ヒューマニスティック心理学が前提とする明るく前向きな人間観と自己実現欲求:マズローの欲求階層説

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1960年代に発展してきた人間性心理学(humanistic psychology)を、「心理学の第三勢力」と提唱したのはアブラハム・マズロー(A.H.Maslow, 1908-1970)です。カウンセリングの創始者であるカール・ロジャーズも心理学派の分類では、人間性心理学に分類されます。

マズローによれば、心理学の第一勢力とは、心の仕組みを客観的な外部からの行動観察によって解明しようとしたワトソン、スキナーらの『行動主義心理学(行動科学)』であり、第二勢力とは19世紀後半から20世紀前半にわたって世界的な思想の一大潮流となった『フロイトの精神分析学』です。

精神分析学は、“意識と無意識”や“リビドー(性的欲動)の充足と抑圧”というフロイトが考案した主観的・思弁的な概念を中心として組み立てられた理論体系であり神経症の治療体系ですが、本当に“意識することが出来ない無意識の領域・リビドーの充足と抑圧・自我の三層構造(エス・自我・超自我)”などが実在するのかどうかを客観的に観察して検証することが出来ないという弱点があります。

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そこで、実際に客観的な観察・実験が可能な“行動”に着目して、心理現象のメカニズムを研究しようとしたのが行動主義心理学(行動科学)です。

行動主義心理学では、人間の心を『外部刺激・外部状況に対する反応』として理解することで、物理的世界を客観的に理論化する自然科学をモデルとして、“心理世界の一般法則”を発見しようとしました。

ヒューマニスティック心理学(人間性心理学)に属するアブラハム・マズローやカール・ロジャースは、唯物論的な世界観の下で、人間を機械的・画一的に捉える行動科学を否定的に捉えました。

そして、人間の生理的欲求である性欲(リビドー)の充足と抑圧による病的パーソナリティを前提とする力動的心理学、自分では意識する事のできない無意識領域の欲望によって現在の心理や行動が決まってくるとする“心的決定論”を説く精神分析にも批判的な態度を取りました。

ヒューマニスティック心理学の基本的人間観は、“人間は生まれながらに自分と他人を成長させ幸福にする特性や能力を備えているとする性善説の人間観”ですので、行動主義の機械論的自然観に根ざした客観性・中立性の高い人間観とも、精神分析の精神病理学やリビドーの発達段階説に根ざした不安定で病的側面の強い人間観とも異なっています。

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マズローやロジャースの心理学が注目したのは、一人一人異なった魅力と光彩を放つ個性的な人間であり、人間心理の本質としてある成長・幸福・回復・発展へと向かっていく前向きな力としての“自己実現の傾向”でした。

行動主義心理学のように、一人一人の個別的な特性や特質を重視せずに、誰にでも当て嵌まる普遍的な行動の一般法則を追い求めていく心理学では、『人間の独自性や固有性という個性』がどうしても軽視され忘れられてしまいます。

また、精神分析のように、神経症症状を形成する無意識領域への抑圧や精神発達上のリビドーの停滞を前提とした理論では、ありのままの感情を押さえ込んでしまう抑圧的な傾向が強すぎて、絶えず外界の恐怖から自分を守ろうとする防衛的で不健康な人間観に陥ってしまうと人間性心理学では考えます。

ヒューマニスティック心理学は、人間心理の奥深さや可能性、個人の人格の複雑さや幅広さを中心とした人間観を打ちたて、個性的で魅力的な心の豊かさや魅力性に目を向けていくのです。

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人間には、身体の内部環境を一定の健康な状態に保とうとする“ホメオスタシス(生体恒常性)”が働くように、人間心理にも、絶えず、成長・回復・幸福・善へと向かう“実現傾向”が働いているとマズローらは考えます。

実現傾向を具体的に見てみると、病的な状態を健康な状態に戻そうとする“自然回復傾向”、問題のある状況を解決しようとする“問題解決傾向”、自己の成長や他人の幸福を実現しようとする“道徳的行動傾向”などを想定することが出来るでしょう。

自己実現とは、何であるのかを考える際に参考になるものとして、アブラハム・マズローの『欲求階層説(欲求段階説)』というものがあります。

マズローは、人間の基本的欲求を5段階に分けて考え、それらの欲求は段階的に目指されて満たされていくものであるとして、低次の欲求が満たされて、より高次の欲求を志向することが出来るとしました。

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マズローの欲求階層説

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マズロー自身は、自己実現について、以下のように述懐しています。『この言葉は、人の自己充足への願望、すなわちその人が潜在的に持っているものを実現しようとする傾向をさしている。この傾向は、よりいっそう自分自身であろうとし、自分がなりうる全てのものになろうとする願望といえるであろう』

マズローの欲求階層説に現れてくる基本的人間観は、ロジャーズが規定する肯定的な人間の実現傾向とパラレルのものであり、全ての人間が潜在的に持っている能力や奥深い可能性を開花させ、積極的に実現させていくところに、『健全な成長と発達に基づく幸福感・充実感』が生起してくるというものです。

『もっと自分らしい人生を歩みたい・ありのままの自分として自信と希望を持って生きたい・自分自身の可能性をより深く追求して実現していきたい』といった欲求や感情は、自己実現欲求に基づくものであり、ロジャーズが理想的な本来の個人として想像した『十全に機能する人間』と極めて類似したものです。

私は、ヒューマニスティック心理学(人間性心理学)が説くような、基本的に、明るく前向きで楽観的な人間観は嫌いではありませんが、こういった自己実現傾向を持って『成長・幸福・健康・発展・回復』へとひたすら前進しようとする人間観にも一長一短があることもまた確かなことでしょう。

人間性心理学では、自我が確立された自律的で、セルフコントロールが十分に出来る健全な個人を前提として、自己実現へと向かう前進性や発展性を重視する余り、今、現在から明るい未来に伸びる楽観的な展望しかありません。

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つまり、外界からの刺激や急激な環境の変化、人間関係の問題などのストレスに立ち向かうほどに強い自我を持っていない個人や、自分の思考や感情を自由にコントロール出来ない苦悩や悲しみに沈む個人が、どうすれば良いのかという対案を十分に用意することが出来ないという短所があります。

人間性心理学には、『現在から過去に遡って苦悩や問題の根本原因を探求する』という考え方は原則として存在しません。『現在から未来に向かって成長し発展していく自己実現傾向を、誰もが持っている』という風に考えますので、過去のしがらみや人間関係の対立にとらわれやすい人や悲観的なマイナス思考や自己批判的な認知に陥りやすい人には余り説得力がないかもしれません。

“自分の潜在的な可能性を発揮する方向へなかなか変わっていくことが出来ない個人”や“過去の心理的葛藤や人間関係の軋轢にこだわって、なかなか前向きに未来志向の行動をとることが出来ない個人”に対しては、楽観的な未来志向のヒューマニスティック心理学よりも、過去の精神状態や人間関係を反省的にしっかりと振り返りながら、少しずつ苦悩の本質と直面していく精神分析や実存分析などが役立つ事になるかもしれません。

執筆日:2005/03/20

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