婚はタブー(禁忌)ではなく、むしろ『完全なる神聖性』のシンボルのようになっている。

イシスは最愛の夫であるオシリスのことを、母の天空の女神ヌートの胎内にいる時から既に愛していたと伝えられ、優れた賢明なエジプト王だったオシリスが弟セトの嫉妬によって暗殺されると、死んだオシリス(バラバラに身体の部分を切断されてしまったオシリス)をこの世に蘇らせるために東奔西走した。

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弟セトの謀略にひっかかって棺に閉じ込められたオシリスは、ナイル川に流されて溺死してしまったが、オシリスの妻(妹)のイシスは遠いフェニキア人の都市ビブロスにまで探しに行って、オシリスの遺体が入った棺を見つけ出した。兄オシリスの復活を恐れた弟セトは、イシスから棺を奪い取ってオシリスの遺体を、14個の部分に細かく切断したが、イシスは男根以外のオシリスの部分をすべて集めた。

太陽神ラーの命令を受けた死者の神アヌビスは、オシリスを包帯でぐるぐる巻きにしたミイラを作ったが、イシスはそのオシリスのミイラに『生命の息吹』を吹きかける魔術を用いて、見事に死んだオシリスを復活させることに成功したのである。復活後にオシリスは冥界の神となったが、イシスは息子ホルスを支援してエジプト王(オシリスの後継者)にするために、様々な策略と攻撃でセトを不毛の地へと追放したのである。

イシスは息子ホルス(天空神ホルス)を絶対君主的なエジプト王にするために、太陽神ラーまで欺いてラーを毒蛇に噛ませる。毒蛇に噛まれて窮地に追い込まれたラーは、イシスから脅迫されて『真実の名前』を白状させられてしまい、その『超越的な太陽神としての能力』をホルスに譲り渡させられてしまうのである。

太陽神ラーの超越的能力を手に入れた天空神ホルスは、『太陽と月を象徴する目』を持つようになり、エジプトを支配・統治する絶対君主として長く君臨することになったが、ホルスがここまで強力な絶対君主になれたのは母イシスの献身というか謀略のお陰なのである。

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大地母神・豊穣の神として先王朝時代から崇拝されたイシスは、元々はエジプトの神ではなくオリエント(東方世界)の異教の女神であったと推測されており、エジプト神話の後に作られた『古代ギリシア神話』の中にもイシスという神の名前が出て来る。主神ゼウスに寵愛された娘イオは、ゼウスの妻に激しい嫉妬・憎悪を受けて牝牛へとその姿を変えられてしまうが、そのイオが諸国を遍歴した後にエジプトへとたどり着いてイシスになったのだという伝承が残されている。

古代エジプト神話の中では、オシリスと共にイシスは非常に人気のある神で、大地母神・豊穣の神としてだけではなく、『魔術と死者の守護女神』としても崇拝を集めることになった。イシスはオシリスの『玉座』を意味する言葉でもあるので、オシリスの玉座がその後に神格化されることになり、女神イシスはその頭の上に『玉座のヒエログリフ(エジプト聖刻文字・象形文字)』を載せた姿で描かれることも多い。

オシリスの弟である嵐と混沌の神セト

嵐と混沌の神であるセト神は、兄オシリスの絶大な人気と崇拝に強く嫉妬して、オシリスを暗殺してエジプト王国を簒奪した邪神として知られる。セトは暴力的かつ好戦的な性格をしており、その凶暴性を発揮することによって世界に混沌と嵐をもたらすのだが、その『暴力的・好戦的な性格』は母である天空女神ヌートの胎内にいる時から運命づけられていた。

まだ胎児であったセトは、母ヌートの子宮から無理やりに自分の身体を引き剥がして、母の脇腹を突き破るようにしてこの世に誕生したのである。そのため、セトの誕生日である閏日(うるうび)の第3日目は、エジプトの人々から忌み嫌われる凶日として認識されるようになる。

