アーリア人の宗教改革者ゾロアスター(Zoroaster)が紀元前10~6世紀頃に、イラン北東部で創始した『善悪二元論・終末思想・拝火教(アフラ・マズダを象徴する炎の崇拝)』を特徴とする宗教がゾロアスター教である。ゾロアスター教は主神であるアフラ・マズダの名前から『マズダ教』と呼ばれたり、聖火を祭壇に据えて崇める儀礼のあり方から『拝火教』と呼ばれたりもする。中国に伝来したゾロアスター教は『けん教』と呼ばれた。
アフラ・マズダの起源は、古代インドのバラモン教の聖典『ヴェーダ』にでてくるアフラ神群であり、アフラ神群は秩序神ヴィシュヌと同列の神だと考えられていた。神々の主を意味する“アフラ”と叡智を意味する“マズダ”が結合することで、善神アフラ・マズダが創造されて信仰されるようになっていった。中央アジアでゾロアスターによって創始されたゾロアスター教(マズダ信仰)は、アケメネス朝ペルシアで拝火教の祭礼を伴う宗教として熱心に信仰されたが、アケメネス朝ペルシアがマケドニアのアレクサンドロス大王の侵略で崩壊したことで一時的に衰退した。
ペルシア系のパルティア朝が興るとゾロアスター教の信仰も復活することになり、ササン朝ペルシアでは『国教』として認定された。ゾロアスター教は、ユーラシア大陸を中央アジアから中国の東部まで行き来したペルシア商人の交易活動を通じて、ペルシア帝国だけではなく中央アジアから中国へと伝播していった。
“ゾロアスター”という名前はギリシア語読みだが、ペルシャ語では“ザラスシュトラ”、ドイツ語では“ツァラトゥストラ”と読み、超人思想の哲学者フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき(ツァラトゥストラはこう言った)』もゾロアスターが語源になっている。21世紀の現代ではゾロアスター教の信者は激減しており、インドで約7万5千人、イランで約3~6万人と推測され、全世界でも約10~13万人程度しか信者が残っていないようである。
7世紀後半になると、イスラム王朝がササン朝ペルシアを侵略し、ササン朝は651年に滅亡する。イスラム教徒が大量に入ってきて、ゾロアスター教は迫害されるようになり、大半のゾロアスター教徒はイスラム教に改宗してしまった。イスラム王朝からの迫害を受けて、ゾロアスター教の活動拠点はインドへと移り、インドに移住したゾロアスター教徒は『パールシー(ペルシア人)』と呼ばれた。
アーリア人の宗教改革者ゾロアスターは、30歳の時に天使ウォフ・マナフ (Vohu Manah) に導かれ、善と正義の神アフラ・マズダ(Ahura Mazda)に遭遇して宗教的な啓示を受けることになった。ゾロアスターは古代のペルシア世界にあった多神教を否定して、善神アフラ・マズダだけが唯一神であるという『一神教』を教導して、“ユダヤ教・キリスト教・イスラム教”の土台にある共通の世界観を確立したと言われる。ゾロアスターは世界最古の一神教の預言者なのである。
ゾロアスターの提示した一神教の共通の世界観というのは、『善悪二元論・天国と地獄(死後の世界)・最後の審判(審判者としての神)』などであり、長きにわたる善悪の闘争が善神アフラ・マズダの勝利によって終わると、悪を駆逐した清浄な世界が到来して永遠の平和が続くのだと教えた。光と闇、善と悪の二元論がゾロアスター教の根底にはあり、“善神アフラ・マズダ”と“悪神アングラ・マインユ”という二柱の神がそれぞれ善と悪を象徴している。
『拝火教』としてのゾロアスター教という側面では、古代アーリア人は元々『火・水・空気・土』を人間の生存に欠かせない神聖なエレメント(元素)として尊重していたことの影響があるだろう。砂漠の多い中央アジアでは特に、寒い夜を乗り切るため食材を調理するために、貴重な必需品の『火・炎』を消さないようにしていた。その火・炎を絶やしてはならないという砂漠地帯の部族の慣習・規範が、ゾロアスター教の拝火教にも導入されていったのではないかと考えられる。ゾロアスター教の葬送の儀礼は、チベット仏教に見られるような『鳥葬』であり、遺体を神聖な塔に安置して鳥についばませていき、遺体・遺骨を自然に還すというものである。
