臨床心理学の色々な理論と技法:2


短期療法(brief therapy)

短期療法(brief therapy)は、治療期間が短い療法であるというだけでなく、短期間に効果的かつ効率的に行われる療法の事を意味します。時間を区切って極短い期間で心理療法を行おうとしたマン(Mann,J.)の技法を、『時間(期間)制限心理療法(time-limited psychotherapy)』といいますが、現代の短期療法の主流は催眠療法家として高名なミルトン・エリクソン(Erickson,M. 1901-1980)の短期療法です。

エリクソンが最も強い意欲を見せたのは、どのようにして、限られた短い時間で心理的な悩みを抱えたクライエントの心理を治療的に変容させることが出来るのだろうかという事でした。ベイトソンの下で、コミュニケーション研究プロジェクトに従事していたヘイリーやウィークランドは、研修で訪れたエリクソンの短期療法の構想に影響を受けて、プロジェクトの研究を終わらせてから、MRI(Mental Research Institute)に参加して家族療法や短期療法の研究実践を積み重ねました。

ヘイリーやウィークランドが行ったシステムアプローチの戦略的アプローチやMRIアプローチは、心理的な問題を持続させている行動やコミュニケーションの仕方が連鎖的に続いていくのを断ち切ろうとするものです。スティーブ・ド・シェイザー(de Shazer,S. 1940-)は、BFTC(Brief Family Therapy Center)の立場から、心理的問題の原因である“連鎖する悪循環”を直接断ち切るのではなく、既に存在する『良い状態』をより発展させることで問題が解決できると考えました。

『問題ではなく、解決に焦点を当てる』タイプの短期療法は、解決焦点型アプローチと呼ばれます。解決焦点型アプローチの基本的スタンスは、以下のように『問題解決に向けた技法の的確な適用』にあります。

  1. もし、治療する前に既に良い状態にあるならば、わざわざ治療しようとしない事。
  2. もし、ある技法を用いてうまく問題が解決したならば、それを再び行ってみる事。
  3. もし、ある技法を用いても問題が解決しないならば、それとは異なる技法を用いる事。

短期療法では、症状や問題の悪い影響が及んでいない『例外』に注目し、その例外を『解決の一部分』と認識して、それを拡大的に発展させることで問題を解決しようとします。

解決の一部分としての例外に気付かせる為に、『明日、奇跡が起こって、今日話した症状や問題が全て解決していたら、今とはどんなところが変わってくるでしょうか?』といったミラクル・クエスチョンという質問法や『最悪の状態を1、最高の状態を10だとすると、今のあなたは何点でしょうか?また、点数が上がった時には具体的にどういったところが生活の中で変わってくるのでしょうか?』といったスケーリング・クエスチョンが用いられます。そういった質問を通して、『回復後の自分の心理状態や生活状況の変化を具体的にイメージさせる』ことが非常に大きな治療的意味を持ってくるのです。

森田療法(Morita therapy)

森田正馬(もりた・まさたけ:1874-1938)によって考案された森田療法(Morita therapy)は、神経症・神経質に対する個性的な治療法です。別名として、あるがまま療法、自覚療法、体験療法、練成療法、家庭的療法などとも言われます。森田は、『かくあるべしという理想の自己』に執着する為に、その理想に遠く及ぶ事の出来ない『かくある現実の自己』に対して劣等感や苦悩を抱く結果になってしまうと考えました。

一般的にも、自分自身に対する理想と現実のギャップといった形で経験されますが、森田はこれを『思想の矛盾』と呼び、思想の矛盾から耐え難い葛藤が生まれ、その為に論理的思考が障害されて、行動を決定することが不可能になると考えました。そして、神経症特有の精神症状である不安や緊張も、思想の矛盾による葛藤と同時に生まれてきます。

更に、不安や緊張から生まれる二次的な身体症状や強迫的な不快な観念に縛られてしまい、そのような不安・緊張・不快な観念がある状態が悪いと思い込んでしまいます。その悪いと判断する不安・緊張・強迫観念を何とかして払い除けようとするのですが、その事がかえって症状や観念に対するこだわりを強めてしまうという悪循環を生み出してしまうのです。症状・不快な強迫観念に対する“注意の集中”とその集中によって引き起こされる“感覚の鋭敏化”『精神交互作用』といい、これによって精神的悪循環を来たし、症状が持続して遷延するのだと森田は考えました。

森田療法の無執着のすすめ

森田療法の最大の特徴であり、他の心理療法と異なるところは、クライエントが訴える症状そのものを治療の対象とはしないという事で、症状そのものを不問に付してしまうところです。森田は、神経症を形成し持続させる観念は『神経症の症状があってはならない悪いもの』という考えであると喝破して、それは意識すればするほどに神経症の深みにはまる“悪智”だと考えました。

『電車の中で心臓がドキドキしないようにしなければならない』『何度も何度も手洗いするのはおかしなことだ』『大勢の人の前で堂々と自分の意見を述べなければならない』などといった考えは神経症症状に過度にとらわれてしまった悪智であり、この考えがある間は、神経症症状を克服して安定した心理状態の健康な人になることは出来ないと森田は考えたのです。森田は、神経症を特別な器質的・精神的な病態だとは考えません。むしろ、神経症患者が悩んでいるような心理的・生理的な現象は、健康な人にも普通にあるもので、健康な人はそれを特別気にしないから症状として認識されないと言うのです。

