ペルシア神話(イラン神話)の神々と聖典『アヴェスター』

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古代ペルシア神話と古代インド神話の共通点が見られる『アヴェスター』

古代ペルシア人(古代イラン人)と古代インド人は、同じ『アーリア人』を祖先とする民族であると考えられているため、『古代ペルシア神話』『古代インド神話』には共通祖先(共通の語源)を持つ神や類似したエピソード(神々の逸話)が多い。口承されていた古代ペルシアの神話や逸話を文字化・聖典化したものが、ゾロアスター教教典の『アヴェスター』であり、アヴェスターには古代インドの聖典であるヴェーダとの共通点が少なからずあるという。

古代ペルシア神話(古代イラン神話)はその成立年代によって、以下の3つに分けることができる。

1.古代アーリア人の時代の神話

2.ゾロアスター教時代の神話

3.イスラーム普及以後の時代の神話(文学・英雄叙事詩)。

『古代アーリア人』とも呼ばれるペルシア人の祖先は、紀元前5000年頃に東ヨーロッパからイランを含む各地へと移住してきたインド・ヨーロッパ語族(印欧語族)の民族の一派である。紀元前2000年~紀元前1500年頃になると、古代アーリア人の一部がイランやインドの土地に定住・移住を繰り返すようになり、遥か昔からインド・ヨーロッパ語族に共通して伝えられてきた口承の神話・伝説も語り継がれるようになった。

古代アーリア人の中で口承で語り継がれてきた神話・逸話・伝説は、その後、ゾロアスター教の聖典である『アヴェスター』の中で整理されてまとめられるようになる。『アヴェスター』は、アヴェスター語という独自の言語(アヴェスター文字は3世紀頃に発明されたもの)で記述されたゾロアスター教の根本聖典であるが、以下の5つの部に分けられている。

1.ヤスナ……言語学的に最も古いと考えられる、全72章の祭儀書。72章のうちの17章は、開祖ザラスシュトラ(ゾロアスター)自身が書いたと推測される『ガーサー(英語版)』という韻文詩になっている。

2.ウィスプ・ラト……『ヤスナ』の祭儀書に内容が追加された補遺的な小祭儀書。『ウィスプ・ラト』というのは、『全ての権威者・権威ある神々』の意味であり、その内容も神々の権威を褒め称えるものになっている。

3.ヤシュト……21の神々に捧げられた神々への讃歌・頌歌である。神々の神話エピソードの成立年代は、ゾロアスターが自ら書いた『ガーサー』よりも年代的に古いと推測されており、ゾロアスター教神学が成立する前の古代インド神話と古代イラン神話に共通する内容の神話が保存されている。第19章には、イラン最古の英雄伝説も見ることができる。

4.ウィーデーウ・ダート……宗教法・宗教的な儀式や典礼について記された除魔書。穢れや呪いを清めるための儀式次第について書かれていたり、聖王イマ(インド神話のヤマ)の全盛期についての神話が書かれていたりする。

5.ホゥワルタク・アパスターク……日常的に使える短い祈祷文を集めた『アヴェスター』の簡易版で『ホルダ・アヴェスター』ともいう。

この中で、神々への讃歌・頌歌である『ヤシュト』に、古代イランと古代インドの世界に共通する神話・伝説が多く保存されているのである。

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古代ペルシア神話の神々とペルシア人の世界観の図式

古代アーリア人の神話的な世界観は、太陽や天空を支配的な神々として認識していたという意味で、『父権主義・男性主義』の傾向を強く持っていた。また古代アーリア人は『火(燃え盛る炎)』を神聖さの象徴や霊的な力と考えており、こういったゾロアスター教(拝火教)にもつながる火の神聖視は、古代のギリシアやローマ、北欧地域の諸民族にも共通して見られる特徴である。

