ホルスとハトホル

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天空の神・オシリスの子のホルス

古代ギリシアの文筆家プルタルコス(Plutarchus,46あるいは48年頃-127年頃)が書いた著作『イシスとオシリス』に登場するエジプト神話の中でも古い神がホルスである。ホルスの歴史的起源は、上下エジプトを初めて統一したナルメル王がいた部族の守護神と考えられており、ホルスは砂漠の上空を飛ぶ“隼(はやぶさ)”の姿で描かれる『天空神』であった。

ホルスは隼の姿をした天空神であるが、ホルスの出自については『太陽神ラーの息子』『ゲブとヌトの息子』『オシリスとイシスの息子』など様々な伝承があり、それらの多様なホルス像はやがて混同されて習合していった。ホルスは隼の頭を持つ天空神であり、太陽と月の両目を持つ男性神として描かれることが多く、初めは鳥そのままの隼の姿をしていたが、次第に人間の男性の姿(頭だけが隼の姿)へと変わっていった。

ホルスはラーの子の天空神あるいはオシリスとイシスの子の神などと伝えられているが、そういった出自・血統にまつわる伝説的エピソードが20個以上もあるために、エジプト神話の中でも最も複雑な習合・融合の経緯を持つ神だと考えられている。世界の支配神、全てを見通す者のシンボルである『ウジャトの目』というのは、ホルスの太陽と月の目(太陽の右目と月の左目)のことである。ホルスの司る元素は『大気・火』で、その元素の色は『黒・赤・白』で表現されている。

オシリスの子の血統で描かれるホルスのエピソードで最も有名なものは、『セトに対する父オシリスの仇討ち』である。

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混沌と嵐の神であるセトは、オシリスの弟神でもあった。弟セトの陰謀によって、オシリスは棺に閉じ込められて、そのままナイル川に流されて溺死してしまう。オシリスの妻(妹)のイシスは、夫オシリスの遺体を捜し求めて、遥か遠くのフェニキア人の都市ビブロスにまで赴き、遺体の入った棺を見つけ出した。しかし、イシスはセトから再び棺を奪い取られてしまう。

セトは兄オシリスが二度と復活できないように遺体を14個の部分に細かく切断して捨ててしまった。イシスは男根以外のオシリスのバラバラにされた体の部分を何とか集めるのだが、その様子を見ていた太陽神ラーは死者の神アヌビスに命じて、オシリスの遺体をつなぎ合わせて、包帯でグルグル巻きにさせミイラを作らせた。生命の女神でもあるイシスは、そのオシリスのミイラに魔法のような『生命の息吹』を吹きかけて、死んだオシリスを見事に生き返らせたのである。

復活したオシリスは冥界の神となり、イシスは息子のホルスをエジプト王(オシリスの後継者)にしようと熱心に育てていた。オシリス冥界から現世のホルスの元へとやって来て、セトを打倒するための秘策や戦術を教えたりもしたが、成長して多くの神々を味方につけたホルスは、鋭い槍でセトの首を一撃で貫いた。だが、不死身の神であったセトは幾ら槍で突き刺しても死ぬことがなく、遂にどちらが地上の支配者(エジプトの王)なのかを巡る決着は、太陽神ラーを裁判長とする裁判で着けられることになった。

太陽神ラーは過去にセトに借りがあったため、オシリスの弟であるセトにもエジプトの相続権があるのではないかなど煮え切らない態度を裁判で取ることになり、ヘリオポリスの9神が参加した裁判でもホルスとセトの戦いには決着が着かなかった。ある日、ホルスとセトは河馬(かば)に変身して戦うことになったのだが、元々、河馬の姿をした神でもあったセトが勝つことになり、セトはホルスの自慢の両目(太陽と月の目)を抉り取って山に埋めてしまった。