神経症患者の場合には、誰にでも見られる心理的・生理的に不快な現象をやり過ごす事が出来ずに、それを異常であり病的だと認識して、その症状を何とかして取り除かなければ自分は正常な日常生活を取り戻すことが出来ないと大袈裟に認知し、そこに意識を集中して執着することで神経症の泥沼にはまり込んでしまうのです。現在ある症状を否定することに躍起になればなるほど、自分自身の存在にまで否定的かつ悲観的になってしまい、結果として活動性が落ちて、感情も不安定になり、人間関係や社会生活にも支障が出てきてしまいます。

このような神経症症状を効果的に克服する為にどうすれば良いのかを森田は考えて、『症状を受容する』ことがまず必要なのだという結論に達しました。『症状を受容すること』は、『現実の自己を受容し、承認すること』につながっていきます。あるがままの自分を段階的に体験し、それを受け入れて、あるがままの状態に違和感や抵抗を感じないようになることを重要視して、その自然体の自己を会得することに森田は系統的あるいは段階的な治療機序を見出したと言ってよいでしょう。

全ての不安は『死の恐怖』に根ざすものであり、その死の恐怖が生まれるのは『生の欲望』という人間や生命に根源的な欲求があるからです。森田の考える神経症とは、人間にとって当たり前の『生の欲望』の裏返しである『死の恐怖』にばかり関心を奪われてしまって、生の欲望を実現する事を忘れて、死の恐怖を取り除くことだけを目的にしまっている状態のことです。その死の恐怖の不安が固着してしまえば、なかなか消えない不快で苦痛な神経症の症状となってしまうのです。

森田療法の治療理念は、『あるがまま』の状態を理想として『症状や不安はそのあるがままを受容して、自分のなすべき仕事や学問、生活を送っていくべし』とするもので、『気分の良否に左右されて行動を決めるのではなく、自分のなすべき目的に向かって行動を決める』という基本的な行動理念があります。つまり、症状があるから日常生活を楽しく送れないと判断して行動を取りやめるのは逆効果で、症状があっても自分のなすべき行為をして日常生活を送っている間に症状に対する意識の集中が弱まり、神経症は自然治癒するものだという考え方が森田療法の根底にはあるのです。

森田療法の基本的実践

第一期:絶対的臥褥期

約一週間、患者を日常生活から隔離して、面会・談話・読書・喫煙などその他全ての娯楽・慰安を禁止して、食事、排泄以外の時間は絶対臥褥(ぜったいがじょく:ベッドの中で横になってもらう)をして貰う時期で、臥褥療法 の時期といえます。

絶対臥褥をする目的は、臥褥中の精神状態を診断・治療の参考とすることと、絶対安静の状態に置くことで心身の疲労を調整し、『神経症の為に何もする気がおきない、何もできない』という精神的煩悶を本質的に打ち砕くことにあります。人間はどんなにやる気がなく、行動力が低下している人でも、強制的に全ての行動を禁止され続けると、『何か仕事や作業をしたい。体を動かしたり、頭を働かせたりしたい』という生の欲望が芽生えてくるからです。森田は、この精神的煩悶からの脱出と生の欲望の萌芽を仏教的に『煩悶即解脱』という言葉を用いて説明しています。

第二期:軽作業期

この時期もまだ面会・談話・読書・喫煙などの娯楽と外出を禁じているので、基本的に隔離療法の段階ですが、臥褥時間(ベッドで横になる時間)を1日7~8時間に短縮して、昼間は必ず戸外に出て、新鮮な空気と気持ちよい日光に触れる様にしてもらいます。第二期の2日目からは、自分の一日の行動や気持ちを中心に日記を書いてもらい、その日記を元にセラピストと共にカウンセリングを行います。

更に、起床時や就寝前に、古事記、日本書紀、万葉集のような日本の伝統的な文学作品を音読して貰います。現代では古事記や日本書紀を読む習慣や基礎知識がない場合も多いので、心が和むような小説や豊かな感情の動きが生じるような詩などでも良いと思います。以上のような軽作業と書籍の音読などの作業を通じて、精神の自発性や主体性を徐々に回復させていくことが出来るのです。就寝前には簡単な瞑想やリラクセーションを行ってもらい、精神状態を安定させたりする事もあります。

第三期:重作業期

第二期よりも少しきつい穴掘り・薪割り・農作業・ペンキ塗りなどの重作業をして貰う時期で、作業に対する身体的な耐久力と共に精神的な忍耐力・持続力を涵養して貰うのです。その重作業を通して、自分の行動や精神力に対する自信が強まっていき、仕事をして成果を上げる事の喜びや充足感を反復的に経験する事にもつながります。仕事をやり遂げる事の満足感を繰り返し経験することは、将来的に社会参加して働く事に役立ち、社会復帰の時期を早める事となります。第三期の期間は、1~2週間ほどです。

