『問題解決志向』の認知療法と『自己探求志向』の精神分析:心理面接の枠組みの重要性
ソリューション・フォーカスト・セラピーによる解決法の自己構築と潜在的な可能性への注目
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カウンセリングにおける情動の制御困難と過剰抑圧の問題:感情の受容とコントロール
カウンセリングにおいてクライエントの問題として持ち上がってきやすいのが、情動の制御困難と過剰な抑圧の問題です。最愛の人を喪失した深刻な悲哀感情をコントロールできなければ、人間は社会的行動力の低下や対人関係の回避といった不適応に陥ります。相手の無作法に対する怒りの感情を抑制できずに相手を物理的に傷害すれば、法的な責任を問われたり、民事の損害賠償を請求される羽目になるかもしれません。
歓喜や楽しみといった肯定的な感情も度が過ぎると、軽い躁状態になって冷静な判断や落ち着いた対応が出来ずに思わぬ不利益や損害を蒙る恐れもあります。ありのままの情動をむき出しにして生きていく事は、通常、文明的な社会生活において著しい不利益や不適応を生み出します。 その為、文明社会に生きる私達は、子ども時代から場面・状況や人間関係にふさわしい感情を表現するようにといった躾や教育を受ける事になります。
激しく生起して他者に何らかの影響を与えようとする情動を、日常生活の文脈の中で包み隠さず表現できる場は非常に限られています。親兄弟、配偶者、夫婦、親友などとの間であれば、ある程度激しい怒りや悲しみを表現して訴えたり、苦悩や孤独を癒す甘えの関係を要求したりできますが、激しい情動や依存的な要求を学校や職場などの社会環境で表現すれば種々の社会経済的不利益を蒙る恐れがあります。
怒りや悲哀など周囲に影響を与える激しい感情を抑制できないと『人格的な発達が未成熟な人』と低く評価され、ギブ・アンド・テイクの関係を実現できずに一方的な要求や甘えを他者に押し付けると『自立心の乏しいわがままな人』という批判を受ける可能性がありますから、私達は無意識的にせよ社会的文脈に合わせた感情表現をコントロールしています。心理学的対人援助や支持的な相談業務を生業とするカウンセラーなどを除いて、基本的に全くの他人が、一方的な依存や甘えを受容してくれる可能性は非常に乏しいと考えられます。それまで親密な関係になかった他人が積極的な援助活動を取ってくれるケースとしては、疾病や事件に対する緊急対処の必要がある場合や相手への恋愛感情や接触欲求などがある場合などに限られるでしょう。
継続的な一方的援助や積極的保護となると、家族や恋人であってもその過剰な要求に応えきれなくなる場合も多々ありますから、社会生活を維持する基盤として『情動の適切なコントロール』と『相互的な欲求の充足(ギブ・アンド・テイクの精神)』を考えて子ども達の教育をするのは極自然な流れと言えます。
ただ、情動を適切にコントロールするという場合には、完全に感情や欲求を抑圧して一切のわがままを言わせないというわけではなく、情動を表現してもいい社会的文脈とそうでない状況との区別をつけるという基本的な無理のないコントロールの事です。人間は、快楽原則の満足や自己防衛の役割を果たす『情動の表現・発散・浄化(カタルシス)』を完全に抑圧されると、激しいフラストレーションを感じたり、強い苦痛を伴う葛藤状況に嵌りこんだりしてしまいます。
その結果として、短期的には急性のストレス反応による体調不良や軽度の精神症状を示し、長期的にはアレキシシミア(失感情言語症)による心身症の発症リスクを高めます。感情表現や要求伝達を厳しく規制して、一切の甘えや依存を拒絶する生育環境で育てられた子どもは、長期的なスパンで見ると『神経症的な情動障害・自尊感情の欠如や対人関係の困難など精神発達上の問題・アダルトチルドレンの自覚による自己評価の低下』などの心理的問題を発症させやすくなります。
