日常生活におけるうつ病の徴候の発見:義務(仕事)と欲求(趣味)を切り分けるストレス対処,トラウマを原因とする精神症状の特徴としての『反復性・強迫性・侵入性』:自我の統合性の観点から

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トラウマを原因とする精神症状の特徴としての『反復性・強迫性・侵入性』:自我の統合性の観点から


『認知・気分・行動・環境・生理』の相互作用を前提とする認知療法


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日常生活におけるうつ病の徴候の発見:義務(仕事)と欲求(趣味)を切り分けるストレス対処

■日常生活におけるうつ病の徴候

周囲にいて日常生活を共にしている家族や友人などが気付き易いうつ病(気分障害・感情障害)の徴候としては、以下の行動や態度の特徴を挙げることができます。DSM-Ⅳなどの専門的な精神医学的診断ではありませんが、以下の『行動面・情緒面・思考面での特徴』が顕著な場合には、何らかの気分障害(気分や感情の不安定や落ち込みを特徴とする精神疾患)の可能性が考えられるので、適切なストレス・コーピングや肯定的な認知への転換、リラクゼーション、生活環境の見直しなどの対策が必要になってくるのではないかと思います。

1.それまで元気に学校や会社に行っていたのに、急に行く気力を喪失し、腹痛や頭痛などの身体の不調を訴えるようになった。

2.それまで普通に会話を楽しんでいたのに、急に口数が減って無口になり、表情も暗く沈みがちになった。

3.それまで人並みにおしゃれに興味があった人が、急に服装に気を遣わなくなり、生活態度がだらしなくなり、異性との交際にも無関心になった。

4.今まで見られなかったような、食欲の増進あるいは減退があり、拒食あるいは過食を繰り返す。

5.睡眠障害が目立ってきて、十分な睡眠を全くとる事ができなくなり、疲労が溜まっている。

6.ちょっとしたことにイライラしたり、反発したり、周囲の人にあたりちらしたりする。いつもほとんど不機嫌で感情的に取り乱していて、何となく話しかけ難い。

7.急に物事の判断が遅くなり、何かを選んで決めることができなくなった。

8.何をしてもすぐに疲れてしまい、一日中、疲労感や倦怠感を感じていて精力の欠片も見当たらなくなった。

9.今まで楽しみにしていた読書の時間が苦痛で仕方ない。本を集中して読めず、文章がまったく頭に入ってこない。記憶力が低下して簡単な内容も記憶に残らない。

10.遊び、娯楽、お酒などそれまで家族や友人と楽しんでいたはずの事柄に全く無関心となり、一人きりで面白くなさそうにしている時間が増えた。

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上記の簡易な鬱状態の判断基準ですが、『それまでの通常の生活状況との比較』が重要なポイントです。それまで一人で黙々と何かをするのが好きな人が、相変わらず人づきあいが悪いという性格上の特徴をもっていても、当然、うつ病なわけではありません。また、いつも短気で怒りやすく、他人に厳しく当たる人の場合の性格的な問題などは除外しなければなりませんし、あまりに極端な感情鈍麻や部屋への閉じこもりによる完全な関係遮断の場合にはうつ病以外の精神疾患である可能性もあります。

社会的活動性と意欲の低下はうつ病の重要なメルクマールの一つですが、それが余りにも極端に強い場合には統合失調症の陰性症状だとか非社会的問題行動に陥り易い人格的な問題であることもあります。短期間の気分の落ち込みや精神運動抑制による行動力の低下や無気力による無為な状態であれば、深刻なうつ病(気分障害)の心配は要らないでしょうし、数ヶ月にもわたって慢性的に軽度の鬱状態が継続している場合には、うつ病に至らない慢性的な抑うつ感や意欲減退、無力感を特徴とする気分変調障害などの問題があるかもしれません。

日常生活に支障を及ぼす抑うつ感や気力低下を早期発見できて症状が深刻化していない場合には、認知療法的な対処や積極的な心身のコントロールを目標とする介入によって、早期に抑うつ感を軽減させ、再発を予防する効果を得ることができます。時間があれば、認知療法の理論や実践についても詳しく書いてみたいと思っていますが、認知理論の根幹にあるのは『外部の出来事→認知(思考)→気分・感情→行動→認知……』の相互的作用に基づく循環的なシステムの仮定です。

