デュベルジェの政党社会学における政党組織論・政党システム論
ジョヴァンニ・サルトーリの政党システム論とパーネビアンコの政党組織論
現代の民主主義政治は、『政党政治(与党の政権運営と野党の政権批判)』と切り離して考えることができない。近代化・民主化が進む以前の専制主義国家(封建主義国家)では、政党は『(非正統的・秩序紊乱的な)徒党』と殆ど同じ意味で捉えられており、政党は既存の政治体制や社会秩序を揺らがそうとする危険な存在のように見られ、弾圧・規制の対象になることも多かった。
民主主義体制の普及と発展に合わせて、政党政治は殆ど所与の前提となっていったが、政治信念を同じくする人々が集まって政治活動をする『政党』を、18世紀後半に初めて肯定的に評価したのは、フランスの保守主義者エドマンド・バークだったという。エドマンド・バークは、その集団において全員一致の特定の原理を持っており、国家の利益促進のために統合している人間集団を『政党』であると定義した。
モーリス・デュベルジェ以前にも、ロベルト・ミヘルスの『現代民主主義における政党社会学(1911年)』やマックス・ヴェーバーの『職業としての政治(1919年)』などの政党研究の著作があったが、M.デュベルジェはそれらよりも一般的な政党理論を構想して『政党社会学(1951年)』の研究を行った。
ロベルト・ミヘルスは主にドイツ社会民主党の社会学的研究を行い、マックス・ヴェーバーはアメリカとイギリスの政党史を題材にした比較研究を行ったが、モーリス・デュベルジェは12ヶ国の政党(アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・ベルギー・オランダ・スイス・イタリア・スウェーデン・ノルウェー・デンマーク・ソ連)を比較政治学的に考察・分析して、より一般妥当性のある政党研究に取り組んだ(=現代政党学の基盤を形成した)という功績がある。
『政党社会学』は二部構成の政党研究の政治学の著作であり、『第一部 政党の構造』は政党内の構造を対象にした『政党組織論』について論じており、『第二部 政党制』は政党間の関係性や相互作用を考察した『政党システム論』について書かれたものである。
マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』にある政党発展論は、貴族の特権階級が既得権を守る『貴族政党』から、貴族に代わる実力・財力を持ち始めた地域の名望家が政治に関与し始める『名望家政党』へと移り、更に政治的な主権者、選挙権を持つ者として力を得てきた大衆の支持を得るための『近代組織政党』が形成されるという歴史的・段階的な発展論を示したものである。
モーリス・デュベルジェは政党組織を大きく、地元の有力者を中心にして制限選挙で作られる『幹部政党』と選挙権拡大(普通選挙)に参加する有権者を組織化して党員を増やした『大衆政党』に分類した。“幹部政党(イギリスの保守党・自由党など)”は、各地域の資産家・名士・実力者で構成される地方幹部会(コーカス)が母体なので、地方分権的な組織構造を持つ。それに対して、一般民衆(労働者階級)を組織化して政治教育したり有能な人材を選抜したりする“大衆政党(キリスト教系政党・社会主義政党など)”は、トップダウンの中央集権的な組織構造を持っている。
しかし、選挙権が拡大されて大衆や女性が投票するようになると、かつてのエリート主義的な幹部政党も次第に大衆政党へとその性質を変化させてゆき、『一般有権者の党員化の承認・世論や大衆の要望への配慮』を行うようになっていった。デュベルジェは現代の政党の中心は『大衆政党』にあると語り、社会主義的な左派政党から保守主義的(国粋的)な右派政党へと『大衆政党化の波』が襲っていったのである。この右派へと向かう大衆政党化の波を、『左からの侵食』と呼ぶこともあるが、現代社会を統治・運営する政治は必然的に『大衆・一般国民の支持』を無視できなくなるということである。
デュベルジェの『政党社会学』の『第二部 政党制』では、政党システムを政党の数によって『一党制・二党性・多党性』に分類している。
一党制(one-party system)……旧ソ連の共産党やナチスドイツ、中国共産党、朝鮮労働党のように唯一の全体主義政党(権威主義政党)しか存在を許されない一党独裁の政党システムであり、政権を批判・改善するような野党が存在しない。
二党制(two-party system)……アメリカの共和党と民主党、イギリスの保守党と労働党のように、基本的なイデオロギーや国家観の違いを反映した二大政党が対立する政党システムであり、一般に二大政党制やアングロアメリカン・モデルと呼ばれる。
多党制(multi-party system)……フランスやイタリアのように主要政党が3つ以上あって選挙の選択肢が多く、有力な政権与党の候補が絞り込みにくい政党システムである。
デュベルジェはある選挙制度はある政党制をもたらしやすい傾向があるとして、小選挙区制(相対多数代表制)は『二党制』を助長し、比例代表制は『多党制』を招きやすいとする『デュベルジェの法則』を発表した。デュベルジェの法則に反対する理論としては、伝統的な社会的亀裂・価値観の対立こそが政党システムを背後で規定しているとする『リプセット=ロッカンの凍結仮説』も知られている。デュベルジェ自身は、独裁政治になる一党制を否定したが、意思決定の不決断や世論の混乱を起こしやすい多党制についても懐疑的であり、有権者の選択的な意思決定が最も反映されやすい政党システムとして『二党制』を評価していた。
