臨床心理学の色々な理論と技法:1


精神分析(psychoanalysis)

精神分析は、19世紀末から20世紀初頭にシグムンド・フロイト(Freud,S. 1856-1939)によって創始された心理療法の体系的理論であり実践的な技法で、現在に至る心理学や心理療法に最も大きな影響を与え続けてきました。精神分析の研究成果は、臨床心理学の基礎となる人格理論、対人関係論、心理療法、心的構造論など広大な版図に及び、精神病理学の発展にも多大な貢献をしました。

更に、精神分析はフロイトの本流の他にも、ユング、アドラーを始めとして数多の分派分流を生み出しており、精神分析を祖とする理論や技法はまとめて『心理力動的立場』『力動論的心理学』と呼ばれています。精神分析は元々、神経症(neurosis)の症状の理解と治療の為に工夫を重ねて考案された理論体系であり治療技法です。精神分析は、フロイトの死後も様々な学派に分裂しながらも独自の発展を続けていき、現在では精神分析の適応症は神経症だけではなく、人格障害、精神病、心身症などの広範な精神疾患にも用いられるようになっています。

アンナ・フロイトメラニー・クラインといった精神分析学者の精力的な児童心理と精神病理の研究によって、現在では成人の心理療法だけでなく子どもの心理療法にも適用されます。フロイトの精神分析学の研究における最大の成果は、『無意識の発見』による深層心理学の発展だと言われます。人間の心の領域には意識しようとすればその内容を知る事が出来る“意識(consciousness)”の領域と、その意識の領域の深層にある日常的にはどんなに意識しても触れる事の出来ない“無意識(unconsciousness)”の領域があるとフロイトは考えました。

そして、良く用いられる譬え話をすると、意識の領域は巨大な氷山の海面より上にある小さな氷山の一角に過ぎず、無意識の領域は巨大な氷山の水面下に隠された途轍もなく大きな部分だと言われます。心的外傷になった出来事や非常に不愉快で苦痛な事件などによって起きる自分の心に受け入れ難い欲求・願望・感情は、抑圧という自我防衛の働きで無意識の領域に押し込められてしまいます。

しかし、どれだけ抑圧したとしても所詮は一時凌ぎに過ぎず、そのマイナスの影響を与える欲求や感情は存在し続けています。そんな感情があるとは本人に自覚されないまま抑圧できる限界を超えてしまうと、その欲求や感情が形を変えて苦痛な神経症症状を形成したり、行動や判断に悪い影響を与えたりします。

精神分析療法の基本的な仕組みは、この抑圧されたマイナスの感情・欲求・願望を意識化させて言葉にして話をさせる事で感情を浄化させて情緒を安定させて、過去の呪縛からクライエントを解放する点にあると言えます。自分自身でも気付かなかった無意識領域に抑圧された認めがたい自分の感情を、意識化して言葉にする事で、症状が改善され回復へと向かう事になるというのが精神分析療法の考え方です。

フロイトは、心の働く場所として『無意識・前意識・意識』の構造を考えたが、後期には心的機能の構造として『エス・自我・超自我』のモデルを提唱しました。エスは、快楽原則(pleasure principle)に従って、快を求めて、不快を避けようとする本能的欲動であり、生理的な衝動です。フロイトは、エスの代表的な欲動として、性的欲動攻撃欲求の二つの相反する欲動を考えました。

エスと対極にあるのは、超自我(スーパーエゴ)で、両親の躾(しつけ)や幼児期の教育を通して形成される心的機能で、『~してはならない。~すべきである』という道徳的価値や倫理判断として意識され、良心や理想につながっていきます。自我とは、現実検討能力や現実的判断の事で、エス・超自我・外界の出来事との間で起こる対立や葛藤を現実原則(reality principle)に従って調整します。

エスの欲求と超自我の良心・道徳、そして外界の制約との間ではせめぎ合う対立があり、それが心理的葛藤へと発展していきます。心理的葛藤は、程度の差はありますが、不快感を呼び起こし、その不快感が不安感、抑うつ感、罪悪感といった苦悩を生み出し、神経症の症状の原因となります。自我は、不快な感情を緩和して、情緒不安定な状態を改善し、無意識のうちに様々な手段(防衛機制)を働かせて葛藤に対処しようとします。心理的葛藤への対処としての自我防衛機制(defence mechanism)によって多くの不安や抑うつ感、恐怖に対処することが出来るのです。

しかし、エスの本能的欲求が強大過ぎたり、超自我の理想や良心の押し付けが強すぎたり、外界の現実的制約が強すぎると、心理的葛藤と不安が大きくなり過ぎて、必要以上の不適切な防衛機制を働かせてしまい、不安が生じないように頻繁に不適切な防衛機制を用いるようになってしまいます。そして、その防衛が強すぎる事が原因になって、神経症症状を引き起こしたり形成された症状を維持してしまったりして、社会環境に不適応になってしまうのです。

主要な防衛機制
防衛機制の種類防衛機制の働き
抑圧(repression)受け入れ難い欲求や感情などを意識から無意識に排除する。
退行(regression)幼児的な段階に心理状態が退行して、未熟な行動や表現様式で欲求を表現する。
取り入れ(introjection)対象の持っている属性(感情・思考・印象)を取り込んで自分のものにする。
投影(projection)自分の持っている属性(感情・思考・印象)を相手が持っているものとして投げかけること。
同一化(identification)重要な他者の持っている特徴(属性)を数多く取り入れて、相手と同一化すること。
打ち消し(undoing)過去の行動や思考を、それとは異なる行動・思考によって打ち消す。
否認(denial)不快な感情(不安・怒り)が生じる為に、対象を知覚していてもその存在を認めない。
知性化(intellectualization)不快な感情と直面する事を避ける為に、物事を過度に知的に考えて感情を統制する。
合理化(rationalization)自分の行動や発言を正当化する為に、合理的なもっともらしい理由を考える。
反動形成(reaction formation)受け入れ難い欲求や感情を抑圧して、それとは正反対の態度や行動を表す。
昇華(sublimation)本能的な欲求を社会的に承認される行動に形を変えて満足させること。最も生産的な防衛機制である。

フロイトには、幼児性欲(infantile sexuality)を前提とした人格発達論(心理的性的発達論)の研究もあります。幼児性欲(infantile sexuality)とは、性器の結合による性行為によってリビドーを満足させる成人の性欲とは異なり、性的行為であることを意識せずに、幼児が口唇・肛門・ペニス・クリトリスなどの限局された部分的な身体部位でリビドーを満足させる欲求のことを意味します。

