DSM-Ⅳによる回避性人格障害の診断基準
回避性人格障害の性格行動面の特徴
回避性人格障害の各種タイプ
アメリカ精神医学会(APA)が作成した“精神障害の統計・診断マニュアル”であるDSM‐Ⅳ‐TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、世界保健機関(WHO)が定めたICD‐10(International Classification of Diseases:国際疾病分類)と並ぶ精神医学的な疾病分類と診断基準の国際的なスタンダードとなっていますが、DSM‐Ⅳによると回避性人格障害の診断基準は以下のようなものとなっています。回避性人格障害は、『不安感と依存性の強い行動パターン』を特徴とする人格障害のクラスターC(C群)に分類されます。アメリカの疫学的調査によると、回避性人格障害の発症率(比率)は男女差がなく人口の約1.0%と見られていますが、社会不安障害(対人恐怖症)の多い日本ではそれ以上の発症率があると推測されます。
DSM‐Ⅳによる回避性人格障害(Avoidant Personality Disorder)の診断基準A.社会的制止や不適切感、自己に対する否定的評価に対して過敏性の広範な様式であり、成人期早期に始まり種々の状況で明らかになる。以下の7つの基準のうち、4つ以上があてはまる。
1. 人からの批判、否認もしくは拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。
2. 相手に好かれていることを確信できなければ、他人と関係を持ちたいと思わない。
3. 恥をかかされることや馬鹿にされることを極端に恐れて、親密な関係の中でも相手に遠慮してしまう。
4. 人が集まる社会的な状況で、人に批判されることや拒絶されることに心が捕らわれている。
5. 『自分は人と上手く付き合えない』という不適切感によって、新しい対人関係がつくれない。
6. 自分は社会的に不適切である、自分には長所がない、または他の人よりも自分が劣っていると思っている。
7. 恥をかくかもしれないという理由で、個人的な危険を冒すことや何か新しい活動を始めることに対して、異常なほど引っ込み思案である。
回避性人格障害(avoidant personality disorder)は、他人と何らかの関わりを持つ対人関係や社会活動を回避しようとする特徴を持つ性格行動パターンであり、他人に自尊心を傷つけられるかもしれないという『強烈な不安・心配』をいつも抱えています。回避性人格障害の人は自分に対しては『緊張感・自信の欠如・自己不確実感・無価値感』を感じ、他人に対しては『危惧感・不信感・劣等感・過敏性』を感じやすい傾向があります。対人場面(社会活動)において『他人に馬鹿にされて恥をかかされるのではないか』という不安を感じ、『自分は他人に好かれることがないのではないか』という心配をしていることが多いのです。
その為、『他人に関わりたい・コミュニケーションを取りたいという欲求』を持ちながらも、自分が否定・拒絶されるかもしれないと思って不安になり、対人関係を避ける行動を取ってしまいます。自分に対する自信の欠如と自己評価の低さが見られるので、『他人による批判・拒絶・攻撃』を過敏に受け止めすぎるところがあります。些細な批判や反論によって非常に深い心の傷つきや自尊心の低下を感じてしまうことがあり、回避性人格障害の人は『自分に好意を持っていることが確信できる人』としか付き合おうとしないので、必然的に社会活動(社交関係)の幅が狭くなってしまいます。
人間関係や社会的場面を避けてしまうという回避性人格障害は、クラスターAの分裂病質人格障害や同じクラスターCの依存性人格障害と外見的に類似した『性格行動パターン(他人と上手く関係を築けず、自分に対する不適切感・不適応感がある)』を示しますが、『回避性人格障害・分裂病質人格障害・依存性人格障害』には以下のような対人欲求(親和欲求・コミュニケーション欲求)にまつわる違いが見られます。回避性人格障害と依存性人格障害には他人と親しい人間関係を持ちたいという能動的な関係欲求がありますが、分裂病質人格障害には他人と親密な人間関係を取り結びたいという欲求がはじめから存在しません。
