感覚器官と認知の仕組み

自分の周囲を取り巻く外界の事物や現象といった環境、そして、自分自身の身体の状態を私たちは、目、鼻、耳といった感覚器官を働かせて『認知(cognition)』しています。外界からの物理的刺激を単純に感覚器官で受け取る事を一般に『感覚(sensation)』と言います。朝起きて、眩しい光を感じたり、『ポストは赤い』というように様々な物質の色を識別したり、耳に響く音を聞いたりするのが感覚です。

感覚と似たような言葉に『知覚』(perception)という言葉があります。厳密に定義すれば、知覚は、感覚よりも高次な認知機能と考える事が出来ます。例えば、『何かの音が聞こえる』と感じる心理過程は感覚であり、その音を聞いて『これはショパンのノクターンだ』と判断する心理過程は知覚という感じです。

感覚とは、『視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚・運動感覚・平衡感覚』の事です。それぞれの感覚に対応する感覚器官(受容器)と物理刺激があるので、それを下に表にしてまとめてみます。

感覚の種類(感覚器官と物理刺激)
感覚の種類感覚器官物理刺激感覚の内容
視覚眼(網膜内の錐体・桿体)可視光線色調(色相)・輝度(明度)・飽和度(彩度)
聴覚耳(コルチ器官の聴覚細胞)音波音質(音の高低・大小・メロディ)
嗅覚嗅上皮の繊毛嗅覚刺激物においの強弱・良否
味覚舌(味蕾の味覚細胞))呈味物質甘さ・辛さ・酸っぱさ・苦さ
皮膚感覚皮膚(神経の末端)温感・機械的刺激圧迫感・触感・温度・痛覚
運動感覚筋肉・関節・腱身体部位の位置変化身体部位の移動
平衡感覚耳(三半規管・前庭器官)身体の回転運動・位置変化加速・減速・正立・傾斜

知覚とは、感覚に過去の経験や記憶、学習に基づく知識や思考などの影響を受けたものと考える事が出来ます。感覚は、感覚器官からの刺激情報が感覚中枢で処理される過程であり、知覚は、大脳新皮質の中枢で過去の経験や思考の影響を受けて規定される過程です。

認知は、知覚とほぼ同義の言葉と考えてよいのですが、両者を区別する場合には、認知を『知覚を包括する認識機能全般』と考え、『思考・記憶・知識・経験などの心理機能を働かせて外部環境を知る事』と定義する事が出来ます。

上記の表に示したように、各感覚器官は、特定の刺激に対してのみ反応して感覚を得る事が出来ますが、眼に対する”可視光線”、鼻に対する”におい”のような感覚器官に対応した特定の刺激を『適当刺激』(adequate stimulus)と言います。反対に、感覚器官が感知できない刺激を『不適当刺激』(inadequate stimulus)と言います。

しかし、一つの刺激から、聴覚と視覚という二つの感覚が得られる場合も稀にあり、これを共感覚(synesthesia)と呼ぶ事があります。音楽に対する感受性の強い人が、美しいメロディーを聞いて、鮮やかな色や光を感じたりする色聴(color hearing)などが知られています。

私たちの感覚は、一定の強度で持続的な刺激が与えられると鈍麻して、感度が鈍くなっていきます。この現象を指して『順応(adaptation)』と言いますが、日常的な会話でも『環境に順応しやすい人』というような表現がありますね。順応の例としては、大音量で頭にガンガン響くような音楽も、それを聴いている時間が長くなるほど大きな音に感じなくなってきます。コンサートやライブに足を運んだ事のある人は、順応をリアルに経験された事があるのではないでしょうか。

感覚の中心には、誰でも知っている『五感』(the five senses)という基本的な5種類の感覚があり、その他には、内臓などの諸器官の状態を感知する内臓感覚、身体の移動を感知する運動感覚、転ばないように絶えず身体のバランスを取っている平衡感覚などがあります。

