ストレスを溜め込みやすい行動パターンとストレス・コーピング(ストレス対処法),“正常圏内の不安”と“病理水準の不安”

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“正常圏内の不安”と“病理水準の不安”

脳の構成要素である“ニューロンの創発性”と行動の発現:ニューロンの分類

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ストレスを溜め込みやすい行動パターンとストレス・コーピング(ストレス対処法)

精神的ストレッサーは、家庭・学校・職場などの生活環境への不適応や不満、対人関係の悪化やトラブル、感情や気持ちを伴うコミュニケーションの擦れ違いなどによって起こってくるストレッサーですが、それらは『その出来事や状況をどのように理解して解釈するのか』という認知に大きく依拠するストレッサーでもあります。

その為、精神的ストレッサーを認知的ストレッサーと呼ぶこともあり、精神的ストレスによって生起してくる激しい情動(怒り・恐怖・不安・悲しみ・歓喜)などはその人に特有の認知傾向や知的枠組みとしてのスキーマを変容させることによって、ある程度コントロールすることが可能なのです。

この個人に特徴的に見られる『認知(外界の認識や解釈)』を変容させることによって、感情や気分を肯定的で建設的なものへと変化させようとする考え方は、認知療法の基盤にある心理観であり、人間の認知・感情・行動が密接に相互作用していることを示しています。

ストレスによる悪影響を受け易い性格類型や行動パターンとしては、他者との競争心や社会的地位などに対する野心が強く、絶えず時間的な切迫感に襲われている余裕のない“タイプAの性格行動類型”や情緒がいつも不安定で他者への過度の依存性やわがままが見られる自己中心的な“神経症性格”、自分の感情状態への関心や感情を伴う葛藤への自覚が乏しく、感情をうまく言葉で表現することの出来ない“アレキシシミア”、几帳面で生真面目なタイプで、他人への気配りが過剰で責任感の強い“うつ病の病前性格”などが知られています。

その他にも以下のような行動パターンや認知の特徴が見られる人はストレスを溜め込みやすいタイプだと考えられます。

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ストレスが溜まりやすい性格行動パターンの一例

  1. 性格が過度に外向的である為に、自分自身の感情や価値観によって物事を判断するのではなく、世間や他者がそれをどのように考え評価するだろうかという基準によって物事を判断する傾向がある。そのため、他者から否定的な態度を取られたり低い評価を与えられたりすると急激な気分の落ち込みや抑うつを感じるという性格行動パターン。
  2. 絶えず落ち着きがなく、気分が躁的な高ぶりや興奮を見せていて、部屋の中をうろうろと忙しく歩き回っていたり、畳み掛けるように早口で言葉をしゃべるような心理的時間的余裕を感じ難い性格行動パターン。
  3. 会話の場面で、相手を自分の価値観や主張に同意させようとして、過剰に言葉に勢いや抑揚をつけて話し相手を圧倒しなければ満足できない人、会話内容をゆっくりと楽しむのではなく、意見の優劣を競うようなコミュニケーションにしか興味を持てない性格行動パターン。
  4. 経済的に裕福であることのみを最大の価値としていて、高価な商品や新規なモノを購入し所有し続けていないと満足感や幸福感が得られない人で、経済的困窮や所得の低下によって大きなショックや抑うつを感じるという性格行動パターン。
  5. 「ながら仕事」が多く、同時に二つ以上の事柄を慌しく行い、いつも何か生産的な活動をしなければ心が休まらず、休日や祝祭日であってものんびりとリラックスしてくつろぐことなどが出来ない時間的切迫感と強迫的な義務感に追われている性格行動パターン。
  6. 全ての仕事や用事を、自分の理想とする時間配分できっちりスムーズにこなしていかないとイライラして焦燥感に苦しめられる性格行動パターン。
  7. 日常的な生活に関連する事柄や人間関係に全く興味がなく、極端に浮世離れした観念的な思想や高尚な哲学的営為のみに没頭している為に、いつも何となく心にぽっかりと空いた寂しさや空虚感を感じている性格行動パターン
  8. 他人の存在価値を十分に認めることができず、他人の協力や親切に対する感謝の念を持てない為に、他人とのコミュニケーションや娯楽をリラックスして楽しむことが出来ないという人、自分以外の他人や自分に直接関係しない事柄に対して極端に冷淡で無関心な性格行動パターン。
  9. 仕事にしろ遊びにしろ、事前に計画を立てるときに、出来るだけ沢山の予定をぎっしりと積み込んで過密スケジュールを組み、その計画を無理してでも遂行しようとして心身の強い疲労を感じるような性格行動パターン
  10. いつもイラダチや不満を抱えていて不機嫌であり、それを解消する為の趣味や娯楽を持たずに、それらの不快な感情を特定の神経質な行動(貧乏揺すり、舌打ち、しかめっ面、爪噛み、モノの破損)で表現し続けるような情動抑圧的な性格行動パターン。
  11. 仕事の成果・活動力・生産性の評価を行う場合に『質より量』を重視して、自分の体力と精神力の限界ギリギリまで膨大な量の仕事をこなそうとする無理を承知でがむしゃらに仕事に没頭する性格行動パターン。
  12. 野心や成功欲求が極端に強すぎて、意欲ややる気が空回りするだけでなく、周囲の同僚に仲間意識が持てず、いつも激しい嫉妬や競争心に煽り立てられているような“燃え尽き症候群”のリスク・ファクターを多く抱えた性格行動パターン。
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身体や精神の不調をもたらし多種多様な疾患の原因となる精神的ストレスを緩和して解消する為には、『3つのR』と呼ばれるストレス解消の基本的方法を意識しておくと良いかもしれません。