これらの幼児性欲は、小学生くらいの年齢の「潜伏期」には、一旦抑圧されますが、中学生くらいの年齢から「思春期」に入ると異性という対象を求める全体的な性欲として部分的な性欲(幼児性欲)は統合されます。この部分的な性欲である幼児性欲が、全体的な対象である異性を求める大人の性欲へ統合されることを、精神分析では「性器統裁」と呼びます。

フロイトは、生得的な性的欲動のエネルギーを『リビドー(libido)』と名付けて、このリビドーが身体のどの部位に向かって満足されるかによって幾つかの発達段階を構想して、各段階には特徴的な防衛機制が働くと考えました。発達の各段階において十分に欲求が満たされなかったり、あるいは甘やかされて過剰に欲求が満たされすぎたりすると、発達が正常に進まずに、その問題のある発達段階に不安・恐怖・葛藤といった感情を残してしまいます。

その発達の障害や停滞を、精神分析では『固着(fixation)』といい、発達段階に固着があると、成長してから後に心理的に処理できないような感情やストレス、葛藤を抱えた場合、心理状態が固着点にまで退行します。退行を起こした場合には、大人として相応しくないような幼稚で未熟な防衛機制が働いて、その程度が過度になると神経症の症状が形成されてしまいます。

フロイトの心理的性的発達論の発達段階には、

  1. 口唇期(誕生~1歳半)・・・乳児が、母乳を吸ったり、指をくわえたりする時に、口唇に快感を感じている。防衛機制としては、取り入れや同一視、投影といったものが働いている。
  2. 肛門期(3歳まで)・・・排泄する際の感覚が快楽と結びつき、排泄物を蓄積したり、排出することに快を感じる。防衛機制としては、打ち消しや否認、置き換えといったものが働いている。
  3. 男根期(5歳まで)・・・性的な意味合いはなく部分的な身体感覚として、ペニスやクリトリスに快感を感じる。
  4. 潜伏期(12歳まで)・・・性的なエネルギーが抑圧されて、社会適応の為の学習や同性の友達との遊びに専念するようになる。性的欲動(リビドー)は性的ではない目的である学習や遊びに用いられる。
  5. 性器期(12歳以降)・・・部分的な幼児性欲が統合され、性器統裁によって全体的な対象としての異性への関心・好意が高まっていく。

精神分析療法では、『無意識の意識化・無意識の言語化』を目標として、頭に思い浮かんだことは何でも自由に話すという『自由連想法(free association)』や無意識的願望を象徴化したり、置き換えたりしている夢を分析する『夢分析』を行っていきます。

詳しくは、『精神分析を中心とする理論』を参照して下さい。

行動療法(behavior therapy)

行動療法とは、行動主義心理学や学習心理学の成果をもとに考えられた心理療法で『不適応な行動や態度を適応的な行動や態度に変容させる技法』のことです。行動療法が出てくるまで心理療法の主流は、精神分析などの内面的な思考や記憶を取り扱って悩みや症状の原因を探り、それを解釈したり、克服させたりするものでした。行動療法の革新的なところは、目で見て実際に確認する事の出来ない思考・感情・記憶などを取り扱わずに、客観的に変化や改善を確かめる事のできる“行動”を良い方向に変えていこうとするところです。

行動療法の考案初期(1950~1960年代)の有名な行動主義心理学者として、オペラント条件付け理論を考えて多くの論文を書いたアメリカのスキナー、人格心理学などの分野でも多くの貢献をしたイギリスのアイゼンク、系統的脱感作法などの行動療法の実用化を実践的に押し進めた南アフリカ共和国のウォルピ、ラザラスなどがいます。

行動療法の基盤には、学習心理学の研究成果である『古典的条件付け(レスポンデント条件付け)』『オペラント条件付け(道具的条件付け)』があります。こういった学習に関する理論の多くは、動物の行動を観察したり実験したりする事によって得られました。様々な学習を成立させる条件付けやモチベーションなどの知見をまとめて『学習原理』という事があります。

また、行動療法では、精神分析や精神医学などで用いられる伝統的な医学モデルを否定しています。伝統的な医学モデルというのは、精神の病理や不適応な行動が存在するときに、その原因となっている器官の異常や精神の障害、トラウマなどがあり、治療の為にはその原因から治療しなければならないとするモデルの事です。特に精神分析では、精神病理の深層に過去の抑圧された心的外傷の体験があるとして、自由連想法などでその原因となっている出来事を探究して意識化しなければ問題が根本的に解決されることはないと考えています。

つまり、目に見える行動や態度の異常だけを良くしようとする行動療法は対症療法に過ぎず、行動療法では一時的に症状が収まっても、また症状が違う形になって出現してくるとして行動療法を批判しているのです。そういった批判もありますが、行動療法の優れている点は、何といっても『客観性と明瞭性』であり、技法自体が非常に科学的で誰が行ってもほぼ同じような効果が得られるという点にあります。

また、行動は目で見てどれくらい良くなっているのかがすぐに分かり、記録に残していくことで後でまとめて技法の効果を客観的に確認することが出来ます。行動療法では、その効果を誰が見ても同じように評価することが出来るという『実証的評価』が非常に重視されています。技法がどれくらいの効果があるのかを科学的に調査することを実証的評価といいますが、実証的評価をする為には、その技法を受けるクライエントを実験群と統制群に分けて、その技法を受ける前と受けた後の変化を比較検討するなどして実験計画法に基づいた評価をする必要があります。行動療法を支える学習原理には、主要なものとして『古典的条件付け』『オペラント条件付け』があります。

古典的条件付け(レスポンデント条件付け)

古典的条件付けは、パブロフの行った犬の実験で有名なものです。パブロフは、犬の唾液腺に直接、唾液採取用のチューブを取り付けて、犬がどのような状況で唾液を分泌するのかを実験しました。犬が動けないように紐などで固定した装置を用いて、犬の目の前に肉粉の餌を自動的に差し出すようにすると、犬は生理的反射で唾液を分泌します。次に、肉粉の餌を与える前に、犬の目の前にあるライトを点灯させてから数秒後に肉粉の餌を上げるようにしました。餌を出した後は、ライトを消灯します。

犬は空腹時に食物を見たり、匂いを嗅いだりすると大量の唾液を反射行動で分泌します。このような唾液の分泌は、生理的な反射で無意識的なもので、肉粉の餌を『無条件刺激(UCS:unconditioned stimulus)』といい、肉粉に対する自動的な唾液分泌を『無条件反応(UCR:unconditioned response)』といいます。