古代ペルシア人が持っていたとされる世界観の図式は、宇宙全体を丸くて平らな円盤状のものとイメージする図式であり、『空』は貝殻が蓋をするような形で、平坦な大地をドーム状に覆ったものであった。『太陽・月・星』といった天体は、そのドーム状の貝殻のような空に貼り付けてあるような形で固定されていて動かないのである。宇宙に浮かぶ丸くて平らな円盤状の世界、完全な調和と秩序が支配する『静態的な世界』が古代の遥か昔には広がっていたとペルシア人たちは考えていた。

だが、その完全な調和と秩序によって覆われた静態的で安楽な世界は、空の彼方から悪魔が大量に侵入してきたことによって終わりを迎えたとされる。悪魔が平坦な大地を激しく揺さぶって地震を引き起こすと、800年以上の歳月をかけて巨大な山々が屹立するようになる。更に、空に固定されていたはずの天体も動き始めて、それまでの完全な秩序・調和は崩れたのである。

動き始めた混沌の世界の中に、原初の創造神たちが出現した。創造神たちは風で集められた雨を大海とし、動植物や樹木・草木、河川などを次々と生み出して、現在の世界を創造したのである。古代ペルシア神話の神々は、山川草木や風・雨・雷・土などの自然事象と結び付けられた神が多いのが特徴である。

また、バルナやミトラ、インドラ、ナーサティヤ、バーユ、アリアマンなどの『リグ・ヴェーダ』に登場する古代インド神話の神々が、違った別の名前で古代ペルシア神話にも登場する。『リグ・ヴェーダ』を記述している言語であるヴェーダ語は、古イラン語にも構造や音韻が似た言語である。

古代インド神話には主神に近い位置づけでサラスバティー女神が登場するが、古代ペルシア神話でもサラスバティーとよく似た大女神アナーヒターが、神界の中心的な役割を担う神の一人として登場するのである。前7~6世紀頃になると、ゾロアスターの宗教改革が起こり、光と善の神アフラ・マズダと悪神アーリマンによる『善悪二元論』の宗教観が中心となり、古くからいた自然事象にちなんだ神々は天使や悪魔に変化させられていった。

古代ペルシア神話の代表的な神々には以下のようなものがある。

アナーヒター(豊穣の女神)……大地母神のような主神に近い『生命の創造・生長・繁殖の役割』を担っており、色白の美しい肌を持った美しい女性の姿をしているという。天から流れ出して大海に注ぎ込む川の神でもあり、動植物・作物などの生命力を高めて育てる豊穣の神である。

ヴァユ(風の神)……神秘的で万能に近い能力を持つ風の神である。百頭~千頭の馬が引いて天空を疾走する馬車に乗り、稲妻を輝かせて夜明けを創り出し、生命を潤す恵みの雨を降らせたり、暴風雨で敵を殺したりする能力を持っている。

ティシュトリヤ(雨の神)……牡牛や白馬の姿をした雨の神である。農作物の成長を助けて旱魃(日照り)の不作・飢えから人々を守るために、豊かな恵みの雨を降らせてくれる神であり、古代の人々がどれだけ『旱魃(かんばつ)の被害・農作物が取れない状況』を恐れていたかが分かる。

古代ペルシア神話を高度に二元論的な世界観で統合していったゾロアスター教の神話・物語の書物としては、中世になってまとめられた『デーンカルド』『ブンダヒシュン』などの宗教文書がある。イランがイスラーム化されてしまうと、ゾロアスター教や古代ペルシアの宗教は迫害・弾圧されて衰退の一途を辿ったが、一定の信教の自由が守られた近世サファヴィー朝では、ゾロアスター教のマギ(祭司)たちが文献の整理・作成・編集の作業を精力的に行ったという。それでも、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の約25%は、現在でも消失したままである。

イスラーム化された後のイランでも、一神教の教義や法律に反しない範囲で、古代ペルシア神話の逸話・物語から題材を取った新たな神話物語(一神教のテイストを組み入れたイラン神話)がいくつも作成されたりしている。

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