読書も第二期の音読よりも選択肢を増やして、歴史・地理・伝記などを中心に自由な読書をして知見を広め、精神的な活力を高めていきます。

第四期:日常生活訓練期

最終段階である第四期では、興味中心的に振る舞うのではなく、特定の興味や事柄への執着を破壊して、全ての精神的なこだわりや束縛から自由になることを目指していきます。そして、外部環境の素早い変化に適応できるようにする生活訓練を行い、実際に外出して買い物や会話などの社会的な行動をして日常生活に戻って社会復帰を果たす準備を整えていきます。期間は1~2週間となります。

森田療法の基本的原則として、治療期間は約40日とされていますが、それは症状の種類や程度によって微妙に変化します。平均して60~90日間かけて森田療法を実施する場合が多いようです。

催眠療法(hypnotherapy)

催眠療法(hypnotherapy)は、古代エジプトの聖職者が宗教的な技法として行っていたとも伝えられ、その歴史はとても長く、奥の深いものです。催眠状態を心理的な問題の解決に応用することは、心理学が学問として成立する遥か以前から行われてきました。一般に催眠と聞くと、テレビや雑誌で超能力や魔術のように面白く取り扱われている事が多く、怪しげないかがわしいものというイメージがありますが、催眠療法は、相手を思いのままに操れるというような非科学的な催眠術とは全く異なるもので、治療法としての催眠療法には確固とした科学的根拠と実際の改善効果があるのです。

フロイトの精神分析も催眠療法を起源としていますし、リラクセーション法の大半も催眠状態を上手く利用することによって成り立っています。心理療法としての催眠療法は、19世紀後半に、動物磁気説を提唱したフランツ・アントン・メスメルが嚆矢となりました。次いで、フロイトも師事したことのあるフランスのナンシー学派のリエボー、ベルネイムといった催眠療法の泰斗たちによって確立されていきました。

催眠療法は『催眠法と呼ばれる一定の方法・技術に従って催眠状態にクライエントを導入して、その催眠現象をうまく治療的に利用することで成立する療法』です。その為、一定の方法・技術によって導入される催眠状態で実行できる限界を超えたショー的な催眠術とは目的も内容も異なるのです。人間が催眠現象を体験できる心理状態は、『変性意識状態(オルタード・ステイツ)』と呼ばれたり『催眠状態』と呼ばれたりします。

変性意識状態とは、明らかに日常的な意識水準とは質的・量的に異なる状態で、ぼんやりとした現実感覚が減弱した感覚、自分の身体が自分のものではなく、周囲にある事物が生き生きと感じられないような感覚が特徴的に現れます。一時的に覚醒と睡眠の中間の状態に導かれているのが変性意識状態といっても良いでしょう。催眠も催眠術も、一定の方法・技法を用いて、段階的にクライエントを催眠状態に導入するという点では同じなのですが、ショーやエンターテイメントとしての趣きが強い催眠術は、目で見て強烈な印象を受ける急激な行動の変化や異常な言動を催眠術の力として見せる場合が多くなっています。

催眠術ほどに完全に人間を操作できる催眠はおそらく存在しないし、仮にそこまで深い催眠状態に導入しているとするならば、テレビで映っている場面以外の場所であらかじめ催眠導入をして後催眠暗示(催眠解除後にも暗示が有効であるように暗示的な指示を与えること)を与えている事などが考えられます。

また、催眠状態に入り易いか否かには大きな個人差があり、催眠状態への導入のされやすさの程度を『被暗示性・催眠感受性』と言います。当然、催眠療法を行う場合には、催眠感受性が高いクライエントの方がより大きな効果や作用が期待できます。催眠あるいは催眠法とは、テレビなどで紹介される催眠術のようなエンターテイメント的要素、ショー的な娯楽性を排除して、魔術的印象、超能力、トリックであることを否定した純粋に学術的かつ心理療法的な技術であり方法のことです。

権威的催眠法と許容的催眠法

催眠状態(変性意識状態)に導入されると、人は、被暗示性の亢進、心身のリラックス感の亢進、想像力・イメージ力の亢進などの変化が起きます。相手に奇妙な行動をとらせて笑いを取る事を目的とするようなショー的な催眠術は、催眠状態の“被暗示性の亢進”だけを巧みに利用したものと考えられます。それに対して催眠療法では、心理的な症状を改善したり、過剰な不安や緊張感を和らげる為に、心身のリラックス感を高める事や想像力やイメージ能力を豊かにすることなどが被暗示性よりも重視されます。

催眠術師が一方的に行う催眠術や古代の神官が荘厳な雰囲気で行った催眠療法は、『権威的催眠法』と呼ばれます。権威的催眠法は、深い催眠状態に相手を導入しての被暗示性の亢進を最重要視して、催眠者は相手に催眠術をかけるという意識が強いという特徴があり、支配的で強引な催眠暗示を与えたり、目的のないショー的な催眠暗示を与えたりします。

