インドラ:『リグ・ヴェーダ』の主神・雷神

『リグ・ヴェーダ』で讃えられた雷神インドラ

紀元前13~12世紀に編纂されたというインド最古のバラモン教の聖典が『リグ・ヴェーダ』である。『リグ・ヴェーダ』は神々の栄光ある事績と絶大な権威(能力)を讃える讃歌集であり、古代インドのバラモン階級(聖職者階級)の人々は、“戦勝・栄光・富裕・幸福・長寿(無病息災)”などが実現するように神々の恩恵・加護・奇跡を祈っていたようである。

この『リグ・ヴェーダ』において、最初に誕生した別格の賢明かつ強力な雷神とされるのがインドラであり、3000体以上ともされる聖典ヴェーダの神々の中で『主神』の位置づけを与えられている。紀元前2300~1800年頃に隆盛したインダス文明が衰退してきた頃に、北西インドにアーリア人(印欧語族の民族)が侵入してきて支配階級となり、アーリア人の宗教者である聖仙(リシあるいはカビ)によって紀元前1200年頃に『リグ・ヴェーダ』が編纂されたと推測されている。

ヴェーダは『知識』という意味を持つバラモン教の聖典であり、『リグ・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『アタルヴァ・ヴェーダ』の4種類があるが、これらのバラモン教の根本聖典は紀元前500年頃までにバラモンの聖仙たちによって整理されていったと考えられている。ヴェーダの内容は、『サンヒター(本集・讃歌や祭詞のマントラ)』『ブラーフマナ(祭儀書・梵書・宗教的な祭式と神学)』『アーラニヤカ(森林書・森林で語られた秘技と祭式)』『ウパニシャッド(奥義書・古代インド哲学)』の4つの部分から構成されている。

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主神の雷神であるインドラは、古代インドにおいて最もポピュラーな神の一人であり、神々に捧げられた讃歌『リグ・ヴェーダ』の全1200編の讃歌の中で約4分の1がインドラについて書かれたものである。日本では俵屋宗達(たわらやそうたつ)『風神雷神図屏風』に代表されるように、風神と雷神がセットになって描かれる事が多いが、古代インド神話にも雷神インドラだけではなく風神ヴァーユという神が存在している。

ヴァーユは仏教では『風天』と呼ばれる神になっているが、古代インドの叙事詩には風神ヴァーユの息子として『マハーバーラタ』の英雄ビーマと『ラーマーヤナ』の猿将ハヌマーンが登場する。雷神インドラは天空神ディヤウスと大地母神プリティヴィーの息子であり(兄弟にアグニがいる)、『ラーマーヤナ』ではディヤウスに代わって天空神としての地位を与えられている。

母のプリティヴィーは、仏教の神としては『地天』と呼ばれている。父ディヤウスは、ギリシア神話のゼウス、ローマ神話のユピテル、北欧神話のテュールと同じ起源(語源)を持っており、いずれも『天空神』を意味する言葉である。インドラは茶褐色の皮膚をしており、一面四臂(四本の腕)の異形の外観を持ち、武器として二本の槍を持っている。アイラーヴァタという聖獣の象に乗った姿で絵画に描かれていることも多い。

仏教の漢訳では、インドラは『帝釈天・天帝釈・天主帝釈・天帝・天皇』などと呼ばれている。古代ペルシアのゾロアスター教では、インドラは虚偽の神や魔王として悪の属性を与えられており、正義と真実の神アシャ・ワヒシュタと対立する神になっている。ゾロアスター教では、インドラ、ナース(ドゥルジ・ナース)、サウルワ、ノーンハスヤ、タウルウィー、ザイリチャー、アンリ・マンユの7体の神は『ヴェンディダードの七大魔王』と呼ばれている。

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インドラの特徴と魔神との戦争のエピソード

インドラは紀元前14世紀のヒッタイト条文にその名前が出ている神で、元々は小アジアやメソポタミアで信仰されていた神ではないかと考えられている。インドラは母の大地母神プリティヴィーの胎内に1000ヶ月もの期間いてから産まれたと伝えられ、天と地を覆い尽くすほどの茶褐色の巨体で生み出されたのだという。髪の毛や髭は燃えるような赤色で、細かいことにこだわらない豪放磊落な性格をしており、豪胆で直情的な勢いのある傾向を持っている。

インドラは、生まれてすぐにその誕生の異常さと他の神々からの嫉妬を恐れた母に捨てられてしまう。父のディヤウスからも嫌われて敵意を向けられていたが、神酒ソーマを飲んだ勢いで暴れて父を殺害してしまったという。その殺害行為によって神々の世界から追放されたインドラは、一人で放浪の旅に出ることになり、その旅先で維持神のヴィシュヌ(ヴァーマナ)と知り合って親交を深めた。

インドラは神酒ソーマを好む酒好きであるだけではなく、女神を好む好色な神としての特徴も持っている。アスラ(魔神)の王から強奪したシャチーを陵辱したり、ガウタマ聖仙の妻アハリヤーを誘惑したりしたが、ガウタマ聖仙の呪いを受けたインドラは全身に女性の陰部を貼り付けられてしまった。しかし、インドラはこの呪いをも卓絶した好色のエネルギーで打ち破る。絶世の美女ティロッタマーを見たいという欲望によって、全身の陰部を全身の目に変えてしまったのである。

インドラの武器は絶大な破壊力を持つヴァジュラ(金剛杵)であり、二頭立ての馬車で天空を闊歩し、暴風神のマルト神群を配下として従えている。友人となった維持神ヴィシュヌと共に『魔神・魔竜との戦争』に乗り出していくが、インドラの最大の敵とされるのが人々を苦しめていた魔竜ヴリトラであり、インドラはこのヴリトラを倒した功績により『ヴリトラハン(ヴリトラ殺し)』という異名を持つようになった。

インドラが戦った魔神(アスラ族・ラークシャサ族)には、トヴァシュトリ神が生んだ3つの頭を持つ怪物・ヴィスヴァルパやヴァラ(洞窟)、ナムチ、ヴィローチャナ、メーガナーダなどがいるが、インドラは無敵の神ではなくアスラ族やラークシャサ族の強力な魔神に何度も敗北の辛酸を舐めさせられている。アスラ族の魔王マハーバリやマヒシャースラに敗れて天界を追放されたこともあるし、メーガナーダ(ラークシャサ族ラーヴァナ王の子)にも負けて『インドラジット』という異名を名乗られる屈辱も味わった。インドラはマヒシャースラとの戦いでは、女神ドゥルガーの応援を受けてやっとのことで勝利している。

魔竜ヴリトラにも何度か敗北していて、神々の世界の半分をヴリトラへ割譲するという大幅な譲歩をして何とか殺されずに和解に結びつけたという屈辱の歴史もある。ヴリトラとの戦いの勝利も、正々堂々とした正面衝突の決戦で勝ったのではなく、ヴリトラの隙を突いた不意打ちの攻撃によって辛うじて勝利を手に入れている。

バラモン教の信仰が衰退して、『リグ・ヴェーダ』の影響力が薄れるにつれて、インドラの人気も落ちていったが、インドラは『雷を象徴する強力無比な神』としてのイメージを現代にまで伝えており、叙事詩『マハーバーラタ』には最強の武器として『インドラの炎・インドラの矢』というものが登場している。

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