『枕草子』の現代語訳:8

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

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石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

[古文・原文]

正月一日、三月三日は、いとうららかなる。五月五日は、曇り暮らしたる。七月七日は、曇り暮らして、夕方は晴れたる空に、月いと明く、星の数も見えたる。

九月九日は、暁方(あかつきがた)より雨少し降りて、菊の露もこちたく、おほひたる綿などもいたく濡れ、うつしの香ももてはやされたる。つとめては止みにたれど、なほ曇りて、ややもせば降り落ちぬべく見えたるも、をかし。

よろこび奏するこそ、をかしけれ。後(うしろ)をまかせて、御前の方に向ひてたてるを。拝し舞踏しさわぐよ。

今内裏(いまだいり)の東をば、北の陣といふ。楢(なら)の木の遙に高きを、『幾尋(いくひろ)あらん』など言ふ。権中将、『もとより打ち切りて、定澄僧都(じょうちょうそうづ)の枝扇にせばや』とのたまひしを、山階寺(やましなでら)の別当になりてよろこび申す日、近衛司にてこの君の出で給へるに、高き屐子(けいし)をさへはきたれば、ゆゆしく高し。出でぬる後に、(清少納言)『など、その枝扇はもたせ給はぬ』といへば、(中将)『もの忘れせぬ』と笑ひ給ふ。

『定澄僧都に袿(うちぎ)なし、すくせ君に袙(あこめ)なし』と言いけむ人こそ、をかしけれ。

[現代語訳]

正月一日、三月三日は本当にうららかな日だった。五月五日は一日中曇ったままの日を過ごした。七月七日は、昼間は曇っていたが夕方になると晴れてきて、夜は月の光が明るくて、沢山の数の星を見ることができた。

九月九日は、明け方から雨が少し降って、菊の花に露がびっしりと降りて、菊に着せている綿も酷く濡れており、花の移り香がいっそう強くなっていた。夜の雨も早朝には止んだけれど、まだ曇っていてややもすると、また雨が落ちてきそうな感じの天気は風情があるものだ。

昇進の喜びを天皇に奏上する姿には、きりりとした風情がある。後ろに長く裾を引きながら、帝の御前に向かって立っている姿は魅力的だ。帝に拝礼して喜びを表す動作をしているのは素晴らしい。

今内裏の東の門を、北の陣と呼んでいる。楢の木が高く立っているが、『どのくらいの広さがあるのだろうか』などと言っている。権中将が『根元からこの木を切って、定澄僧都の枝扇にすればどうか』とおっしゃった。定澄僧都は山科寺の別当に任命されて朝廷にお礼を申し上げに行く日、近衛府の代表として権中将も出席していたが、僧都は高い下駄を履いていたので、いつもより更に背が高く見えた。僧都が退出してから、清少納言が『どうして先日言っていた枝扇を持たせて上げなかったのですか。』と言うと、『よく忘れずにいたな。』と権中将はお笑いになった。

『定澄僧都に袿なし、すくせ君に袙なし』とは誰が言った言葉なのだろうか、非常に趣深いものだ。

[古文・原文]

山は小倉山。鹿背山(かせやま)。三笠山。このくれ山。いりたちの山。忘れずの山。末の松山。かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。五幡山(いつはたやま)。かへる山。後瀬(のちせ)の山。朝倉山、よそに見るぞをかしき。おほひれ山もをかし。臨時の祭の舞人などの思ひ出でらるるなるべし。三輪の山、をかし。手向山(たむけやま)。待兼山(まちかねやま)。玉坂山。耳成山。

市は辰(たつ)の市。里の市。海石榴(つば)市、大和に数多ある中に、長谷寺にまうづる人のかならずそこに泊まるは、観音の御縁のあるにやと、心異(こと)なり。をふさの市。飾磨(しかま)の市。飛鳥の市。

峰は、ゆづる葉の峰。阿弥陀の峰。弥高(いやたか)の峰。

原は瓶(みか)の原。朝(あした)の原。園原。

[現代語訳]

山といえば、小倉山。鹿背山。三笠山。このくれ山。いりたちの山。忘れずの山。末の松山。かたさり山というのは、遠慮する山という意味なのだがいったいどんな山なのだろうかと考えるのも面白い。五幡山。かへる山。後瀬の山。朝倉山は、昔の恋人も今は他人だという歌の舞台であり興味深い。おほひれ山も趣がある。臨時の祭の舞人のことが思い出されるからだろうか。三輪の山も情趣がある。手向山。待兼山。玉坂山。耳成山。

市といえば、辰の市。里の市。海石榴(つば)市といえば、大和国に多くある市の中でも、長谷寺に参詣する人が必ず泊まる市であり、観音様の御縁があるからなのかと思うと軽々しくは扱えない。をふさの市。飾磨の市。飛鳥の市。

峰といえば、ゆづる葉の峰。阿弥陀の峰。弥高の峰。

広い原といえば、瓶(みか)の原。朝(あした)の原。園原。

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