症状を緩和する目的で行う権威的催眠法の場合でも、威圧的に『絶対に良くなる』という形で催眠暗示が与えられて、リラックス感を強める催眠療法を行うことが殆どありません。催眠中の被催眠者が完全に意識を消失して一方的に暗示を受け入れ続ける完全に受動的な催眠や、反対に被催眠者が『催眠状態にさえなれば、どんな病気や不安でも完全になくなる』という魔術的期待感を持っている催眠は、権威的催眠法の影響によって生まれた偏った催眠観であり、現代の催眠療法ではある種の誤解に属するものです。

催眠には、不可能な事柄を可能にするような超能力のような効果はなく、また、完全に催眠者の暗示だけを受け入れ続ける受動的な催眠状態は自立した個人の尊厳の観点からも全く好ましいとは言えないものです。現代の催眠療法の主流は、権威的催眠法ではなく、『許容的催眠法』と呼ばれるものです。これは、被催眠者自身が主体的に『自分は催眠状態を利用して症状を克服したい』という意志を示して、催眠暗示を受けることを許容していくという立場に立つ催眠療法です。

許容的催眠法では、被暗示性を過剰に亢進させて深い催眠状態に入り込むよりも、催眠暗示に対する反応過程でどのような体験をするかということや催眠状態によって得られる心地良い心身のリラックス感の亢進に重点が置かれています。被催眠者の持っている心理的な記憶や材料(リソース)を催眠状態を通して効果的に利用していくことや、イメージ能力の亢進を利用して豊かな想像力による症状の改善効果を目的に催眠療法を行っていくのです。

催眠誘導の手順においても、心身のリラックス感を実感して高めていく事が強調され、誘導する際の言葉遣いや身振りに宗教的あるいは儀式的な不自然さがないことに気を付けていきます。被催眠者の能力や適性、催眠感受性に合わせた催眠誘導や催眠暗示を適切に用いていく事が必要とされているのです。権威的催眠法とは違って、催眠誘導中にあっても、催眠者と被催眠者のコミュニケーションは維持されていて、催眠者は被催眠者の心身の反応や発言に注意深く意識を傾けながら、被催眠者が段階的に催眠状態における体験を納得して受容できるように細心の配慮をしていきます。

クライエントに十分な説明を行ってから催眠導入する許容的催眠療法とは、現代医学において当然の前提となっている、催眠療法版のインフォームド・コンセントを行っている技法といえるでしょう。また、催眠療法は、催眠導入法・被暗示性(催眠感受性)・催眠暗示・後催眠暗示・リラクセーションなどを研究対象とする催眠現象全般に対象を限定した技法・理論である為、精神分析や行動療法のような独自の心理臨床理論を構築しているわけではなく、心理療法体系としては極めて不完全なものです。その為、現代で催眠療法を利用する場合には、催眠療法以外の理論や技法の立場から催眠が利用されることが多く、催眠だけを行う療法はまず存在しません。

その意味において、催眠療法は折衷的な技法であり、他の理論・技法と組み合わせて利用することでその治療的な効果を十全に発揮する技法だという事が出来ます。何故なら、前述したように、催眠療法には、精神病理学な体系がなく、発達論・症状論・病因論・心的構造論などが欠けているからです。とはいえ、催眠状態には、大きな治療的変化を引き起こす為の前提を用意するという働きがあり、催眠状態を利用した心身のリラックス感の亢進は種々の精神障害に対して改善効果、情緒安定を促す働きがあるので、臨床心理学的援助に催眠療法の技法はとても重要な役割を果たしているという事も出来ます。

いずれにしても、催眠療法を有効に機能させるためには、催眠療法だけを学ぶのではなく、その他の心理学理論や臨床理論、精神医学などを幅広く学習して、その知識や技法を摂取する必要があります。

内観療法

内観療法も森田療法と同じく日本で開発された数少ない心理療法の一つで、過去の他人対する自分の行動や態度を自省的に振り返る瞑想に特徴があります。『内観』とは、奈良の仏僧・吉本伊信が創始した自己探求法であり、自分自身で自己のあり方を洞察する究極的な自己確立法です。

吉本伊信は、浄土真宗の一派に伝わる『身調べ』という修行法を基にして、一般人の心身の修練にも役立つ技法として内観療法を考えました。心理療法としての内観療法は、非常に幅広く活用することができ、家庭や学校、職場の人間関係の問題、不登校、ひきこもり、非行、犯罪行為、抑うつ状態、アルコール・薬物・恋愛依存症、自律神経失調症などに効果的な作用があると考えられています。

内観療法には決められた研修所に1週間ほど泊まり込んで徹底的に内観を行う『集中内観』と、日常生活の中で時間を見つけて適宜、内観を行う『日常内観』があります。集中内観では研修所に泊り込みで、早朝から徹底的に内観して、1~2時間に1度指導者と面談して内観した内容を手短に報告します。

内観という言葉を使うと非常に難解で高度な仏教の修行のような印象を与えてしまうかもしれませんが、実際に内観療法で行う内観はシンプルで簡単明瞭なものです。内観の方法は、座禅や胡坐(あぐら)を組んで目を閉じながら特定の大切な人物を思い浮かべて、自分がその人物に対してどのような人間であったかを振り返って考えていくだけです。

