自閉症スペクトラムの認知機能の典型的特徴と早期療育・接し方の工夫
発達障害の生物学的原因(脳の機能性)と養育環境の要因(愛情・承認の不足)の比率
発達障害と愛着障害1:抑制性愛着障害と脱抑制性愛着障害に見る愛着の偏りのパターン
発達障害と愛着障害2:現代で求められる能力・適性のハードル上昇と先進国の家族・夫婦・婚姻の変化
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ローナ・ウィングの自閉症研究と自閉症児のコミュニケーション(人間関係)のパターン
広汎性発達障害(PDD)や自閉症スペクトラムの不適応問題の中心にあるのは『コミュニケーション(言語機能)の障害+社会性(対人関係)の障害』であるが、アスペルガー障害など知的障害のない高機能群では『知覚過敏(視覚優位)・抽象的な概念の理解の困難・心の理論(他者の心の状態の推測能力)の障害』が目立ちやすくなる。自閉症スペクトラムの重症度が高かったり知的障害を伴っている非高機能型になると、他人やコミュニケーションそのものに興味関心を全く持てず関わろうとしない『孤立型』が多くなる。孤立型の自閉症者は、知的障害のために言語機能がかなり低い水準に留まっているという特徴もあるが、音・光・においなどの知覚過敏があって『他者に対する注意・関心』を持続できない傾向があるとも言われる。
女性精神科医のローナ・ウィング(1928‐2014)は、自閉症の中核症状として『ウィングの3つ組み』と呼ばれる『コミュニケーションの障害・社会性の障害・こだわり行動(イマジネーションの障害)』を指摘したが、自閉症児のコミュニケーション(人間関係の持ち方)のパターンとして以下の3つを上げている。
1.孤立型……他人と関わろうとせず人間関係を回避しがちで、他人からの呼びかけにも反応が乏しいのでコミュニケーションが成り立ちにくい孤立型。他人に対する興味関心がなかったり、コミュニケーションの意欲がなかったり、知的障害や知覚過敏によって他人との人間関係・会話状況に適応しづらかったりといった問題を抱えている。
2.受動型……自発的なコミュニケーションの行為や積極的な人間関係の構築が見られるわけではないが、受け身のコミュニケーション(人間関係)であれば適応できる受動型。話しかけられればある程度適切に応答することができ、簡単で具体的な分かりやすい指示・助言があればそれに従って仕事・学習をしたりすることもできる。
3.積極奇異型……他人と積極的に関わりたがる(話したがる)のだが、他人との関わり方が不適切であったり奇異であったりして、人から誤解されたり人間関係のトラブルが起こりやすかったりする積極奇異型。他人の感情や意図を適切に推測できない『心の理論の障害』があるので、TPOに相応しくない奇異な発言をいきなりしたり、相手の気持ちを害するような不適切な発言(相手の短所・悩み・失敗・劣等感などの直接の指摘に当たるような発言)をしやすく、人と関わりたいのに上手く関われないという悩みを抱える。
自閉症スペクトラムは重症度が高いと、他者の言動に対する反応が表面上はほとんど見られなかったりするのだが、内的な精神機能や感情機能については健常者と余り変わらないという研究成果も出されており、認められて褒められれば嬉しく感じて自信が強まるし、けなされて叱られれば劣等感・悔しさを感じる。必要以上の叱責・否定・批判などを繰り返し行ってしまうと、劣等コンプレックスや自己否定感、敵対心・反発心が捻れて、『二次障害(暴力・非行・無為などを伴う不適応行動)』の問題が起こりやすくなってしまう。人を物理的・精神的に傷つけるような言動に対しては、厳しく指導しなければならないケースもあるが、自閉症スペクトラムの療育の基本的態度は『長所や個性を伸ばすという目標・上手くできたら褒める(褒めて伸ばす=頭ごなしの否定はしない)・自己肯定感を尊重する・人との関わり方をロールプレイで教える』である。
