予期せぬパニック発作の恐怖と混乱に襲われる“パニック障害”について

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予期せぬパニック発作の恐怖と混乱に襲われる“パニック障害”について:2(別記事)

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予期せぬパニック発作の恐怖と混乱に襲われる“パニック障害”について:1

日常生活を通常通り営むことを困難にする“不安感の情動障害”と関連した精神障害に、パニック障害(panic disorder)があります。

パニック障害は不安障害の下位分類ですが、別名・恐慌性障害とも言われるように、突発的なパニック発作(不安発作)によって慌てふためき混乱する症状を中心に、心悸亢進や大量発汗、胸痛など幾つかの生理学的症状を呈す精神疾患です。

神経症概念に基づく疾病分類では、『心臓の鼓動の変化や異常に注意が集中し、心臓発作に対する意識が過敏になる』といった心的過程を伴うことから心臓神経症と呼ばれることもありました。

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心臓神経症は不安神経症の範疇に含まれる精神疾患ですが、心臓の心拍や感覚に関する異常感や肺活動による呼吸に関する異常感を感じて、強烈な不安・恐怖を伴うパニック状態を経験するところに特徴があります。

つまり、“突発性に起こるパニック発作によって、心肺機能の停止や障害が起こるのではないかという死の恐怖”が、パニック障害の主症状と不安内容になるということです。

身体異常感や違和感から生起してくる“死の恐怖”は、精神がおかしくなってしまうのではないかという“発狂の恐怖”として認知され体験されることもありますが、死の恐怖と発狂の恐怖に共通する情動的認知は『このままでは、取り返しのつかない最悪の結果につながってしまう』という絶望的な認知であると言えます。

パニック障害の病理メカニズムと認知療法的理解については後で詳しく述べますが、パニック障害に付随する『最悪の悲劇的結末が起こるに違いないという死と発狂の恐怖』には現実的根拠や具体的事例がなく、端的に言えば事実にそぐわない間違った認知(物事の捉え方)であるという事が出来ます。

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また、パニック障害という疾病分類が成立する以前には、パニック発作を恐れて人が多く集まる場所や公共交通機関に行けなくなる外出恐怖症(広場恐怖・空間恐怖)と診断されたり、自律神経のバランスを崩して生理学的症状が生じる自律神経失調症と診断されたりもしていました。

アメリカ精神医学会が作成した精神障害の標準的診断基準であるDSMに、パニック障害という病名が登場したのは1980年のDSM-Ⅲにおいてであり、パニック障害の臨床診断的な分類・定義の歴史はそれほど長くありません。

パニック発作(不安発作)の存在自体は、かなり古い時代(日本では江戸時代の文献に“驚悸”というパニック発作の記述がある)から知られていましたが、明確に不安障害や不安神経症と切り離された独立した疾患としては認知されていなかったのです。

パニック障害の疫学的調査(対象集団・対象地域での発症率や発症・経過に関する病理メカニズムの研究)では、その罹患率が日本では約2.4%であり、アメリカでは約7.3%であり、生涯有病率は9%前後とされていて、それほど珍しい病気ではありません。

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また、疫学調査によって、パニック障害の罹患率は女性が男性の約2倍であることが明らかにされていて、女性が罹りやすい疾患だという事が言えます。パニック障害の好発年齢は、15~24才あたりと45~50才あたりにあり、青年期早期に一回罹患しやすい時期があり、中年期後期にまた罹患しやすい時期が訪れることが統計的に示されているようです。

パニック発作は、精神症状よりも身体症状と身体の異常感覚が前面に出てくる事が特徴的で、実に様々な症状を見せますが、観察可能な症状からの診断基準では、以下の症状のうち4つ以上が該当することによってパニック障害の診断がなされます。

パニック障害に伴う心身症状

強い恐怖または不快を感じるはっきりと他と区別できる期間で、その時、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が突然に発現し、10分以内にその頂点に達する。

