北欧神話の物語が展開する世界は『ユグドラシル』と呼ばれ、オーディン(Odin)を主神とする神々は『アースガルド』と呼ばれる王国に住み、オーディンがトネリコとニワトコの木から創造した人間は『ミッドガルド』という自然豊かな王国に住んでいる。『ヨツンヘイム』と呼ばれる巨人族の王国もあり、この国に住む凶暴で強力な巨人たちは神々・人間と敵対して支配しようとしていた。北欧神話には『神・巨人・人間』という異なる種族が登場するのである。
オーディンはドイツ語では『ヴォータン(ヴォーダン)』と呼ばれるが、その一般的な姿の特徴は『片目が無い隻眼・長い髭を生やした老人・つばの広い帽子・グングニルという槍を持つ』といったものである。北欧神話の主神であるオーディンは、戦争と死を司る強面(こわもて)の神であるだけでなく、詩文の神(吟遊詩人の神)でもあり、非常に高い知性と豊かな知識を兼ね備えている。北欧神話が確立する以前は、風神、嵐の神(天候神)として自然現象と相関した神格を持っていたともされる。
オーディンは知性と魔術に抜きん出ており、『知識・知恵』を貪欲かつ積極的に求める神である。ユグドラシルの根源から湧き出す『ミーミルの泉』の水を飲むと『知恵・魔術』を身に付けられるが、オーディンはその代償として片目をミーミルの神に捧げて隻眼になった。片目になったオーディンは、片目の部分を隠すかのようにつば(鍔)の広い帽子を被り、青いマントをその身に纏うようになったのである。
更にオーディンは『死者の知恵・ルーン文字の秘密』を会得するために、ユグドラシルの木で首を吊って、グングニルの槍で自分を突き刺し、九日九夜にわたってその激痛に耐え続けた。オーディンの首を吊っていた縄が切れて一命を取り留めたが、オーディンは『首吊りをした上でグングニルに突き刺される』という肉体的苦行に耐え抜いたことで、類稀な知恵と魔術を持つ『叡智の神』になったのである。この肉体的苦行を起源にして、オーディンに捧げる人身御供(供犠)は首に縄をかけて木に吊るし上げ、槍で刺して貫くようになったという。
タロットカードの大アルカナⅩⅡにある『吊るされた男(ハングドマン)』も、肉体的苦行に耐えているオーディンをモデルにしたという説がある。グラズヘイム(喜びの国)にあるヴァルハラ宮殿(死者の館)には、女戦士ワルキューレ(ヴァルキューレ)によって集められたエインヘリャル(戦死した勇者)の軍団がいて、昼間は決闘・軍事演習で武力を磨き、夜は猪肉・蜜酒(山羊の乳)で酒宴を開いていた。オーディンはエインヘリャルの軍団を日々鍛錬することで、来るべき最終戦争の『ラグナロク』に備えていたのである。
オーディンの愛馬は八本足で天空や大地を駆け巡る神馬スレイプニルで、人間世界のミッドガルドや巨人世界のヨツンヘイム、冥界にまでその威厳・抑止力を及ぼしていた。オーディンの両肩にはフギン(思考)とムニン(記憶)という二羽のワタリガラスが止まっており、フギンとムニンは世界中から情報を集めてくる諜報機関としての役割も果たしている。オーディンの足元にはゲリとフレキという二匹の狼がいて、オーディンは自分の食事をすべて二匹の狼に与え、自分は葡萄酒(ワイン)だけしか飲まないとされている。
オーディンは魔法の武器や宝物を多く持っており、グングニルという槍は百発百中で敵を貫いて倒す魔法の槍であった。黄金の腕輪のドラウプニルは、9夜ごとに8つの同じ黄金の腕輪を作り出す魔力を持っており、『無限の富』の象徴的な宝物でもあった。
オーディンはあらゆる人や物に変身(変装)できる特殊な能力も持っている。オーディンはトールと口論した渡し守のハールバルズに変装したり、ゲイルロズ王の城で炎の中に座ることになるグリームニルに変装したりしたが、霜の巨人スットゥングが隠匿していた詩の蜜酒を略奪する時には蛇にその姿を変えていた。更に、詩の蜜酒の番人をしていたスットゥングの娘グンロズを欺くために、美青年に姿を変えて三夜を共に過ごして親しくなり、三口分の蜜酒を分けてもらったのだという。
北欧神話は最終戦争『ラグナロク』の勃発によって、神々も人間も巨人も全滅するという三人の女神たちの予言に支配されている世界でもある。ユグドラシルの根元にあるウルズの泉には、ウルズ(運命)、ベルランディ(必然)、スクルド(存在)という『ノルン三姉妹』の女神たちが住んでいたが、女神たちは過去・現在・未来の出来事を想起したり予言したりする特殊能力を持っていた。
ノルン三姉妹は不可避なラグナロクの発生によって、すべての神々と人間はその生命を失い、世界は滅亡してしまうと予言したが、その破滅は主神オーディンさえも飲み込んで殺してしまう圧倒的なものであった。オーディンもまたラグナロク(最終戦争)で、ロキの息子であるフェンリル(巨大な狼)によって咬み殺されて飲み込まれるという破滅の運命に晒されているのである。