ギリシア神話に遡るエロスの起源:フロイトの生命観に見るエロスとタナトスの両価性

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エロス(Eros)の語源は、ギリシア神話の恋愛の神エロスであり、ローマ帝国の時代になるとローマ神話においてエロスはキューピッド(Cupid)と呼ばれるようになります。

現在では余り使われない慣用表現ですが、恋愛関係にある二人の出会いの契機を作ってくれた人や相手の紹介をしてくれた人に対して『あの人が恋のキューピッドだ』という言い方があるように、エロスは人間のみならず神の感情機能さえ自由に支配する特殊能力を有した恋愛の神です。

エロスの血縁的な系譜については諸説あるようですが、一般的には美の女神アフロディーテの従者や子どもという認識がなされています。性別についても、美麗な碧眼金髪の美少年とする説が主流ですが、神秘的で幻想的なアンドロギュヌス(両性具有者)の神であるとする伝承もあります。

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アフロディーテの子ではなく、ギリシア神話の最初期に世界に混沌を生み出したカオスの子とする説もあります。

カオスは、ギリシア神話の世界で最も古い無秩序と混沌の神であり、世界にある全てのものが不規則に無茶苦茶に入り乱れている原初状態の女神です。

しかし、ヘシオドスの『神統記』では、カオスは、何も無いただただ空虚に広大に広がり続ける“空隙”であると説明されていて、カオスが混沌であるというのは、複雑系を前提とするような現代的な解釈でもあります。

この世界の起源は、一切の事物が存在しない広漠で空虚な“空隙(カオス)”にあると考えるのがギリシア神話の基本的世界観で、カオスから全ての生命の母であるガイア(大地母神)が生み出され、ガイアからウラノス(天空の神)とポントゥス(海洋の神)が誕生するところから神の血縁の歴史が始まります。

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ギリシア神話の最大の特徴は、オリンポスの神々が、キリスト教的な全知全能の精神的な趣きの強い神とは異なり、怒りや嫉妬といった実に人間的な心理を備えていて、不完全で感情的であるが故の親近感を私達に感じさせるところです。

ゼウスやヘラに代表される神の子孫達は、喜怒哀楽の豊かな感情表現をしながら、憎しみや怒りによる闘争を繰り広げ、神でありながらも思い通りにならない恋愛感情を持て余して嫉妬や煩悶を感じたりします。

そういった悲喜こもごもの情熱的で感動的なドラマが次々とめまぐるしく展開していくところに、私達はギリシア神話の魅力を感じ、人間感情の原始的なイデアをそこに見出していきます。

ギリシアの歴史家ヘシオドスが著述した神々の系譜と物語である『神統記』によると、神話世界における最初の支配者はウラノスであり、次にその子クロノスが支配者となり、第3王朝の支配者として御馴染みのゼウスが登場してきます。

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ウラノスは、ガイアとの間に産まれた我が子である一つ目の巨人“サイクロプス”と頭が五十あり手も百本生えている怪物“ヘカトンケイル”を醜悪な容貌であるという理由で嫌悪して、大地の奥底へと追いやり幽閉します。

容姿の美醜など関係なく全ての我が子を愛していたガイアは、この冷酷無情なウラノスの行動に憤慨して、ウラノスへの復讐を誓って反逆の機会を窺います。あらゆる物を鋭利に切断するアマダスの大鎌を製作したガイアは、優秀で強力な我が子クロノスに大鎌を与えて、ウラノスを打倒する事に成功します。

ローマ神話の世界ではヴィーナスという名でも知られる愛と美の女神アフロディーテは、クロノスによって切断されたウラノスの男根が海中に沈み、その男根から溢れ出たスペルマ(精液)がぼこぼこと泡立つ中から誕生する事となります。

大学機関の起源であるアカデメイアを建設した古代ギリシアの哲学者プラトンは、『饗宴』という著作の中で、エロスはギリシア神話最古の神の一人であって、最も深い尊敬の念を抱くべき神であると述べています。

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この事からも分かるように、“エロス(生殖と繁栄をもたらす恋愛の神)”は遥か遠い古代ギリシアの時代から特別な位置付けがなされ、崇拝と畏敬の対象とされていました。

