精神障害の診断・統計マニュアルDSM-Ⅳと実践的カウンセリングの関係

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精神医学領域における精神障害の定義分類・診断基準として主流になってきているのは、アメリカ精神医学会(APA:American Psychiatric Association)が作成編集したDSM-Ⅳ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,4th edition)である。

精神疾患のみならず身体疾患も含む総合的な医学的病理診断基準として国際的な信頼を得ているものとしては、WHO(World Health Organization:世界保健機関)が作成したICD-10(International Classification of Diseases:国際疾病分類)があるが、精神医学の臨床においては、その普及範囲の広範さもあって精神保健業界の共通言語としてDSMを採用する者が多くなっている。

DSM-Ⅳの診断基準を異常心理の参照枠としてそのままカウンセリング場面や臨床心理学的実践に持ち込む事に対して、私はどちらかといえば批判的な立場であることを過去の記事において述べているが、今回はDSM-Ⅳの利点と言えるような特徴に焦点を変えて、一般的な診断基準の概略を示してみようと思う。

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今までの学派学閥によって変わる診断の一致度の低い精神障害の分類や診断に比較すると、DSM-Ⅳは学派学閥の理論や権威に左右されない標準的な診断基準と分類項目としての画期的な意義を持っているということが出来る。

例えば、フロイトの精神分析学におけるヒステリーは、単一の疾患ではなく、身体症状を含む複数の異なる疾患の症状を総合的にまとめた疾患単位であったために、ヒステリーというだけではどのような症状をもった患者であるかを理解することが出来なかった。

それが、現象学的な症状記述をするDSMの登場によって、ヒステリーの複雑多様な症状を『身体表現性障害・全般性不安障害・強迫性障害・解離性障害・パニック障害・演技性人格障害・自己愛性人格障害』に分類して、各ヒステリー患者の症状や病態を特定することが出来るようになったのである。

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DSM-Ⅳ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) に基づく標準化された診断や質問項目が事前に決められた構造化面接には、どの医師が面談しても同じ診断が下されやすいという高い信頼性と一致性があり、多軸診断システムによって全ての精神症状や精神障害が包括的に記載されていることによって精神障害の診断の見落としが減らせるといったメリットがある。

DSMは、世界で最も多く使用されている精神障害の分類・診断のマニュアルであり、複雑な精神病理の診断項目を簡潔にまとめて精神病理に関する共通理解を深めたことは評価できるし、統計学的根拠に基づく信頼性や妥当性も高くなっている。

DSM-Ⅳの特徴と利点をまとめて提示すれば、以下のようなものとなるだろう。

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1.多軸診断システム(多次元診断システム)による網羅性と包括性

第1軸……精神症状・臨床症候群

第2軸……人格障害・知的障害・精神遅滞

第3軸……身体疾患

第4軸……心理社会的問題群・ストレス性障害

第5軸……生活適応度

第1軸と第2軸において、18のカテゴリーに分類される精神症候群と精神障害を網羅しており、第3軸において心身相関の身体疾患に配慮し、第4軸で社会環境や対人関係からくるストレスの問題に触れ、第5軸において現在ある生活環境への適応度を測定することによって、現代社会で発生する心理的問題と精神障害の大半をカバーする網羅性を有している。
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2.診断基準の信頼性と一致性

今まで精神科医の間で、同じ患者に対する診断名が一致しないという診断基準の曖昧さや主観的判断の問題が指摘されることがあったが、DSMでは観察される症候群の、症状の数と現象(エピソード)、罹患期間を具体的に定めて操作的な診断をすることによって精神医学の診断の客観的信頼性を高めている。

DSMは、基本的な精神医学の知識を持つ者であれば、誰が診断を行っても、同じ診断を下すことが出来るという“信頼性と一致性”を目指していて、観察されるエピソードや症状のみに注目して、該当する項目数によって機械的に診断を下すことによって、その目的はある程度実現しているといって良いだろう。
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3.精神医学の病理を語る時の共通言語としての役割

精神障害の定義が明確化されていることで、DSMを知っている人同士であれば、擦れ違いや誤解を最小限にした研究や議論を行うことが出来る。

DSMでは、精神病理の根本原因の究明や精神障害の心的過程やダイナミクスについての言及は一切なく、外部から観察可能な症状と状態のみを機械的に列挙しているので、意見の対立や信念のぶつかり合いが起こりにくく事実に基づく精神病理の理解や主観の介在しない診断が行い易い。
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DSM-Ⅳは、上記のような長所を持つ一方で、症状把握の客観性を高める為に現象学的な記述に終始した事で、無味乾燥な深みのない微細を穿った症状の網羅になり、病因論への視点が欠如しているなどの批判もある。

また、DSM-Ⅳは基本的に社会的な証明能力を持つ診断書を書ける医師の診断の為に発明された医学的な診断の道具なので、公的な診断書を発行できない臨床心理士やカウンセラーにとって特別に有意義なものではない。

つまり、DSM-Ⅳは診断と薬物の選択を組み合わせて治療を行う精神医学的治療に最適化されているのであって、薬物を用いない言語的なアプローチによるカウンセリングや心理療法の場合には“DSMによる病名の特定”そのものが症状・苦悩の改善や心理・行動の効果的な変容につながるわけではないということに留意しなければならない。

特に、カウンセリングにおいて、人間理解や人格把握に先駆けた機械的な病名判断を行うことは余計な固定観念を持つことにつながる恐れがあるだけでなく、病名を口にすることでクライアントに過度に悲観的な先入観をもたせる危険があるので、原則として特別の必要や意図がなければ病名にこだわる話題は慎んだほうがよいだろう。

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科学的で実証的な統計学的根拠を持つDSM-Ⅳの知見や情報は、カウンセリングの大局的な人間理解や心理的援助を補助するものであるが、カウンセラーはクライアントの人格や心理を理解しようとする状況において“生物学的・医学的な理解だけに留まらない心理的・哲学的・社会的な総合的理解”が求められることになるのではないかと考えている。

生物学、医学、哲学、心理学、社会学という風に並べて書くと、何だか膨大な知識と博学な教養が必要なように誤解される恐れもあるが、臨床心理士にせよカウンセラーにせよディレッタンティズム(衒学趣味)に侵犯された知識至上主義に陥るのは愚であり、知識の充実はカウンセリングの極一部分を補完する役割を果たすに過ぎない。

専門分野の研究を職務とする学者であれば、知識の多寡や理解・発想の優劣を競う事も大切だが、クライアントの心理的問題の解決の援助や精神的支持を職務とするカウンセラーの場合には、クライアントとの相互的信頼関係(ラポール)を確立して、問題解決を前提とした人間理解にまずは全力を傾注すべきであると考える。

臨床目的に限定すれば、各学問分野を横断し架橋する代表的理論には以下のようなものがあり、必要に応じて参照し活用すると良い。

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認知心理学と臨床心理学の分野横断的(学際的)理論

バウアー(Bower)の感情ネットワークモデル

ティーズデイル(Teasdale)の抑うつネットワーク仮説

ベック(Beck)の抑うつスキーマ仮説→うつ病・不安障害・統合失調症の認知療法への適用
社会心理学と臨床心理学の分野横断的(学際的)理論

抑うつ感や無気力の生起を説明する原因帰属理論

セリグマン(Seligman)の学習性無力感理論

エイブラムソン(Abramson)の改訂学習性無力感理論

メタルスキー(Metalsky)らの素因ストレスモデル

アロイ(Alloy)らの絶望感抑うつ理論

元記事の執筆日:2005/06/08

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