ホルスの妻神であるハトホルは、傷ついたホルスの両目の空洞に鹿の乳を絞って垂らして治療をした。ホルスは妻ハトホルの献身的な治療と看護によって、何とか息を吹き返して視力を取り戻したのである。太陽神ラーの裁判では結論が延々と出ないため、父でもある冥界の神オシリスに相談して、遂にホルスは父オシリスの後継者としてエジプトの王になることが出来たのである。ホルスは複雑で多様な出自・伝承を持つ神であるため、ホルス神の姿も隼の頭を持って太陽円盤を頭に載せている男性神だけではなくて、指を口にくわえた幼い子供の姿(母イシスに愛されて育てられた子供の姿)で描かれたりもする。

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イシスは息子のホルス(天空神ホルス)を絶対君主のエジプト王にするため、太陽神ラーまでも騙して罠にかけ、ラーは致死性の毒を持つ毒蛇に噛まれてしまった。毒蛇に噛まれて死にかけているラーは、イシスから強く脅されて『真実の名前』を白状させられ、『超越的な太陽神としての能力』をホルスに奪い取られてしまうことになった。エジプトを支配するホルスは『太陽と月を象徴する目』を持っているが、この目も母イシスの謀略によって太陽神ラーから奪い取った超能力の一つだとされている。

ホルスの妻神のハトホル

愛・美・母性を司る女神であるハトホルは、太陽神ラーの娘あるいは妻とされ、集合無意識的な『大地母神・美の女神』としての性格を濃厚に持っている。古代エジプト神話において、『美しい女性性・大地の豊穣性・愛情や幸運』を象徴するハトホルは、古代ギリシア神話に照らせばアフロディーテやアルテミスに相当する神として解釈することもできるだろう。

ハトホルは人類の多神教の宗教に共通して見られることの多い『大地母神(母性・生殖・出産・繁栄などを司る女神)』の性質を持っており、聖獣である『牝牛(めうし)』の姿で描かれたり、太陽円盤・牛の角などで飾り付けをされた冠をかぶった『人間の女神』の姿で描かれたりもする。エジプト神話では初期の頃は、ハトホルはラーとヌトの間に生まれた娘とされていたが、次第に太陽神ラーの妻の位置づけが与えられるようになり、牡牛の姿のラーと牝牛の姿のハトホルが結合して音楽の神イヒ天空神ホルスを産むことになった。

ハトホルはホルスの妻という設定で語られることも多いが、ハトホルという名前は『顔の家』あるいは『ホルスの館』という意味であり、ハトホルのホルの部分は『ホルス』のことを指していると考えられている。ラーの妻となったハトホルは、ラーが高齢になって力が衰えると、ラーに反逆する人間たちを殺戮・粛清する荒々しい役目を与えられていたが、次第に愛情・優しさに満ちた大地母神としての位置づけに変化していった。

ハトホルは、自分の息子(あるいは夫)であるホルスの窮地を救ったり、一度セトに殺されてしまった夫であるオシリスを生き返らせたりしており、ホルスの妻であるハトホルには『従順で献身的な妻・寛容で支持的な母』としての属性が強く見られるのである。オシリスの後を継ぐエジプト王の後継者争いで、夫ホルスがセトから両目を抉り取られて瀕死の状態になった時には、妻のハトホルはホルスの目に鹿の乳を垂らして元通りに治療したりもしている。

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イシスに次いで王妃・王女たち(あるいは女性全般)から広く信仰されたハトホルは、世界を創造した天の牝牛、鉱山の守護神、ファラオ(王であるホルス)に乳を与える牝牛、妊婦を守る女神などのさまざまな姿や逸話で描かれている。ハトホルは牝牛の頭部を持った女神の姿、牛の角が生えて太陽円盤を載せた女性の姿で表されることが多く、牝牛の頭部を用いた装飾柱は『ハトホル柱』と呼ばれている。

ハトホルは死者を養ったり蘇らせたりする女神としても信仰を集め、冥界へ行く者にパン・水乳・イチジクから作られた食物を与えていたため、『エジプトイチジクの木の貴婦人・南方のイチジクの女主人』と呼ばれていた。ハトホル崇拝が盛んに行われていたメンフィスの土地では、冥界・死者と関わりの深い女神であるハトホルのことを『イチジクの女主人』と呼ぶこともあったのだという。

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