認知(cognition)とは、外部の出来事や状況の変化、人間関係の内容をどのように認識して受け止めるのかという『内面的な情報処理過程』のことで、認知傾向は固定的で不変なものではなく可塑的で可変なものです。日常生活の中で自分がどのような自動思考を生起させているのかに気付き、それがどのような気分の変化や感情の出現につながっていくのかをセルフモニタリング(自己観察)して理解することで、『自動思考が生み出す認知の重要性』『感情生活に占める認知の支配的特性』を実感することができます。

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また、認知行動療法では行動の変容に重点を置き、来談者中心療法では内面的な人格の成長を重視し、精神分析療法では無意識的欲求(情動)のカタルシスと過去の情動や記憶の徹底操作にポイントを置きます。このように、カウンセリングを行う場合には『認知・行動・情動(感情)・人格性』のどの部分に働きかけても効果を得られる可能性がありますが、どの側面に積極的にコミットし変容を促していくのかは、クライエントの性格や希望、問題の内容によって変わってきます。

しかし、意識して適応的な変容を引き起こしたいと考え、セルフモニタリング(自己の内面や行動の観察)したり自分の内面を洞察する場合に、最もアプローチしやすいのは言語的把握や概念的分類が比較的容易な『認知機能』であると考えられます。

『情動(感情)機能』は、言語的把握をするだけでは的確に特定して認識することが難しく、怒りや悲しみといった感情を意図的にコントロールして変容させることは現実的ではありません。情動は、無理に言語で特定してコントロールするよりも、抑圧して症状に転換された情動を言語化やロールプレイングで発散して、カタルシス効果を得る方法のほうが適切な対処だと思います。

直接的に『不適応な行動』を変容させて、一定の成功体験や目標達成を得ることができれば憂鬱感や無力感の改善に大きな効果を発揮しますが、いきなり実際の行動を試行するためにはある程度の自我の強度と情緒の安定が必要です。

強迫性障害や単一恐怖症、社会性不安障害(対人恐怖)、パニック障害などに対する行動療法(特にフラッディング法)は確かに劇的な症状の緩和や消去を実現することもありますが、クライアントに苦痛や不安を伴う行動を遂行させるためにはその不安やストレスに打ち勝つだけの心理的レディネスが備わっていなければなりません。一般的には、認知的技法から行動的技法へとクライアントの心理状態や達成状況に合わせてステップバイステップで用いる技法を変化させ、臨機応変に問題に対処していくほうが治療効率が良いと思います。

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以上のことから、さまざまな技法や理論の中でも、最も受理面接(インテーク)後にとっつきやすく、カウンセリング効果の即効性を発揮しやすい技法は、認知的技法を中軸とする認知療法ではないかと思います。 また、認知療法を用いる場合にも、カウンセリング期間や目標を明確化して計画的に進めていく短期療法(ブリーフ・セラピー)などであれば漫然と続くカウンセリングを短縮化できる可能性もあります。 ただ、複数の症状が絡み合っている場合や過去の不快な体験の記憶が深刻で精神分析的な記憶の整理と受容が必要な場合には、短期療法で十分な効果が得られないこともあるかもしれません。

■代表的なストレス・コーピング

上のリンクは、過去記事で私が書いた『精神的ストレスに脆弱性を示し易い性格類型や行動パターン』と『簡単にできる効果的なストレス・コーピング』に関する記事ですので、興味のある方は一度読んでみてください。以下に、ストレス・コーピングの部分だけ、再掲しておきます。

代表的なストレス・コーピングの方法は、大きく分けて3つの視点から考えていくことが出来ます。

1.積極的なストレス対処(現実的な問題解決アプローチ)と消極的なストレス対処(逃避的な問題回避アプローチ)

積極的なストレス対処法とは、実際の人間関係を修復する為の具体的な話し合いの時間を設けたり、自分自身が苦痛や限界を感じている問題を改善する為の対応を「現実的な方法」で行うことである。消極的なストレス対処法とは、自分が抱えているストレスを感じる問題に真正面から向き合わずに、アルコール・薬物・ギャンブル・過剰消費などに逃避して嗜癖(依存症)の状態にはまり込むような対処法を取ることである。このストレス・コーピングでは、結局、現状よりも苛酷なストレスや経済的困難、身体疾患を抱え込むことになる。

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2.精神安定的な問題解決アプローチと環境調整的な問題解決アプローチ

不安や恐怖、イライラなどの精神症状を安定させるリラクセーション技法を行ったり、仕事が終わった後には興味を持てる趣味や遊びに打ち込んで気晴らしをしたりする方法が『精神安定的な問題解決アプローチ』である。ストレス状況の原因となっている職場・家庭・学校の人間関係や環境条件を調整して、ストレスの強度や持続時間を減少させるのが『環境調整的な問題解決アプローチ』である。