精神的ストレス解消の為の3つのR

Rest(休養)……心身の疲労や倦怠を感じた時には、無理をせずに十分な休養を取り、食事の栄養バランスや毎日の適切な運動量などにも気をつけるようにする。良質な睡眠を確保できるようにベッド、布団、枕、空調など睡眠環境を整え、人間関係や仕事、家庭の悩みをその都度自分なりの方法で解決したり、解決できなくても慢性的に悩みこむことのないようにすることが望ましい。

Recreation(娯楽的な楽しみ)……日常的な仕事や家事、勉強から離れて、身体に鋭気を養い、精神を爽快にリフレッシュするような自分だけの趣味娯楽や気晴らしを見つけるようにする。その場合には、依存症や中毒、心身の健康を損なうような不健全な娯楽に溺れないようにするなどの注意も必要である。 幾らストレス解消のためとはいっても、生活費が不足して家庭が崩壊するまでギャンブルにのめり込んだり、肝機能を壊したり、妄想や幻覚症状が生じて家族に暴力を振るったりするようになるまでアルコールや薬物に依存するのでは更なるストレスを溜め込むばかりで逆効果である。

Relax(リラクゼーション)……心身の緊張や不安を緩和して、自律神経系が健全に機能する様にするためのリラクゼーション技法を習得して、毎日、時間を見つけてリラクゼーションを行うことによって生活環境や人間関係の問題からくるストレスに対処できるようになる。リラクゼーションの究極の目的は、自分の身体と精神のバランスを自分の集中力と想像力で回復し、感情や気分をうまくセルフコントロール出来るようになることである。

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ストレスは過度に強すぎたり、強いストレスが慢性的に継続したりすると人体や精神に病理や異常をもたらしますが、適度な強さのストレス(外部刺激)は人間が生きていく為に不可欠です。適度なストレスによって、私たちは幻覚や妄想に溺れることなく現実認識を高めることが出来ますし、生活に程よい緊張感や張り合いを感じることが出来るのです。

身体疾患や精神疾患、深い持続的な苦悩の原因となるストレスは有害な外的刺激ですが、ストレスの中には好きな相手から遊びの誘いがあることややる気が十分にある状態で上司から重要な仕事を任せられることといった『人生をより豊かに魅力的なものとする好ましい外的刺激』もあります。

また、ストレスの悪影響を考える際について留意しなければならないのは、『ストレスに対する抵抗力の個人差』であり、同じストレッサーの要因と強度があっても全ての人が精神疾患や心理的苦悩に追い込まれるわけではありません。即ち、『同じ生活環境・社会状況・人間関係に置かれても、それが非常に強い耐え難いストレスになる人とそれほど強いストレスにはならない人』に分かれるということです。