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人間にとって最も重要な感覚は視覚(visual sensation)であり、私たちが環境から得ている情報量の約70%が視覚によると考えられています。人間の眼が見る事の出来る光の波長は、380nm~780nmであり、この範囲に収まる光の色彩を順番に並べたものを可視スペクトル(visible spectrum)といいます。可視スペクトルは、波長の短いものから並べると『紫~青~青緑~緑~黄緑~黄~橙~赤』という感じで変化していきます。

明るい場所で最も良く見える色(最大感度が発揮される色)は、555nm付近の黄緑であるとされ、暗い場所で最も良く見える色は、510nm付近の青緑であるとされます。このように、明るい場所と暗い場所で最大感度が発揮される光の波長には違いがあるので、明るい場所で鮮やかに見える波長の長い赤色や橙色の花の色が暗い場所でくすんでしまうのに、波長の短い緑色や青色の葉は比較的鮮やかに見えるといった『見え方の違い』が現象となって現れます。

この明暗によって色相の見え方の違いが起きる現象を『プルキンエ現象』(Purkinje's phenomenon)と言います。様々な色相はそのスペクトルの波長によって識別され、光の明暗は光の強度によって、彩度は光の純度(部分光の数)によって感覚されます。

視覚は、眼の内部の網膜上にある視細胞によって機能しますが、視細胞はその働きによって二種類に分ける事が出来ます。視力の強弱に大きく関係し、様々な色相を見分ける事が出来る『錐体(cone)』と周囲の光の強度を感じて明暗を判断する『桿体(rod)』です。

視覚に次いで重要な感覚機能を果たしているのは、聴覚(auditory sensation)です。音は空気の分子を振動させて音波を作り、その波が聴覚器官を刺激する事で私たちは音を聴くことが出来ます。視覚には、色相・明度・彩度といった属性がありましたが、聴覚にも『音の大小・高低・音色(メロディー)・調性』というような属性があります。

音の大小は、音の強さである音圧によって決まり、音の高低は周波数(振動数)によって、メロディーは音波の形によって規定されます。 聴覚器官は、勿論、耳であり、耳は外部に近い方から『外耳・中耳・内耳』の3つの部分に大きく分けられます。

外界からの音は波となって、外耳を通り、鼓膜を振動させて、中耳の耳小骨を振るわせて内耳の内部へと伝えられていきます。内耳には、カタツムリの殻のような独特な形をした渦巻き形の蝸牛があって、その内部にある基底膜に音の振動が伝えられ、そこで電気的信号に変換され聴神経を経て大脳に送られることで聴覚が生じます。

私たちの耳は、一般に20Hzから20000Hzという10オクターブの幅広さにわたって音を聞き分ける事が出来ますが、加齢現象によって高域の音がだんだんと聞こえづらくなることがあります。鼓膜が耐える事の出来る音の大きさの限界は120dBとされ、それ以上の音を聴き続けると痛覚が生じて鼓膜を損傷する危険が出てきます。

ここまで、視覚と聴覚を中心に、人間の感覚・知覚機能について大まかに説明してきましたが、こういった一見、人間の心や精神とは無関係に思われる生理学的・解剖学的な身体の器官の構造や仕組みも心理学の一分野という事を紹介したくてこの小論を書いてみました。

私たち人間が、どのようにして外部環境を感覚器官で捉えて、過去の経験や知識と照らし合わせて物事を知覚し、判断しているかを知る事も、『人間の心理』という抽象的で捉えどころの無い対象を理解する為には必要な事なのかもしれません。

こういった人間の一般的な認知システムを科学的手法で研究する心理学を、『認知心理学』と言います。私たちが自分の外にある事物や現象をどのような仕組みを通して知覚し、認識しているかを考える分野で、感情的推測や抽象的概念を排除した客観的な性質を持ち、自分を一歩離れて観察者の視点から見つめなおす際に役立つ事があるかもしれません。

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