“エロス”とは、シグムンド・フロイトの精神分析学の汎性欲説では、『死の欲動』である“タナトス”に対置される『生の欲動』です。

人間には、自らの生命活動を継続し、存在を維持しようとする生の本能がありますが、それに先行する形で死の本能が先天的に内在しています。

エロスと同時にタナトスが存在していると言うと、矛盾しているように感じるかもしれませんが、村上春樹の小説『ノルウェイの森』の言葉にあるように『生きることと死ぬことは、その本質において等価である』というのは一つの真理のような響きを持っています。

エロスとタナトスという二つの矛盾する欲動が、一人の個人の精神内界そして生理学的身体に内在化しているという事を、簡潔明瞭に表現すれば『私達には、寿命という遺伝的制約があり、運命として有限の生を生きるほかない』という事です。

生命倫理学の問題で、遥か遠方の未来の時点において、人類は、遺伝子工学技術を応用した遺伝性操作で永遠の生命を獲得するかもしれないという仮定の倫理的問題があります。

しかし、遺伝子のテロメアによって規定される細胞分裂の限界さえ克服すれば、永遠の寿命が得られるという程に単純な問題でもないように思えます。永遠の生命が抱える最大の倫理的懸念とは、『生命の尊厳と個人の価値』が相対的に低下する恐れがあるということです。

私たちが生命に無機物とは異なる価値や尊厳を感じ取る最大の根拠は、『生命の一回性と有限性』にあると考えられます。少し前に発表された子どもに対するアンケート調査で、『死んだ人間は生き返る事がある』と答えた子どもが予想以上に多かった事が問題視されていました。

このアンケートの何が問題であるのかという事を考えると、死んだ人間が生き返る事を素朴に信じる事そのものが脅威・害悪なのではなくて、『生命の一回性の認識』を欠落させる事によって、生命の尊厳を意識しない子ども達(将来世代)が増加する事が脅威なのではないでしょうか。

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かつて、精神医学の分野では、他者の生命・身体・財産に危害を加えても罪悪感を感じる事がなく、善悪に関する倫理意識が乏しい人たちを、精神病理や脳の器質的障害があるとして、社会病質や精神病質(サイコパス)という病名で呼んでいました。

DSM―Ⅳの精神障害の分類や診断を重視する現在の精神医学では、青年期(16歳以上)に至っても、良心や道徳感情が発達せずに、他人を傷つける事に対する罪悪感や反省が欠落している人たちを、精神の病気ではなく、人格(性格)の過剰な偏向や歪曲として認識し、『反社会性人格障害(anti-social personality disorder)』という人格障害の分類を適用します。

“他者の身体・生命・財産”に不当な危害を加える“殺害・窃盗・強姦・虐待などの反社会的な犯罪行為”を繰り返して、良心の呵責や罪悪感を一切感じないという反社会性人格障害のケースでは、一般に年齢が高くなって性格形成過程が進めば進むほど、人格傾向の改善や性格構造に基づく価値観の矯正が困難になってきます。

人間は、年齢を重ねれば重ねるほど、性格の柔軟性や可塑性が失われていく傾向があり、今まで自分が正しく有効であると信じてきた価値観や生き方を変えることが難しくなっていくからです。

15歳未満の少年が、小動物や弱い相手に対して虐待や攻撃を加えたり、他人のモノや店の商品を盗んだりといった反社会的な行動を繰り返し、他人を傷つけたり苦しめたりする事に対する反省や後悔が見られない場合には、発達障害の下位分類である行為障害(Conduct Disorder)という診断が下される事もあります。

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反社会性人格障害あるいは道徳的判断能力(善悪の分別)や社会規範学習に関する発達障害である行為障害の生理学的原因や環境的心理的要因について、現段階での精神医学では殆ど明らかにされていません。

何が原因や引き金となってそれらの人格障害が発生し、反社会的な他者に対する暴力行為などの問題行動が生起するのかを考える際には、単一の原因に還元できると考えないほうが良いでしょう。

人格障害の形成過程には、遺伝・体質気質などの先天的要因と環境・人間関係などの後天的要因が相互に複雑に絡み合っていることが考えられます。人格障害の多くは、“長期間にわたる複数の原因”が関与することで段階的に形成されてきたと考えられる為、人格の過度な歪みによる問題を改善していくには、安心して穏やかに暮らせる生活環境の調整と合わせて、自分自身の考え方や認知がどれだけ現実的な水準から外れているかを認識する“認知療法(Cognitive Therapy)”などの改善的アプローチをしていく必要があるでしょう。

元記事の執筆日:2005/04/02

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