その一方で、感情表現や依存欲求を隠蔽するアレキシシミアが上手く社会生活の遂行に役立つように働いて、表面的には非常に社会適応性が良い人もいます。しかし、長期間にわたって自分の感情や欲求を無意識的に抑圧して働き続けると、消化器や循環器などの身体器官に精神的ストレスがかかって各種の心身症が発症する危険性が高くなります。情動的な表現や制御に関わる問題は、精神疾患の情動障害としての苦痛を除いたとしても、直接的に良好な対人関係の構築を難しくし、職場や学校での総合的評価を著しく低下させてしまう為に、社会的不利益や社会的損失に直結する苦悩につながりやすいのです。
その為、現実的な問題解決や不快症状の緩和に直結する情動のアセスメントと情動障害の改善は、心理カウンセリングにおける重要な具体的目標の一つなのです。情動生起の制御困難や感情生活の抑圧傾向が、心理的問題の中心にあることは多く、健康に社会生活を送っている人でも、継続的なストレス状況に置かれたり、愛する人を失ったりすれば即座に情緒不安定や抑うつ感情による不適応などの問題が起きてしまうことがあります。
情動(emotion)は、感情機能の中でも『本能的な快・不快の感覚』と直接的な連関を持つ感情で、瞬発的に生起して理性的な判断によるコントロールが難しいという特徴を持ちます。人間の感情機能は、快楽原則に従属する『情動的価値判断』を行うことによって、『個体と種の生物学的利益』を実現する事に本来の機能があります。即ち、喜怒哀楽に代表される感情を外部に表現してその伝達効果を対象(敵・味方・異性)に与える事により、個体の生存を維持したり、遺伝子保存の目的を達成するのに役立つように生物学的設計が為されていると考えられています。
不安感、抑うつ感、恐怖感、意欲減退、過剰な怒りと悲哀など情動障害の改善を促進する技法には、大きく分けて、率直な情動表現の経験を強調する『来談者中心療法的なアプローチ』と合理的認知に基づく適切な情動コントロールを強調する『認知行動療法的なアプローチ』があります。前者は、情動の過剰な抑圧による転換症状や自己主張や自己開示の低さによる不適応に焦点を当てていて、後者は、情動の制御困難による症状悪化や感情的な言動による不適応に焦点を当てているといえます。
従来の共感的理解と肯定的受容に基づくカウンセリングでは、ありのままの情動や日常で抑圧している欲求を率直に言葉で表現してカタルシスを得ることを重視していますので、『情動の適応的機能』に注目しているといえます。意識的な情動や行動のコントロールを目的とする認知行動療法では、不適応な情動や不快な気分を引き起こす『非機能的な認知・悲観的な自動思考』を、専用のワークシートでまず特定します。その上で、非機能的・不適応的な認知の歪みを、機能的で適応的な方向へ変容させていくので、認知行動療法は『情動の不適応的機能』に注目しているといえます。
認知行動療法は『合理的思考による情動の制御』という理性的世界観を前提としていて、構造化面接を行う事ができる利点を持っています。また、ワークシートでクライエントの精神状態と生活状況の経過を追えるので、効果研究の仮説検証の手続きを採用しやすいというメリットもあります。
『問題解決志向』の認知療法と『自己探求志向』の精神分析:心理面接の枠組みの重要性
幻覚妄想などにより現実検討能力を喪失した重度の統合失調症者とは、相互的な言語的コミュニケーションが不可能であり、心理療法は奏効しないというのが精神医学的な一般論でした。特に、フロイトの創始した精神分析では、その治療対象を神経症領域に限定していて、統合失調症(旧称・精神分裂病)や気分障害(うつ病)には効果が薄いか副作用をもたらす危険性があると言われていました。
妄想型や破瓜型の統合失調症に見られる被害妄想や関連妄想などの陽性症状に対して、精神分析の技法は相性があまり良くありません。精神病の陽性症状に自由連想法を適用すると、過剰な観念奔逸を起こして『解釈不可能としか言いようのない意味不明な言語の羅列(言葉のサラダ)』を延々と喋り続ける恐れがあり、治療的効果は非常に乏しいといわざるを得ません。精神力動の動きが全く見られない感情の平板化があり、非常に心身の緊張が強固なタイプの緊張型統合失調症の場合は、分析家の言葉や教示に対する患者の反応そのものが見られませんので精神分析は適応が難しくなります。
