シヴァ:ヒンドゥー教の破壊神

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ヒンドゥー教の破壊と再生の神シヴァ

古代インド神話の『三神一体論(トリムルティ)』では、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァが三大神とされているが、破壊神のシヴァは破壊後の創造神としての側面も持っている。ヒンドゥー教では創造神のブラフマーの信仰が衰退して、ヴィシュヌとシヴァの二大神が大衆の深い信仰を集めることになったが、シヴァは世界の終わりに際して世界を破壊しつつも再建するという両義的な役割を担っている。

紀元前13~12世紀に編纂されたという『リグ・ヴェーダ』では、破壊神のシヴァは暴風雨神ルドラとして記されている。ルドラは暴風雨による風水害を引き起こして家屋や田畑を破壊するが、それと同時に土地に恵みの水をもたらして作物・植物の育成を促進するという再生の効果も持っていた。ルドラには人々の病気を平癒するという超能力もあり、『暴風雨による破壊』だけではなく『治癒・再生』を司る神でもあった。

『リグ・ヴェーダ』に登場する暴風雨神ルドラが、破壊と再生の両義的な属性を持つヒンドゥー教の破壊神シヴァの原型になっている。シヴァの歴史的起源はインダス文明のモヘンジョダロに残された『シヴァ神に類似したレリーフ(彫刻)』にまで遡ると言われているが、インド亜大陸に印欧語族のアーリア人が侵入してくる以前から存在した古い歴史を持つ神であると推測される。

世界の秩序を破壊する神であるシヴァは、青黒い色の皮膚をしていて、長髪に三日月の髪飾りをつけ、裸体に獣皮(虎の皮)の腰巻だけをまとった苦行者・修行僧の姿をした『異形の神』である。首に蛇と数珠を巻きつけており、二本の手には3つに分かれた先端を持つ『トリシューラ』という三叉の戟(げき)と小さな太鼓『ダムルー』を持っているが、トリシューラの代わりに『ピナーカ』という弓を持っていることもある。

シヴァの額には横に3本の白線が引かれており、両目の間には第三の目が開眼している。シヴァが本気で怒ると『激しい火炎』や『パスパタ(投げ槍)』が出てきて、あらゆるものを焼き尽くす(槍で貫き通す)と言われている。四面四臂の異形の姿をした神として描かれることも多い。シヴァが瞑想している時に、退屈した妻のパールヴァティーが両手で彼の両目を塞ぐと世界が闇に包まれてしまったという。その後、シヴァの額に第3の目が出現し、その目から炎が噴出されてヒマラヤの山を焼き尽くし、世界に再び明るい光が戻ってきたのだと伝えられている。

シヴァはヒマラヤ山脈の聖地カイラーサ山を拠点にして瞑想の修行をしているが、ネパールのパシュパティナートに最大のシヴァ寺院があり、インドのバンガロールには最大級のシヴァ神像が設置されている。ヒマラヤ山脈と縁の深いシヴァは、『ガンジス川の源流』を象徴する水が頭頂部から吹き出しているモチーフで描かれることもある。シヴァの頭髪の中では、ガンガー女神が口から水を噴き出しているという図案もある。

ギリシア神話で酒と陶酔の神ディオニュソスは『舞踏の神』としても知られているが、破壊と創造のサイクルのリズムを司っているシヴァも『舞踏の王(ナラタージャ)』という異名を持っている。舞踏(ダンス)は宗教的な祭儀・儀式と深い関係を持っているが、シヴァは丸い炎の中に入って、片足を上げて手を広げたポーズで踊る姿で彫像・絵画にされていることも多い。シヴァは破壊神であると同時に舞踏の神でもあるのだ。

シヴァのリンガ信仰・異名とパールヴァティー(サティー)との結婚

シヴァは破壊と創造の神、舞踏と陶酔の神であるだけでなく、性的エネルギーを司るリンガ(男根)の神としても知られる。豊富な性的エネルギーと巨大なリンガを持つシヴァは、子孫繁栄を願うリンガ信仰を生み出して広めていったとされる。性の神でもあるシヴァを祭るために、シヴァ寺院ではリンガ(男根)とヨーニ(女陰)の2つの部分からなるシンボリックな『シヴァリンガ』というオブジェが安置されている。

