私達は、誰もが日常生活を送る中で、様々な心の悩みや苦しみを抱えて、その問題を自分なりの方法や努力、周囲の人たちの励ましで解決しながら生きています。しかし、大きなストレスや耐え難い心の傷を受けたり、近親者の死や犯罪被害など余りに悲しい出来事を経験したりした場合には、自分の努力による気持ちの切り替えや周囲の励ましだけでは、心の問題や苦しみを解決できなくなる事もあります。
臨床心理学(Clinical Psychology)は、一言で言えば、人間の心理的な問題全般の内容を調査・研究し、心の悩みや問題を解決する為の理論や技法を考える学問といえます。臨床心理学には、実際に心の悩みや苦しみを抱えて相談にくるクライエント(来談者)を心理療法、カウンセリングの技法を用いて援助する実践的な側面と、その心理療法の実践をより効果的に行う為に精神障害や不適応の研究をしたり、より有効な心理学理論・技法の考察をしたりする研究の側面があります。
臨床心理学がその研究成果によって解決を目指す心理的な問題や悩みは実にさまざまなものがあります。子ども達が通う学校環境で、友人や教師、両親との人間関係の中で起こる『いじめ・校内暴力・不登校・ひきこもり・性的逸脱・非行』などの問題、一般的な生活上の悩みである『恋愛・就職・失職・結婚・離婚・夫婦不和・仕事のストレス・仕事の人間関係・親子関係・友人関係・子どもの発達』から、複雑な人間関係が渦巻く社会環境で起こる『詐欺・窃盗・強盗・裏切り・傷害・殺人・放火・テロ・売春』、そして、うつ病や統合失調症、ストレスから生じる“各種の精神疾患”まで非常に幅広い心の問題や症状を取り扱うのです。
特に、大人と子どもが混じった生活の場である社会環境には“大勢の人たちの欲望・願望・善意・悪意・思惑・目標・嫉妬・羨望・怨恨・憧憬・敬意”などの思考や感情が相互に影響し合い、複雑な人間関係や利害関係を形成しているので、心の問題と社会の制度や価値観を切り離して考える事は出来ません。人間の心の悩みや問題は、自分自身の性格や能力、考え方を第一に考えていかなければなりませんが、それと同時に並行して社会環境や生活環境の問題も考える必要があるでしょう。
そのことから、物理的な生活環境から、心理的な条件や環境といったものが生み出されるという基本的な考え方が生み出されます。また、その反対に、認知療法の理論的枠組みのように、個人の外界(物理的な生活環境)の認知(理解の仕方・受け止め方)が、心理的な条件や環境を生み出すという考え方もあります。
いずれにしても、人間は生まれてすぐの新生児から老人に至るまで、それぞれの発達段階における達成すべき問題・課題を持ち、状況や能力、そして自分の目標に応じて悩みや迷いを抱えているのです。その悩みや迷いをどのようにして解決していけばよいのかの客観的な答えなどは勿論ありませんが、より確からしいと思える心理的な問題の解決方法やその援助を観察や調査を通して研究していくのが臨床心理学なのです。
学問としての心理学は、研究の対象や範囲の違いによって、とても多くの分野から成り立っています。心理学を構成している主な分野は、次のようなものです。
臨床心理学は、心理的な問題や障害を抱えた人を支援するために、下記のような範囲の研究や実践を行います。
アセスメントというのは、“調査・検査”のことです。つまり、心理的な悩みや問題を抱えている人の心理状態や生活している環境の状況を理解する為のアセスメントを作成して実行します。その臨床心理アセスメントを通して、クライエント(来談者)の心の問題の種類・性質や程度についてより深く把握することが出来るのです。
その臨床心理アセスメントから得た結果を利用して、クライエントの心理的な悩みや問題にどのように対処し解決していくのかを検討します。実際のアセスメントは、面接・観察・調査などを行い、更に科学的・客観的な心理テストを用いて詳細に行います。また、人格検査・発達検査・知能検査・社会性検査・人間関係検査・学習法検査などの心理テストを行うことで、そのクライエントにより適応した心理療法を用いることが出来るのです。
いろいろな心理テストを用いた結果を見て、どのような心理療法の技法を用いて心の悩みや問題を解決していくのかという方針を決めていきます。心理療法の技法には多くの種類がありますが、代表的なものとして、来談者中心療法、精神分析療法、行動療法、認知療法、交流分析、論理療法、認知行動療法などがあります。問題の性質や程度に合わせて、いくつかの技法を組み合わせて折衷的な心理療法を行う場合もあります。
心の問題を解決していく為に、地域社会・組織団体・集団などに働きかけて、臨床心理の専門家との協力体制を取れるようにしていきます。特に、殺人、自殺、暴力などの緊急性のある危機的場面や児童虐待やいじめなどの子どもの安全確保に関わる家庭内の問題、育児支援などに対しても地域全体でどのように支援していけるかを考えていかなければなりません。
心の問題を抱えたクライエントの心の状態をより良く理解して、有効な心理的援助をしていくために、臨床心理的な援助技術や技法を開発し、その技法がどれくらいクライエントの回復の役にたったのかの効果判定の研究をしていくことです。
臨床心理学では、理論的研究と実践的研究の両方を並行して行っていく必要があります。理論的にいくら高度に優れていても、それが実際のクライエントの問題解決に役立つものでなければ臨床心理学的な価値は低くなってしまうのです。臨床心理学の研究法では、クライエントの年齢・症状・原因・環境を考えた理論的な研究を推進すると同時に、実践的な研究として事例研究や調査研究も行っていきます。