また、緊張型統合失調症は、外部の刺激に対する反応の麻痺だけでなく、自発的な行動や思考そのものが障害される為、ひきこもりの無為状態に陥るケースが多くなりますので、言語的コミュニケーションは一般に困難です。気分障害の場合には、うつ病(単極性障害)のほうが躁鬱病(双極性障害)よりも精神分析の適用がしやすい部分はありますが、興味や意欲の減退が顕著なうつ病は分析家への感情転移が生起し難いという問題があります。とはいえ、うつ病のクライエントの転移が、全く起こらないわけではなく、軽症うつ病に分類される不安定な性格傾向を持っているクライエントは、その他の精神疾患以上に転移を起こしやすい面があります。
精神分析療法は、重篤な精神病の患者や現実認識能力に関係する陽性症状に対してはあまり有効性がありませんが、心理療法の歴史的発展や広範な隣接領域において果たした役割は非常に大きなものがあります。自分自身が認識不能な無意識の心的過程の仮説に支えられた深層心理学の誕生は、現代のエビデンス臨床心理学ではそれほど重要視されていない向きもありますが、クライエントに対する説得力のある説明概念として無意識概念を完全に無視する事も妥当ではないと思います。
ユングの分析心理学になると、今では純粋な心理療法としての意味合いよりも、創造的な自己実現のカウンセリングや文学的な想像性を活かした魅惑的なコミュニケーションとしての意味合いが強くなってきているように思えます。しかし、ユング心理学の元型(アーキタイプ)や普遍的無意識の概念は、脳器官の機能に還元し尽くされない人類の精神の歴史性を前提としている点に特徴があります。合理主義や実証主義による心理療法で奏効しないクライエントに対する有用性を持っていると考えることが出来ます。
最近、主流になっている認知療法や認知行動療法は、非常に合理的な問題解決志向の技法であり、実践的な効果のエビデンスも積み重ねられています。しかしその一方で、精神分析療法やユング派の心理療法を希望するようなクライエントの需要や希望を十分に満たせないという欠点もあります。両者の技法や効果の差異は、認知行動療法が『問題解決志向』であり、精神分析関連の技法が『自己探求志向』であることと関係していると考えられます。
簡単に言うと、認知療法は『個人の精神症状の緩和と問題行動の解決による適応性の改善』といった特異的な問題解決を目的としているのに対して、精神分析は『個人の精神発達の歴史の整理による洞察(awareness)や主観的な内面心理の聴取によるカタルシス』といった非特異的な人間理解を目的としているという事が出来ます。短期間での改善効果の実感や統計学的根拠のある心理療法という意味では認知療法が優れていますが、精神症状や問題行動の特定が出来ない場合や長期間を経過したトラウマの悪影響の問題などの場合には精神分析の自己理解の深化が役立つことがあります。
ただ、寝椅子(カウチ)に寝そべって頭に思い浮かぶ事を全て包み隠さず話すという古典的な精神分析の技法を忠実に行っているカウンセラーや分析家は現在では殆どいない為、精神発達論や自我構造論を含む体系的な精神分析理論の理解を臨床応用するという形が一般的になってきていると考えられます。精神分析の歴史的な功績を一くくりにして論述するのは難しいですが、現代の心理学的面接の実際にも関係してくる大まかな歴史的意義は以下の点にあるといえるでしょう。
1.カウンセリング構造(治療構造)の明確化としての面談契約(治療契約)
カウンセラーとクライエントが相互的な信頼関係を取り結ぶ作業同盟(治療同盟)を前提として、カウンセリングの具体的な面接構造について契約を取り交わすということ。具体的な面接構造とは、『日時・面接時間・料金・技法の内容・面談計画』といったカウンセリングの基本的な枠組みを事前に説明して決めておくということである。
2.自我構造論(超自我・自我・エス)の力動による心的過程の包括的説明
精神構造論(無意識・前意識・意識)を人間の心理構造のモデルとして提示し、各領域で働く自我・超自我・エスのせめぎ合いによって『個人の心理現象』と『神経症の症状形成』を説明しました。
精神分析学は、『精神の三層構造・心的装置理論(自我構造論)・リビドーの発達論』などの理論を総合的に理解することで、人間の複雑な心的過程や精神病理を了解的に説明することが出来ます。
3.精神内界の不安・緊張・苦痛を回避する為の自我防衛機制と抵抗