内観する際に考えるべきことは、以下の3点だけです。

  1. その人にお世話になったこと。良くして貰ったこと。
  2. そのお世話になったことに対して自分がその人にして返したこと。恩返ししたこと。
  3. その人に迷惑を掛けてしまったこと。

一般的に内観をしながら思い浮かべる特定の重要な人物は、母親、父親から始まり、配偶者、恋人、祖父祖母、家族、先生、親しい友人、知人などへと拡げていきます。自分が今までに関わりを持ってきた人全てを思い浮かべて深く内観していく事でより大きな効果を得ることが出来ます。

また、内観する場合には、幼児期・小学校低学年・高学年・中学時代・高校時代・大学時代・就職・社会人生活・結婚・・・というように、一定の期間で区切って考えていくとまとまりのある内観を行うことが出来ます。内観を続けていくと、次々と今まで気付く事の出来なかった新しく好ましい事実が発見され、ある出来事の意味合いや認知が修正されて『今まで数多くの人に迷惑を掛けて、お世話になってきた私が、今なお見捨てられることもなく、周囲から支援までされて、好意や愛情を受け生かされている』という基本的な感謝の念に根ざした素直な気持ちが湧いてきます。

内観によって、どんな困難な状況や逆境に置かれても、自分の人生や存在を肯定的に楽観的に捉えられるような、世界や他者に対する根本的な考え方の転換が引き起こされるのです。内観療法は、医療や更生施設の矯正領域を中心に発展しましたが、近年では学校教育の場面でも有効に利用されるようになり、3分内観、日記内観、作文内観などといった技法が用いられています。内観する事の改善的効果は、内観によって他者の自分への好意や愛情を再認識して実感することができ、人生全般や自分の存在を肯定的に捉えられるような根本的かつ本質的な価値観や世界認識の転換が起こるということにあります。

EMDR・TFT

EMDR(eye movement desensitization and reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、アメリカの臨床心理学者シャピロ(Shapiro,F,)によって創始された技法で、PTSDを始めとする急性ストレス障害に有効な治療法だと言われています。EMDRの開発にはシャピロ自身の実体験が大きく影響していると言われます。1987年5月に、シャピロは考えるだけで気分が悪くなるような不愉快な事柄を考えながら公園を散歩していました。しかし、散歩を続けている途中で突然、その不愉快で苦痛な出来事が全く頭に思い浮かばなくなって、すっきりとした気持ちよい気分になりました。

そして、その体験の後に、その不愉快な出来事を意識して思い出してみても、以前の様にイライラしたり不安になったりすることがなく、情緒が安定しているのです。シャピロは、何故、あれだけ不愉快に思っていた事柄が消えてしまったのだろうと不思議に思い、その公園の散歩中に自分が何をしていたのかを思い出してみました。すると、自分が眼球運動を繰り返して行っていた事に思い当たったのです。

そして、他の不快な記憶や悲哀の記憶で眼球運動を試してみると、同じような情緒安定効果が見られました。更に、自分の友人などにも眼球運動で苦痛や不安が軽減されるかを試してもらったところ、同じ様な改善効果が得られました。その事に驚愕したシャピロは、本格的にEMDRの研究に着手するようになったのです。

EMDRの手順

EMDRの一般的な実施手順は、以下のようなものです。

  1. 苦痛で不快な心的外傷体験(トラウマ)に関する記憶を取り上げて、そのトラウマの中心となっている場面や情況を特定して貰います。
  2. トラウマの中心となっている場面や情況を想起して貰い、その時に感じる『感情』、自分に対する『否定的認知』、その時に感じる『身体感覚』について質問します。
  3. 先ほど質問した『否定的認知』に拮抗する『肯定的認知』を質問し、トラウマとなっている中心的場面・情況において、自分自身がどのように考え、感じ、認知するようになれれば理想的なのかを問いかけていきます。その問いかけの中で、クライエントが自分に対して抱いている否定的認知を克服するきっかけが掴めることがありますし、そのきっかけが本質的な肯定的認知につながる道筋へと変容していきます。
  4. 『2』で掲げた『感情』『否定的認知』『身体感覚』に注意を向けて貰った状態で、セラピストの指の動きを目で追うといった形で眼球運動をして貰います。左右に往復20~40回程度行っていきます。

眼球運動をし終わった後で、今、何が頭に思い浮かんでいるのかを問いかけ、言語化して言葉で出来るだけ詳細にイメージを説明する感じで話して貰います。『眼球運動→言語化→眼球運動→言語化→・・・』と何度も繰り返していきます。この手順を何度も繰り返して行っていくと、段階的にトラウマに関連する視覚的イメージや身体感覚などの記憶が浮かび上がってきて、それが浮かび上がる度に、少しずつ不快な感情や感覚が軽減していきます。

最初に話して貰った『肯定的認知』よりも更に適切な『肯定的認知』が思い浮かんでいないかどうか質問してから、更にその肯定的認知を頭に浮かべながら、眼球運動を行っていきます。ここまでの一連の手順が1セッションとなっていて、約1時間~2時間の時間を要するものです。事例報告によると、一回だけのEMDRで、急激かつ劇的な治療効果が発揮されることも少なくなく、PTSD治療においては3~5回のセッションを実施する事でその大半が治癒及び大きな改善が認められる非常に即効性のある療法です。