ローナ・ウィングは自閉症児の人間関係の3つのパターンのうちで、『孤立型・積極奇異型』よりも『受動型』のほうが社会生活・人間関係に対する適応が良いと考えた。それは受動型は積極性・自発性は余りなくて受け身であるが、他人が話している内容や他人から指示されていることについて理解して反応することができるので、『療育・社会技能訓練(SST)』の効果が現れやすいからである。ウィングは自閉症児の人間関係のパターンからその経過・予後について、早期療育が適切に行われたケースでは『孤立型から受動型への変化が促進される・軽度知的障害があっても受動型であれば簡易な作業や仕事への適応は良くなる・積極奇異型も療育によって小学校高学年くらいから受動型に近づきやすくなる』といったことを述べている。
心の理論の障害を背景として他人に不適切な発言・態度を取ってしまいやすい『積極奇異型』は、アスペルガー障害やADHD(注意欠如・多動性障害)、LDなどと重複していることも多いが、『注意散漫・過度のマイペース・多動性・衝動性・自己中心性(他人の感情の無視)』などが小学校高学年・中学生くらいから治まってくれば、その後の症状の経過や人間関係への適応がかなり良くなるとしている。自閉症スペクトラムの子供は、知覚過敏・注意散漫・他者への無関心(孤立傾向)・こだわり行動などの影響から『愛着形成障害』を起こしていることが多いが、これは自閉症児がずっと親との愛着を形成しないということを意味しているのではなく、愛着形成の時期がズレやすい(遅れやすい)ということを意味している。
一般的な親子関係における愛着形成は、生後まもなくの新生児から始まり、3~4歳の幼児期に特に母親との強固な愛着が形成されやすいのだが、自閉症児の場合には小学校に進学してからようやく親子関係の愛着が形成され始めるということも多いのである。自閉症児に対する親の関わり方としては、小学生以降に遅れてくることのある『愛着形成期』に正面から向き合って、子供が話したがっている甘えたがっている素振りがあれば、それに適切に共感的に応答して上げて、子供が安心して関われる雰囲気や対話のとっかかり(子供が話したいことの受け止め)を作ってあげることが大切になる。
ローナ・ウィングが自閉症児は早期療育によって『他人との関わり方のパターン』が受動型(良い方向)へ変わり得るという研究成果を述べているように、自閉症児のコミュニケーション能力もずっと均質的・平均的な状態を維持しているわけではなく、健常児と同じようにコミュニケーション能力や対人関係能力が飛躍的に伸びやすい発達的な時期というものがある。自閉症スペクトラムの子供のコミュニケーション能力が分かりやすい形で伸びやすい時期が『5歳前後の時期』であり、5歳から小学生に進学した後くらいには、他人が話していることや指示していることを理解する能力が上がりやすく、学校生活や友達関係の状況を何とか理解しようとする意欲も高まりやすいのである。
自閉症スペクトラムの人のコミュニケーション能力や状況対応能力が最も上がりやすい時期とされるのが『10~12歳頃の小学校高学年』であり、まだ周囲の精神年齢もそれほど上がっておらず人間関係の選り好みも激しくない小学生の時期というのは、積極型・受動型で素直で明るいタイプの自閉症児であれば、クラスの人間関係にもなじみやすいところがあり、特別支援教育の個別的な学習課題にもついていきやすい。
自閉症スペクトラムの認知機能の典型的特徴と早期療育・接し方の工夫
自閉症の人の青年期は、適切な療育や進路指導、環境調整を受けられなければ、『非行・逸脱・パニック・暴力(キレる)』などの二次障害が起こるリスクの高まる発達段階であるが、現在ではそれぞれの自閉症の人の能力水準・認知特性にフィットした療育・指導・助言・環境調整を行うことによって二次障害が起こりにくくなることがわかっており、青年期以降にもそれぞれのペースで認知能力や対人関係能力を伸ばせる可能性がある(自分なりの自分の個性・水準に合った適応しやすい場・関係を探索できる)と考えられるようになっている。自閉症スペクトラムでは一般に知覚過敏や注意散漫、パニックなどの症状が見られやすいが、自閉症スペクトラムの典型的な認知機能の特徴として以下の3つを考えることができる。