人間はありのままの現実を直視して受け容れることが困難な場合が多いので、多種多様な自我防衛機制を発動して自分の精神の平穏や安定を守ろうとします。日常的な対人関係や治療的な面接場面において見ることの出来る抑圧や退行、逃避、投射、反動形成などの自我防衛機制を、具体的に詳細に分類したことも精神分析の功績の一つです。
4.転移・逆転移・解釈・洞察の面接技法
過去の重要な対人関係をカウンセリング場面で再現する転移(クライエントからカウンセラーへの転移)・逆転移(カウンセラーからクライエントへの転移)の心理療法的価値を指摘したのも精神分析でした。転移(transference)とは、本来、過去の重要な人物に向けるはずべきだった感情・情動・衝動を、現在、人間関係を持っている人物(カウンセラー)に向け換えてしまう心理機制の事です。
過去の重要な家族関係や人間関係を現在の心理療法場面に再現してくるので、分析家やカウンセラーはそこから様々な情報(治療上、有益性が高い情報)を読み取ることが可能になります。精神分析の目的の一つは、この転移感情の内容や起源を解釈することで、クライエントの発達早期の家族関係や過去の重要な心理体験を洞察させることで精神分析の効果を得ようとします。
ただ、自分自身の過去の歴史を遡行することや家族関係の詳細を思い起こすことに余りに強い苦痛があるクライエントの場合には、精神分析療法は逆効果であることもありますので、クライエントへのインフォームド・コンセントを適切に行っていく必要があります。
5.分析家の中立性・禁欲原則・自由に漂う注意
カール・ロジャーズの来談者中心療法が提起したカウンセラーの基本的態度とは異なる分析家の基本的態度をフロイトは提示しましたが、それが特定の価値観にコミットして審判的な態度に陥らないという『分析家の中立性』です。『禁欲原則』とは、ヒステリー性格を示す神経症者の依存的欲求や自己顕示欲求を分析家が容易に満たしてあげてはいけないという原則であり、当時のヒステリー性格の特徴の一つであった性的誘惑や賄賂を送るような振る舞いの事も包含する概念です。
現代的なカウンセリング文脈で、禁欲原則を考えると『事前に取り決めた日時以外には会わない』といった事なども含まれてくるでしょう。カウンセラーとクライエントの立場と役割の違いを明確にして、『現実原則(現実的な諸条件に従って欲求を満たす原則)に従属する倫理観』を大切にすることが禁欲原則の主旨です。
『自由に漂う注意』とは、クライエントの自由連想の流れを不当に妨げない自然で悠然とした注意の向け方の事であり、共感的な雰囲気と客観的な姿勢とを併せ持った傾聴の態度といえるでしょう。
『自由に漂う注意』は、クライエントの特定事項に関する興味や好奇心に拘泥することなく、バランスよくクライエントの話の全体像を見渡すような注意の向け方です。分析家は、『クライエントの鏡』の役割を果たしながらも、『クライエントの利益を増進する解釈者』としての役割を忘れないようにしなければなりません。
精神分析は、薬物療法の浸透やエビデンス重視の技法の伸張によって現代の心理療法分野ではその影響力を落としたとはいえ、多くの心理療法の起源としての位置づけを持っています。精神分析学が想定した精神力動による心的決定論や無意識領域の仮説は、実際的な心理臨床で採用される頻度こそ減りましたが、文学、芸術、社会文化、思想哲学の分野に無限のインスピレーションやコンセプト、モチーフ、アイデアを与え続けています。
■書籍紹介
科学的なエビデンスを重視した現代の臨床心理学とは全く異質の心理学を構想したユングの分析心理学に魅せられる人は今でも多い。ユングが独自の心理学を創設した背景には、彼の極めて特殊な幼児期の記憶が関係している。『呑み込まれる不安』と関係した母性原理の象徴を母親に見出した幼児期体験がユングにはあり、
父性原理に基づく去勢不安による社会化を重視するフロイトとはいずれ決別するさだめにあったのではないかと私は考える。
宗教的信仰に近似したユングの無意識世界への強烈な憧憬を思うと、フロイトの説く個人の本能的欲求や外傷記憶で成り立つ個人的無意識が、非常に偏狭で矮小なものに思えたのも無理からぬところがある。ユングは、アクティブ・イマジネーションという想像力を加速させる技法を用いて、自らの無意識の世界を経験的に内観し尽くそうとしたが、その過程において幾度か精神病の幻覚症状に似た体験をしている。