3.認知療法的アプローチと行動療法的アプローチ

『認知療法的アプローチ』とは、ストレッサーによる悪影響は“ストレスを感じる出来事や状況”そのものにあるのではなく、“そのストレスを情報処理する認知過程(ストレス状況をどのようなものとして受け止めるか)”にあるという前提を立て、自分自身の認知(物事の認識・理解・解釈・判断)をより不安や脅威の少ない適応的なものへと変えていこうとするものである。『行動療法的アプローチ』とは、現在の心理的苦難や葛藤を乗り越えてストレスによる悪影響を減らすにはどのような行動を具体的に取れば良いのかを考え、その行動を実現する為の様々な方策を取るものである。

行動療法的アプローチには、不安や恐怖を感じる程度の弱い行動から少しずつ不安の強い行動へと段階的に挑戦していく『系統的脱感作』と、いきなり最も脅威や不安を感じている強いストレス事態に曝露させてストレス耐性への実感と自信を強める『フラッディング法』があり、その人の性格類型や技法への適性などによって的確に選択しなければならない。

少し補足しておきますが、『2の精神安定的な問題解決アプローチ』において、『自分は気晴らしやリラックスする為の決まった趣味がないから、仕事や家庭で感じる精神的ストレスが解消できないのではないか?』と思いつめて、突飛な決断を反射的にすることは控えたほうが良いでしょう。強い意欲の低下を感じているのに、無理していきなりスポーツジムに通ったり、日頃歌わないカラオケに誘われて出かけても、自分が本心からやりたいと思うことや以前から興味をもっていたことでないとストレス対処の効果が出てこないことがあります。

精神的な疲労感が蓄積している人や強い憂鬱感を感じている人が、今までの生活習慣と全く異なる正反対の行動を取ることは、ストレス・コーピングの観点から見て逆効果であることが多いと思います。ですから、日頃、運動しない人であれば、やりなれないスポーツを突然始めるよりも、仲の良い知人や家族と軽いウォーキングを雑談と共に楽しむなどちょっとした生活の変化を行うほうが良いと思います。

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また、今まで人間づきあいを楽しみにしていた人、飲み会や旅行など社交的な活動にも積極的に参加していた人が、突然、うつ病の精神症状や意欲低下を発症した場合には、どうやって必要な休養やストレスとなる活動の抑制を取らせていくかが問題となります。それまで気分の落ち込みややる気のなさなどを殆ど経験した事がない人の場合には、『自分の精神状態は、自分の意志や努力でコントロールすることができる。それが出来ないのは、自分の気力や集中力が足りず、周囲への甘えがあるからだ』という前向きでアグレッシブな信念を持っていることが多いですので、なかなか自分の抑うつ感や意欲低下を認めることが出来ないことがあります。

『陰鬱な気分を晴らす為には、何か趣味や交流をもって明るく楽しく生活しなければならない』といった認知そのものは、ある程度気分が改善してくれば適応的で精力的な考え方なのですが、うつ病の状態にある時には『陰鬱な気分を晴らす為に必要な休養をとってから、自分のやりたい事柄を思いっきり楽しもう』という「休養→回復→行動への認知」に変容したほうが結果として回復を早めます。特に、『休みの日はゴルフや釣りに行くように決めているから行かなければいけない』というような心理状態や体調を無視した遊びや趣味は、ストレス・コーピングとしての機能をまるで発揮しない恐れがあります。

『義務的な習慣や約束に基づく趣味娯楽』の場合には、休みの日の趣味なのに疲労やストレスを溜め込む仕事としての意味合いを持ってくることがありますから、『やりたい行為・しなければならない行為・一人で楽しみたい行為・家族や友人と楽しみたい行為』を意識的に区別して、その時の意欲や気分に合った行動を選択していくことも大切ではないかと思います。

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特に、日常生活で、明るく社交的な人と周囲の人から認識されている人の場合には、家族や知人から一緒に何処かへ遊びに行こうと誘われると相手を気遣って一切断ることが出来ないという人もいます。自分の欲求や考えをいつも抑圧し続けていると、知らず知らずの内に精神的ストレスが蓄積して、各種の心身症状に転換される場合もありますから、『一人で休養したい時や一人で楽しみたい趣味や行為がある時』には相手の誘いをやんわりと断る練習をしてみると良いと思います。