セトは砂嵐を引き起こす嵐の神、戦乱を引き起こす混沌の神であるが、同時に砂漠の神や異邦の神、キャラバン(商隊)の守護神、性欲の神でもある。エジプト神話の中ではもっとも破壊力・戦闘力に優れた神でもあり、その敵を打ち倒す猛々しい戦闘力から『偉大なる強さ』の象徴としても評価されている。

古代エジプトでは、『レタス(現在主流のリーフレタスではない茎を食べるステムレタス)』が精力増強剤・媚薬(惚れ薬)として珍重されていたため、性欲を象徴する神であるセトの好きな食べ物はレタスであるとされる。レタスは、ファルス(男根)の神であるミンの象徴としても描かれている。

セトの姿は、ジャッカル(エジプトジャッカルのオオカミ)の頭を持つ神として描かれているが、この頭の部分の動物は実際はジャッカルではなくツチブタだと考えられている。セトの頭は、ツチブタ以外にもカバやワニ(鰐)、ロバ、シマウマ、犬などとして描かれることがあり、アフリカ北西部のリビア周辺を起源とする異形の外来神だったのではないかと推測されている。

セトの姿は、一般的に四角い両耳、『パピルスの花』とも呼ばれる先端が分かれてピンと伸びた尻尾、曲がってとんがった鼻を持つ不気味な姿であり、古代エジプトでは不吉な色とされていた赤色の瞳と髪の毛をしていたという。セトは様々な動物を想像上で組み合わせた『合成獣』の姿をしており、こういった正体不明な動物を英語で『セト・アニマル』と呼んでいる。

セトは生命を意味する『アンク(Ankh)』の杖、更に権力・権威・繁栄を意味する『ウアス,ワァズ(Ouas)』の杖を持った姿で描かれており、この支配的な権力・権威を象徴するウアスの杖は、王権の守護神や王が持つとされている先端が分かれた杖である。セトは妹のネフティスを妻としたが、ネフティスは兄オシリスとも不義の関係を持っており、オシリスとの間に息子である死者の神アヌビスを設けている。

セトは好戦的である一方で戦闘に抜群に秀でた神でもあったので、太陽神ラーが太陽の船に乗って航行する時に、その航行を妨害しようとする大蛇アペプ(アポピス)を打倒する重要な役割も果たしている。太陽神ラーはセトのこのアペプ(アポピス)打倒の功績を評価して、天空神ホルスと争った裁判ではセトの味方をしたりしているが、結局、セトはホルスとの裁判・闘争に敗れてしまい不毛の砂漠の土地(あるいは地下世界)へと追いやられてしまうのである。

紀元前3000年代の一時期には、セトは天空神ホルスよりも人気を高めて、ナイル川下流域の『下エジプト』の王を守護・支援する強力な軍神としてこぞって崇拝されるようになった。しかし、その後は兄のオシリス(冥界・豊穣の神)の人気が高まって重要な神となったため、オシリスと正反対の属性・特徴を持っていたセトは次第に邪神・悪役の位置づけに追いやられていき、遂に兄オシリスを嫉妬から暗殺するという神話エピソードまで作られたのだという。

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天空神ホルスは、父親オシリスの仇討ちに乗り出してセトを倒すが、ホルスとセトという宿命のライバルの戦争は約80年間の長きにわたって続き、セトはホルスの左目を奪い、ホルスはセトの片足と睾丸を奪い取ることでセトに打ち勝ったのだという。ホルスに敗れたセトは、エジプト王国(地上世界)から追放されて『砂漠(地下世界)』の王者となったが、セトは雷が鳴り響く声としてだけ地上に留まることになった。

エジプト神話と星座との関係では、『北斗七星』はセトがホルスに奪われた片足だとも言われ、ホルスに敗れて天空の神々の世界に帰ったセトは『おおぐま座』になったのだとも伝えられている。エジプト歴代王朝のファラオは、オシリスとセトという二人の最強神の相続人を自称することによってその絶対的権威を維持していたが、ホルスとセトの両方の権威の継承によって、『上下エジプトを合体させた土地の支配権』を主張することができた。

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