そのこともあって、広場恐怖(空間恐怖)のあったフロイトの神経症的パーソナリティと対比して、ユングは精神病的なパーソナリティであったと評されることもある。自由な想像力を限界まで駆使してアカデミズムの伝統から大幅に脱線した心理学の系譜を歴史に刻んだユング、その生涯を美しいビジュアルの図版と共に振り返ることの出来る書籍です。ユングの波乱と変転に満ちた生涯をカラフルな写真や絵図と共に見ていくことで、曼荼羅、神話世界、錬金術、(瞑想に耽った)ボーリンゲンの石の塔が生き生きと読者の心的表象として蘇ってくると思います。
図説 ユング―自己実現と救いの心理学
ソリューション・フォーカスト・セラピーによる解決法の自己構築と潜在的な可能性への注目
心理学的知見に基づく問題解決志向のアプローチは、標準化された心理アセスメントの実施と効果的な心理療法(面接技法)の組み合わせによって計画的に行われてきた。現在でも、エビデンスベースドな臨床心理学を前提とするカウンセリングでは、問題(症状)の実際やクライエントの状態を的確に把握する為のアセスメント(心理査定)を行って、そのクライエントに適した理論や技法を選択するところから始める事が多い。
心理アセスメントを行う目的は、『クライエントの問題解決や症状改善を促進するカウンセリングの実施に必要な情報を集める事』である。クライエントの問題解決志向のカウンセリングに役立てる事を目的とするアセスメント(心理テスト・調査面接)だが、『臨床心理学の事例研究や統計調査のデータ蓄積』といった副次的な学術利用の部分も持っている。心理アセスメント・心理評価尺度によって理解できるクライエントの情報は、以下のようなものである。
1.クライエントの問題・症状の種類と特徴
2.クライエントの心理状態と生活行動パターン
3.クライエントの人間関係と家族関係
4.クライエントの生活歴と家族歴、既往症
5.精神障害や発達障害の見立て(発症・経過・予後の予測)
6.問題解決と症状改善に適合した心理療法や対処方法の選択
7.クライエントの知的能力と人格特性
ここで技法の概略と実際を説明するソリューション・フォーカスト・アプローチ(ソリューション・フォーカスト・セラピー)は、上述したような一般的な心理アセスメントによる問題解決を志向せず、クライエントの創造的な解決法の構築を志向するところに最大の特徴がある。ブリーフ・セラピーも、ソリューション・フォーカストな面接技法の一つであり、『問題の理解』ではなく『解決の構築』に焦点付けしていくカウンセリング技法である。
つまり、クライエントの生活適応における問題点や性格傾向における欠点、精神医学的な疾患に注目する『減点法のカウンセリング』ではなく、今ある生活状況や精神状態からどのような解決法や可能性を見出せるかをクライエントに考えさせる『加点法のカウンセリング』なのである。ソリューション・フォーカスト・アプローチでは、『クライエントの問題点・心身症状・不適応』といったマイナスの部分を取りあえず脇に置いて、『クライエントの可能性・潜在能力・成功体験』といったプラスの部分に関心を集めカウンセリングの話題の中心に置いていく。ソリューション・フォーカスト・アプローチの基本的人間観は、カウンセリングという対人援助技術の原形を構築したカール・ロジャーズの自己理論に準拠していると考える事も出来る。
カール・ロジャーズやアブラハム・マズローらが分類されるヒューマニスティック心理学は、人間は生まれながらに良い特性を持っているとする性善説を基盤にしている。性善説に基づくヒューマニスティック心理学では、人間には、自然に心身の健康を回復する力や問題を解決する能力、更には道徳的な善を実現したりする能力が生得的に備わっていると考える。カール・ロジャーズは、共感的な人間関係と受容的な生活環境があれば、人間はありのままの自分を表現して幸福な人生を送る事が出来るという楽観主義と肯定感覚に満ちた人間観を持っていた。人間は潜在的に『健康・成長・発展・解決に向かう本性』を持っていると考え、これを実現傾向とロジャーズは呼んだ。