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1.動悸・心悸亢進・心臓がドキドキと脈打つ・心拍数の増加

2.発汗・冷や汗・不快感を伴う汗

3.呼吸困難・息切れ感・息苦しさ

4.窒息感・圧迫感

5.身震い・手足の振るえ

6.胸部不快感・胸の痛み

7.吐き気・嘔吐・腹部不快感

8.ふらふらとする・眩暈・ぼーとして気が遠くなる感じ

9.現実感消失あるいは減弱・離人症様の症状(自我意識の低下・自分が自分でないような感じ)

10.自己制御を喪失し、心身をコントロールできなくなることへの恐怖・発狂の恐怖

11.死の恐怖

12.身体異常感覚(麻痺・感覚鋭敏化・疼き感)

13.冷感・温感・身体の温度感覚の異常

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パニック障害の一般的な病名診断に用いられる「DSM-Ⅳの診断基準」は以下のようなものになります。

A.1と2の双方の基準を満たす病態である。

1.予期しないパニック発作が繰り返し起こる。

2.少なくとも1回の発作の後、1ヶ月間もしくはそれ以上、以下のうち1つ以上の症状が継続していること。

a. もっと発作が起こるのではないかという心配(予期不安)の継続

b. 発作またはその結果が持つ意味(例・コントロールを喪失する、心臓発作を起こし死ぬ、発狂してしまう)についての心配

c. 発作と関連した行動の大きな変化

B.広場恐怖(空間恐怖)の有無によって、『広場恐怖を伴うパニック障害』と『広場恐怖を伴わないパニック障害』に分類される。

C.パニック発作は、物質(薬物乱用・向精神薬の処方)または身体疾患(甲状腺機能亢進症)の直接的な薬理反応・生理学的作用に基づくものではない。

D.パニック発作は、以下のような他の精神障害ではうまく説明されない。

例えば、社会恐怖(例:恐れている社会的状況に曝露されて生じる)、単一恐怖症(例:特定の恐怖状況に曝露されて生じる)、強迫性障害(例:汚染に対する強迫観念のある人が、ゴミや不潔なものに曝露することで生じる)、外傷後ストレス障害(例:強いストレス因子と関連した刺激に反応して生じる)、または分離不安障害(例:家を離れたり、または身近な家族から離れたりした時に生じる)

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パニック症状の主要症状である心悸亢進や呼吸困難、不快な冷や汗などを伴うパニック発作に類似した症状は、他の精神疾患や身体疾患でも起きる場合があるので、以下のような心身の疾患との鑑別診断を行わなければなりません。

パニック障害の症状と類似した症状を示す他の疾患

動悸・心悸亢進……心臓疾患全般(不整脈・僧帽弁逸脱・甲状腺機能亢進症・低血糖症)

呼吸困難……過呼吸・胸膜炎・気管支喘息・アナフィラキシーショック・うっ血性心不全など

眩暈・失神・動揺……急性貧血・鉄欠乏性貧血・起立性低血圧・メニエール氏病

痺れ・疼き感……過呼吸

胸痛……狭心症・心筋梗塞・肋軟骨炎・肺炎・気胸など

冷や汗・冷感……更年期障害・自律神経失調症・閉経・感染症など

神経過敏・イライラ……甲状腺機能亢進症・うつ病など他の精神疾患・低血糖など

離人症症状・非現実感……側頭葉てんかん

また、パニック障害は、その罹患期間が長期化して慢性化してくると、うつ病を発症するリスクを高めることが知られていますので、うつ病との病前段階としてのパニック障害を遷延化させないように早期に適切な医学的治療や心理学的援助を受ける必要があるでしょう。

パニック障害は、うつ病発症との親和性がありますが、それ以外の精神疾患とのオーバーラップを見てみると、全般性不安障害(GAD)、強迫性障害、PTSDなどとの重複が見られ、パニック障害は不安を主訴とする精神疾患への罹患リスクを高めていることが分かります。