肉粉の餌を与える前に必ずライトをつけるという実験手順を何度も繰り返して提示すると、肉粉が実際に与えられない場合でもライトが目の前で点灯するだけで、犬は唾液が分泌されるようになってきます。こういった実験手順を『条件刺激(ライト)を無条件刺激(肉粉)と一緒に繰り返し対提示する』といった言い方をする事があります。

この古典的条件付けの実験で用いられたようなライトの刺激を『条件刺激(CS:conditioned stimulus)』といい、元々は唾液分泌とは何の関係も持っていない刺激で、それ単独では犬に唾液を分泌させることは出来ません。肉粉と一緒に対提示することで、ライトは有効な条件刺激となり、条件反応としての唾液分泌を起こさせることが出来るようになります。『条件反応(CR:conditioned response)』というのは、その反応を元々引き起こさない中立的な条件刺激に対する学習を通して獲得された反応のことです。パブロフの実験では、ライトに対する唾液分泌が条件反応となります。

このように無条件刺激(肉粉)に対する無条件反応(唾液分泌)を利用して、無条件刺激と一緒に中立的な条件刺激(ライト)を提示することで、条件反応(ライトに対する学習による唾液分泌)を起こさせる事を『古典的条件付け(レスポンデント条件付け)』といいます。

しかし、古典的条件付けが成立しても、その後に条件刺激(ライト)ばかりを単独で与え続けると、条件刺激は唾液分泌を引き起こす事が出来なくなります。このような条件反応を起こさないようにする作業を『消去(extinction)』といいます。この古典的条件付けを利用したワトソンの実験に、アルバート坊やの実験というものがあります。

これは、赤ちゃんが反射的に恐怖を感じて避けようとする無条件刺激としての大きな銅鑼の音を白いウサギを見せるのと同時に鳴らして、人工的に白いウサギに対する恐怖症を作ろうとする実験です。現代ではこのアルバート坊やの実験は子どもに心的外傷を与えるかもしれないという倫理的問題があるので、こういった実際の子ども(赤ちゃん)を使って恐怖や不安を感じさせるような実験は当然行うべきではないとされます。

白いウサギは、本来は子どもに恐怖を与える対象ではなく、中立的な条件刺激ですが、恐ろしい大きな銅鑼の音と一緒に白いウサギを提示することで、白いウサギに対して恐怖反応を起こすようになり古典的条件付けが成立しました。この実験を通して、恐怖の対象はそれそのものが恐ろしい場合以外にも、何か他の恐怖を感じさせる無条件刺激と結びついて恐ろしいものと認知されている可能性が示唆されました。つまり、恐怖や不安は学習して獲得されることがあるという事です。また、古典的条件付けを利用した心理療法として、恐怖・不安の消去、アルコール・酒・薬物・タバコへの依存の問題の解決、性的な問題への対応などがあります。

オペラント条件付け(道具的条件付け)

オペラント条件付け(operant conditioning)とは、簡単に言えば行為に対する強化(報酬と罰)を与えることで、ある行動を起こしやすくさせたり、起こしにくくさせたりする条件付けの事を言います。人間はある行動を取った後に、周囲の人たちからどのような反応が返ってくるか、賞讃されるのか非難されるのかによってその行動を取りやすくなったり、取らなくなったりします。つまり、ある行動の直後にどのような強化子(報酬と罰)が与えられるのかによって、その行動の生起率が変わってくるのです。

学習原理のオペラント条件付けの基本原則は、ある行動の生起率を高めたければ『報酬(正の強化・負の強化)』を与え、ある行動の生起率を低くしたければ『罰(正の罰・負の罰)』を与えるというものです。また、ある行動に対して何の結果も伴わない場合には、通常、その行動の生起率は低くなり、これを『消去』と呼びます。生起率を高めたい望ましい行動に引き続いて与えられる快の刺激(報酬)を『正の強化(positive reinforcement)』といい、望ましい行動の直後に与えられる不快な刺激の除去を『負の強化(negative reinforcement)』といいます。

反対に、生起率を低くしたい望ましくない行動に引き続いて与えられる不快な刺激を『正の罰(positive punishment)』といい、望ましくない行動の直後に与えられる快の刺激の除去を『負の罰(negative punishment)』といいます。オペラント条件付けは、臨床心理学の領域だけに限定される特別な技法ではなく、生活の至る場面に取り入れられているものです。例えば、犯罪に対する刑罰、ノルマや歩合給のある営業職、子どもの躾、入試試験・入社試験など様々な状況でオペラント条件付けの基本原理が働いて、人々の行動の傾向を左右しているのです。

オペラント条件付けを用いた心理療法は非常に幅広い適応を持っていて、重症な精神病患者の望ましい行動獲得の訓練や問題児童の望ましくない行動の除去、強迫性障害、摂食障害、チック、吃音など実に様々な心理的問題や病気に対する療法として利用されています。特に、学校教育の場面で、問題行動を繰り返し引き起こす児童生徒の行動の抑制のためにオペラント原理をうまく応用する事で大きな成果を上げているケースもあります。

リラクセーション訓練と系統的脱感作

行動療法では、まず恐怖や不安、過度の緊張がないリラックスしたストレスを感じていない状態を作り出す『リラクセーション訓練(relaxation training)』を行います。一般的なリラクセーション訓練は、古典的条件付けの原理に基づいたもので、恐怖や不安、緊張を引き起こす刺激とリラクセーション反応を同時に対提示することで、恐怖や不安を感じることがないようにするものです。リラクセーション訓練を適切にマスターするまでには、通常、4~8時間の教示を必要とするとされています。

リラクセーション訓練は、ジェイコブソンによって開発されたもので、南アフリカの著名な行動療法家ウォルピによって発展させられました。リラクセーション訓練は、静かな落ち着いた環境の中で行われ、ゆったりとしたリラックスできる姿勢で、受動的な注意集中をしながら手順に沿って行っていきます。おおまかに説明すれば、リラックスした姿勢で、ゆっくりと大きく深く息を吸い込みながら深呼吸をして、腕・頭・首・肩・背中・腹部・胸・下肢など筋肉の一部を交互に強く緊張させ、そして力を抜いて弛緩させます。

このとき、自分の身体の一部が緊張して力が入っている状態と余計な力がすっかり抜けて弛緩している状態をよく分かるまで実感して貰います。この緊張と弛緩の差異を経験することで、自分自身が普段、如何に肩に力を入れて緊張しているか、更に意識を受動的に集中すればいつでもリラックスできる事を学ぶ事が出来るのです。

