人間が用いる概念とは何か?:精神分析と無意識の概念

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心理学や精神分析学、精神医学、哲学といった学問分野には、実に多種多様な専門用語があり、その専門用語は概念によって表記されます。“概念”とは何であるのかを厳密に定義する事は困難ですが、一般的に理解されている概念とは、『言語によって指示される事象の概略的な意味内容』という事になります。

更に、哲学的に概念を定義すると、『意識が把握し、表現する事象のイメージ(表象)と意味内容』であり、『言語表現によって共通理解可能な意味内容』と言えるでしょう。概念は、言語そのものではありませんが、自分の持っている『青』『犬』『車』の概念が他者の持っているそれらの概念と等しいかどうかを確認する為には、言語表現を用いて比較するしかありません。

しかし、概念は、精神世界の内部にあるもので、ある言語表現によって心の世界の内部に思い浮かぶイメージのことであり、意味内容のことです。現実世界には、様々な種類の魚や猫がいますが、『魚を食べたよ』『猫を飼っているよ』という会話をしている時に、その会話内容の意味が分からずに混乱する人はまずいません。

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それは、それぞれの個人の精神世界には、魚という概念、猫という概念が構成されていて、魚や猫という言語が意味する典型的・特徴的な内容や表象(イメージ)を簡単に頭に思い浮かべることが出来るからです。

概念は、個々の現実の事物から一般的性質・特徴を抽出してつくられるものなので、一匹一匹の個別の猫(蝶)は異なる特徴を持つけれど、“猫(蝶)の概念”はそれら全ての猫(蝶)に共通する特徴を抽出してつくられることとなります。『真理』『善悪』『美』『精神』『悲哀』『正義』など、実際に目で見て観察できないものや手で触れられないものについての概念も数多くあります。

心理学や精神分析で使われる概念の殆どはそういった目で見る事ができず、手で触れる事も出来ない抽象的な概念です。日常生活でも良く耳にする精神医学、心理学の用語にも『トラウマ(心的外傷)』『アイデンティティ』『多重人格障害』『神経症』『ヒステリー』『母性』『うつ病』『ストレス』など数多くの概念によって示される用語があります。

しかし、次々に新しい概念や専門用語が増えすぎると、どうしてもその弊害として『不正確で曖昧な用語の使用』が出てきます。『専門用語に関する間違った安易な理解に基づく誤解や偏見』が広い範囲に普及してしまうと、それを修正する為の教育や説明を行っても十分な効果を得る事が難しくなります。

正確な知識や理論を学習する事には一定の努力と苦労が必要になるので、多くの人は、自分の日常生活に直接関係のない事柄に対して真剣に学ぼうとしないからです。簡単な噂話や雑談の中で獲得した知識や理解が、正しいものかどうかを専門書や百科事典などで調べる人は極々僅かです。

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その結果として、『いい加減なあやふやな知識ではあるが、分かりやすい知識』が一般に普及することが多くなります。

特に、統合失調症やうつ病といった脳の機能的障害(セロトニン系やドーパミン系など情報伝達系の失調)が考えられる精神障害に苦しむ人たちは、本人の意志が弱いとか、家族の対応が悪かった為にその疾患になったわけではないケースが数多くあるにも関わらず、本人や家族に発病や予後の悪さの原因があるという間違った認識がなされる場合があります。

重篤な精神病の原因や理由の多くが、本人にも家族にも無いにも関わらず、周囲の人の誤解や無知によって、不当に責められて罪悪感や絶望感を感じてしまうこともあります。ただでさえ、苦しく苛酷な闘病生活を送っているのに、自分に責任のない部分で、強い自責感に苦しめられたりする事は余りに悲惨で受け容れがたいことだと思います。

精神病には様々な原因がありますが、重度のうつ病や統合失調症(精神分裂病)の多くは、内因性精神病とされています。内因性とは、内部的要因という意味であり、発病の原因を特定することが出来ず原因が不明という事でもあります。

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統合失調症や重症のうつ病(躁鬱病)は、特別な心理的原因や社会的人間関係のストレス、幼少期の深刻なトラウマがなくても、内部的原因(遺伝要因・器質的要因など身体的要因・脳内の生化学的変化など)によって自然に発症することがあるという、精神病理学の基礎的知識を知る事で無用な混乱や偏見を避けることが出来るのではないでしょうか。

精神障害に限らず、様々な身体障害への偏見、人種・民族・宗教・文化に対する差別や否定感情などの原因は、対象となる事柄について十分な正しい理解が為されていない事にあることが多くあります。