何故、そういったストレス耐性(ストレス・トレランス)の個人差が生まれるのかという原因は、生物学的基盤(遺伝要因・身体構造・先天的気質)と後天的な性格・認知の要因に分けられます。私たちが意識して努力することで良い方向に変化させられるのは、後天的な性格と認知の部分ですから、些細なトラブルや葛藤によって、心身の病気や精神的苦境に陥らないようにする為に、ストレスに強い認知パターンや性格傾向を習得していくと良いでしょう。

このように社会環境に無限に存在するストレス状況に耐える抵抗力を高め、効果的なストレス事態への対処をすることを“ストレス・コーピング(ストレス対処法)”といったり“ストレス・マネージメント(ストレス管理)”といったりします。

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代表的なストレス・コーピングの方法は、大きく分けて3つの視点から考えていくことが出来ます。

1.積極的なストレス対処(現実的な問題解決アプローチ)と消極的なストレス対処(逃避的な問題回避アプローチ)

積極的なストレス対処法とは、実際の人間関係を修復する為の具体的な話し合いの時間を設けたり、自分自身が苦痛や限界を感じている問題を改善する為の対応を「現実的な方法」で行うことである。消極的なストレス対処法とは、自分が抱えているストレスを感じる問題に真正面から向き合わずに、アルコール・薬物・ギャンブル・過剰消費などに逃避して嗜癖(依存症)の状態にはまり込むような対処法を取ることである。

このストレス・コーピングでは、結局、現状よりも苛酷なストレスや経済的困難、身体疾患を抱え込むことになる。

2.精神安定的な問題解決アプローチと環境調整的な問題解決アプローチ

不安や恐怖、イライラなどの精神症状を安定させるリラクセーション技法を行ったり、仕事が終わった後には興味を持てる趣味や遊びに打ち込んで気晴らしをしたりする方法が『精神安定的な問題解決アプローチ』である。

ストレス状況の原因となっている職場・家庭・学校の人間関係や環境条件を調整して、ストレスの強度や持続時間を減少させるのが『環境調整的な問題解決アプローチ』である。

3.認知療法的アプローチと行動療法的アプローチ

『認知療法的アプローチ』とは、ストレッサーによる悪影響は“ストレスを感じる出来事や状況”そのものにあるのではなく、“そのストレスを情報処理する認知過程(ストレス状況をどのようなものとして受け止めるか)”にあるという前提を立て、自分自身の認知(物事の認識・理解・解釈・判断)をより不安や脅威の少ない適応的なものへと変えていこうとするものである。

『行動療法的アプローチ』とは、現在の心理的苦難や葛藤を乗り越えてストレスによる悪影響を減らすにはどのような行動を具体的に取れば良いのかを考え、その行動を実現する為の様々な豊作を取るものである。行動療法的アプローチには、不安や恐怖の弱い行動から少しずつ不安の強い行動へと段階的に挑戦していく『系統的脱感作』と、いきなり最も脅威や不安を感じている強いストレス事態に曝露させてストレス耐性への実感と自信を強める『フラッディング法』があり、その人の性格類型や技法への適性などによって的確に選択しなければならない。

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人間は誰でも生きていく過程で、深刻な精神的危機に陥るような心理的ストレスを幾度か受けることになりますが、そこで重篤な精神障害を発症するか否か、その後の生活状況を改善させられるかどうかは、一重に『ストレスとどう向き合い、どのような認知や行動や人間関係でそれに対処するのか』にかかっています。確かに、先天的な気質や素因によって私たちのストレス対処能力(性格傾向)のある部分は規定されていますが、それのみによって後天的な人生の悲嘆や憂鬱な生活が決定されるわけではありません。

そのことから言えるのは、絶えず自己を肯定する認知を忘れないように心がけることが非常に大切だということです。自己の行動や考えを反省して、より良い結果や評価を求めることは大切なことかもしれませんが、自己の反省が行き過ぎて『自己否定的な無力感や無能感』に陥らないようにしなければなりません。