相手の気分や場の雰囲気を崩さずに、うまく自分の意志や欲求を伝えられるコミュニケーションは難しいように思えますが、毎回断る必要がないのであれば、すぐ嘘だとばれるような下手な言い訳をするより、率直に自分のしたい事柄と一人でゆっくりと休みたい意志などを伝えるのが良いと思います。その際に、次に遊びに行く時はまた誘ってねという感じの返事をしたり、次は自分のほうから相手を誘ってみたりするのも良いと思います。

とはいえ、社会的な存在である自己のアイデンティティは、周囲の期待や評価に合わせるようにして無意識的に形成されていく部分がありますので、『周囲の認識(イメージによる自己規定)とは異なる自分本来の性格や意志』を相手に開示していくことには勇気や決断が必要になってくると思います。

トラウマを原因とする精神症状の特徴としての『反復性・強迫性・侵入性』:自我の統合性の観点から

過去のトラウマに関する記事で、トラウマとは『自己の生命の維持や精神の統合性を脅かす体験』であるという話をしましたが、自己の統合性は、『過去から現在に至るまで、私の存在は一貫していて連続している』というアイデンティティの意識に支えられています。トラウマ体験とは、『今まで自分が生きていた世界の常識』を大きく覆す異常で異質な体験ですから、その体験は人に大きなショックを与えるだけでなく、その人の精神の統合性を揺るがすのです。

『思考・感情・記憶・学習・行動』といった精神の諸機能が一定のまとまりをもって働くことによって、私たちは通常の日常生活を送り、他者と良好な人間関係を維持していくことができます。この精神機能のまとまりや自我意識の連続性のことを『精神の統合性』というのですが、この精神の統合性が崩れると様々な精神症状がでてきたり、生活環境への不適応の問題が起こってきたりします。

統合性が障害されると具体的にどういった現象が自分に起こってくるのかについて説明しますと、『私が私でないような漠然とした不安感と意識の低下』『自分が確かに存在しているという実感を生き生きと感じることの出来ない“自己リアリティの喪失”』『他人が確かに存在しているという実感を生き生きと感じることの出来ない“他者リアリティの喪失”』などが起こってきます。

その他の症状は、解離性障害にちなんだもので、『過去のある期間だけの記憶が欠落して思い出せない』『トラウマ体験に類似した状況に遭遇すると強烈な恐怖と回避反応を生じる』『自分にとってどういう意味があるのか分からないが、特定のイメージや感情が反復的に湧き起こってきて不快感を感じる』『現在の自分以外の別の人格が存在していて、自分の記憶にない言動をとっている(多重人格障害)』などの精神現象が起こってくることがあります。

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基本的に、『情緒のコントロール不能・記憶の連続性と内容の混乱・意識水準の低下による現実感低下・複数の人格状態の発生・性格構造の歪曲による他者依存と衝動的行動』といった問題がトラウマを原因とする精神症状の典型的なものです。トラウマは、それまで生きてきた世界に対するスキーマ(認知的枠組み・理論的枠組み)のアンチテーゼ(否定)として働くものですから、トラウマを受けた人は、『異質な恐怖体験』を何とか自分のスキーマに取り込んで苦痛や戦慄を和らげようとする防衛機制を働かせることになります。

非日常的な強烈なショック体験をした人は、それを何とか日常的な恐怖や不安のレベルとして認知しようとします。つまり、外界の現象を認識する為の『スキーマ(認知的枠組み)』を再構成して、自分の精神機能でトラウマ体験を処理できるようにしようとするのです。このような『非日常的なトラウマ体験』を、『日常的な恐怖体験』へと認識しなおそうとする心的防衛機制によって、幾つかの精神症状や心理現象が発生してきます。

この『自分を過去のトラウマの苦痛や不快から守ろうとする心の働きがトラウマの悪影響を永続化させている』という認識はとても大切なもので、カウンセリングにおいてはこのトラウマに対する過剰防衛をどのようにして弱めていくのかが一つの課題になってきます。ただ、トラウマの強度と内容によってはそのまま過去のトラウマを防衛機制の抑圧によって封印し隠蔽し続けたほうが良い場合もありますし、クライエントの自我の成熟性の程度やトラウマの心理刺激に対するストレス耐性、認知の傾向なども勘案しながらどのようなカウンセリングを推し進めていくべきかを考えていかなければなりません。