次いで、自分を心地良くさせる快のイメージや思考を自由自在に頭に思い浮かべて、それを感情の浄化やストレスの解消に利用することが出来るようにしたり、不安や恐怖、緊張といった不快な心理状態を自己コントロール出来るようにします。

リラクセーション訓練は、その場限りでリラックスできても何の意味もないので、毎日継続して練習する必要があり、平均して一日30分程度のリラクセーション訓練を行う事で、安定した心理状態やリラックス効果を得ることが出来ます。ストレス解消、高血圧、心臓動脈疾患、偏頭痛、気管支喘息、不眠症にも効果があるとされています。また、リラクセーション訓練は、それ単独で用いられる事は余り多くなく、通常、何らかの心理療法の技法と組み合わせて感情の安定や心身の自己コントロールの効果を得る為に用いられます。

リラクセーション訓練は、イメージ脱感作、系統的脱感作、主張訓練法、ストレス管理プログラム、自律訓練法などの導入としても良く使われます。『系統的脱感作(systematic desensitization)』は、古典的条件付けの原則に基づいた療法で、不安や恐怖を学習された反応と考えて、その不安や恐怖に拮抗するリラクセーション反応を訓練することで不安や恐怖を克服することが出来るという考え方に基づいています。

その為、系統的脱感作では、まずリラクセーション訓練を行って、しっかりと自分自身の力で不安や恐怖を感じない落ち着いたリラクセーション状態に入れるようになって貰います。それに続いて、『不安階層表』という、クライエントの恐怖や不安を感じる場面を程度の弱いものから強いものへと並べた表を作成します。その階層は、クライエントが最も強く不安や恐怖を感じる最悪の場面を頂点として、最も弱い最小限の不安や恐怖を感じる場面まで順位がつけられます。

不安階層表には、その不安や恐怖の強さを表す数値が示されていますが、この数値のことを『自覚的障害単位(SUDs)』と言い、最も小さい0(不安なし)から最も大きい100(最高度の不安)までの値が付けられます。系統的脱感作は、前記したように、十分にクライエントがリラクセーション訓練を行って修得し、目を閉じた状態で完全なリラクセーション状態に入れるようになって初めて開始されます。最初に、中立的なイメージがまず与えられて、そこでクライエントがリラックスを持続できれば、不安階層表の一番弱い最小限の不安を喚起する場面を想像するように示唆します。

心理療法家は、漸進的に不安のレベルを上げていき、その不安場面を想像するように求めます。クライエントが不安を感じることなく想像できる不安場面まで進んでいき、そこで不安や恐怖を感じるとクライエントが言えばいったんそこで系統的脱感作を中止して、再びリラクセーション状態へと誘導して不安や恐怖を取り除いていきます。

そして、感情が安定したところで、再び階層のレベルを上げて、より高い不安や恐怖の場面に対応できるようにしていくのです。系統的脱感作の一応の終結は、最高度の不安を感じるSUDs100の場面を想起したときに、リラックスした心理状態を維持できた時になります。系統的脱感作は、恐怖症や不安障害を中心として、悪夢、摂食障害、強迫性障害、鬱状態などに対する療法として用いられます。

行動療法は、最近では認知行動療法としての発達を見せていて、認知行動療法はうつ病や統合失調症などの比較的重い精神障害から不安障害、強迫性障害、パニック障害、神経症的症状まで非常に幅広い心理的問題に対応できる療法となっています。

行動療法に属するその他の技法としては、個人や集団のモデルの行動の観察学習を通して治療を行う『モデリング(modeling)』や社会的スキル訓練の一つとして、ある状況で自分の意見や感情をはっきり示して主張的に行動出来るようにするための『自己主張訓練(assertiveness training)』、自分自身の健康の問題などを認知的・行動的技法を用いて管理する『自己管理訓練』などがあります。

来談者中心療法(client-centered therapy)

来談者中心療法は、カール・ロジャーズの創造的な理論を基盤にして作り出されたカウンセリングの技法です。1940年代に、アメリカで支配的だった精神分析的な心理療法とは異なるロジャーズ独自の『非指示的』(non-directive)なカウンセラーの立場を打ち立てました。

ロジャーズのカウンセリングの基本的な原則として、以下のようなものがあります。

  1. 人は生来的に“健康・成長・適応”へと向かう欲求や傾向を持っているという肯定的な人間観。ロジャーズはこの基本的な心的傾向を“実現傾向(actualizing tendency)”と呼んだ。
  2. 知的な理屈の側面よりも情緒的な理解の側面を重視する。
  3. 過去の記憶や問題よりも、現在の現実的状況にどう対処していくべきかを考える。
  4. 来談者中心療法では、カウンセリングの人間関係そのものが、来談者の心理的成長や成熟の経験につながるということ。

更に、ロジャーズは、次に掲げる6つの条件を心理療法に必要かつ十分な条件として考えました。

  1. 2人の人間が、心理的に接触し交流を持っていること。
  2. クライエントは、不一致(incongruence:自分自身の感情を自由にありのままに受け入れられず、表現も出来ないこと)の状態であり、情緒不安定で傷つきやすく、不安な状態にあること。
  3. セラピストは、一致(congruence:自分自身の感情と言動が無理なく一致していて自由であること)の状態であり、自我が統合されていること。
  4. セラピストは、クライエントに対して無条件の肯定的な配慮(unconditional positive regard)を経験していること。
  5. セラピストは、クライエントの内的照合枠に共感的理解(empathic understanding)を経験していて、その共感感情をクライエントに伝えるように努力していること。
  6. セラピストの共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最低限、クライエントに伝わっていること。

これら6条件を満たすことによって、カウンセリングの場面は有効に機能して、クライエントの人格(パーソナリティ)はより健康的・成長的な方向へと変容していくとロジャーズは言います。

ロジャーズは、この人格の変容を7つのストランズという要素から構成されるとして、それぞれのストランズに7段階からなる過程尺度(process scale)を考案しました。人格の変容は、その過程尺度の低い段階から高い段階へと変わっていき、次第に健康となり、人格的に成長し、環境に適応していくことになります。これが、ロジャーズの考えた実現傾向(actualizing tendency)なのです。

ストランズの要素としては、『感情と個人的意味づけ(Feelings and personal meanings)』『体験過程(Experiencing)』『不一致(Incongruence)』『自己の伝達(Communication of self)』『体験の解釈(Construing of experience)』『問題に対する関係(Relationship to problems)』『関係の方法(Manner of relating)』の7つがあります。