EMDRは、比較的短期間で効果のある有効な技法で、治療法も構造化されているのですが、解離性障害全般には禁忌とされていて、心理アセスメントの段階で見逃さない事が重要です。その他の精神疾患で効果のないものとして、統合失調症、躁鬱病、人格障害などがあります。しかし、EMDRの適応症の幅は年々広まっており、心的外傷の記憶が関与しているパニック障害、恐怖症、不安障害などにも症状の改善効果が確認されています。

子どもや視覚障害者にも、タッピングや音による刺激を眼球運動の代用にして適用することが可能となっており、発達障害や知的障害の子ども達に対しても、発達促進的効果を期待しての適用が考えられています。

TFT

TFT(thought field therapy:思考場療法)は、臨床心理学者のキャラハン(Callahan,R.)が1970年代に開発したものです。キャラハンは、自らの心理臨床経験を踏まえて東洋医学の経絡に関心を持ち、経絡を応用した心理療法を研究し発展させていきました。

経絡というのは東洋医学で、生命の原初的エネルギーである“気”の通り道とされており、気が全身を滑らかに滞りなく流れ巡ることで、人間は生命活動を行い、健康を維持していると考えられています。経絡は、その気を調整し制御できる特異点のことであり、針や灸で刺激することで制御することが出来ると東洋医学では考えます。TFTは、ヘルスケア領域で国際的に幅広く利用されるようになってきている心理療法で、その適応症は非常に広範にわたります。

薬剤や従来の心理療法で十分な効果が得られにくかった恐怖症、不安障害、うつ病、嗜癖(依存症)、身体的な痛み、PTSDなどの各症状に対して、TFTは短時間で症状を改善させる事もある優れた療法とされています。TFTは、殆どの人が簡単に実践できる療法で、有効性が高くて治療時間も短くて済む(1セッションで5~15分間)という特長をもちます。また、強力で速やかな症状改善効果があるにも関わらず、薬物療法のような副作用やカタルシス療法のような自発的除反応もないと言われています。

自発的除反応というのは、強い感情や情動に絡んだ葛藤の心的エネルギーが浄化されることで症状が変化する除反応が、自動的に自発的に起こる現象のことです。一般的には、除反応は症状の消失や改善といった良い効果をもたらす事が多いとされているのですが、時に、症状を以前よりも増悪させたり遷延させたりする悪い方向に作用することもあります。TFTの技法には、幾つかのレベルがあり、初級レベルのTFTアルゴリズムでは、症状に合わせてマニュアル化されている手続きを使用していきます。初級レベルのTFTアルゴリズムでも、70~80%のクライエントに効果があることが確認されています。

中級レベルのTFT診断(TFTdx)以上のレベルでは、個々のクライエントに適合した経絡とタッピング順序を探索していき、90%以上の症状改善効果があるとされています。また、TFTは簡単なマニュアル化されたタッピングによって短時間で出来る技法ですので、クライエント自身が自宅で簡単に実行することができ、不快な精神症状をセルフケアすることが可能であるという非常に優れた長所があります。

老若男女を問わず、誰でも容易に実践することが出来て、副作用がないというTFTは現代の西洋医学では解明されない治療機序があると考えられていて、今でも、何故、経絡を刺激すると症状が良くなるのかはよく分かっていません。

フォーカシング

私達は、今まで経験してきた事柄や学習してきた内容と照らし合わせて、現実的な生活の問題や状況に対応しようとしますが、その際には、経験や学習を活用して“言語化出来る出来事”“言葉にならない曖昧で漠然とした出来事”があります。

言葉にならない漠然とした出来事は、『身体的に感じられる何かの感じ』といった形で知覚されていますが、その感じを『フェルトセンス(feltsence)』といいます。フェルトセンスには、4つの側面があるとされており、『身体の感じ』『気持ち・感情』『生活と関連するストーリー・物語性』『イメージによる象徴的表現』の側面があります。

『フォーカシング(focusing)』とは、フェルトセンスに対してゆっくりと焦らずに優しく意識を傾ける事、穏やかに注意を向ける事によって心理的変容や人間的成長をもたらそうとする心理療法であり、その変容のプロセスでもあります。

フォーカシングでは、曖昧で漠然としたフェルトセンスである『何かの感じ』に対して、受容的にゆっくりと注意を向けていきます。すると、最初は不明確で曖昧模糊としていた『何かの感じ』に次第に焦点があっていき、イメージがぼんやりと掴めてきて、言葉でその『何かの感じ』を表現できるようになっていきます。その段階になると無意味で曖昧なフェルトセンスの『何かの感じ』は、『意味ある何か』へと既に変容しているのです。

更に意味が分かりかけてきた『何かの感じ』に、優しくゆっくりと注意と興味関心を向け続けていくと、『自分の本当の気持ちはこういうことであったのか』『今まで胸につかえるような感じがあったのは、この感情を忘れていたからだったんだ』というような自己に対する深い洞察新鮮な気付きを得ることができ、また、情緒不安定で乱れていた気持ちが安定してきたりします。