1.多様かつ雑多な情報刺激を『シグナル(重要な情報)』と『ノイズ(雑音)』に区別することができず、ノイズを排除できないために情報処理力・思考力が限界に達してパニックを起こしやすい。
2.『視覚情報に対する注意の優位性』が際立っているため、目の前で見ている対象にだけ過度に集中しやすい、『概念的な理解・慣れによる一般化(変化への適応)』が非常に苦手である。
3.認知している対象との間に、『適切な心理的距離』を置くことができず、計画的な行動をすることができない。人間関係においては、自分と他人との距離感がおかしくなりやすい(他人には他人の自我・人格があり、自分とは異なる感じ方を生む心的世界があるという現実が理解しづらい)。
自閉症スペクトラムの子供に対する療育・生活指導において重要になるのは、上記した『自閉症スペクトラムの典型的な認知機能の特徴』を踏まえた指導法や関わり方、学習方法を工夫することである。 自分にとって重要なシグナルと自分にとってどうでもいいノイズを区別できず、どうでもいい雑音のノイズで頭が一杯になってパニックになりやすいという自閉症の特徴を考えれば、『できるだけ情報を減らすこと・一度に一つだけの指示や説明をすること・同時に二つ以上の情報を与えないこと』が有効だということが分かる。
自閉症スペクトラムは特に同時に二つ以上の作業(仕事)をする『マルチタスク』が苦手なのだが、それ以外の広義の発達障害全般においてもノイズを除去してシグナルだけに注目するという認知機能が弱いことから、同時に二つ以上のことをしなければならない『マルチタスクの状況』になると頭が混乱していつもの思考力や判断力が発揮できなくなったりする。一度に一つだけの指示(情報)を、できるだけ具体的に分かりやすく呈示するという療育の技法を『構造化』と呼んだりもするが、構造化されたシンプルな指導方法を実施する時には、『複数の感覚刺激を与えないという前提』も意識しておく必要があるだろう。
何か文字・図などを見せる時は見せるだけにする、何かを話して指示する時は話すだけにする、握手したり頭を撫でたりする時は触れるだけにするといったようにする(自閉症児は知覚過敏なので基本的にスキンシップは好まず控えたほうが良いとされるが)ということであり、指導・指示のための一つの感覚刺激の呈示が確実に終わってから、次の刺激を伴う指導のステップに移るべきなのである。自閉症の人と健常者の認知特性の違いとして、健常者は同じ行動・経験を何度も繰り返していればそのうち次第に慣れてきて、新しい行動や環境であっても一般化されてしまうが、自閉症の人は何度も同じ行動を繰り返させても余り慣れない(新規体験が一般化されない)ということがある。『概念的な理解・慣れによる一般化(変化への適応)』が非常に苦手という自閉症の特徴は、『同じように繰り返す日常的な行動パターン・決まりきったルーティン(儀式的)な作業の流れ』などに過剰適応してしまいやすいことを意味している。
自閉症スペクトラムの『こだわり行動(儀式的行動)の反復・興味関心の偏り』とも関係してくるが、『今までの環境の変化に対する適応・新しい行動をしなければならない変化に対する適応』が非常に苦手なのである。だから、今までの日常生活とは違った新たな行動を要求する時には、『かなり前の時期からの変更の予告・通達』を行って、『変化した状況に対応して新たな行動を取るためのリハーサル』も繰り返し行っておく必要が出てくる。認知している対象との間に、『適切な心理的距離』を置くことができず、計画的な行動をすることができないという認知機能の特徴は、『見通しの立てにくさ・計画的な行動の遂行の困難』を意味している。この問題に対する療育の指導法では、一般にこれから計画的に行わなければならない一連の行動について、『スケジュールカード』のようなカードを作成して、一枚一枚のカードに『やるべき行動の絵』を描き、それを時系列順に一列に並べて一つ一つのカードに描かれた行動を順番にやり遂げていくという方法が取られることが多い。