私達は、より暮らしやすく安心できる社会生活を構築していく為、そして、より多くの人と友好的で協力的な人間関係を結んでいく為にも、様々な事柄について正しい知識や理解を得る為の学習と努力を意欲的に続けていかなければならないと思います。

根拠が曖昧で不確実なままに、他人を排除したり攻撃したりするといった性急な差別的言動を取らずに、まず相手がどのような人間であり、どのような考え方や気持ちを抱いているのかを正しく知ろうとする姿勢を持つ事が、良好な人間関係の基本であると考えています。

抽象的概念による説明ということでいえば、特に、シグムンド・フロイトが創始して構造主義のジャック・ラカンなどへと発展していった精神分析学は、難解な抽象的概念を複雑に組み合わせて構築された高度な理論ですから、必然的に『観察不可能な新しい概念』の使用頻度が増加していきます。

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精神分析学理論の根本概念である『無意識』の概念も、『神経症の発病機序や不可思議な夢の持つ意味』を論理的に説明する事の出来る概念ですが、科学的に検証することが不可能な主観的概念であり、外部から観察できない抽象的観念です。

意識的に努力して想起しようとしても思い出す事の出来ない精神の領域が無意識であり、様々な本能的欲望(es,id)が渦巻き、過去の抑圧された記憶が蓄積しているとされます。

抽象的概念である無意識を中心として展開される心理学を深層心理学といい、意識と無意識の区別と葛藤を前提とした心理学や精神医学を『力動的心理学・力動的精神医学』と呼びます。

力動的心理学では、以下のようなフロイト前期の精神構造論と後期の精神構造論(心的装置理論)が、心理現象や精神疾患の説明モデルとして利用されます。

フロイトの前期・精神構造論(三層構造)

意識……現在、感じたり、考えたり、思ったりしている心理内容が存在する精神の領域。私達が一般に“心”という時には、今現在の思考や感情が存在している意識領域のことを指していることになる。

前意識……意識的に想起しようとすれば思い出すことが出来る記憶や努力して考えれば考えることの出来る心理内容が存在している領域。意識よりもやや深い構造だが、懸命に思い出そうとすれば、思い出す事が可能であるという意味で無意識とは異なる。

無意識……自分自身の努力や意図によって想起したり思考したりすることが不可能な精神の最も奥深い領域。日常生活や対人関係の中で無意識の内容が意識されることは通常有り得ない。無意識的な心理内容には、通常の思考・想起・反省といった方法では接近することが出来ず、無意識領域に接近する方法を考案したのが精神分析療法である。

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無意識に接近する方法には、『夢の分析』『自由連想』『神経症症状の意味の探究』『アクティブ・イマジネーション』『瞑想』などがあり、フロイトの精神分析では神経症の因果的な関係性を分析する為の夢と自由連想が重視され、ユングの分析心理学では自己実現を達成する為の目的志向の夢とアクティブ・イマジネーションが重視された。

フロイトの後期・精神構造論(心的装置理論)

超自我……幼少期における両親や養育者からの躾や教育された規範が内在化したもので、『~してはいけない・~すべきである』といった本能的欲望を制御する形で作用する精神の構造である。

内面化された規範である超自我は、良心や道徳観として成熟していき、その人の善悪の判断基準となって社会適応を促進する。

しかし、厳格な超自我が余りに強すぎると、自分の本当の欲求や願望を不自然に抑圧し過ぎる事になり、種々の精神疾患や不適応の原因となることがあるので、倫理観や良心に縛られすぎるのも心の健康に悪い影響を与えると言えるだろう。

自我……本能的欲望を充足させようとする無意識領域のエスと社会道徳に従属させて正しい行動を取らせる為にエスを抑圧しようとする超自我の対立や葛藤を調整する精神構造である。

自我は、意識領域の中心的構造であり、現実原則に従って、物事や状況を判断し、自分の安全や利益を守る適切な行動を選択しようとする。自我とは、欲望(エス)と倫理(超自我)の調整役を担う精神構造であると同時に、環境適応を進める現実判断能力であり、危険や失敗から自己を守る現実検討能力である。

エス(イド)……性的欲動(リビドー)や攻撃欲求、支配欲求などの原始的欲求や本能的欲求が渦巻く無意識的な領域がエス(イド)である。エスでは、善悪の倫理判断が行われず、現実状況に適応して行動するという現実原則も存在しない。

自己保存本能に基づいて、快楽を求めて不快を避けるという快楽原則によって支配されているのがエスの領域であり、フロイト前期の精神構造論(三層構造)では、エスは無意識に相当するとされている。

元記事の執筆日:2005/04/11

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