ある物事が上手くいかない場合や人間関係で悲しい別れや対立を経験した場合には、自分の能力の欠如や努力不足にその原因を求める傾向がある人ほど、ストレス反応の不安や抑うつが長期化する傾向があります。 『自分の責任でこういう結果になってしまった』という認知は、社会的な責任感の強さや集団活動における義務の遂行能力を示す好ましい面もありますが、個人のメンタルヘルスの観点からは『自分のみに悪い結果の責任を求めること』はあまり好ましいものではありません。

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こういった場合には、観念的な思考によって延々と悩み続けるのではなく、現実的な問題解決のための行動をまずとってみることが状況改善のきっかけとなることがあります。特に、うつ病の人の場合などには、自宅で休養している時間を、頭の中でぐるぐると悩み続ける時間にしないように気をつけましょう。うつ病や不安障害全般の病態緩和にとって本当に必要なのは、身体的静養というよりも精神的休養ですから、精神を疲弊させ鬱屈させるような考え事(観念)を頭に浮かべている時間をできるだけ減らすような『具体的対処(散歩、趣味、楽しい読書、会話、料理、掃除など好きな行動)』をとることが非常に有効です。

何より永遠に終わらない精神的ストレスの悪影響はなく、内因性でない精神症状の多くは後天的な心因によって発症したものですから、適切な生活環境の調整と人間関係の改善を行えば大半は回復します。汎適応症候群のような生理学的症状はストレス環境から切り離され、リラックスした精神状態を維持することによって自然消失していきますので、自律神経症状そのものは不定愁訴(あるいは更年期障害)となって慢性化しない限りは比較的短期に改善することができます。

■書籍紹介

自分がわかる心理テスト〈PART2〉―エゴグラム243パターン全解説

“正常圏内の不安”と“病理水準の不安”

フロイトが創始した精神分析療法の主要な適応症とされた神経症(neurosis)は、心因性の精神症状と身体症状を発症する疾患です。最新の精神病理学のテキストに神経症の表記がなくなり、国際標準の精神障害の診断・統計マニュアルであるDSM-Ⅳ(1980年制定のDSM-Ⅲから消滅)からも神経症の分類が消滅しているように、現在では神経症は古典的な名称となってしまった観があります。

神経症(あるいはノイローゼ)がなぜ、正式の病名として採用されなくなったかというと、神経症という病態が、あらゆる不適応な症状や否定的な性格特徴が投げ込まれるブラックボックスと化してしまったからです。つまり、単一の症状や特定可能な症候群を指示する病名ではなくなり、神経症という病名に、多種多様な複数の心因性疾患が寄せ集められてしまったのです。

あらゆる不快な精神症状・身体症状や不適応な人格障害を内包する“総合的な病的状態”になってしまった神経症には、『心因性の疾病である』という以上の意味がなくなりました。その為に、『臨床的な病態観察に基づく疾患の細分化による診断基準の確立』を目指すエビデンス・ベースドな精神医学の潮流に神経症概念は取り残されてしまったということができるでしょう。

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また、現在の精神病理学は、神経科学的な基盤を持つ「実証性の高い学問」を目指す方向に進んでいますから、心因(精神的な苦痛)を重視する神経症ではなく、脳内の神経学的異常や脳内ホルモンの分泌障害を根本原因とする不安障害に改められているという解釈もできます。

同じ神経症患者であっても、ある人は立ち上がれなくなり、ある人は声を発する事ができなくなり、ある人は手足の震顫(振戦)を起こして目が見えなくなります。ヒステリー性格を指摘された神経症患者は、異常な興奮を示して神経過敏になったり、被害妄想的で攻撃的な性格を示します。

自己愛の過剰な強さが問題となっている神経症患者は、自己顕示性を露にして自分を現実以上の人物と見せるための虚言癖を示したり、他人の成功や魅力に対して執拗な嫉妬をみせます。不特定多数の相手を性的に誘惑して利用したり、相手への利益をちらつかせて操作的な振る舞いを特徴とする演技的な人格を示すこともあります。

ある人は、意識水準が格段に低下して、自分が現実に存在していないように感じる離人症を呈したり、解離性障害のようなリアリティを喪失した曖昧模糊とした心理状態に陥ることもあります。古典的な神経症をシンプルに定義すると『精神的原因による器質的障害を伴わない心身の機能障害』と定義できます。