ロジャーズのパーソナリティ理論は、徹底的に楽観的で肯定的なもので、性善説に基づいているものである。つまり、人間に生来的に備わっている基本的傾向は、有機体を維持し強化する実現傾向であり、人は個人に深く内在する実現傾向によって、適切な条件さえ整えば、成長・健康・適応へと向かう事になるというものです。ロジャーズの来談者中心療法は、この実現傾向への絶大なる信頼を基盤にして成り立っているといえます。

人は、現実的状況によって実現傾向に相互的な影響を与えられながら、自分の経験を有機体的に価値付けしていきます。こういった環境と自分との相互影響の過程を通して、経験の一部は象徴化されて意識化されるようになり、強く意識化される重要な経験は『自己概念(self-concept)』として明確になっていきます。自己概念とは、自分がどのような人間であるか、どのような特徴や性質、行動や思考パターンを持っているのかという自分に対する意識や意味づけのことです。

自己概念が形成されると、個人は肯定的配慮を求める欲求が強くなり、自分が重要だと認識している他者から愛情や関心を示されたいと思うようになり、そういった重要な人物と親密な関係を持つ事に大きな価値を見出すようになるのです。そして、重要な他者の価値は、自分の中に取り込まれて価値の判断条件となります。人は、一定の年齢になると、こういった価値の判断条件を心の中に持っていて、対人関係の経験の中で良い経験と悪い経験を区別するようになるのです。

内面化された価値の条件(condition of worth)に一致する経験は意識の上で正確に知覚され、象徴化されますが、一致しない経験は防衛機制によって歪曲(distortion)されたり、拒否(denial)されたりして知覚されることとなります。

上記の様に、一定の年齢まで成長すると人は、内面化された良い・悪いの区別である価値の判断条件に従って、『選択的な認知』をするようになってしまい、自己概念と経験との間に不一致が生じてきます。ロジャーズは、この不一致の程度が大きくなると、心理的な異常や問題が生じてきたり、環境に適応できない不適応状態に陥ると考えました。ロジャーズのパーソナリティ理論は、自己概念と経験という絶えず変化する過程の相互作用の中で組み立てられたものと言えるでしょう。

家族療法

個人の精神障害や心理的な問題・苦悩の背景には、家族の問題があることが少なくない事は、今までの多くの研究から分かっています。心理的な問題の背後に、家族の人間関係の対立や軋轢を想定する考え方は、1950年代の統合失調症(精神分裂病)の家族研究を通して普及してきました。

ベイトソン(Bateson,G 1904-1980)らの研究グループは、家族間のコミュニケーションのあり方を研究対象にして、二重拘束理論(ダブルバインド理論)を提唱しました。家族間の二重拘束理論とは、二人以上の家族から相互に矛盾する要求のメッセージを突きつけられて、どちらを選択しても家庭内に対立や葛藤が起きるという状態のことで、二重拘束を受けている当事者は自己主張ができず身動きの取れないがんじがらめの状態に置かれてしまいます。

また、二重拘束が起きている場面では、言語的表現と態度・振る舞いが食い違って矛盾していることが多く、ますます事態は混乱して、円滑なみんなが心地良い人間関係を取り戻す事が難しくなります。言語と態度の矛盾の例を上げれば、口では『もう、その事は気にしていないから大丈夫よ』と言いながら、実際には態度がそっけなかったり、相手を無視したりして拒絶感を表していたりする場合などがあります。

二重拘束の特徴は、『相手に選ばせる自由を与えている表面的な態度を取りながらも、実際には自分の思い通りの選択をしなければ罰を与えるぞ』という威圧を与えているところにあると言えます。

二重拘束が成立する条件には、まず複数の人間が周囲に存在していて、その複数の人間からそれぞれ両立する事が不可能な要求や命令を受けるという事があります。その要求や命令は言語ではっきりと伝えられることもあれば、言葉に出さずに何気ない態度や振る舞いで伝えられる事もあります。その要求や命令はネガティブな性格を持つもので、多くの場合『もし○○しなければ、あなたに罰則を与えたり、無視したりする』という形で与えられます。

その『もし○○しなければ、あなたに罰則を与えたり、無視したりする』という要求・命令が二人以上の人から与えられて、片一方の要求を受け入れれば、他方の要求を拒否しなければならないという状況がまさに二重拘束理論で提唱されている非常に強く苦しい葛藤を生む状況であり、精神病理の原因にさえなることのある状況なのです。

家庭内の子どもの立場でこの二重拘束理論の状況が発生する場面を考えると、お母さんから『お父さんの言う事なんか聞かないで私の味方をしなさい』という一次的命令が与えられ、お父さんから『もし、お母さんの味方をしたら許さないからな』という暗黙の二次的命令が与えられている場面などが考えられます。そして、こういった状況におかれた子供は、幼くて社会的には無力であるため、家庭の外に逃げ場を求めることはまずできません。更に、両親のどちらの味方もしないという選択肢を選ぶことも許されていない事が多いのです。

一旦、二重拘束の被害者である子どもが、自分の置かれている二重拘束的人間関係を認知してしまうと、その認知だけで被害者の子どもは激しく混乱動揺して身動きがとれなくなります。その結果、物事を冷静に見ることが不可能になり、論理的に物事を解決していく思考能力も麻痺して病理的な状態に陥る可能性さえあるのです。

二重拘束理論の概念に従うと、家庭内の人間関係の問題を抱えた人を治療する場合には、その人個人の問題を解決するだけでは対症療法的な一時凌ぎに過ぎないという事になります。つまり、回復したクライエントを人間関係がうまくいかない家族のもとに返せば、また元通りの病気や問題が発生してくると考えられのです。その為、心理的問題のある個人だけを治療するのではなく、家族全体を心理療法の対象とすべきとする家族療法(family therapy)の考え方が生まれてきました。

家族全体を治療対象とする家族療法の中にも幾つかの立場があります。アッカーマン(Ackerman,N. 1908-1971)らの精神分析的アプローチ、ボーエンらの世代論的アプローチ、更に現代において主流といえる家族療法として、家族システム論に基づく家族療法(システム論的家族療法)があります。

家族システム論の誕生には、ベルタランフィ一般システム理論や、そこから派生した生態システム論が大きく影響しています。家族システム論によって、家族の相互的関係が一つの体系的なシステムとして記述されるようになったと考えられます。