トラウマ関連障害の代表的な特徴として、以下のような『反復性・侵入性・強迫性』の精神特性を上げることができます。

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人間は圧倒的な恐怖や強い不安を伴う孤独を感じる時に、『他者にその不安や恐怖を語ることで、その不安を緩和しよう』とします。脅威的な事態であるトラウマ体験をした人の場合にも、その強い恐怖や苦痛を他人に語ってカタルシスや共感の心理的効果を得たいとする欲求が見られます。トラウマ体験をした人によく見られる『反復的な想起』は、意識的である場合と無意識的である場合があります。

意識的に、何度も繰り返しトラウマを思い出して他人に語る行為には、『自分の抱えるトラウマの苦悩や恐怖、屈辱』を他人に共感的に聴いて貰うことによって、トラウマのショックや脅威を希釈する(薄める)効果があります。意識的に、過去のトラウマにまつわる記憶や感情をあなたに伝えてこようとする場合には、『そんな不愉快なことやつらい思い出はきっぱり忘れて、思い出さないようにしたほうがいいよ。話すとまたその時の恐怖や怒りが再現されて苦しくなるだけだよ』といった応対をすることは適切ではありません。

相手がトラウマについて語ろうとしている場合には、それを押し隠してしまうのではなく、『あなたが話す覚悟があるなら、私はその話をじっくりと聞かせてもらうから話してみて』といった態度を取ったほうが、結果として相手の気持ちの整理や感情のコントロールを手助けすることになります。無意識的に、何度も繰り返しトラウマを想起してしまうというのは、強迫性障害による強迫観念に似た症状で、『過去の終わったトラウマについて考える事は無意味である』と考えていても、それを思い出すことを止めることができない症状です。

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この場合には、表層の意識による『トラウマの無意味性の認知』と深層の無意識による『トラウマの有意味性の認知』が矛盾してせめぎ合っていると推測されます。しかし、意識的にトラウマを思い出して言葉で表現する場合でも、無意識的にトラウマ体験が強迫観念となって思い出される場合でも、その『反復的な想起の目的』は共通しています。それは、『トラウマ体験をした当時の衝撃や脅威を和らげたいとする自己防衛的な目的』であり、非日常的なトラウマ体験を薄めて日常的なショック体験に置き換えたいとする防衛機制なのです。

『トラウマの特徴である反復性』には、確かにトラウマを体験した当時のショック・恐怖・苦痛を段階的に少しずつ和らげる効果があります。トラウマ体験当初の強烈な情動反応は、トラウマを繰り返し想起して再体験することで、ある程度まで希釈することが可能なのですが、トラウマが余りに強烈過ぎて、自己の歴史の一部として受け容れられない場合には不快な情動反応を緩和できないこともあります。

この外傷体験にまつわる記憶や感情の反復的な想起、強迫的な侵入は、精神病理学で定義されるPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)の精神症状であるフラッシュバックやトラウマの強迫的侵入、反復性のある悪夢と同じ心的メカニズムで発生すると考えてよいでしょう。トラウマが根本原因となって種々の精神症状や心理的苦悩が形成されている場合、トラウマは正に『今現在、直面している危機』として主観的に経験されています。反対に、トラウマが和らいで治癒に近い状態になった場合には、トラウマは『自分の過去の記憶の一部』『自分の人生の物語の断片』として認知され、自我意識やスキーマに取り込まれて受容されています。

トラウマは過去の記憶としてその痛みや不快を和らげて日常生活に支障のないものにすることが出来ますが、トラウマそのものを完全に無かったものとして治癒することはおそらく不可能ではないかと考えられます。私たちは記憶の一貫性を維持している限りにおいて、『過去のある記憶』について触れないようにすることは出来ますが、その過去自体がはじめから存在しなかったとすることは出来ません。トラウマの存在自体を完全否定して、全てを忘却しようとすると、反対に、『自己の意識・記憶・感情・認知の統合性』が解体して、心因性健忘や離人症的な現実感覚の喪失、多重人格の形成、生活環境からの蒸発などの解離性障害の問題が出てくる恐れがあります。

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また、トラウマが『個人の問題処理能力の限界』を圧倒的に上回っている場合に、PTSDや解離性障害といった精神疾患や対人関係の問題、社会への不適応といった問題が生起してきます。ですから、トラウマが自己の認知的枠組みにうまく組み込まれて、過去の記憶として受容されれば、特別な精神疾患や不適応、心身の不調といった問題は消失していきます。