自閉症スペクトラムや広汎性発達障害(PDD)の療育・指導方法の原則は、個別対応を手厚くする特別支援教育とも重なるが、『個人ごとのニーズやハンディキャップに効果的に応える個別対応・個別教育』である。そういった個別対応・個別教育によってまずは『認知機能のハンディキャップ・コミュニケーション能力の問題・社会性や人間関係の問題』を段階的に改善していき、一定水準以上の適応性や心理的な安定性が身についてくれば、『クラス単位での集団参加・集団適応』や『学習能力・計画達成能力(課題遂行能力)の向上』といったより高次の難しい課題にもチャレンジできる準備が整ってくるということになるのだろう。
発達障害の生物学的原因(脳の機能性)と養育環境の要因(愛情・承認の不足)の比率
発達障害(developmental disorder)は『中枢神経系(脳)の成熟障害』という生物学的原因・遺伝的要因によって発症することが強調されている。従来、発達障害には『養育環境・親子関係・愛情と保護』などの心理社会的要因はほとんど関係しないとされていたが、近年は『愛着障害(attachment disorder)』という発達早期から児童期にかけての重要な他者との情緒的結びつきが障害されることで生じる問題が、軽度発達障害に類似の症状を引き起こすことがあると言われるようになっている。
常識的に考えれば、乳幼児期から思春期・青年期にかけての子供の発達プロセスや性格行動パターンに、親子関係や家庭環境、愛情・関心・承認が影響しないはずがないのだが、現在の生物学的精神医学やDSMの操作的診断では『現象的な分かりやすい症状・問題』だけを見て、生得的な脳の機能障害による発達障害だという見立てと薬物治療をしてしまいやすい。その背景には、過去に自閉症の原因が重度自閉症の事例まで含めて、『母親の不適切な育て方(B.ベッテルハイムの冷蔵庫マザー説)』に求められ過ぎたことの反省・反動があり、親の育て方・人間性を責めたり批判したりするように受け取られる恐れのある原因論・対処法はできるだけ呈示しないようになっていった流れがある。間違った冷蔵庫マザー説の一般化によって、愛情や関心をきちんと注ぎながら子育てをしていた親まで傷つけたり落ち込ませたりしてしまうことにもなった。
その反省やトラウマによって、自閉症スペクトラムをはじめとする発達障害には精神分析的な心因の解明や環境調整・関係改善の対処は原則的に当てはめないという考え方が今度は一般化することになったのである。子供時代に適切な愛情や承認、関心、保護が与えられないと、愛着形成のパターンに偏りや異常が生じてしまうことがある。その結果、他者との人間関係が上手く結べなくなったりコミュニケーションが苦手になったり、感情や衝動の制御ができなくなったり、感情や表情がなくなって自閉的になったり、人生に生きづらさを感じたりするというのが、愛着障害の症状の特徴である。
これらの特徴は『社会性・人間関係・コミュニケーション・セルフコントロールの障害』としてまとめることができるが、『愛着障害・発達障害・アダルトチルドレン』のいずれの概念にも共通する部分のある症状である。かつては、愛情不足や関心の欠如によって(大人の注意・関心を惹くための)青少年の非行問題が起こされるという心因論の仮説も有力だった時期もある。愛情や関心、承認が与えられないことによって認知傾向や社会適応に一定の偏り・歪みが生み出されるというのは一般的な心理反応であり、幼少期から継続的かつ慢性的に『愛情不足・承認欠如の環境(自分の存在や能力の価値が認めらないような関係・境遇)』に置かれてしまうと、愛着形成や社会適応、人間関係に何らかの問題が起こっても不思議ではないのである。
幼少期からの親子関係・家庭環境・学校生活における愛情と承認が絡んだ情緒的な問題が、その子供の発達プロセスや性格形成プロセスに与える影響は軽視できず、『社会性・人間関係・自尊心・自己評価・積極性・集中力(学習適応)・ストレス耐性』などに一定の影響をもたらすことは否定できない。