システム論的家族療法

戦略派

戦略派の代表は、ヘイリーという心理学者やMRI(Mental Research Institute)ですが、戦略派では、家族間の問題を解決しようとする努力や工夫そのものがかえって家族間の問題を維持したり悪くしたりしていると考えます。つまり、『問題→間違った解決方法の模索→間違った解決方法→問題→間違った解決方法の模索→・・・・』という悪循環の行動の連鎖があると想定して、この悪循環を断ち切って別の行動を起こさせようとするのが戦略派の基本的な方略です。

今までの家族間の問題を引き起こしていた行動を変えるために、戦略派はパラドクス(逆説)リフレーミング(認知的な枠組みの転換)といった効果的な技法を用いていこうとします。これは要約すると、普段、話してはいけないと押さえ込んでいる感情や不満を、一日に一回、時間を決めて『相手に対して変えてほしいところを話し合う』ことなどを指示して介入することなどである。

構造派

構造派は、システムの構造に注目した技法で、家族を構成する夫婦・兄弟姉妹などのサブシステム(下位システム)間の関係を正常化してうまくバランスを取ることを目的とします。簡単にいえば、構造派は、サブシステム間の関係が親密になり過ぎたり、疎遠になり過ぎたりすることで、家族のシステムが混乱して、その結果、個人の心理的な病気や問題が発生してくると考えるのです。

例えば、よく問題視される母子密着では、夫婦のサブシステムと子ども(兄弟姉妹)のサブシステムとの境界が曖昧になり、横の夫婦や兄弟姉妹のつながりより縦の親子のつながりの方が過剰に強くなり過ぎてしまって、バランスを崩してしまっている状態だと構造派の立場からは解釈することが出来ます。他にも、母子密着の見方には、父親との身体的・経済的力関係で劣る母親が、子どもを自分の味方につけることで、父親と対等な存在として家庭で存在感を確保したいという無意識的な欲求が関係しているという見方もあります。

ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法(Gestalt Therapy)は、1950年代に創始された心理療法の技法で、フレデリック・パールズとその妻ローラ・パールズによって考案されました。ゲシュタルト療法の基盤にはケーラー、コフカ、ヴェルトハイマーによって研究されたゲシュタルト心理学があり、その他にも、ライヒの精神分析、フッサールの創始による現象学、実存分析、禅に代表される東洋思想など様々な学問分野や思想哲学の影響を受けています。

ゲシュタルト療法は、人間性解放運動が盛んだった1960年代のアメリカにおいて関心を集めるようになり、カリフォルニア州のエサレン研究所を中心に、ニューヨーク、サンフランシスコなどでも研究が進められました。最近では、日本でもゲシュタルト療法に関心を持つセラピストの数が増えていて、色々な場所で研修会やワークショップなどが行われているようです。

ゲシュタルトとは、ドイツ語で『全体性』『全体の形態』『全体を包含するまとまり』といった意味で、ゲシュタルト療法は、全体の形態を構築して、心的な統合(バランスのとれたまとまり)を目指していく技法です。私達は外部の生活環境の中で日常生活を送っていますが、その外部からの心理的ストレスや何らかの有害な要因によって、有機体としての人間が固定化した部分的な心的活動しか出来なくなったり、全体的な自己認識を喪失するようなアイデンティティの危機に陥った場合に、セラピストの支援で、『今、ここでの気付き』に焦点を当てていきます。

そして、そのクライエントの中にある心と身体の内面的統合ができていないアンバランスな部分(未解決の問題、意識化できない強い感情)を実際の体験を通じて解決していこうとします。ゲシュタルト療法の最終的な目標は、実際の体験的な心理過程を通じて、個人の主体性や自発性を少しずつ取り戻して、他人や環境に過度に依存しない自立した個人、生き生きと人生を生きて、心的機能を柔軟に自由自在に機能させることのできる個人を目指していくところにあります。そういった自由自在で柔軟な思考と感情の表現ができ、他人や環境に過剰に依存することなく独立した個人を『真正の自己』と呼んだりします。

ゲシュタルト療法とはどのような技法なのか?

ゲシュタルト療法の特徴を簡潔にまとめると以下のようになります。

  1. 過去を悔やんだり、未来を心配するよりも『今、ここに生きる事』を一番大切にすること。自分だけの想像や空想に基づく不安や心配に振り回されないこと。
  2. 概念的に理屈で考えるよりも、実際に経験してみて感じることを大切にすること。案ずるより産むがやすしの考え方を適切に利用すること。
  3. 意図的に相手を操作したり、状況や人間関係を知的に解釈するよりも、実際に自分が感じている感情を素直に率直に表現することを重視する。
  4. 自分の行動、自分が表現した感情など自分の言動に対して、それに見合った責任を取るようにすること。
  5. 客観的な現実状況を逃げずに直視すること。ありのままの強がらない、飾らない自分を直視する勇気を持つこと。

ゲシュタルト療法の技法について

ゲシュタルト療法では、セラピストの確実なサポートのもとで、現在の自分がありのままの見せ掛けでない自分と向き合って、自己の未解決の問題や意識化できていない受け入れ難い感情を適切に整理して、統合していく作業を行っていきます。この作業のことを、『ゲシュタルト・ワーク』といいます。

ゲシュタルト・ワークには、以下のようなものがあります。

1.“今、ここ”での気付きを促進

ゲシュタルト療法の効果の核心は、過去や未来に悩まない“今、ここ”での気付きにあります。クライエントの治療上の変化や自己成長を『今、ここでの気付き』によって実現し、実際のカウンセリング場面ではいつも『今、何に気付いているのか?今、何を感じているのか?』を意識してカウンセリングが進められます。

セラピストは更に、クライエントの気付きを促進する為に、『今、何が欲しいのですか?』『今、何をしているのですか?』『今、何に対して怒っているのですか?悲しんでいるのですか?』といった言葉で質問して、現在の心理状態に注意が向かうようにします。

2.空椅子技法(empty chair technique)

誰も座っていない空の椅子を用意して、クライエントにとって重要な意味や関係を持つ人物や事物がその椅子に座っているように想像して、自分が普段、その相手に伝えることの出来ない本当の感情や意見を話してもらう技法です。

3.対立分身対話法(topdog/underdog)

クライエントの内面に二つの対立矛盾する感情や考えがあり、クライエントの内的統合を妨害していると見られた場合に、対立分身対話法を用います。この技法は、自分の中にある二つの対立する意見を持つ人を仮定して、納得のいく結論を得られるように対話してもらう方法です。

4.未完遂ワーク(unfinished work)