全知全能の唯一神であるアフラ・マズダは、以下の6人の子供の神『アムシャ・スプンタ(聖なる不死の神・大天使)』を生み出して、この世界を創造させたのだという。アフラ・マズダは、不老不死で食べ物を食べなくても大丈夫な完璧な人間、楽園で生きる人間を創造したという。
ウォフ・マナ……良心を司り、家畜を創造した神。
アシャ……天の摂理を司り、火を創造した神。
スプンター・アールマティー……敬虔・信仰を司り、大地を創造した神。
フシャスラ……統治・秩序を司り、天空・天体を創造した神。
ハウルワタート……健康を司り、水を創造した神。
アムルタート……不死を司り、植物を創造した神。
ゾロアスター教の善神アフラ・マズダに対置されるのが悪神アングラ・マイユである。悪神アングラ・マイユはこの世界にあらゆる悪を生み出した神であり、『悪・闇のネガティブな属性』をその一身にまといながら、善神アフラ・マズダとの『最終戦争』を引き起こす存在でもある。
ゾロアスター教の終末論的な世界観(歴史観)の始まりと終わりは、『3000年で区切られた期間』が4回繰り返されるという『合計1万2千年の時間軸』の中で設定されている。
第一期の3000年……善悪が分離していない混沌(混合)の時代
第二期の3000年……善神アフラ・マズダは平和な世界を創造し、悪神アングラ・マインユは闇の世界で地上への進撃の機会を伺う。
第三期の3000年……悪神アングラ・マインユが地上に悪の軍勢(悪神・悪霊)を送り込んで、善神アフラ・マズダとの善悪の戦争がスタートする。
第四期の3000年……教祖ゾロアスターの出現。その後、1000年ごとにゾロアスターの子が救世主(サオシュヤント,メシア)として現れ、善悪の最終戦争へと突入していく。
善悪の最終戦争は非常に激しく凄惨な戦いであり、世界中が猛火に包まれて炎上し、すべてのものが熔融した熱い金属に焼かれて溶かされるが、最終的には善神アフラ・マズダが勝利してすべての人間を『最後の審判(総審判)』にかけてゆく。最後の審判を受けた人間は、死後に天国に行くか地獄に落とされるかが決められるが、生き残って天国に送られる人間は永遠の生命を得ることができるとされた。この来世観や救済思想は、ユダヤ教やキリスト教、イスラームといった一神教にも大きな影響を与えている。
最後の審判では死者も生者もすべての人間が改めて審判に掛けられ、すべての悪が滅した理想の新世界が出現して、生き残った人類には最後の救世主(サオシュヤント)によって永遠の生命が付与されることになる。ゾロアスター教の終末思想は『最後の審判による救済』を目的としたものであり、人間は最後の審判で生前の信仰や生き方が裁かれるため、正しく善の思想と行動を守って生きなければならないのだとした。
ゾロアスター教の主な構成要素には、聖典アヴェスターや拝火教(祭壇の火の保守と崇拝)、マンスラ(呪文の真言)などがあるが、現代の倫理観では受け容れられないものとして近親婚を奨励する倫理規範の“クワェード・ダフ”というものもあった。近親婚のクワェード・ダフは、現代の善悪の区別からすれば悪行・背徳(反倫理)になるものだが、ゾロアスター教では最も敬虔な信者であることの証明、善行としてクワェード・ダフが推奨されていたようである。
悪神アングラ・マインユは、善神アフラ・マズダが創造した輝かしい世界と正義の秩序を破壊しようとする神であるが、アングラ・マインユの側近の魔神・悪霊として怒りの魔神アエーシュマと3つの頭部と6つの目を持つ破壊竜アジ・ダハーカがいた。アングラ・マインユは更にこの世界に戦争や病気、悪徳、混乱、退廃、死をもたらす以下の六大魔神を作り出したとされる。
アカ・マナフ……悪の意思の悪神。
ドゥルジ……虚偽の女悪魔。
タローマティ……背教・不信の悪神。
サルワ……無秩序・混乱の悪神。
タルウ……熱の悪神。
ザリク……渇きの悪神。