発達障害と愛着障害1:抑制性愛着障害と脱抑制性愛着障害に見る愛着の偏りのパターン
子供時代に適切な愛情や関心を注がれずに、愛着形成のパターンが障害された場合に起こる社会性や人間関係の問題を、DSMの診断基準では『抑制性愛着障害』と『脱抑制性愛着障害』に分類している。
抑制性愛着障害……愛情欲求や感情表現がすべての人に対して強く抑制され、他者にほとんど興味関心を示さず関わろうとしない、自分の殻に閉じこもる型の自閉的な愛着障害。
脱抑制性愛着障害……愛情欲求や感情表現を誰にでも向ける感じで抑制がなく、他者に強い関心や依存心を示して関わろうとする、愛情欲求や孤独感(寂しさ)を抑えられない型の愛着障害。
愛着障害の原因は、子供時代に受け取るべき愛情や承認、保護を十分に得られなかったことであり、その結果、『自分は誰にも愛されない・自分は誰にも認めてもらえない・自分は他人(社会)にとって必要な存在ではない』という自己否定的な確信に基づく認知を形成してしまう。そういった自分で自分の存在価値を否定するネガティブな中核的認知によって、他者や社会(外部環境)と適切な関わり方ができなくなり、自分に対する自信・評価を失って精神状態も抑うつ的・衝動的・注意散漫になりやすいのである。遺伝要因が大部分を占める重度の発達障害(重度自閉症)や知的障害では、人間関係の改善や環境調整だけではほとんど効果がないかもしれないが、『軽度発達障害(自閉症スペクトラム・ADHD・学習障害の症状の軽いケース)』には生物学的な発達障害と環境要因(養育要因)が関係した愛着障害が混合していると考えることができる。
人間関係のアプローチを変えたり、成育環境を安心感・信頼感の持てるものに改善したり、分かりやすく愛情・承認・関心を示し続けて上げることで、それまで脳の機能障害で接し方を変えるくらいでは治らないと考えられていたような発達障害に類似の症状・問題が改善し(愛着障害の要素も併せ持つ問題が改善し)、表情や気分が明るくなるということは有り得るだろう。見かけ上の発達水準や能力指標というのは、『本人のやる気・気分・感情』によって大きく左右されるものでもあるから、生物学的・遺伝的な発達障害の見かけ上の症状を呈しているような人でも、生活環境や人間関係を改善して安定的に愛情・承認・保護が与えられるようになると、それまでと比べて見違えるように精神状態が安定して集中力ややる気、明るさを取り戻してくるケースはあるということでもある。
発達障害の症状(愛着障害も関係している症状)が軽減してくるケースは、特に幼児期・児童期のADHDや学習障害、過度の人見知り(社会性の軽度の障害)などで見られやすいが、子供が親(母親)と安定的な愛着を形成して自己肯定感・安心感・自尊心を保てることによって、他者・社会と前向きに関わっていけるだけの情緒・気分の安定(注意散漫・衝動性を制御できる程度の気分・感情の安定)がもたらされやすくなるのである。愛情や関心に飢えていて自己肯定感を求めている『愛着障害・アダルトチルドレン』は、発達障害に類似の人間関係や社会性、学習適応、情緒安定にまつわる問題を引き起こすことが少なくない。だが、『先天的な発達障害』と『後天的な愛着障害』を完全にきっちり区別することは、コミュニケーションが完全に不能だとか極端に知能指数が低いとかの重度の発達障害を除いては、理論的にも技術的(証拠探索的)にも難しいところがある。
発達障害的な問題や症状の原因を、『脳・遺伝(生得的要因)』に求めるか『親子関係・成育環境(経験的要因)』に求めるかは、親の養育態度や子供との関係性を責める責めないの問題ではなく、薬物療法・専門的療育(特別支援教育)以外にも一定の改善効果が期待できる『対人関係的・環境調整的なアプローチ(子供との関わり方の工夫の余地)』があるのではないかという視点に基づくべきなのである。子供がどのような養育環境の中で成長してきたか、どういった親子関係を体験しているか、どんな愛着パターンを形成しているかということを、具体的かつ丁寧に聴いたり調べたりしていく中で、『その子供が求めているものが何なのか』が見えてくるということが重要なのだと思われる。
