知恵の神トトと冥界の神アヌビス

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知恵の神トト(トート)

トト(トート)は、古代エジプト神話で『知恵・学問の神』とされている神で、元々はナイル川上流の『上エジプト地域』に形成されたデルタで信仰されていた神である。トトは古代エジプト後では『ジェフティ』とも呼ばれ、古代ギリシア神話ではエジプト王国のヘルモポリスの地名にちなんだ神として『ヘルメス』へと変質していき、ローマ帝国の時代にはオカルト的な魔術・知識を司る『ヘルメス・トリスメギストス』として信仰されることになった。

トト(トート)はヘルモポリスという都市で熱心に信仰されていた知恵の神であるが、ヘルモポリスという都市名は上エジプトにも下エジプト(ナイル川下流)にもどちらにもあり、下エジプトがトト神の信仰の起源の地だとする仮説もある。トトの発祥について、古王国時代と中王国時代の間の時期に『上エジプトのヘルモポリス』の主神になったという説が有力である。

トトは宇宙の真理や構造さえ知り尽くしているというほどの博覧強記かつ頭脳明晰な知恵の神であるが、その外見の姿はヒヒやトキ、犬の頭部を持つ神などであり、どちらかといえば醜い風貌をしているとされる。なぜトトが鳥のトキの姿をしているのかの理由について、ナイル川の洪水期に川べりに集まるトキの習性を見た古代エジプトの人々が、トキを『増水の季節・洪水の危険・天気の変化』など自然界の摂理・時機を教えてくれる賢い鳥と考えていたからだとも言われている。上エジプトのヘルモポリスでは、猿の頭部を持つ好奇心旺盛な『戦闘・戦争の神』としても敬われていた。

トトは『月の神』としての属性も持っているが、トキの黄色の三日月形のくちばしを『三日月』に見立てていたからだという仮説もある。ヘルモポリス神学では、トトは宇宙のすべてが詰まった卵を生んだ『世界創造(宇宙創世)の鳥』という神秘的な位置づけを与えられていた。ヘリオポリス神学あるいはメンフィス神学では、トトは太陽神ラーの欠かすことのできないブレーン(頭脳)・参謀という意味で『ラーの心臓』であるとか、『ラーの全能の知識が具象化した神・ラーの命令で月を創造した神』であるとか言われていた。

トトの誕生時の様子について、世界が創造された時に、自分の力で石を割って生まれてきたとか、嵐・混沌の神であるセトの頭部を割ってから生まれてきたとかいう説がある。

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ラーの命令で月を創造したトトはその功績によって夜の天空の支配者に任命されたとも伝えられるが、いずれにしてもトトはあらゆる知恵・知識・学問の神であり、『知的活動領域のすべて』を司る神として崇拝されていたのである。トトは『数学・計量を司る女神』であるセシャトを妻にしていたが、宇宙の真理や法則(メカニズム)を知っているトトは『数学・天文学・医学・暦法・文字(言語)』にも精通しており、現代でいう自然科学の知識を啓蒙するような役割も果たしていたとされる。

ローマ帝国の時代には魔術・錬金術の神である『ヘルメス・トリスメギストス』として信仰されるようになったが、トトもまた魔術・神秘的な超能力に通じた神であると考えられていて、『全42巻の魔術書(トートの書)』を書き残したとされる。トトはイシスに死者を蘇らせる復活の呪文・魔術を教えたりもしていて、『巨大なピラミッドの建設方法』を指導したのもトトとされている。

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トトの古い信仰拠点は中東のシナイ半島(小アジア)にもあったが、トルコ石・銅鉱石を採掘に行ったエジプト人の守護神として尊重され、『遊牧者の主・アジアの征服者』と呼ばれたりもした。トトは『大いなる導き手のヒヒ』と呼ばれ、ヒヒの顔を持つ神として描かれることもあるが、これはヒヒを聖獣とする知恵の神ヘジュウルと習合(融合)したのではないかと考えられている。