本当は他人と関係を持ちたいのに『批判・拒絶・恥辱を恐れる心理』によって他人と効果的なコミュニケーションをすることが出来ないというのが回避性人格障害の本質であり、分裂病質人格障害のケースでは『感情鈍磨・自閉・無気力を中心とした心理』によって自己と外界(他者)を遮断してしまうところに問題の本質があります。依存性人格障害は『愛着欲求・しがみつき・依存性の過剰』によって、自分の人生や仕事にまつわる重要な判断を自分自身の力でできないところに問題があり、回避性人格障害のように『他人から馬鹿にされる不安(恥をかかされる不安)』というのはそれほど強くありません。
分裂病質人格障害(SPD)の人は、他人と親しい人間関係を持ちたいというモチベーションが殆どなく、意識の覚醒水準が低いために感情機能が著しく鈍磨していて、他人の肯定的・否定的なコミュニケーションに迅速に対応することができないのです。SPDも回避性人格障害(APD)も社会活動(社会参加)の抑制による『社会的孤立』の状況に陥りやすいのですが、SPDが他人の反応に対して『鈍感』であるのに対して、APDは他人の感情的反応や言動に対して『過敏(敏感)』であるという違いがあります。
APDの人は、意識の覚醒水準が高く他人と親しい人間関係を持ちたいというモチベーションも高いのですが、『他者の心理・行動に対する過敏性』によって自分が批判されたり恥辱を受けるのではないかという不安が極端に高くなっています。APDの他人の言動に対する過敏性は『自我防衛機制の過剰発動』を引き起こし、必要以上に他人と距離を取ってしまいます。最終的には他人が自分を否定しようとしているという『自意識の過剰』に陥ってしまい、対人欲求(親和欲求)を満たすことが難しくなってしまうのです。
セオドア・ミロンによって対人不安・社会的抑制などの特徴が定義された回避性人格障害は、『ひきこもり・不登校(登校拒否)・出社拒否・コミュニケーションに対する劣等コンプレックス』などの原因になることが多く、一般的に対人恐怖症よりも重度の社会的回避行動を生起させます。発達心理学的な病因論では『母子分離不安の克服の不全・分離‐個体化プロセスの促進の遅滞・愛情欠損による基本的信頼感の形成不全』が考えられますが、回避性人格障害では『自分への好意・肯定が保証されていない他人』に対する強い不安と不信が見られます。
これは、S.フロイトのリビドー発達論における『エディプス・コンプレックス(4~6歳頃のエディプス葛藤』を解消していない人に見られる対人不安と類似しており、『内部的な家族関係』から『外部的な社会関係』への発達が上手く進んでいないことを示しています。『内部的な家族関係』は、保護的な母子関係に象徴されるように『自分を絶対に否定しない相手との信頼関係』であり、フロイトはここに権威的(社会的)な父子関係(あるいは第三者との関係)が入り込むことで密着的な母子関係の依存を断ち切ると考えました。過保護・過干渉な母子関係を、第三者(父性的他者)が内面的に断ち切ることによって、子どもは母親(依存する他者)から自立して『外部社会の多様な他人』と自信を持ってコミュニケーションができるようになります。
上記では、『過保護・過干渉・愛情過剰』による回避性人格障害の性格形成プロセスを説明しましたが、それとは反対に『愛情不足・信頼欠如・虐待経験』によっても他者に対する基本的信頼感が破壊されるという形で回避性人格障害の性格構造が形成される可能性があります。母親(家族的な自己対象)への甘え・依存が強すぎる人が回避性人格障害になりやすいという側面はありますが、それと同様に、母親・家族からの見捨てられ感や愛情の欠乏感が強すぎる人も『自分に好意(良い評価)を寄せてくれる他人などいるはずがない・自分には他人に愛されるべき長所や魅力が全くない』という形で回避性人格障害の対人的な不信(対人不安)を生じることがあります。
家族から愛情たっぷりに甘やかされて過保護に育てられると、『母親・家族のような自分を絶対に否定しない相手』としか安心して付き合えないという『付き合う相手の選択性・制限』の問題が生まれてきます。反対に、家族から愛情や保護(承認)を与えてもらえず虐待的な成育環境で淋しく育てられると、『誰も自分を愛してくれる人はいない・自分には他人に好意を寄せられる資格(魅力)がない』という自己評価の著しい低下による卑屈(悲観的)な自信喪失の問題が生まれてきます。回避性人格障害には、『他者への依存性(自分を肯定してくれる保証の要請)』と『他者への不信感(他人に自分が認められるはずなどないという自己否定)』という二つのベクトルがあると推測することができます。