スティーブ・ディ・シェイザーやインスー・キム・バーグらによって研究されたソリューション・フォーカスト・アプローチも、ヒューマニスティック心理学が規定する人間の本来的な実現傾向や自己回復能力など内的資源の存在を前提としている。20世紀後半から心理臨床技法の中心となってきたエビデンス・ベースドな認知療法や構造化された面接技法は、問題の因果関係や性質・特性を調査して理解すれば適切な標準的対処が出来るという科学的な医学モデルを前提としている。
認知行動療法を典型とする問題解決アプローチは、問題の因果関係と症状の形成機序をより良く理解して、原因を除去したり症状を緩和しようとする心理学的アプローチである。ソリューション・フォーカスト・アプローチでは、精神病理学(異常心理学)で研究調査する精神疾患や問題行動の知見を面接場面で利用せず、『診断的(分析的)な眼差し』を持ってクライエントと向き合うことがないのが大きな特徴である。クライエントの主体性や自立性によって自然な問題解決能力を活性化させようとするソリューション・フォーカスト・アプローチでは、精神障害の分類や治療といった精神医学的な方法論を採用せず、問題状況の査定や分析といった因果関係の解明を重視しないのである。
カウンセラー主導の問題解決アプローチの特徴
クライエント主導の解決構築アプローチの特徴
アカデミックな臨床心理学の研究と実践に代表される問題解決アプローチとブリーフ・セラピーなどソリューション・フォカーストな技法に代表される解決構築アプローチのどちらが効果的であるかという問いかけに対して単一の正しい回答というものは存在しない。どちらがより優れた介入法なのか、どちらがより適切なアプローチなのかは、クライエントの自我の強度(カウンセリングへの積極性・参加意欲・自発性)や面接場面への期待によって異なってくるし、クライエントの抱えている問題の特徴や症状の深刻度によっても違ってくる。一般的に、ソリューション・フォーカスト・アプローチな面接技法が最も高い効果と実力を発揮するのは、精神障害や異常心理の問題ではなく、生活環境への不適応や人間関係の問題、人生全般の悩みの領域である。
即ち、多種多様な生活行動上の問題、恋愛や結婚・離婚に関する悩み、育児や親子関係に対する心配、就職や失業にまつわる葛藤、学校や職場での人間関係の問題、生きる意味や価値の探求といった『一般性の高い心理学的問題』『人生全般の進路や過程で生じてくる苦悩や葛藤』に対してソリューション・フォーカスト・アプローチは高いパフォーマンスを発揮することが出来るのである。
カウンセラーの専門性と体系化された手続きと介入によって特徴づけられる『問題解決アプローチ』は、どちらかというと症状改善的な心理療法に適しているアプローチといえ、カウンセラーとクライエントの良好な人間関係や長所・利点に注目したコミュニケーションに特徴づけられる『解決構築アプローチ』は、どちらかというと一般的な生活適応や人間関係についての心理相談に適したアプローチといえるが、双方共に例外は多くある。
一般にイメージされているカウンセリングのイメージに近いのはソリューション・フォーカスト・アプローチであり、医療分野における心理療法のイメージに近いのが標準化された問題解決アプローチだと考えると分かりやすい。問題解決アプローチは、問題をより良く理解してこそより効率的に問題を解決できるという科学的な因果関係の前提を持つので、現在、優勢で説得力のある精神病理学や心理療法理論の知見の影響を強く受ける。その意味において、臨床心理学的な問題解決アプローチは、一般理論や普遍法則を個々の事例に当てはめるという『演繹的なアプローチ』の側面を持つ。反対に、カウンセリング学的な解決構築アプローチは、個々の面接事例におけるダイナミックな効果を観察して、その都度利用していこうとする『帰納的なアプローチ』の側面を持っている。
しかし、心理学的アプローチの完成度と有効性を高めていく為には、どちらのアプローチを採用するにしても、演繹法と帰納法の科学的思考をバランス良く行っていかなければならないだろう。
■書籍紹介
ブリーフセラピーの再創造―願いを語る個人コンサルテーション
元記事の執筆日:2006/02/21