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以下は、次の別記事になります。

予期せぬパニック発作の恐怖と混乱に襲われる“パニック障害”について:2

パニック障害がどのようなメカニズムを経て発症するのかという症状形成過程については、神経生理学や薬理生理学の知見から大部分が解明されてきています。

パニック発作は、乳酸の静脈注射を行ったり、吸入する空気の二酸化炭素濃度(5%の二酸化炭素を約10分吸入)を上げることで、人為的に誘発することが出来ることが知られていますが、パニック障害に罹患していない健常者群では二酸化炭素濃度が多少上がってもパニック発作が起きない事が多いのです。

この事から、パニック障害患者は、二酸化炭素によってニューロンの電気活動が活性化される“視床下部の青斑核”の二酸化炭素感受性が亢進して敏感になっているという生物学的原因を推測することが出来ます。

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パニック障害のパニック発作そのものには、『過去の心理的外傷(トラウマ)・劣悪で苛酷な生育環境・愛情の乏しい親子関係の中での葛藤・性格傾向の異常』といった心因は関与していないことが多いと言われていますので、現在、明らかにされているパニック障害の原因は、脳内の青斑核のニューロンの異常興奮(もしくは刺激(二酸化炭素)に対する過敏性)だということになります。

こういった科学的な立証がしやすい神経生理学的な発病メカニズム(あるいは生物学的原因)に注目する場合には、パニック障害は脳の機能的疾患という見方が強くなりますが、パニック障害には抗不安薬による薬物療法だけでなく、行動療法(不安場面への曝露を主体とするエクスポージャー法)や認知療法(パニック障害の症状の発生・維持のメカニズムの認知的理解)といった心理療法も非常に高い効果を持っています。

パニック障害に対する認知療法を行う場合には、『客観的な正しいパニック障害のメカニズムの理解』が前提として必要になってきます。パニック障害の認知理論的な説明として、バーロウ(Barlow)の“誤った警報理論”は非常に分かりやすくて、傾聴すべき多くの示唆に富んだ理論です。

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バーロウは、パニック障害患者には、身体的異常感覚や違和感、パニック事態に対する“生物学的・心理学的脆弱性”があると考え、多くの人にとってそれほど深刻な異常と感じられない些細な心拍数の増加によるドキドキや呼吸の早まりを、『死や発狂につながるような最高に危険な事態』として間違って認知するところにパニック発作が起きる認知的原因があると考えました。

パニック障害の人は、そんなに危険ではない不安やパニック発作を、実際以上に危険で取り返しのつかない最悪の発作と認知する傾向があり、その認知が生理的覚醒と覚醒の亢進を高め、また次のパニック発作が起きるに違いないという“予期不安”を強めます。

パニック発作を経験した時の異常な身体感覚を、“非常に悪い結果につながる警報”として誤って認知するところから、バーロウはこれを『誤った警報理論』と名付けました。誤った警報を受け取り易い人は、パニック障害に罹りやすいといえますが、こういったタイプの人が、パニック発作を繰り返していくと、“内部感覚のレスポンデント条件付け”が成立して、身体に僅かな違和感を感じただけでも反射的に自動的にパニック発作が起こるようになっていきます。

つまり、不快な身体感覚の小さな異常が、パニック発作を引き起こす間違った警報としての役割を果たしてしまい、日常生活を送っていく中で“身体的・認知的な手掛かり(わずかな異常や不快感)”によって簡単に反射的にパニック発作が起きるようになってしまいます。

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パニック発作につながる“身体的・認知的な手掛かり”によって、生活環境の中の小さなストレスや不快なライフ・イベントまでも“学習性の条件づけられた間違った警報”となり、その警報を受け取る中で反射的なパニック障害の症状を示すようになったのが重症化したパニック障害であるということになります。

バーロウ以外のパニック障害の認知理論としては、クラーク(Clark)の理論がありますが、クラークの発症と維持のメカニズムも“間違った過敏な認知”を原因に置いたものになっています。