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性格異常(現在の人格障害)と情緒不安定に注目すれば、『ヒステリーと呼ばれた人格特徴の異常や不安・抑うつ・衝動性・依存性などを示す情動障害』と定義することが出来るでしょう。かつて、精神病と対比された神経症の特徴として『現実認識能力(現実吟味能力)が障害されておらず、現実と空想の混乱を起こすことがない』というものがあり、これは病態水準の深刻度を測るために今でも重要な特徴です。

精神疾患の病態水準の判断で、現実認識能力が障害された比較的重篤な精神疾患である統合失調症や躁鬱病を“精神病”と呼び、それ以外の不安・恐怖・抑うつ・強迫性・ヒステリー・心気症などの比較的軽度な精神疾患を“神経症”と呼ぶ伝統があります。

一般的に、精神病に分類される精神障害は、内因性二大精神病と呼ばれる統合失調症(精神分裂病)と躁鬱病(双極性障害)である。過去には、内因性三大精神病として前述した二つにてんかんを加えていたが現在ではてんかんは脳の機能障害という見方がなされています。脳の気質的病変や異常などに注目されているため、現在ではてんかんは純粋な精神病に分類されないことのほうが多くなっています。

ここから、神経症の中心的精神症状である『不安(anxiety)』と神経症とうつ病の双方に頻繁に見られる『抑うつ(depression)』について考えていきたいと思います。神経症症状には、多種多様な知覚障害や運動障害も含まれますが、その主要な症状は何といっても不安感と恐怖感、抑うつ感、焦燥感に代表される情動障害にあります。

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うつ病に見られる抑うつ感と神経症(不安障害)に見られる抑うつ感や不安感は、生理学的な病理メカニズムから考えると非常に類似した症状の形成過程をもっています。うつ病の憂鬱感にも不安障害の不安感にも、脳内の情動調節を司るセロトニン作動性ニューロン(セロトニン系神経)の機能不全が原因として考えられます。

つまり、脳内のシナプス間隙(ニューロンとニューロンの間の部位)で、意欲、関心、活発性といった快の情動に関係するセロトニンという情報伝達物質が不足したり枯渇したりしているために、円滑な情報伝達が行えなくなっているのです。

脳内のセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が不足して、情報伝達の障害が起こってくると不安感や抑うつ感、無気力といった精神症状が発症してきます。そのため、現在の医学的治療では、うつ病や不安障害に対してSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬を用いて、脳の神経細胞間のセロトニン量を増やし情報伝達を正常化させようとします。

各種不安障害に対しては、従来どおり抗不安薬(マイナートランキライザー)も処方されますが、効果がなかなか現れない場合や軽度の憂鬱感が長期化している場合には抗うつ薬が処方されることも多くなっています。 このことが、精神疾患の回復を早めるのか、副作用の頻度を多くするのかなどいろいろな議論がありますが、不安感形成の生理学的機序にセロトニンの分泌障害がなんらかの形で関与していることが基礎研究から示唆されています。

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少し脳内の情報伝達に話が逸れましたが、神経症の主要症状である「不安感」は当然、精神症状のひとつですから、病的なものです。しかし、ハンス・セリエの汎適応症候群(GAS:General Adaptation Syndrome)を引くまでもなく、全ての人間は、ストレスに対する一般的な反応として漠然とした不安を感じているもので、不安感を感じたからといって不安障害などの精神疾患であるとはいえません。

不安感は、不確定な未来や切迫した危険、不快な人物との対応などに適応するための必然的な準備的反応ともいえますが、その不安感の強度が増大して、持続期間が長くなってくると日常生活に障害が起こってきます。 一般に危機や不快の刺激に対する自然な反応である不安も、その危機や不快のストレスに対して適切な解決や対処をとれないと不安の病理性が増していきます。

ある不安感が病理的なものか、正常圏内のものかを識別するためには以下の基準を用います。専門的な判断を下す為には、面談と質問紙によるアセスメントを行う必要がありますが、以下の判断基準を理解していれば、自分だけで解決できる不安か専門的な援助を受けたほうがよい不安かをとりあえず区別することができます。