クライエントの内面にうまく表現することが出来ずにすっきりしない胸がつかえたような感情が残っている場合などに、未完遂ワークというカタルシス効果のある感情の解放を目的とした技法を用います。ある場面で表現すべきであった感情、あるいは、表現したかったのに表現できなかった感情をカウンセリング場面で気分が晴れるまで自分なりの方法で表現してもらうといった技法です。

5.夢のワーク(dream work)

ゲシュタルト療法の夢のワークは、精神分析のように夢の意味や内容を解釈するものではなく、夢を見たクライエントにその夢の中に出てきた登場人物や事物になりきってもらい、その夢のストーリを再体験するように演じてもらいます。その夢の演技を通して、夢を知的に言葉で解釈するのではなく、自分自身の実際の体験として理解して貰うことが目的なのです。

6.役割演技法(role playing)

ゲシュタルト・ワークでは、よく空椅子技法とセットで取り上げられる技法です。クライエントにとって重要な意味を持つ他者と関係を持っていく場合に、その重要な相手になりきってもらい、セラピストがクライエントの役割を引き受けて、お互いに対話を重ねていく技法です。それ以外にも、クライエントに一人二役をこなしてもらって、実際に相手と会話しているように一人で会話して貰うこともあります。

ロールプレイングは、相手の立場にたって物事を考え、自分と向き合う相手の気持ちを考える事で、相手の心理状態や欲求、意図をより深く理解することが出来るようになります。その事で、トラブルのない建設的な人間関係や自分が後悔や苦痛を感じない対人関係を持つようになることができ、更に、自分自身の素直な感情を洞察することにも役立ちます。

交流分析(Transactional Analysis)

交流分析は、アメリカの精神科医エリック・バーンが1950年代に開発した性格理論であり、それに基づく心理療法の体系です。また、交流分析は精神分析理論を基盤にしていて、各論を見ても精神分析と類似した発達論や自我の理論を持っているので、分かりやすい口語版の精神分析と呼ばれることもあります。

また、交流分析は精神分析だけでなく、ゲシュタルト心理学、学習理論、情報理論のサイバネティクス、マスローらの人間性心理学の影響を受けています。その為、総合的な心理学の分類では、人間性心理学の一つとして位置づけられる事もあります。

交流分析は、『相互的に反応し合っている人間の間で行われている交流(関係のしかた)を分析すること』を主要な目的としています。日本での交流分析の研究と活用は、九州大学医学部の心療内科で精力的に進められてきました。

交流分析が健全とする人間観は『自律した個人』であり、自律性を失って他者の行動や発言に過剰に振り回されたり、反対に自分の言動によって他者をうまいようにコントロールしてやろうと思う時などに心理的な問題や障害、生活上の困難が生まれてくると考えます。交流分析の技法を通して、失われた自律性や対人関係スキルを取り戻して、本来の自分らしさを発揮して生き生きと生きていくことが一つの治療上の目標となります。

3つの自我状態

交流分析では、誰もが交流する相手や場面によって移り変わる『3つの私の部分』を持っていると考え、それぞれの私の部分を『自我状態』と呼びます。

更に詳しく自我状態を定義すれば、『感情及び思考、そしてそこから生まれる一連の特徴的な行動様式を統合した一つのシステム』と言う事が出来るでしょう。

3つの自我状態とは、

P(Parent)・・・親の自我状態。Pは、更に、権威的で指導的な性格を持ち、社会規範や道徳、礼儀作法などに厳格で口うるさいCP(Critical Parent:批判的な親)と母性的で保護欲求の強い穏やかな性格を持ち、いつも優しく包み込むような愛情を注ごうとするNP(Nurturing Parent:擁護的な親)に分けられます。

A(Adult)・・・大人の自我状態。Aは、現実的吟味や現実的検討を行う自我状態で、合理的な利害を計算した冷静な判断や決定を行う事が出来ます。現実の環境や人間関係にうまく適応していく為には、Aを効果的に機能させることが必要です。また、PやCの行き過ぎた活動を抑制する心理的な調整役の役割もあります。

C(Child)・・・子どもの自我状態。Cは、更に、明るく自由奔放で自分の思いのままに行動して、他人や社会のルールに拘束されず、率直な感情や意見を遠慮することなくありのままに表現するFC(Free Child:自由な子ども)と両親や自分より上の立場の相手に従順で、言いつけや命令を良く守りルール違反をすることがなく、社会規範や権威権力に対して逆らわないAC(Adapted Child:順応した子ども)に分けられます。

対人交流を求める動機

1.刺激への欲求

乳幼児期には、対人交流を求める動機は、愛撫・接触・視聴覚刺激などを求めてのものです。更に、人間が成長する際に必要な刺激としては、評価・賞讃・承認などの肯定的刺激や、叱責・非難・注意などの否定的刺激があります。交流分析では、こういった交流を求める動機となりうる刺激のことを『ストローク(stroke)』といいます。

人間は、他者からの肯定的ストロークが不足すると他者への否定的ストロークで補うといった行為がよく見られます。つまり、自分自身が満足していない幸福でない人ほど、他人を低く評価したり、非難し悪口を言ったりという行動が見られる傾向があります。

2.人生の立場(ポジション)への欲求

乳幼児期からの親との係わり合いの中で作られる対人関係の中での自分の立場を『基本的構え』と呼び、一旦決定された基本的構えはなかなか崩れることがなく、その後の人生の中で強化されやすい傾向があります。

その個人の構えや立場を『OKである』『OKでない』といった形で表現し、『自他肯定』『自己否定・他者肯定』『自己肯定・他者否定』『自他否定』の4種類に分類されます。

交流分析が理想的と考える基本的構えは『自他肯定』であり、つまり、私も快く、あなたも快いという争いや不満のない人間関係を成り立たせる構えなのです。

3.構造化への欲求

生活の時間を構造化して、心理的安定やストロークを得ようとする要求であり、構造化には閉鎖、儀式、活動(仕事)、雑談、ゲーム、親交といった種類があります。

交流分析の4つの分析

1.構造分析(structural analysis)

自己を客観的に見つめ、より深い自己理解を促進することで、性格の歪みや偏りを発見して改善することで心理的な問題や対人関係の障害を解決する為に行う分析が構造分析です。交流分析では、人間の心を3つの自我状態に分けて考えるのは前に述べた通りです。そこで、その自我状態の理論を前提として、構造分析の質問紙に答え、自我状態のバランスのグラフを描くことで、対人関係の状況や相手・場面によって、どの自我状態(CP,NP,A,FC,AC)が優位になり、どの自我状態が抑制されて隠れてしまうのかを考えてその人の人格構造を分析することができるのです。

