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M・マーラーの分離個体化期と移行対象(transitional object)
移行期と乳幼児期の性格形成
移行対象(transitional object)
児童精神科医のM・マーラーは、『分離・個体化期』という母子関係の愛着(attachment)の変遷を中心にして、子供が母親から心理的自立を達成していく過程を理論化しました。
対象関係論の精神分析家ウィニコット(D.W.Winnicott, )も、絶対的依存期から相対的依存期へと変化する母子関係の依存性(dependency)の減少によって乳幼児の精神発達論を考えました。
マーラーもウィニコットも、母親とぴったりと密着して情緒的に依存している乳幼児期の子供が、段階的に心理的離乳をして依存(愛着)の度合いを弱めていくという観察を通して理論を構築した点で類似しています。
ウィニコットは、母子関係の発達過程を『絶対的依存期(0歳~6ヶ月頃)→移行期(6ヶ月~1歳頃)→相対的依存期(1歳頃~3歳頃)→独立準備期(3歳~)』という段階で考えた。
産まれたばかりの赤ちゃん(乳児)は、完全に無能力で無防備な状態で誕生するので、絶対的依存期では母親の全面的な保護や世話がなければ生存を維持することが出来ない。赤ちゃんは、母親に絶対的な依存関係にあり、母親は赤ちゃんを胎児の時期から自分の一部と思い込んでしまう特殊な一体感を持っている。これを、ウィニコットは、原初的没頭(primary maternal preoccupation)という自他未分離な精神状態の概念で説明した。
この段階では、母親はとにかく子供の肌と接触して遊んであげること、基本的な食事・入浴・排泄の面倒を見てあげることだけを心がければ良い。自分も楽しみながら自然なスキンシップをとり、赤ちゃんを抱きしめるホールディングを重視して育児をすることが、子供に『自分は母親から大切にされている。産まれてきたこの世界に自分は祝福されている』という基本的信頼感を発達させる。
ここで説明する『移行対象(transitional object)』とは、絶対的依存期から相対的依存期の過渡期である『移行期(6ヶ月~1歳頃)』に現れてくる物理的な対象のことである。
それは単なる物理的なモノというだけではなく、今まで一方的に依存していた母親のもとを離れようとする幼児の孤独や不安を和らげる魔術的な力を持ったぬいぐるみやおしゃぶり、玩具、毛布、ハンカチなどのことを指す。
『子供の心理的安定にとって重要な価値を持つモノ(対象)・子供に母親の愛情や優しさの代理的満足を与えてくれるモノ』のことを移行対象という。乳幼児は、この移行対象を外的現実(物理世界のモノ)であると同時に内的現実(心理世界のモノ)であると空想的に認知していて、母親からの分離と自立を促進して力づけてくれる役割を果たす。
移行対象と十分に接触して戯れることが、子供の母親からの健全な精神的自立を促進することになる。移行対象は、6ヶ月以前の絶対的依存期にも見られ、その時期にはおしゃぶり、自分の指、ナン語、自分の好きな運動などが移行対象と見なされる。
移行期に見られる移行対象は、一次的移行対象といわれ、毛布やシーツ、おむつなどへ強い関心や愛着を示すようになる。3歳頃になると、一般的な幼児の遊び道具となる人形やぬいぐるみ、車の模型などのおもちゃが二次的移行対象となってくる。
相対的依存期に入る3歳頃になってくると、子供は自分と母親が異なる人間であることを意識し始め、父親と母親と自分、母親と自分と弟といった三者関係を理解して嫉妬心や競争心といった今まで経験したことのない感情を体験するようになる。
これは、母親と自己だけの閉じた人間関係から三者以上が相互に交流する社会的な開かれた関係に適応する為のもっとも基本的な体感的トレーニングとなる。
ウィニコットは、新生児が産まれてから3歳頃までの良好な母子関係が、子供の肯定的な人格形成や健康な精神発達に重要な影響を与えると考えた。しかし、発達早期の親子関係や幼児期の外傷体験によって、悲観的な性格傾向や病的な精神状態が運命論的に決定されてしまうわけでないことにも留意が必要だろう。
自己否定的な性格傾向や苦痛な外傷体験の影響は可塑性を持っていて、各種の心理学的アプローチや成長してからの人間関係や人生体験で変えていくことが出来るのである。
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