このようにフェルトセンスに受容的に気長に注意を向けていく事によって、自然に心理的変容が起きて症状や悩みの解決に向けて一歩前進を果たすことが出来ます。また、この一歩は自分自身の強い実感と共に踏み出されるので、本当に良くなったという事が自分でよく分かり、身体全身で大きな達成感や安堵感を感じられることも多いのです。このフォーカシングの技術によって生じる心理的変容のプロセスは、特別にフォーカシングをしようと意識していなくても無意識的に行って、情緒を安定させたり、気持ちを整理したりしていることもあります。

意識的にフォーカシングのプロセスを促進する技法を開発した人が、ジェンドリン(Gendlin,E.T. 1926-)で、その技法をフォーカシング法といいます。来談者中心療法の創始者であるロジャーズジェンドリンは、心理療法の成功群と失敗群を比較検討して、心理療法を成功させる為にはどのような要因が必要なのかを調査しました。

その結果、有意差が確認できたのは、クライエントが自分自身の感情に実感をもって触れているという体験過程尺度で、自分の感情によりリアリティを持って実感的に触れて、その感情を言語化出来ている人ほど心理療法の効果が出るという結果になりました。ロジャーズとジェンドリンの調査研究から言えるのは、心理療法の成功には技法の工夫やセラピストの態度、話される内容はそれほど大きな意味を持っておらず、クライエントがどれだけ自分自身の感情に体験的に触れて、それを言葉に出来ているかが重要になってくるということです。つまり、感情を実感して話すことが苦手なクライエントは、いくら心理療法を受けても改善効果を得ることが出来ない可能性があるという事でもあるのです。

ジェンドリンは、自分の感情に体験的に実感をもって接することが苦手な人にも、どうにかして感情をリアルに体験できるような方法がないかと考え、その結果、フォーカシング過程を促進する技術的な教示・介入を含むフォーカシング法を開発する事に成功したのです。ジェンドリンの考えたフォーカシング法は、感情を実感的に体感する為の6ステップを基盤にしており、その後も多くの研究者によって創意工夫が加えられて、より効果的な教示や介入が提唱されています。

数あるフォーカシング法の中でも効果と信頼性が高いとされるコーネルのフォーカシング法は、5つのステップと5つのスキルから成り立っている技法です。クライエントは、自分の身体の内側の感覚に注意・関心を向けて、漠然としているフェルトセンスに受容的なゆったりした気持ちで注目します。フェルトセンスから感じられる『感じ』にぴったりとした表現を模索して、ぴったりとフィットする表現が見つかったらそのままそれを感じ続けます。このステップをプロセスの流れに沿って繰り返し、各ステップにおいてフェルトセンスと対話を継続していくようにします。

その際のフェルトセンスとの付き合い方にコツがあるとコーネルは考えて、『間をとる』『思いやる』『認める』『受容する・受け取る』『共鳴させる』をフォーカシング実践の為の5つのスキルとして提唱しました。フェルトセンスは、実に複雑な感情的要素の集合なので、それまでの人生で経験した事柄に付属するさまざまな感情が含まれていて、その中にはクライエントを非難したり、攻撃して傷つけたりする強烈なマイナスの感情や抱えきれないほどに深刻で混乱した支離滅裂な感情もあります。それらの感情に圧倒されて恐怖や不安を感じることのないように。フェルトセンスとうまく付き合い続けていく為のスキルが上述の5つのスキルなのです。

ただ、フォーカシングには教条的で形式的な規範があるわけではないので、各個人にあった自分なりのフォーカシング方法を見つけて、フォーカシングプロセスを効果的に促進させることが最も大切な事です。

自律訓練法

自律訓練法(autogenic training:AT)は、1932年にドイツの精神科医シュルツ(Shultz,J.H. 1884-1970)が考案した心身のセルフコントロール法であり、深いリラクセーションを獲得して心身の症状を緩和する技法です。自律訓練法の基盤は、シュルツに先立って催眠療法の実験的研究をしていたフォクト(Vogt,O. 1870-1959)『予防的休息法』によって築かれました。

予防的休息法というのは、催眠状態に誘導されたクライエントの心身状態が健康になるという実験結果を利用した技法で、クライエント自身に自分で催眠状態に入ってもらい、主体的に催眠状態をコントロールして治療に役立てるというものです。フォクトの予防的休息法の研究を引き継いだシュルツは、催眠者と被催眠者の関係性に依拠しない中性的な自己催眠法を模索していきました。そして、その中性的な自己催眠状態の特徴として、安静感と四肢の重温感を指摘しました。

シュルツは、更に研究を進めて、催眠状態による身体の弛緩反応を段階的な自己暗示で獲得する技法として『自律訓練法』を体系化することに成功しました。自律訓練法の生理学的な作用機序は、交感神経機能優位の状態から副交感神経機能優位の状態に移行させる事で心身に改善的な働きが起きるという事です。