即ち、心臓がドキドキしたり、胸が苦しくなったり、冷や汗をかいたりといった“トリガーとなる内的外的刺激によって起きた身体感覚の異常・過敏”があると、それを死(心臓麻痺)や発狂につながるサインであるという“破局的・絶望的な解釈”をします。

身体感覚の異常に対する破局的・絶望的な解釈は、“人生における深刻な脅威”であり、その脅威は当然に心配・不安を増強し、生理的覚醒を亢進させて様々な“自律神経症状やパニック発作”を引き起こします……その症状は更に破局的・絶望的な解釈を強化し、深刻な脅威となり、再び症状を悪化させ…という形でグルグルとパニック障害を巡る“ネガティブな悪循環(ループ)”が形成されてしまうのです。

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これらの理論から示唆されるパニック障害の認知療法的対処は、『間違った過剰・過敏な破滅的認知を修正すること=身体感覚異常とパニック発作の条件付けを消去すること』ですが、実際にクラークの提示したパニック発作発症の悪循環のメカニズムを理解して、パニック発作を必要以上に怖がらないようにするだけでも顕著な症状の改善効果を示し、発作の発生頻度を低下させることが出来ます。

パニック発作の病態の特徴をまとめると、以下のようになります。

1.大多数の人にとって然程気にならない『日常的な些細な身体感覚の変化』を、非常に危険で最悪な結果につながりかねないと誤った情報処理(認知)をすることで、パニック発作の経験が『間違った警報・間違った危険信号』の学習につながってしまうこと。

2.不安・心配の強化は、『また、同じ場所に行けば、パニック発作が起きるに違いない』という予期不安の促進によって行われるということ。

3.不安・心配そのものが、破滅的な出来事や最高の危険をもたらすサインとして感じられる“不安感受性”が極端に高まっている為に、不安・心配が身体感覚の異常を導き易くしているということ。

4.予期不安が高まると、安心感や安堵感を獲得する為に、人の多い場所や電車・バス・地下鉄などを避ける回避行動が起こるということ。

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パニック障害には、人が多く集まる公共の場所やパニック発作に襲われた時に逃げ場のない電車・バス・地下鉄といった公共交通機関を回避する“広場恐怖(空間恐怖)”を伴うものがありますが、広場恐怖(agoraphobia)を伴うパニック障害の発症率はパニック障害全体の30%~50%程度であるとされています。

何故、パニック障害患者に特定の場所や場面を回避しようとする広場恐怖が見られるのかの病理メカニズムについては、行動主義心理学のオペラント条件付け(道具的条件付け)の理論を用いて説明することが出来ます。

一度、強烈な不安・恐怖を伴うパニック発作を経験すると、『少し心臓がドキドキしている』『何となく胸が締め付けられる感じがする』『呼吸が少し早くなって息苦しい』といった身体感覚の異常によるサインによって、『また再びパニック発作に襲われるに違いない、何とかしてパニック発作を避けなければいけない』という予期不安に駆られ易くなります。

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実際にパニック発作が起きていなくても予期不安だけで電車やバスに乗り込むのを止めてしまう“予防的な回避行動”を取ると、その予防的な回避行動は非常に強い安心感や安堵感を生み出し、“行動頻度を増加させる正の強化子(快を感じる条件刺激)”として働きます。

オペラント条件付けの理論により、『その行動を取った結果として安心・安全という正の強化子を手に入れられる回避行動』は強化され、次回からも心臓がドキドキしたり、息苦しくなったりといった身体異常やパニック発作が起きるかもしれないという予期不安を感じれば、『電車・バス・地下鉄に乗らないという回避行動』を取るようになっていきます。

このようなオペラント条件付けを踏まえた行動メカニズムによって、パニック障害の広場恐怖による回避行動は形成され維持されていく事となります。

元記事の執筆日:2005/06/14

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