トトは神々の世界で『書記』としての役割を果たしており、文字・言語を司る神であることから古代エジプトの『ヒエログリフ(象形文字)』を発明したともされている。神々の書記としてのトトは、冥界における『死者の審判』で、死者の名前を記録する仕事を行っていた。エジプト王(実質的に神である王)の即位に当たっては、その王の名前を『イシェド』という永遠に枯れない葉に書くことになっており、『王統の系譜』を書き残す役目も担っていた。

冥界の神アヌビス

古代エジプト神話で冥界の神とされるアヌビスは、鋭い牙を持った獰猛なジャッカルの頭部を持つ神として描かれている。死者(黄泉)の国と行き来できるアヌビスが、凶暴そうなジャッカル(犬)の頭部を持っている理由として、元々人間の死体が多く眠っていた墓場を餌を探してうろつく野犬(ジャッカル)がいて、その野犬が次第に霊的な存在として神格化されていったのではないかと考えられている。

アヌビスはオシリスとオシリスの妹であるネフテュスの間に生まれたとされる神であり、王侯貴族に近親婚(きょうだい婚)の伝統があった古代エジプト王国らしいエピソードである。しかし、ネフテュスは『オシリスの妹』であるだけではなく『セトの妻(セトはオシリスの弟である)』でもあったから、アヌビスは近親婚の子であると同時に不義密通の子でもあり、ネフテュスはアヌビスの面倒を見ず育児をしないネグレクト(養育放棄)に陥ったとされている。

アヌビスの身体は『黒色』であるが、それはミイラ製作時に防腐処理のために遺体にタールを塗りこむからであり、アヌビスの死者の神としての重要な仕事の一つが『ミイラ製作(ミイラづくり)』だったのである。アヌビスの異名には『聖地の主人』『自らの山に居る者』『ミイラを布で包む者』などがあり、最後の異名からもアヌビスがミイラづくりをする神であったことが分かる。

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ネフティスは誕生したばかりのアヌビスを葦の茂みに隠して遺棄したともされるが、その赤子のアヌビスを拾って親代わりになって育てたのがイシスであった。アヌビスは、セトに殺されてバラバラにされたオシリスの遺体に防腐処理を施してからミイラを製作したとされる。ミイラづくりによって、オシリスの奇跡的な復活を助けたアヌビスは『ミイラ製作の監督官・名人』となり、古代エジプトのミイラ職人からの厚い崇拝を受けるようになった。

古代エジプトでは、王侯貴族などの高貴な身分の人の遺体をミイラにしたり、死者を冥界に導く呪文(祝詞)をあげたりする時に、冥界の神であるアヌビスの仮面を被って作業を行っていた。ミイラ製造の役割を担うために、アヌビスの仮面をかぶった職人や神官のことを『ストゥム』と呼んだが、ストゥムは王朝の死者の弔いに欠かすことのできない聖職者階級の者として厚遇されていた。

アヌビスは、死んだ人間の魂(バー)を素早く冥界に運ぶためにとても足が速いとされている。アヌビスの冥界の神としての役割は人間の死期を予言してミイラ製作をすることであり、それから死者を冥界へと導いて『魂の重さ(善悪)』をラーの天秤で量るのである。アヌビスは死者の魂の重さ(善悪)をラーの天秤で量って、天国に行くか地獄に行くかといった判断をしていたことから『ホルスの目』という異名も持っており、アヌビスの魂の計量結果を上位神であるホルス、トト、オシリスらが承認するという仕組みであった。

オシリス(あるいはホルス)が冥界アアルの王となる以前の冥界を支配管理していたのがアヌビスであるとも言われ、オシリス(ホルス)が冥界の王になってからもオシリス(ホルス)を補佐した。アヌビスは『ラーの天秤』を用いて死者の魂(善悪)を量る役目を担っていたので、その天秤を持った姿が『死者の書・墓の壁面』などに描かれている。墓地・死者の守護神でもあったアヌビスの石像は、墓地の周辺に建立・配置されることが多かったようである。

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