事件・事故・犯罪・災害などの外傷体験がトラウマとなるかどうかは、『外傷体験の強度』と『個人の問題処理能力』『個人のストレス・トレランス』の相互作用によって決まってきます。つまり、ある人が非常に強烈で圧倒的な外傷体験をして、その体験を認知的・情緒的にうまく処理できない場合やその体験に耐えるだけの自我のトレランスがない場合に、トラウマになってしまうということです。

しかし、どういった性格傾向や価値観の人が、トラウマを負いやすいのかという事について一義的な回答を示すことは出来ません。表面的に観察できる性格傾向だけでは、その人がトラウマを負いやすいタイプなのか多少の苦痛や恐怖の体験には動じないタイプなのかを判断することはできません。

ある研究結果では、一見トラウマとは無縁に思える『明るく社交的で自己主張の強いタイプの人』『社会的に高い地位についていて、有能な職業活動を行っている自己肯定感の強い人』のほうが、そうでない人よりもトラウマ体験に対するトレランスが弱いという報告もあり、『外見上の強さ・有能性』だけではトラウマに対する耐性の強さを正確に推定することはできません。

PTSD発症レベルのトラウマを負った過去の出来事や記憶について想起することは、想像を絶する苦痛や恐怖を伴うものであり、その内容を勇気を出して他人に話す為には相手に対する大きな信頼と安心感が必要となってきます。同時に、トラウマ関連の記憶や出来事を掘り返すことは、本人にとって『自尊感情の低下や他者(社会)への怒り・恨み』をひきおこすものですので、安易な気持ちで過去のトラウマについて触れるべきではないでしょう。それはトラウマを持っている相手を更に傷つけるだけでなく、相手との友人関係を失ってしまうことにもつながってきます。

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本格的に相手の心理的苦悩と向き合うつもりで話を聴くならば、トラウマという心理現象についての適切な理解と対処を得ながら、長期にわたって相手の抱えている苦難や不安を受け止めていくという心構えが必要だと思います。特に、密接した人間関係への執着やしがみつきが問題となってくる境界性人格障害(ボーダーライン)などの場合には、『自分と相手の適切な距離感』を設定して関係を持っていかないと、相談に乗っている側が精神的ストレスや相手の要求による圧迫感によって押しつぶされてしまうこともあります。

『不安定な対人関係の問題』と『トラウマ関連障害の影響』とが関連しているケースと関連していないケースでは、自ずからその基本的対処や心理状態に対する認識が変わってくることになるでしょう。

『認知・気分・行動・環境・生理』の相互作用を前提とする認知療法

過去の記事で、『スキーマの主体的な変容の可能性』をジャン・ピアジェの構造主義や思考の発達論を元に書いたので、今回は認知療法の基礎と具体的な進行過程について書いてみようと思います。個別の認知理論や操作的な概念についてはまた時間を見つけて紹介したいと思いますが、実践的な認知療法を用いたカウンセリングでは理論的な内容そのものを詳しく学ぶ意義がないわけではありませんが、セルフモニタリングや問題対処のスキル獲得、肯定的な認知傾向の習得などに力を注いだほうがより効果的でしょう。

認知行動療法の最大の長所は、『常識的な理解のしやすさ』と『自己学習の効果の大きさ』、『カウンセリング効果の評価の容易さ』『努力や継続が実際的な改善に結びつき易いこと』であると言えますので、どちらかといえば毎日コツコツと継続する事に意義を見出しやすい人に向いているといえます。

ただ、「短期的な効果の発現」という観点では、精神分析療法よりも短期の効果が見込めますし、支持的療法よりも具体的な問題に特化した効果が認められるので、誰もが一度は試行してみる価値があります。 イメージや催眠、内観、自律訓練法を用いたカウンセリングは、確かに症状軽減の効果が即時的に現れることがありますが、意識して直接的な問題解決を行っているわけではないので、根本療法としての持続的効果はなかなか期待できません。

表現療法(芸術療法・描画療法)などの創作物や表現活動を通してカタルシス効果を得ようとする技法も言語的コミュニケーションが苦手な人には高い有効性がありますが、基本的には中心的技法の補助として用いられることが多いものです。

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実際のカウンセリング場面で認知療法を行う場合には、認知療法がクライエントの心理的問題や症状に有効であるか否かをまず判断します。精神病理学や心理アセスメントの知識や技術を基にして、クライエントの抱えている心理的問題や精神症状を適切に概念化していけば、より的確に認知療法を適用することができます。認知療法を実施する前段階で、まず、カウンセラーはクライエントの問題を分類整理して適切な概念化を行うと同時に、クライエントに対してワークシート(簡易な記録表)に記入することの意義を分かりやすく説明するカウンセリングを行っていきます。