それまでの親子関係や養育環境(家庭・学校)の中で適切に与えられてこなかった心理的栄養としての愛情・関心・承認を与えなおすようなアプローチによって、発達障害や愛着障害、その混合の問題が改善しやすくなる。仮に、遺伝要因(脳の機能障害)の割合が大きくてあまり効果がないケースであったとしても、『愛情・関心・承認を与えてくれる人間関係や環境の影響度』を見ることによって、その人の発達障害の原因に占める養育要因・対人関係の要因の割合を推測できるメリットはある。
共感的・支持的なアプローチをすることによる有害な影響が考えにくいということもあるが、発達障害の遺伝的な気質・性格傾向によって『愛着形成の難しさをベースとした育てにくさ・関わりにくさ』がでることもあるので、二次的な愛着障害の弊害を軽減する意味でも、その人(子供でも少年でも大人でも)にどういった形でポジティブな感情表現をして気持ちを伝えていけるかを考えてみることには意味がある。
発達障害と愛着障害2:現代で求められる能力・適性のハードル上昇と先進国の家族・夫婦・婚姻の変化
現代社会で発達障害が急激に増えている原因にはさまざまなものがあるが、最も大きな原因は『発達障害の診断・症状・概念に対する社会全般の注目度が上がったこと(精神医学・発達心理学の関係者だけではなく啓発的な書籍などを通して一般の人でも発達障害関連の知識・情報を持つようになり自分も当てはまるのではないかと自己分析して受診するようになったこと)』である。更に『現代の社会生活(仕事・学業・人間関係)に求められる適応能力のレベルやハードルが格段に上がり、平均的とされる社会生活技能・学習能力・コミュニケーション力を身に付けるだけでもかなり大変になったこと』も影響しているだろう。
発達障害という精神医学(発達臨床心理学)の病理概念が考案されて普及する以前の時代にも、現在の発達障害と同じような症状や問題を抱えた人は少なからずいたはずだが、複雑に高度化・情報化したシステマティックな現代社会でなければ、発達障害的な性格行動のパターンはそれほど重要な障害・問題にはならなかった可能性も高いのである。例えば、学校教育制度(企業中心の雇用・労働の制度)が整備されていなくて狩猟採集・農耕牧畜を行っているような(他者と自由にコミュニケーションして関係を調整するのではなく村落内部の地縁血縁の人間関係に限られていたような)前近代的社会であれば、『発達障害にある社会性・コミュニケーション・想像力・知性・学習の障害』は日常生活・仕事の適応に対してそれほど大きな問題にはならなかったはずである。
しかし、近代以降は豊かな経済社会の生産性・効率性や人間関係(コミュニケーション)の選択的な楽しみを維持するため、『学校・企業(職場)・都市・恋愛結婚などにおける複雑で多様な人間関係・コミュニケーション・学習課題・仕事内容に対する適応能力』を否応無しにみんなが求められる環境へと変化してきた。その産業構造や生活環境、人間関係の持ち方の変化によって、過去の時代よりも格段にそれぞれの個人に求められるコミュニケーションや社会性、学習能力、集中力(思考力)のハードルは高くなっている。大学受験の学習課題レベルであってもかなりの割合の人がクリアできずに躓くし、友人関係や恋愛関係にしても自分の思うような関わり方・コミュニケーションができずに悩んでいる人も多い、現代社会における能力水準や適応課題、対人魅力(コミュニケーション力)は、誰もが簡単に苦労せずにクリアできるものではなくなってきている側面がある。