シヴァはヒンドゥー教の破壊神であるが、民間信仰として定着していく過程で様々な異名を持つようになっていった。シヴァは『マハーカーラ(大いなる暗黒)』とも呼ばれ、世界を破壊する時には恐ろしい黒い姿をして出現するとされている。この伝承から漢訳仏典ではシヴァは『大黒天』と意訳されたが、七福神の一人である大黒様に対する信仰は日本にも伝来した。日本神話に出てくる出雲国の大国主命も『大国=ダイコク』と読めることから、大黒天の信仰と何らかの歴史的関係があるのではないかと言われている。

小さな太鼓のピナーカを持っていることから、『ピナーカパーニ(ピナーカを持つ者)』と呼ばれることもある。漢訳仏典で『大自在天』と訳されたシヴァは『マヘーシュヴァラ』という異名で呼ばれている。降三世明王の仏像は足下にシヴァと妻パールヴァティーを踏みつけた姿でデザインされていることが多い。

不死の霊水アムリタを得るための乳海攪拌の時、マンダラ山を回す綱として使われた大蛇ヴァースキが、苦痛に耐え切れず猛毒(ハラーハラ)を吐き出して世界が滅亡しかかったことがある。その世界の窮地に際して、シヴァ神は猛毒を飲み干して喉が青くなったことから、『ニーラカンタ(青い喉)』という異名も持っている。それ以外にも、シヴァは民間信仰において実に1000以上もの異名を持っているとされる。

シヴァには数百人以上の神妃がいるとも伝えられるが、正妻としてよく知られているのがパールヴァティーである。パールヴァティーの前身は、創造神ブラフマーの息子ダクシャの娘のサティーだが、父親のダクシャはシヴァを非常に嫌っており娘サティーとの結婚を認めなかった。サティーの婿を選ぶための神聖な儀式にも、ダクシャはシヴァを招かなかったのだが、将来の夫を決めるために花輪を投げる儀式を行うと、何とその花輪が遠い所にいるシヴァの首にかかってしまったのである。

婿選びの儀式の結果に従って、サティーはシヴァと結婚するのだが、それでもダクシャが二人の結婚を認めずに妨害したため、父親と夫の不仲に苦しんだサティーは聖火に身を投げて自殺してしまった。最愛の妻であるサティーを失ったシヴァは激しい怒りと悲しみを露わにして、義父ダクシャの家を破壊し、サティーの遺骸を抱いたまま都市を破壊しながら世界を放浪することになった。

都市を破壊しながら放浪するシヴァを案じたヴィシュヌは、チャクラ(超能力)を使ってサティーの死体を切り刻んで、シヴァにサティーのことを忘れさせようとした。108個の断片に切断されたサティーの身体は、大地に次々と落ちてシヴァの聖地を作っていったが、それぞれの断片がシヴァの妃として復活したとも伝えられる。

シヴァはヒマラヤ山でサマーディ(三昧)の境地に耽る瞑想修行を続けていたが、サティーは山の王ヒマラヤの娘であるパールヴァティーとして蘇り、再びシヴァと結婚することになったのである。シヴァとパールヴァティーの間に生まれた息子の軍神スカンダは、神々を恐れさせていた魔神ターラカを征伐する活躍をしている。

数百人にも上るといわれるシヴァの神妃たちは、サティーの身体の断片から生まれたことから、それぞれがパールヴァティーの一面を象徴しているとも言われる。シヴァの大勢の神妃たちは、ヒンドゥー教の拡大・普及の過程において、各地の土着の女神信仰と一体化したり吸収したりしていった。シヴァ神の暴力性・破壊性の部分が反映された異形の女神としては、憤怒・破壊の衝動性と十本の腕・真っ黒な体を持ったドゥルガーカーリーといった女神がよく知られている。

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