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○正常圏内の不安

不安に対する明確な対象や特定可能な理由がある。

不安の内容を言語で簡単に説明することができる。

他人に不安の内容を説明した場合に、共感的に理解してもらえる不安である。

不安の持続期間が比較的短期(2週間以内)である。

その不安は耐えられないというほど強いものではない。

その不安は、一日に何度も強迫的に襲い掛かってくるものではない。

その不安は、一度弱まれば、再発することがほとんどない。

○病理的な不安

不安に対する明確な対象や特定可能な理由がない。

不安の内容を言語で簡単に説明することが難しい。

他人に不安の内容を説明した場合に、共感的に理解してもらえることが少ない不安である。

不安の持続期間が比較的長期(2週間以上)である。

その不安は耐えられないほどに強く、日常生活が普通に送れない。

その不安は、一日に何度も強迫的に襲い掛かってくる。

その不安は、一度弱まっても、また再発してくる。

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特に、配偶者や恋人、家族の死や離別などに伴う自然な対象喪失の悲哀反応を不安障害の精神症状と間違えるケースが多くありますが、対象喪失の悲哀反応は程度の差はあれ誰にでも自然な心因反応として起こるものです。確かにこういった重大なライフイベントで過剰なストレスを伴うものは、うつ病や適応障害、不安障害の引き金(トリガー)となることが多くありますが、数ヶ月の範囲内の深刻な気分の落ち込みや絶望感は精神病理とはいえません。

大切な愛する他者を喪失してしまった悲しみや怒りは、自然な人間的感情に基づく深い悲しみであると同時に、心の健康を回復するために乗り越えなければならない『喪の期間(悲嘆に暮れる期間)』だということができます。

カウンセリングや医学的治療が必要となる不安を簡単に見極める基準は、その不安が強すぎるために日常生活や職業生活、学習活動などに大きな支障が出ているかどうかを振り返ってみることです。自分自身の意識転換やリラクゼーション、趣味による気晴らし、友達との雑談などによって不安を弱めてコントロールできる場合には、多くの場合、専門的な対処が必要でないことが殆どですが、あまりに不安感や憂鬱感が長期化して慢性化している場合やパニック発作、強迫症状などを伴う場合には簡単なカウンセリングやアセスメントを受けたほうがいいでしょう。

■書籍紹介

対人恐怖―社会不安障害

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脳の構成要素である“ニューロンの創発性”と行動の発現:ニューロンの分類

過去に『脳の解剖学的構造と生理学的機能』という記事で、人間の脳の大雑把な構造と機能の相関について書きました。人間の多様性のある行動がどのようにして生まれるのかという行動原理・行動原則について、心理学は長い時間をかけて研究を進めてきました。

そして、ロジャー・ペンローズらによる脳の機能局在説が注目を集めだした20世紀あたりから、心のメカニズムと行動の形成過程を研究する分野は、脳科学や認知科学といった(生理学・解剖学の成果を基盤におく)自然科学的な分野と切り離すことが難しくなってきました。

無論、心理的な問題を心理学的な技法(言語的・非言語的アプローチ)を用いて治療しようとする臨床心理学や一部の社会学とオーバーラップする応用心理学の領域は、生理学や解剖学と直接的に関係していないことも多くあります。

とはいえ、カウンセリングや心理療法という枠組みに留まらず、客観的な人間心理の解明や実証的な人間行動の理解を推し進めようとするならば、物理的な基盤である脳や情報処理的な過程である認知を無視することはできません。脳神経科学及び認知科学の重要性は、今後、ますます高まっていき、それと同時に高度な専門化や細分化が進行することが予測されます。

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それと合わせて心と脳の相関関係もより一層明確化されていき、脳に還元できる部分と脳に還元できない部分(還元することに科学的妥当性や臨床的有用性がない部分)の理解も進むのではないかと思います。いずれにしても客観的な心的機能の物質的機序を解明する脳科学の進歩によって、人間の主観的な意識や感情の価値が揺らぐものではないと私自身は確信しています。

それは、進化生物学の繁殖戦略や生理学的反応で、人間の恋・性愛の始まりや終わりを説得力をもって説明することができても、私たちの恋愛に対する価値の承認や大切な相手と時間を共有するときの幸福感が減弱しないのと同じことだと思います。

