私達は、毎日の生活の中で、同性や異性の相手と色々な事を話し合ったり、時に議論し合ったりします。
そういった意見や主張をお互いに伝え合う過程で、相手に対する“肯定的な感情(好意・愛情・敬意・信頼)”が生まれたり、相手に対する“否定的な感情(嫌悪・抵抗・不快・不安)”が芽生えたりします。
一般的に、付き合いや交流の短い知り合って間もない相手や初対面の相手と会話をする時に、楽しく刺激的な会話となるかつまらない退屈な会話となるかは、“会話の内容の共通性”に依存してきます。
会話の内容の共通性が生まれる為には、“自分の趣味・好き嫌い・興味関心・知識領域”と“相手の趣味・好き嫌い・興味関心・知識領域”との間に何らかの類似性や共通性が存在していることが前提条件となってきます。
趣味や興味の対象が、完全に一致する必要はありませんが、余りにも自分の趣味や興味とかけ離れた異質性・対立性を相手に感じてしまうと、なかなかスムーズに会話が続いていかず、どちらかが長く沈黙したり、返すべき言葉が見つかり難くなってしまいます。
自分が全く興味を抱く事が出来ない事柄について延々と話されても楽しい気分になれず、その活動や行動をしてみようという意欲を全くそそられないのに無理に誘われれば不快感や抵抗感が生まれます。あるいは、自分が以前から嫌いな人物を賞讃するような話や自分の行動や発言を批判的に解釈するような話を聞いていても、相手に対する否定的な感情が高まっていくでしょう。
全ての人や状況に当て嵌まるとは言えませんが、一般的に、人は“態度の類似性”を行動・発言・態度・属性から感じ取ることの出来る相手に対して、強い対人魅力を感じる傾向があります。
『社会比較過程理論』などで明らかにされているように、私達は“自分の意見・主張・行動・能力”を他者のそれらと比較することで、“正誤・優劣・善悪・高低”を評価して判断しようとします。
『初対面の相手と上手く会話する事が出来ない』という悩みや『様々な場面で、相手から不愉快な態度や不十分な対応を受けても、自分の意見や考えをはっきりと述べる事が出来ない』という葛藤を抱えている場合に用いられるカウンセリング技法に、“アサーティブ・トレーニング(自己開示訓練・自己主張訓練)”というものがあります。
この“自己開示(assertiveness)”というのは、上記のような人間関係の困難や自己主張の不十分さからくる葛藤や悩みの原因を説明する概念としても使用されます。“自己開示の程度の大小”は、“人間関係の親密さ・精神発達の過程”を測定する指標としても用いることが出来ます。
相手との関係が親密になり、深くなっていけばいくほど、自分自身の事柄についてより本質的な深い内容や心理を語るようになっていく事を私達は経験的に知っています。
また、年齢を積み重ねて、精神の発達段階が高まれば高まるほど、表層的で外見的な事柄から深層的で本質的な事柄へと、『自分自身について話す内容=自己開示』が深まっていく傾向があります。
対人関係の初期においては、お互いに表層的な差しさわりのない自分についての自己開示を行い、相手に慣れてきて親近感が高まってくると段階的に少しずつ自分の内面的・深層的な深い自己開示をお互いに行っていく事を明らかにした心理学理論に、I.アルトマンが提起した『社会的浸透理論』というものがあります。
社会浸透理論では、お互いの興味や関心がある程度一致していて、相手に対する敬意や思いやりを感じることができ、相手との出会いや接触が心地良く肯定的であると感じる場合には、段階的に自己開示の内容が表層的なものから深層的なものへ、微妙で複雑な内面心理の告白や開示へと進んでいきます。
一般に、相手に対して嫌悪や抵抗といった否定的な感情を感じず、好意や親近感といった肯定的な感情を感じる場合には『警戒感~安心感~親密感~信頼感~継続的な深い親愛や敬愛の感情』というように相互の関係性や自己開示は少しずつ深まっていきます。最終的な発展段階としては、『親友・恋人・配偶者といった特別なかけがえのない関係性』へと行き着くこともあります。
一般に、『相手からの好意・愛情・信頼を獲得したい』と欲求する時には、まず、自分の側から相手に対する好意・愛情・信頼を積極的に表現して自己開示していくことが有効となります。
人間は基本的に、“他者から認められたい・他者から高く評価されたい・他者よりも優れていたい、正しくありたい”というアブラハム・マズローが欲求階層説で示した“承認欲求”を持っています。ですから、それを積極的に進んで満たしてあげることで、相手の気分を良くして快楽性の刺激を与え、自分に対する好意や信頼を抱かせることができるのです。
こういった『自分への肯定的評価や好意的態度を示す相手に対して肯定的評価や好意的態度を返す』という人間心理の基本的な機制のことを、『好意の返報性』と呼びます。
好意の返報性は、殆どの親密な人間関係に見られますが、“自己否定感情と他者嫌悪感情が強く、他人と打ち解ける意図のない相手”に対しては、あからさまな好意や信頼の発言態度が、見え透いたお世辞や歓心を買う為の演技であると受け取られて、相手からの好意が返ってこないこともあります。
人間関係の最初期……相互に、相手が自分を攻撃したり侮辱したりしない信頼できる相手かどうかがよく分からないので警戒感があり、天気やニュースなどの差しさわりのない話題を話したり、相手の外見や服装について軽くお世辞を言うなどの表層的な話題に終始する。
人間関係の発展期……相手が最初よりも内面的な気持ちや率直な意見を自己開示してくれるようになり、その自己開示を受けて、『相手が自分に好意をもってくれて信頼してくれている』という理解が起こります。
相手が他の人には話さないような内面的・本質的な事柄を開示してくれれば、自分もこの相手であれば本当の気持ちや率直な意見を話しても大丈夫だろうという信頼感が生まれます。
お互いが、次々に自己開示を繰り返していく事で、親密感や好意が高まっていき、親密感や好意の高まりに合わせて、更に自己開示が深い段階へと浸透していきます。
人間関係の充実期……『相手に良く思われたい・相手に優れていると評価させたい』という虚栄心や見栄・気取りといったものがなくなり、相手に対する“好意・信頼感・評価・愛情・愛着”といった肯定的な心理的要素が恒常的かつ継続的なものとなります。
人間関係が最高度に発展して充実し、一般的にいう“親友・恋人・配偶者”といった特別な継続的関係性が構築され、その関係性が崩れることは余ほどの裏切り行為や敵対的行為がない限りなくなってきます。
しかし、“愛している・信頼している”といった強固な感情は、一旦、相手から手ひどい裏切りや攻撃を受けると、予想もしていない事だけに普通の友人知人から裏切られるよりも大きなショックを受け、それが怒りや憎しみに代わる事もあります。
執筆日:2005/03/28