近代精神医学の診断学を体系化したエミール・クレペリンは『自閉的人格』という概念を提起し、統合失調症の症状の特徴を分類したオイゲン・ブロイラーは感情鈍磨と正反対の『回避型の感情障害(感情の過剰)』を示しましたが、精神病質人格の10の類型を定義したクルト・シュナイダーも『心気症的な敏感性人格』の類型について言及しています。これらは現代では回避性人格障害に該当する性格特徴を持っていますが、臨床事例に基づく体型性格理論を展開したエルンスト・クレッチマーは細長型の分裂病質の『敏感型』の気質を示しました。鈍感型の分裂気質は現代の分裂病質人格障害に該当しますが、『他者に対する過敏性・傷つきやすい繊細な感情・自己主張の弱さ』という特徴を持つ敏感型のほうは回避性人格障害の特徴に多くあてはまります。
回避性人格障害の人は『自己に対する不適切感(対人能力の低さ)』と『他人に対する脅威感(自分への攻撃性)』を認知しており他人(外部)の危険に対して過剰防衛しようとするので、他人との能動的な人間関係を上手くつくりあげていくことが出来ないという問題が強まってきます。自信の低下や他人への不信によって対人的な不安や困難に直面することができず、『回避・抑制・逃避』といった非適応的な防衛機制を繰り返し使うことで、他人と関係を構築するコミュニケーションスキルが更に低下していくという悪循環が形成されます。
回避性人格障害の人は『他人と親密になりたいのに自分が否定されてしまうかもしれないという不安が強い』という意味で『必要‐恐怖ジレンマ(need-fear dilemma)』の状態に置かれています。あらゆる不安を事前に予防して『絶対安全な人間関係』を作ろうとする非現実的な努力によって、回避性人格障害の人はますます他人と能動的な関係を持てなくなるので、傷つけられるリスクを受容した『現実的な人間関係』に適応していく実際的経験が必要になってきます。
セオドア・ミロンの回避性人格障害についての仮説によると、『葛藤のあるタイプ・過敏なタイプ・恐怖感の強いタイプ・自己を見捨てるタイプ』の4つのタイプに分類することが出来ます。
『葛藤のあるタイプ』とは、『他者と親密な関係を持ちたい欲求』と『他者に傷つけられるかもしれないという不安』の激しい葛藤がある回避性人格障害であり、かつて『受動的‐攻撃性障害』と呼ばれた人格障害とオーバーラップする特徴を持ちます。葛藤心理を反映して境界性人格障害(ボーダーライン・パーソナリティ)に見られる『両価性(アンビバレンツ)の対人関係』の特徴を示すことが多くあります。即ち、友人・恋人・知人などに対して『理想化(賞賛)とこきおろし(罵倒)』の両極端な対人評価をしてしまうことがあり、自分の愛情欲求を満たさない他人との人間関係が非常に不安定なものとなります。葛藤のある回避性人格障害の人は『自分の自立性(自尊心)・他人の優しさ』を重視しており、それらが満たされていれば人間関係は安定しますが、それらが脅かされていると感じると『相手に対する攻撃・侮辱・軽視』などの問題行動が発生してきます。自分を批判(否定)したり傷つけたりする危険のある相手からは遠ざかり『対人的なひきこもり』の防衛行動を選択しますが、自分の受けた失望・悲哀・不満を相手に対して間接的な攻撃(嫌がらせ)としてぶつけることもあり、回避性人格障害の中では能動的な攻撃性が強いタイプだと言えます。対人的なストレスや被害感に対する『過敏性』が見られ、人間関係の中で小さな批判や反論を受けると感情が不安定になって対人関係を回避する傾向が見られます。『相手に対する敵意・不満・攻撃性』を抑圧しているタイプであり、何らかのストレスがきっかけになってその敵意が相手に向けられることがあり、対人ストレスに対しては『ひきこもり(社会的抑制)・間接的な攻撃(相手の妨害)』という反応を返します。
『過敏なタイプ』とは、他人の言動や感情表現に対して過敏に反応し過ぎるために、『円滑な対人関係』を維持することが出来ない回避性人格障害の類型です。過敏なタイプの回避性人格障害は、『傷つきやすい繊細な感受性』と『(自分が傷つけられるという)妄想的な対人認知』の特徴を持っており、他人が自分を迫害(攻撃)しようとしているという妄想性人格障害の行動パターンとオーバーラップする部分があります。しかし、『自分の情緒的な傷つきやすさ・対人スキルの低さ』を認識している過敏なタイプの回避性人格障害は、『自分の妄想的な信念体系』に確固たる自信を持っている妄想性人格障害とは『自分に対する自信・確信の強さ』に大きな違いがあります。