この認知療法の説明とワークシート記入の学習を兼ねたカウンセリングを行うことで、認知療法に対する動機付けを十分に高めることができますし、効果的なワークシートの利用法を学ぶ事によって認知療法をスムーズに進めていくための準備を整えることができるのです。ワークシートへの記入方法はそれほど難しいものではありませんが、『自動思考・推論の誤謬(仮定の誤謬)・認知の歪み・合理的思考(適応的思考)・スケール・スキーマ(コアビリーフ)』といった認知療法特有の概念について学ばなければなりません。

それらの概念全てを理解しなければならないというわけではなく、カウンセラーが採用するワークシートの項目にある3~4個程度の概念だけを理解すれば良いので、誰でも比較的短時間でその概念についての学習を終えることが出来ます。認知療法のカウンセリングを行う場合に用いる一般的概念には、『自動思考・認知の歪み・適応的思考・気分や感情のスケール(%で表す気分の程度)』などがあります。言葉だけを見るとやや難しい印象がありますが、説明を聞けばどれも簡単にその内容を理解できる概念ばかりなので、「短時間の説明と学習」で誰でも効果的な認知療法を受けることができます。

認知の歪みを変容させることによってカウンセリング効果を得ようとする認知療法、あるいは、不適応な行動の変容を中心とする実践的な認知行動療法の最大の特長は、『客観的な治療目標の設定による計画性とカウンセリング計画に沿った能動的なアプローチ』であり、その基盤にあるのは『積極的な学習活動とセルフモニタリングに拠るワークシートの利用』なのです。ワークシートを効果的かつ習慣的に記述して使いこなすことが出来るようになって初めて、認知療法の気分改善や意欲増進の効果を十分に発揮することができるようになります。

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認知療法では、特定の出来事や生活状況の後に起こってくる「不快な気分や感情」を同定する練習をまず行います。ある状況や行動のもとで自然に湧き上がって来る思考のことを『自動思考』といいますが、気分や感情と一緒に自動思考もワークシートに記録していきます。定期的にワークシートの記述を行っていく中で、自動思考と気分・感情の相関関係を理解していきます。自己批判的で悲観的な内容を含む自動思考の背景には、類型化された『認知の歪み』が存在しています。

『認知の歪み』とは、抑うつ気分や絶望感、意欲の減退といった精神症状を生み出す原因となる『非現実的で不合理な歪んだ物事の見方・解釈』のことです。私たちの気分の落ち込みや憂鬱感、無力感の原因には、物事を悲観的で悪い方向へと歪んで認識しようとする『認知の歪み(自己否定的なスキーマ)』が深く関与していると考えられます。そのため、認知療法ではセルフモニタリング(自己観察)を丁寧に行い、自分を絶望的な気分に追い込んでしまう『認知の歪み』を特定して理解することが大切になってきます。

認知の歪みについて正確で詳細な理解を得たい場合には、デビッド・D・バーンズが類型化した10種類の認知の歪みの概念を参考にすると良いと思います。市販されている書籍としては、“いやな気分よ さようなら ,デビッド・D・バーンズ著, 星和書店”が認知療法の参考書としては質・量共に最適であり、認知療法に関する専門知識が全くない人でも興味深く読み進めることが出来る内容になっています。

『気分感情のスケール(程度)・自動思考・認知の歪み』を特定することが出来るようになったら、それらを論理的に反駁し現実的に反証していく『合理的思考・適応的認知』を考えて書き込んでいきます。認知療法のカウンセリングでは『自分で考える作業・対話する行為』を通して、『自分の気分・感情・行動の問題』に焦点を合わせることがまず第一の作業となります。自分の問題が具体的に特定されてきたところで、効果的な問題解決法の試行を行い、実際的な心理スキルを習得していくことになります。

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ワークシートに記録する作業による『気分・感情の明確化』『適応的な思考・認知の具体化』が認知療法の作用機序の要になります。認知療法の効果発現の基本は、カウンセラーとクライエントの治療同盟に基づく共同作業にありますが、知的理解の部分で忘れてはならないのは『認知思考・気分感情・行動・身体生理・生活環境の相互作用』です。