その結果、自分の優位な自我状態を周囲の人の迷惑にならないように抑制したり、あるいはより有効に適切な場面で優位な自我状態を使うようにしたり出来ます。また、自分の劣位の自我状態を、抑えすぎないように気をつけて、もっと積極的に効果的に使うようにしていくといった改善策を講じることも出来るのです。また、内部対話、自我状態の偏り(自己愛傾向、強迫傾向、P-C葛藤型など)、自我境界の病理(排除・汚染)、エゴグラム(機能分析)などの分析によって多様な方法で自己理解を深めていく事が交流分析では出来るのです。

2.交流パターン分析

2者間のコミュニケーションの様子をP・A・C間ベクトルで分析してみると、二人の間の会話が何故うまく進まないのか、何故すぐに対立したり罵倒し合う結果になってしまうのかの原因が分かってきます。当然、その交流パターンの分析は、二人の相互理解や相互信頼を深めることのできるコミュニケーションを目的として行うことになります。

交流パターンを分析する場合には、実際に行われている会話を記号や図式を使って分析していくことが多いのですが、分かりやすい記号や図式を用いる事でビジュアル的に直感的に自分の交流パターンの偏りや歪みがよく分かるようになります。

3.ゲーム分析(game analysis)

こじれた問題の多い人間関係やお互いが相手を自分の都合の良いように操作しようとしている人間関係を、交流分析では『ゲーム』と呼びます。ゲーム分析は、交流分析の中核を為す分析で、幼少期から継続している悪循環に陥った対人関係のパターン(お互いが気まずい感じになったり、怒りや不快感、嫌悪感を感じるような対人関係のパターン)を分析する方法です。

過去に対立や喧嘩といったトラブルを起こした交流パターンに合う相手に出会うと、また再び同じようなトラブルを起こしてしまうことが人間には多いものですが、本人は意外にその事実に気付いていなかったり、無自覚だったりします。エリック・バーンによると、この繰り返される交流パターンは、以下のような公式に従って起こるとされます。

仕掛け人+弱者(弱者に見える者)→反応→入れ替え→混乱→結末

と事態は悪い方へと進行していき、第三者がそこに介入したとしてもどちらかに肩入れする為に余計に問題をこじらせてしまうことが多いのです。結局は、本人の意識的な態度や言動の変容がない限りは、同じような不快で不幸な対人関係の結末に終ってしまうとバーンは指摘しました。

ゲームには様々なものがありますが、代表的なものとして、生活のゲーム(アルコール、薬物依存症、他人の粗探し、借金癖、意図的な裏切りなど)、結婚生活のゲーム、パーティー・ゲーム(詮索好き、水掛け論など)、セックスのゲーム(不特定多数との相手の気持ちを無視したセックス、リスクを顧みない自分本位の衝動に任せたセックスなど)、犯罪者のゲーム(逃亡するスリル、相手の信頼を裏切る犯罪、愉快犯など)、診察室のゲーム(心気症的な訴えや不定愁訴で治療者の好意を得ようとするなど)などがあります。

ゲーム分析は、家族間の人間関係を適切に調整する為に家族療法などに応用されることもあります。

4.脚本分析(Script Analysis)

人生全体のシナリオともいえる『脚本』の分析であり、この内容が破滅的で悲観的ならば、それを『今、ここで』建設的で創造的な脚本に書き換える決断をして、新しい人生を歩みだすことが、交流分析の最終的な目的となります。

システム・アプローチ

システムとは、1948年に発表されたベルタランフィ(Bertalanffy,L.von 1901-1972)一般システム理論によると、システムを構成している各要素が相互的に関係を持ち、影響を与えながら形成する“一つの全体的な仕組み”を意味します。

ミラー(Miller,J.G. 1978)は、この一般システム論を更に発展させて、生態システム論を提唱し、臨床心理学がシステム論を心理療法に応用する素地を作りました。システム・アプローチ(system approach)では、クライエントやクライエントの周囲にいる人々や環境要因をシステムという枠組みの中で捉えます。そのシステムには、階層構造があり、それぞれに上位システムと下位システムを持っていて、上位システムからは拘束的な影響を受けていたり、下位システムには自分が強い影響力を持っていたりします。

個人としてのAさんを例にとると、Aさんには世界・国家・社会・政治経済・学校・家庭・職場などの上位システムがあり、更にAさんの下位システムとしては自分の生体システム(神経系・分泌系・循環器系・消化器系)などがあります。各システムは、相互にオープンな形で関係を持ち合い、相互作用し合っていますが、システムにおいては『全体は部分の総和ではなく、それ以上である』という考え方がとても重要になってきます。

心理的な問題をシステムという枠組みで捉えると、例えば、不登校やひきこもりの子ども達の問題では、未成熟な自我のシステム、親との分離不安が根底にある母子密着の母子システム、父親の権威性が極端に失墜し、家庭に存在感がなくなって子どもに何の影響も与えられない父子システム、家族内部での人間関係が問題が多く、協力体制がとれない家族システム、学校に登校するような適切な指導や援助ができない学校システムなどの不登校の子ども個人を超えたシステムの問題が浮き上がってきます。

また、システムアプローチでは単純な直線的因果関係で物事を考えることはしない事に注意が必要です。つまり、先ほどの不登校の子どもの例で言えば、『母子密着→子どもの精神発達の障害→自我の未熟性→社会性の欠如・社会適応能力の停滞→不登校・ひきこもり』といった形で心理的な問題を理解することはしないという事です。各システムは、相互作用し、相互に影響を与え合っているのですから、一方的な因果関係に導かれる問題は有り得ず、循環的な相互作用のほうにこそ注目しなければならないからです。だから、『母子密着が不登校の原因で、未熟な自我形成の原因である』という言明は、システム論的には正しい問題の理解ではなく、物事の一側面だけを切り取っているに過ぎないのです。

システム・アプローチの心理的な障害の理解をまとめると、個人の問題の原因は、その個人の性格や発達、資質のみに還元されるべきではなく、システム全体の持つ失調や問題をその個人が体現していることになります。そういったシステム論的な問題理解を前提として、システムアプローチでは、クライエントのことをIP(identified patient:クライエント・患者と見做された人)と呼ぶことがあります。システム・アプローチによる心理療法の対象となるシステムは、家庭・学校・職場・友人関係など様々であるが、システムには全体性及び階層性という特徴があるので、システムの一部を少し変化させるだけで、システム全体が大きく変化することも多く、個人のみに介入して治療的に働きかけるよりも効率的で有効なことも多く見受けられます。

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