イタリアの政治学者ジョヴァンニ・サルトーリは『現代政治学――政党システム論の分析枠組み(1976年)』で、デュベルジェの単純な政党システム論を更に批判的に発展させている。デュベルジェは政党制を『一党制・二党制・多党制』の3つに分類したが、その単純な分類では一党制の独裁政治に行き着く多党制と民主主義の枠組みを維持し続ける多党制を区別できないとして、政党の数にイデオロギー尺度を加えた『新たな政党システムの7分類』を提案している。
サルトーリは一党制のグループを更に、『一党制・ヘゲモニー政党制・一党優位政党制』の3つに分類している。
一党制(single party system)……旧ソ連や中国の共産党、北朝鮮の朝鮮労働党(金正恩政権)など、一つの国家の中に一つだけの政党の存在しか許されない(政権が単一政党に独裁されており他の政党に取って代わられることがない)政党システムである。
ヘゲモニー政党制(hegemonic party system)……複数の政党の存在は許されているが、『政権を掌握する政党』が完全にヘゲモニー(支配権)を握っており、他の政党は政権を補完する衛星政党、民意の不満を吸収するガス抜きの泡沫政党に過ぎないという政党システム。旧共産圏のポーランドやルーマニア、中南米の国々などに見られた政党システムである。
一党優位政党制(predominant party system)……1955年から1993年の日本の政権は『55年体制』と呼ばれ、自民党が政権を握って社会党が対立していた。だが基本的に『政権交代』が起こらない対立図式(万年野党の社会党)であり、こういった一党だけが常に多数の議席・有利な地位を占めている政党システムを『一党優位政党制』という。法的・選挙的には政権交代が可能であるが、国民の過半数が『既存の与党』を支持し続けているため、その一党優位の状況を覆すことは簡単ではない。
サルトーリは『二党制(two-party system)』については細分化しておらず、イギリスやアメリカのように二つの議席・支持率が拮抗した大政党があり、選挙結果によっては『政権交代』が起こり得る政党システム(政権交代の現実的な可能性がある政党システム)であるとしている。
多党制のグループについては、『穏健な多党制・極端(過激)な多党制』の二つに分類している。ここに、実力が拮抗したバラバラの政党が乱立していて、どの政党が優位なのか分かりづらい『原子化政党制(atomized party system)』を付け加えることもある。
穏健な多党制・限定的多党制(moderate pluralism)……政治イデオロギーの差異がそれほど大きくない類似した政党が3~5個存在しており、現在の体制を完全に反転させようとするほどの反体制派政党が存在しないという政党システム。政党間競合は求心的なものとなり、二つの連合政権の可能性をめぐって争い合う。スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランドなどの北欧諸国に見られやすい。
極端(過激)な多党制・分極的多党制(polarized pluralism)……政治イデオロギーの差異が大きな反体制派政党が存在しており、政党数も6~8個以上と数が多くなっている。政党間競争は分極的なものとなり、各政党がお互いのイデオロギーや政策の方向性を真っ向から否定するような強い対立構造が見られる。
イタリアの政治学者アンジェロ・パーネビアンコは、著書『政党――組織と権力(1982年)』において、インセンティブ(誘因)の観点からイデオロギーと政党組織との相関関係を分析している。パーネビアンコは、政党が党員を勧誘したり加入させたりする時のインセンティブには、大きく分けて『集合的インセンティブ』と『選択的インセンティブ』の二つがあるのだという。
集合的インセンティブとは、政党のイデオロギー(思想性)や政策理念と党員の考え方が一致しているという誘因であり、党員は『自分の問題意識・理想の社会像・政治への要求』と一致しているような政党を応援したり党員になりたいと思うものである。
選択的インセンティブとは、もっと世俗的な欲望に根ざした誘因であり、端的にはその政党に加入したり応援したりすることによって、『何らかの政治的・経済的な利益(地位・名誉・報酬)』が得られるかどうかということである。政党組織は、この集合的インセンティブと選択的インセンティブのバランスを適切に保つことによって、可能的に最大数の党員を集めることができるのである。
パーネビアンコは政党の『発生期モデル』を細かく分類して、政党はその発生形式の違いによって『制度化(政党の求心性・凝集力・規範性)の水準』は異なると考えた。制度化が強い政党というのは、『政党の求心力・凝集力・規範性』が強くて、党員が一枚岩となって固まって団結しているような政党である。
パーネビアンコは制度化が強い政党の発生期モデルとして、『地域浸透型(人為的)・内部正統化型(政党の外部スポンサーがいない)・外部国外正統化型(外部スポンサーが国外にいる)』を上げ、制度化が弱いものとして『地域拡散型(自然発生的)・外部国内正統化型(外部スポンサーが国内にいて政党が外部要因によって統制されている印象を受ける)』を上げている。
パーネビアンコが指摘する現代の政党組織の特徴は、党内の官僚制・古参の有力者が支配的な役割を果たす『官僚制的大衆政党(mass-bureaucratic party)』が次第に衰退して、党内の専門職・広報戦略・選挙に強い大衆支持(専門性・メディア受けの要素)を持つ指導者が支配的な役割を果たす『専門職的選挙政党(electoral-professional party)』が中心になる方向へと変容しているという。