交感神経機能優位の状態とは、危機的場面に対処する準備をしている緊張状態で、筋肉は緊張して、血管は収縮して皮膚の表面温度は低下します。更に、心拍数や呼吸数が上昇して心臓がドキドキとして、呼吸は早くなっていきます。それに対して、副交感神経機能優位の状態とは、安全な場面でリラックスして緊張が解けて弛緩している状態です。通常、疲労した状態から元気な状態に回復している時には、副交感神経機能が優位に働いています。筋肉はゆったりと弛緩して、心拍数・呼吸数共に減少して、血管は拡張するので皮膚の表面温度は上昇します。

副交感神経機能が優位の状態にする事で、疲労感の回復、神経過敏状態の沈静、パニック障害・本態性高血圧・緊張性頭痛などの交感神経の過剰な働きによる症状の緩和といった効果が期待できます。更に、副交感神経の活動性の亢進によって起きる症状である気管支喘息、過敏性腸症候群などに対しても自律訓練法は有効であるという臨床結果が出ていて、自律神経系の機能のバランスの崩れを全般的に改善する効果があるとされています。

精神症状の緩和という効果もあり、自律訓練法で身体の筋肉を弛緩させる事によって、心理的な緊張を解きほぐし、不安感・恐怖感・焦燥感の減少、情緒不安定の改善と落ち着きの増加、抑うつ感や無気力の改善などの心理的な効果があります。心理的な病気による症状には殆どの場合、自律神経系の機能失調が関与している為に、自律神経系のアンバランスを改善する自律訓練法は心療内科領域において分析的療法に次いで頻繁に利用され、実績を上げてきました。

現在では医療領域だけではなく、心理相談で不安・緊張の緩和法として用いられたり、教育分野や産業分野においても予防医学的見地から心身の健康増進法として積極的に利用されています。自律訓練法の実施に当たっては、『受動的注意集中』という集中の概念が重視されます。受動的注意集中は、意識的に注意を集中してリラックスしようと意気込む『能動的注意集中』と正反対の概念であり集中法です。

つまり、受動的注意集中とは、ぼんやりと意識を身体の部位に向けて、無理にリラックスしようしようと力を入れる事なく自然に身体をリラックスさせていくことです。そして、そのぼんやりと身体感覚に注意を注いだ状態で、何となく決められた練習公式を繰り返すのがポイントになってきます。何故、受動的注意集中が大切なのかというと、リラックスした弛緩反応は、意識して自分の努力で一生懸命になって生じさせようとしても生じるものではなく、自然に無意識的にリラックスしていくことで、力が完全に抜けた弛緩状態に入っていくものだからです。

また、弛緩状態を生じやすくする為に、自律訓練法を実施する前には、光や音など受動的な注意集中を妨げる要因を除去して環境条件を十分に整えておく事が必要です。自律訓練法を実施する場合の姿勢は、ベッドで横になった姿勢、リクライニングチェアに座った姿勢などどのような姿勢でも楽な姿勢が取れれば良いが、背もたれの無い椅子を使用する際には自己催眠状態に入って転倒などしないように十分に注意しなければなりません。

自律訓練法の『標準練習』は、背景公式と呼ばれるものと6つの練習公式から成り立っていて、これらの各公式が示す身体感覚を段階的に習得していく事で症状や緊張を改善していく事が出来ます。

これらの公式の中で最も重要度が高いものは、第1と第2の公式で、これらは身体全体の弛緩反応と深い関係があります。四肢重感練習と四肢温感練習が十分に出来ていなければ、筋肉が弛緩してリラックスした身体感覚が実感できないという事なので、それらをマスターする事なくその先の第3、第4の公式に進んでも全く意味がありません。自律訓練法の練習効果が発揮されるまでには、通常2~3ヶ月程度はかかると言われていますので、根気強くコツコツと練習を継続していく事が大切になってきます。その為、簡単に諦める事なく、じっくりと腰を据えて練習を積み重ねるように、治療者はクライエントに対して動機付けをしていかなければなりません。

練習は1日2~3回行う事が望ましく、それを毎日続けていくことで効果が現れてきます。1回の練習時間は5分程度しかかからないので、コツコツと少しずつリラックスした筋肉の弛緩状態や精神の安定状態を感じられるように頑張っていきましょう。自律訓練法で弛緩状態の身体感覚を感じられるまでには、それ相当の時間がかかりますので、すぐに効果が出なくてもセラピストの助言や支援を得ながら続けていく事が必要です。

リラックスした弛緩状態を自分自身で作り出す自律訓練法は、一種の自己催眠法でもありますが、その途中には特定のイメージが何度も浮かんで集中が妨げられたり、逆に緊張や不安が増して弛緩反応が妨げられたりする事もあります。しかし、そういったリラックスを妨げる反応にも治療的な意味があり、それらの困難や障害を乗り越えて弛緩したリラックス状態を獲得していくプロセスそのものに治療的効果があるとも考えられます。セラピストは、それらのリラックスを妨げる反応をうまく拾い上げて適切にフォローして、途中でクライエントが練習を投げ出してしまわないように動機付けをしていかなければなりません。

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