人間は物事をどう認知して考えるかによって生起する気分や感情が変わってきますし、反対に、気分が落ち込んでいる時には思考が消極的になりやすくなります。認知(物事をどのように解釈するか)が気分(抑うつ感や高揚感)を作り出し、気分の変化が認知の傾向を左右するというように、認知(思考)と気分(感情)は相互的な影響を与え合っています。また、身体の調子や生理学的な異常によっても気分や感情は大きく変化しますが、発熱や腹痛のある時には明るく楽しい事柄を考えることが難しいですよね。

身体の健康状態の悪化によって、何かをしようという意欲が低下したり気分が暗く落ち込んだりする経験を多くの人がしたことがあると思います。『健全な肉体に健康な精神が宿る』という格言は、認知療法の心身一如の人間観を良く言い表していますが、身体と精神は相互に深い関係を持っていて片方だけを健康にする努力をしても上手くバランスを取ることができません。不快な相手と一緒に過ごす状況や過重な負担を感じるような職場環境は、有害な外的刺激として強い精神的ストレスとなるだけでなく、悲観的認知や消極的行動を生み出す原因となりますので、心身の健康管理をしっかりと行っていく為には、生活環境を調整していくことも大切になってきます。

認知療法の前提とする理想的な人間観は心身一如の人間観であり、『認知・気分・行動・身体・環境のバランスの重要性』を理解した上で認知療法を実施していかなければうつ病や不安障害の精神症状を効果的に改善していくことが難しくなります。それらのことから認知療法の要諦は、『クライエントが自分自身の“認知・気分・行動のパターンと環境・身体の状態”を同定してその程度を評価するセルフモニタリングのスキルを習得すること』にあるといえます。古代ギリシアにあったデルフォイのアポロン神殿に掲げられたアフォリズム(格言)とは意味合いが異なりますが『汝自身を知れ』というのは、カウンセリング技法としての認知療法のみならず心身の健康増進法全般に当て嵌まることなのです。

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自分自身の認知を自己肯定的な方向へと変容させることで、気分の上昇や感情の改善の可能性が高まり、生活環境をより快適で楽しいものへと変えるモチベーションも高まります。更に、心理的な葛藤や不快を抱き易い人間関係を円滑なものに変えるコミュニケーションを工夫してみたり、人間づきあいで感じる精神的ストレスを減らすための対人スキルも高めていくことができます。

認知療法では、『問題解決へとつながっていく認知・思考の変容』を臨床場面や面接構造の中で最も重視しますが、認知・思考の階層的概念として3つの概念を取り扱うことが多くなります。その階層性のある3つの概念は、カウンセラーによって名称が異なることがありますが、一般的には『自動思考・推論の誤謬・認知の歪み・スキーマ』といった概念を用います。最も表層的で意識しやすく特定しやすいものが、『自動思考(automatic thought)』であり、自動思考からどのような気分・感情が生じるのかを内省していく過程で気付く事ができるのが『推論の誤謬(否定的な仮定)』です。『認知の歪み』とは、上で述べたように推論の誤謬の根拠を幾つかの「認知・思考の歪みのパターン」に分類して類型化したものです。

『スキーマ(schema)』という概念は、コンピューターやプログラムの分野では論理構造や物理構造の形式・仕様といった意味で使われますが、心理学や心理療法の分野におけるスキーマは『人間の認知機能(情報処理過程)の根底にある理論的枠組み』といった意味合いで使用されます。スキーマとは、生まれてから今までの人生で経験した出来事や習得した知識や記憶によって無意識的に形成された『認知的枠組み』のことであり、スキーマそのものを明確に意識したり、強引に変容させることは困難です。

スキーマは、個人が持っている固定的な信念や価値判断の傾向と言い換えることもできますが、ある事象やコミュニケーションをどのように認知するのかという基本的な方向性を規定していく働きをします。他者の好意や愛情を信頼することの出来ないスキーマを持っていれば、相手が親切な言葉を掛けてくれて自分を支援してくれてもなかなか相手を信用することが出来ないといった状況が起こります。スキーマは『物事をどう認識するのかといった基本的な理論的枠組み』であり、表面的な思考や解釈を強く左右する「絶対的な中核的信念」の働きをします。

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前述したクライアントの動機付けの必要性は、どのカウンセリング技法(心理療法)にも言えるのですが、特に『自発的なワークシートの記述の習慣化』によってカウンセリング効果を得る部分の大きい認知療法の場合には『ワークシートを書こうとする動機付け』を面接の初期にしっかりと行っていかなければなりません。 ワークシート記入の動機付けと行動的技法である『アクションプラン(行動計画法)』の有効性などについて、もう少し内容を加筆します。

元記事の執筆日:2005/11/12

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