『平均的とされる現代人の社会性・知的能力・コミュニケーション力・感情制御のレベル』は、過去の時代や途上国の環境で求められていた能力や社会性の基準と比べれば格段に高くて難しいものである、その基準をクリアできるかできないかの個人差がさまざまな要因によって大きく開きやすい傾向は否定できないだろう。人間は文明・学問・経済の進歩や構造変化と歩調を合わせるように、自由になり知的になり社交的になってきたが、それは視点を変えれば『自由競争・自己責任・市場競争・知性重視・コミュニケーションの原理』にみんなが付き合わされる社会になってきたということである。現代では好むと好まざるとに関わらず、さまざまな他者と愛想よく社交的にコミュニケーションする能力、高度な知識・情報・技能などを身につけられる学習能力などが求められるようになってきており、そういった能力や適性が極端に劣っていると何らかの障害のカテゴリーに当てはめられやすくなる。
現代社会で求められる平均的あるいは最低限度とされる能力・適応の水準をクリアできなければ、それ以前の時代には、孤独が好きで人付き合いが苦手、口数が少なくてあまり表情を出さない、恥ずかしがり屋でちょっと暗め、勉強が苦手で難しいことは分からないだけと言われていたような人たちが、発達障害や学習障害、知的障害を持つ人として診断を受けやすくなったことも、社会適応的観点における発達障害の増加に関係している。 発達障害の症状とも重複する部分のある愛着障害を引き起こす『養育環境・親子関係の要因』には以下のようなものを想定することができ、先進国における発達障害の増加が、安定した家族・家庭や夫婦関係の変化(離婚・家庭崩壊・親の不安感や怒り)と完全に無関係であるとは言い切れない面は残る。
○子供時代に親から捨てられた。
○子供時代に親と死別した。
○事情があって親と一緒に暮らせず、親からの愛情や世話を受けられなかった(親と親密に交流したり愛情・承認を受けたりした記憶が何もない)
○親から身体的・精神的・性的な虐待を受けていた。
○親からネグレクト(育児放棄)を受けて小さい頃から放っておかれた。
○親から自分の存在価値を否定されるような罵倒や侮辱(お前は要らない子・産まなければ良かったなどの精神的虐待)を受けていた。
○親が不仲でありいつも罵倒や喧嘩ばかりしていた。
○親が離婚した。家庭が崩壊して機能しなくなっていた。
○親が再婚して、再婚した家庭で自分の居場所がなくなった。再婚した親から愛情や関心を注いで貰えなかった
○再婚した親が二人の間の子供ばかりを可愛がって、自分に対する愛情も関心も感じられなかった。再婚で実親の愛情が、自分から配偶者や二人の子供に完全に移ってしまった。
○親以外のきょうだい・親戚から各種の虐待・暴力を受けていた。
○親の精神状態が不安定であった。親がうつ病やパニック障害などの精神障害を発症して、子供の世話をすることができなかった。
○親が自暴自棄な人生を生きて生活習慣が崩壊していた。親が自殺未遂をするなどして、人生や生命の価値を否定するような言動をした。
○親から褒めてもらえず、常に否定や罵倒を受けていた。
○親の期待・理想・都合ばかりを押し付けられて、自分の意見や感情を出すことができなかった。
発達障害は先進国で特に多くなっている精神発達プロセスの障害であるが、先進国で発達障害が増えやすい原因としては上記した『仕事・学業・人間関係に適応するための最低限のハードルが高くなっていること』と併せて、『自己愛・結婚制度・夫婦関係・親子関係の変化と関係した愛着障害』が起こりやすくなっていることもあるだろう。先進的な欧米社会(特に北欧・西欧)を中心として、『離婚数の増加・親子関係の複雑化』による伝統家族の形骸化・崩壊が指摘されるようになった。その結果、子供が特定の親との愛着を形成することが難しくなり、成育過程で適切な愛情・関心・承認を受けられない時期が長くなることで、ADHD・学習障害・アスペルガー障害などの発達障害的な症状の発生率(アダルトチルドレン・愛着障害に由来する要素の大きな発達プロセスにおける問題事例)が増えているという見方もある。家族のあり方や親子の関わり方(親自身の自己実現・キャリアの感覚)、夫婦・男女関係の結びつきが変化している先進国・現代社会では、『精神状態を安定させる子供時代の愛着形成』がかつてよりも難しくなったと言えるのかもしれない。
元記事の執筆日:2016/03
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