精神の実在と世界の実在の根拠を脳におき、精神機能の全てを脳内の電気的・化学的情報伝達に還元する事には一定の留保をしますが、とりあえず、『私の脳』が存在しなければ『私の意識(他者に認知される私の意識)』は存在しないという事は現象界における事実としてよいのではないかと思います。

この問題は、生命倫理学(バイオ・エシックス)の主要命題の一つ『人間の死はどの時点で決定するのか?脳死者の取り扱いはどのように行うべきか?』という問題と深く関わっていますが、ここでは倫理学的な命題の考察に深入りせずに、『脳の構造と機能・神経細胞(ニューロン)の特性』という科学的な事実だけを記述しておきたいと思います。

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ヒトを含めた筋を持つ動物の行動(運動)の大部分は、身体各部の筋肉を収縮し弛緩させることによって成り立ちます。全身に張り巡らされている運動感覚神経(運動ニューロンと感覚ニューロン)を、適切に精緻にコントロールする司令塔が大脳新皮質の感覚連合野であり運動連合野です。

実際の生理学的な行動の発現は相当に複雑なプロセスを介在させていますが、それを簡略化すれば行動主義心理学者ワトソンの“S-R理論(stimulus:刺激;response:反応)”をベースにして説明することができます。

行動科学(行動主義心理学)の理論的文脈では、人間の行動発生は、『外部の刺激あるいは環境の変化に対する反応(適応)』『情報処理(思考・認知・計画)を内面心理で行った合理的な反応としての行動』であるというように解釈します。

これに対応させて『神経生理学的な行動発現』を考えると、感覚受容に対して、脳内で情報処理が行われ、反射的(あるいは意図的)に行動が発現するというメカニズムを考えることが出来ます。 つまり、『感覚受容に対する行動発現』として動物の行動を理解することができるのです。ヒト以外の動物であれば、ほぼ全ての行動を『遺伝的要因による反射行動』あるいは『過去の記憶・経験と照らし合わせた合理的反応』として説明することが可能でしょう。

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ヒト(動物)の行動を生起させる外界の刺激にはどんなものがあるでしょうか?私たちは、人間を他の動物の特徴や行動よりも高次の生物だと考えたい自己承認のための優越欲求がありますが、客観的に観察される現象から帰納すれば、ヒトと動物の行動発現には多くの共通点があります。

もちろん、ヒトだけにしか見られない人類固有の行動発現を刺激する要因(観念的な形成物・宗教的な理念・人間関係にまつわる感情)などもありますが、それらの誘因の根本には他の動物と同じ『遺伝基盤を持つ自己保存・種の保存の欲求』があり、ヒトの場合にはそれに『個体の主観的幸福感や満足感』が加わることになります。

行動を生起させる外部の感覚刺激の要因

1.自然科学的刺激

光・音・振動・温度・湿度・電場・磁場・化学物質・物理的接触・風

2.生物学的刺激

雄と雌(男と女・同性愛の場合は同性)・親と子・血縁者・自己に対する捕食者(敵)・捕食する対象者(生存維持の食糧)

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2-1.ヒトの場合の固有刺激

共同体の内部(味方)と外部(敵)・知人と他人・社会的立場の上位者と下位者など社会的要因や属性に関係した感覚刺激がある。

人間の神経系は、“中枢神経系(脳・脊髄)”と“末梢神経系(自律神経系・体性神経系)”の二つの系によって成り立っていて、脳・脊髄と身体各部は相互的に化学的・電気的な情報伝達をしているわけですが、外部からの感覚刺激は脊髄で反射行動となったり、脳まで伝達されて認知過程を経た行動となったりします。

その行動発現の過程には、内分泌系のホルモン分泌活動や身体各器官の生理学的状態も関与してきますが、最終的な行動のアウトプットは、末梢の運動神経によって筋が収縮・弛緩させられることによってなされます。神経系は、海綿動物など一部の単純な構造を持つ動物を除いて、ほぼ全ての動物(多細胞生物)に備わっており、『情報(信号)の伝達・部分的情報の統合・身体各部の制御・適応的な反応』という生存に必要不可欠な機能を司っています。