妄想性人格障害の人は『他人の謀略・迫害計画・拒絶』などを予測して強い不安を感じていますが、『自分の傷つきやすさ・自信の欠如』に対しては無自覚なところがあります。反対に、過敏なタイプの回避性人格障害は『自分の傷つきやすさ・自信の欠如』に対して自覚的であり、『他人からの批判・拒絶・侮辱』を過敏に恐れて対人的にひきこもってしまうのです。『ひきこもり』という非適応的な防衛機制は、『絶対に安全な対人関係』を確保するという目的を持っていますが、過敏なタイプの人は『感情的な安全距離』を確実に保つために他人から次第に遠ざかっていってしまうわけです。他人の反応に対して『妄想的な対人不安』を強く持っている過敏性の回避性人格障害は、他人から否定的な態度をとられると表面的には『罪悪感・自己嫌悪の感情』を抱くものの、その深層心理には『自分を認めない(愛さない)他人への怒り・不満』の感情が抑圧されています。
『恐怖感の強いタイプ』とは、『自己の不適切感(対人能力の低さ)』と『他人に対する不信感・緊張感』を特徴とするタイプであり、他人の信頼・愛情を信用する能力に欠けているために恐怖感・不安感が高まりやすくなります。恐怖感の強い回避性人格障害は、愛着欲求と見捨てられ不安が強い依存性人格障害とオーバーラップする部分がありますが、両者ともに『親密な関係にある他者から拒絶される恐怖(親しい相手から見捨てられる恐怖)』を過剰に強く持っています。その為、恐怖感・不信感の強い回避性人格障害では、自分の恐怖感や怒りを軽減するために『投影・否認・置き換え・隔離』といった防衛機制が用いられることになり、『自己対象(好きな相手)』と『否定的な感情(悪意・拒絶)』を象徴的に切り離そうとします。恐怖感の強い回避性人格障害の人は、『他者からの批判・侮辱・拒絶』によって生じる恐怖感をできるだけ回避しようとして、自我防衛機制による『象徴的な感情の切り離し』を行い、実際に他人との距離を遠くしようとします。『他人との情緒的関係性(相手に拒絶されたくないと感じる関係)』に束縛されると強い恐怖感や不快感を感じやすいので、恐怖感の強いタイプは他人と一定以上の距離を取ることを忘れず、『情緒的に安心できる場所』を確保しようとするのです。
『自己を見捨てるタイプ』とは、『自己評価の低さ(抑うつ的な自己否定)』と『内向的な想像力』を特徴とする回避性人格障害で、他人と関わる不安感を防衛するために内面世界へと深く沈潜していきます。自己を見捨てるタイプの人は、内面世界の幻想的なイメージや想像的な物語によって『現実的な対人関係』からできるだけ遠ざかろうとしますが、その想像的・逃避的な防衛機制には一定の限界があります。空想世界による『逃避的な自己充足の防衛』に限界を感じ始めると『自己の無価値感・無力感』が強まってきて、一気に自己憐憫の虚しさや惨めさに襲われるようになります。自己評価の低下(自信の欠如)に合わせて、過去の不快な思い出のフラッシュバックや意識状態の解離が起こることもあり、現実の苦痛や虚しさから逃れるために『自分の自分に対する関心・注意』が低くなっていきます。自己を見捨てる回避性人格障害では『自分自身であることを否定する心理』に根ざしており、空想的な自己満足で自己の苦痛を防衛できなくなると、妄想的な信念体系(奇異な思い込み)に捉われた分裂病型人格障害へと発展してしまうこともあります。
自己を見捨てる回避性人格障害は、『自分の自分に対する注意・自己愛』が衰えることによって悪化する危険があります。『身体面への注意・関心』が低下すると基本的な身だしなみや入浴・歯磨きなどの自己の衛生管理が出来なくなることもあり、『精神面(アイデンティティ面)への注意・関心』が低下すると自己愛と対象愛が無くなって感情が麻痺し、希死念慮が強化される恐れがあります。他人(社会)と正常な関係を持てないという『絶望的な苦悩・自尊心の低下』が極限まで高まった時に、自分で自分の人格や人生を見捨ててしまうという『自己を見捨てるタイプ』の問題が深刻化することがあります。自分の存在・人生に対する関心(自己愛)を完全に失ってしまう前に、周囲がその人に共感的・支持的に働きかけていくことが大切になってきますが、回避性人格障害の根本的な解決のためには『自己評価の向上・対人不安の軽減・コミュニケーションの訓練』などによる『自発的な人間関係の構築』が求められるでしょう。
トップページ>心の病気>現在位置,プライバシーポリシー
ブックストア