神経系は、物理的には『神経細胞とグリア細胞(支持細胞)』から成り立つ単純な構造をもっていますが、進化の発展段階が進むにつれて(系統樹の先端に分枝するにつれて)複雑な構造になっていきます。神経細胞(ニューロン)の形状(細胞体・樹状突起・軸索・シナプス間隙など)については、中学校の生物の授業などで何回も見させられていてお馴染みなのですが、均質な脳組織の中からニューロンの形態を観察するためには専用の観察法を用いる必要があります。

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ニューロンの染色観察法

1.銀染色……広範囲のニューロン染色に適していて、ニューロンの結合関係などを観察するのによい。

2.抗体染色……ニューロンが含有するペプチド抗体を結合させて、そのペプチド抗体に対する別の抗体を蛍光色素などで染色して標識として用いる。

3.細胞内染色……コバルト塩、蛍光色素、HRPなどを微小電極でニューロンに刺入して、色素を電気泳動させる。

4.電子顕微鏡観察……ニューロンを染色した上で電子顕微鏡で観察する。

大脳は、約140億個の神経細胞(ニューロン)のシナプス結合によって構築される巨大で複雑なニューロン・ネットワークですが、シナプス結合部位によって相互作用するニューロンこそが動物の行動と精神活動の最小構成単位となります。勿論、ニューロン単体や脳器官から切り離されたニューロンの組織のみでは、精神機能を発現したり、“私”という自我意識を発生させたり、身体をコントロールすることが全くできません。

脳の神経細胞は、一定以上の数が遺伝情報に基づいて適切に配置され、身体の然るべき位置に脳器官として発達することによって脳本来の精神機能や身体統御機能を生み出すことができます。これは、『全体は部分の総和以上のものである。部分に還元できない構成要素が、集合することによって部分にはない特性や機能を発生させる』という“脳器官の創発性”を指示しています。

単体としてのニューロンにも幾つかの種類があり、その『分類基準』によって以下のように分類されます。

細胞体から出ている突起の数による分類

単極性ニューロン……細胞体から出る突起が1本。脊椎動物の感覚ニューロン。昆虫の複眼のニューロン。

双極性ニューロン……細胞体から出る突起が2本。脊椎動物網膜の双極細胞。昆虫の味覚・嗅覚の受容器。

多極性ニューロン……細胞体から出る突起が複数。脊椎動物の運動ニューロン。多くの動物の介在ニューロン。

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神経学的機能による分類

感覚ニューロン……感覚刺激を感覚器で受容して、その情報を脊髄・脳に伝達する。

運動ニューロン……筋細胞とシナプス結合して直接命令を伝達するニューロン。脊椎動物の脳には通常存在しない。

介在ニューロン……上の2種類以外の情報伝達を役割とするニューロンで、動物のニューロンの大半は介在ニューロンである。ヒトの場合は、99.98%が介在ニューロン。

インプット部位とアウトプット部位による分類

局所型ニューロン……情報のインプットを統合して、同じ部位でアウトプットするニューロン。アマクリン細胞。網膜の水平細胞。

投射型ニューロン……情報のインプットを統合して、他の離れた部位(神経叢・神経節など)に伝達する働きをするニューロン。脳の下降性ニューロンなど。

特殊機能による分類

司令ニューロン……ある運動パターンを発現する運動ニューロン回路のスイッチのON・OFFを制御しているニューロン。

ペースメーカー・ニューロン……心臓の心拍運動、体内時計などの周期的活動を調整しているニューロン。

特徴検出ニューロン……感覚神経系で、特定の刺激の属性のみに反応するニューロン。運動検出ニューロン。色符号化ニューロン。

含有する情報伝達物質による分類

○○作動性ニューロン……○○の部分に、伝達物質の名称を入れて呼ぶ。セロトニン作動性ニューロン。ドーパミン作動性ニューロン。エピネフリン作動性ニューロン。コリン作動性ニューロンなど多数ある。

情報(信号)を伝達するニューロンへの作用による分類

興奮性ニューロン……情報伝達するニューロンに、興奮性のシナプス電位を発生させる。

抑制性ニューロン……情報伝達するニューロンに、抑制性のシナプス電位を発生させる。または、『シナプス前抑制』といって、シナプス前終端の活動電位を減少させることによって、伝達そのものを行わないようにする。

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■書籍紹介

脳のなかの幽霊

元記事の執筆日:2005/09/29

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