犯罪環境心理学におけるCPTED(環境デザインによる防犯)

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犯罪環境心理学とは何か?

CPTED(環境デザインによる防犯)とプルイット・アイゴー(集合住宅)の治安悪化の要因:防御可能な空間


犯罪環境心理学とは何か?

犯罪心理学は『犯人の属性・性格・生育歴』を調べることで犯罪者の心理や動機を解明しようとする心理学の分野であるが、犯罪環境心理学(criminal environmental psychology)とは『環境の特性と犯罪者・被害者・関係者の行動との相関関係』を調べることで、ある環境における犯罪の発生頻度やリスク、人間の行動パターン、予防方法などを明らかにしようとする分野である。

犯罪環境心理学という言葉そのものは新しいが、1930年代のアメリカのシカゴではシカゴ学派の社会学者たちによって、各種の犯罪が発生した地点を地図上に記録して『犯罪の起こりやすい場所』や『都市の環境的特徴』を調べるという『犯罪地図法(crime mapping method)』の研究が既に行われていた。犯罪環境心理学の歴史やその研究方法の原点は、犯罪・環境・治安と関係した『社会学(sociology)』の分野にあると言われている。

20世紀半ば頃までの犯罪環境心理学(社会学・環境学・建築設計と関係した犯罪心理学)では、ある環境特性が直接的・誘惑的に犯人の心情に働きかけて、特定の種類の犯罪を半ば機械的(確率的)に誘発してしまうという『環境決定論』の影響が強かった。しかし現在では、犯人がその環境特性をどのようなものとして知覚・認知していて、どういった目的・動機で行動しようとしているのか(その環境を利用しようとしているのか)という『犯人の認知的プロセス・性格的要因』も同様に重視されるようになっている。

犯罪行動は『犯人(動機・性格・知識)と犯行現場(環境特性)が形成するシステムの中』で行われることになるが、それは犯人と環境とのダイナミックな相互作用の結果であり、誰もが同じ環境・状況に置かれれば同じ犯罪を犯すというわけではない。現在の犯罪環境心理学は、犯人と環境特性の相互作用説の立場に立つが、これは犯罪が『少数の特別な性格・動機を持つ特殊な犯罪者だけによって行われるという考え方』を否定して、『犯罪を可能にする物理的な環境・状況があれば、一般人でも犯罪を犯す可能性があるという考え方』を導くことになった。

環境論的な防犯アプローチでは、『犯罪傾向を持つ個人の特定と監視・犯罪者を生み出すような生育環境や生活状況、仲間関係の予防』といった従来の防犯方法ではなく、『犯罪が起こりやすい物理的環境(犯罪多発地域であるホット・スポット)の改善』という時間的・経済的なコストの低い防犯方法が採用されるという社会政策上(防犯の財政上)のメリットもある。

犯罪環境心理学のアプローチは『巨視的(macro)・中間的(meso)・微視的(micro)』な環境のレベルを対象としているが、社会学の犯罪研究では巨視的レベルの研究が多く行われてきた。社会学の犯罪研究では、同じ時期の複数の都市・地域の犯罪を比較する『横断的研究(cross-sectional)』と一つの都市・地域の犯罪の件数・経緯を時間を追いながら追跡調査する『縦断的研究(longitudal)』が行われた。

アメリカの社会学の犯罪研究では、犯罪と『失業率・所得水準・教育水準・人種構成・人口密度(都市化)』との相関関係が調べられてきたが、その中には実際の犯罪の要因とは言えない擬似相関や推論も多く(例えば黒人の犯罪率が高いのは黒人の遺伝的な犯罪性向が強いからなど)、犯罪の要因や傾向を調べる場合には『各変数間の複雑な関係』にも配慮しなければならない。

巨視的レベルは都道府県や都市の規模、中間的レベルは区町村や近隣の街の規模、微視的レベルは特定の場所や建築物の規模を指している。

CPTED(環境デザインによる防犯)とプルイット・アイゴー(集合住宅)の治安悪化の要因:防御可能な空間

『人間(主体)と環境(物理的な環境特性)の相互作用』によって犯罪行動が引き起こされると考える環境犯罪心理学では、物理的環境のデザインや設計を工夫改善することによって、犯罪を防止・削減しようとする『CPTED(環境デザインによる防犯)』という防犯概念・手段が生まれた。CPTEDは“セプテッド”と略して発音されることが多いが、ミクロレベル(建築物・特定の場所)やメソレベル(区町村・近隣コミュニティ)の規模の環境に対して適用される防犯概念である。

CPTED(環境デザインによる防犯)という防犯の考え方やその手段は、アメリカのジャーナリストであるジェーン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の生と死』の中で、『自然監視(natural surveillance)』という概念を提起したことから発展していったと考えられている。

自然監視というのは、何気ない日常生活において『住民・通行人・店員などから向けられる自然な注目や関心のこと』であり、見かけた誰かの容姿・服装・行動などに少し注意を向けるというだけの行為が『間接的な監視効果(防犯効果)』を持っているのだという。この自然監視は、他者の異常行動(犯罪行動)があればそれを制止しようとする社会性・協力行動・救助意識とも密接につながっており、自然監視の他人の目線が行き届かない『隔離・遮蔽(目隠し)された場所や死角』をできるだけ減らすことが防犯に役立つのである。

1954年にアメリカのミズーリ州セントルイスで建設された『プルイット・アイゴー(Pruitt-Igoe)』は低所得者向けの大規模な集合住宅群(2762室で約12000人が居住=11階建ての棟が43棟)だったが、この集合住宅は建設後数年してから住宅周辺での犯罪の多発に悩まされるようになった。日系人の建築家ミノル・ヤマサキが建設したプルイット・アイゴーは、『無駄な空間のないモダンな建築』として建築業界からは賞賛された設計だったが、実はこの無駄な空間や構築物のないシンプル過ぎる建築デザインが『犯罪を誘発する環境特性』になってしまっていたのである。

環境デザインに重大な欠陥のあったプルイット・アイゴーの治安環境はどんどん悪化していき、1970年には43棟のうち27棟が誰も住まない無人状態になって、1972年には住民が極端に少なくなったことや周辺環境・治安に与える悪影響を理由にして解体されてしまった。プルイット・アイゴーと犯罪多発との関係を研究したアメリカの都市設計者のオスカー・ニューマンは、この集合住宅群で犯罪が多発した原因・問題点として以下の4点を指摘した。

1.物理的障壁(physical barrier)の欠如……シンプル過ぎるモダン設計によって、塀・壁・鍵といった外部からの侵入者を防ぐための物理的障壁が無かった。集合住宅群は塀で囲まれておらず、人の出入りが自由で1階の共用部分にも鍵がかからない構造であった(日本のアパートや少し古いマンションでは珍しいデザインではないが、アメリカの治安状況では物理的障壁の重要性は高いと考えられる)。

2.象徴的障壁(symbolic barrier)の欠如……外部からの侵入を精神的に難しくする境界線やデザインの変化(小さな柵・門・花壇・段差など)である象徴的障壁が設けられていなかった。象徴的障壁は誰でも行き来できる公共空間と住人が所有する空間との境界線を間接的に示して、それ以上無関係な外部の人間が侵入しづらくなるという精神的作用を及ぼすのである。集合住宅群には建築物の内部に『吹き抜けの空間(住人同士のコミュニケーションの場)』が設けられていたが、ここに住人ではない人や不審者が出入りするようになり治安が悪化した。象徴的障壁がないことによって、吹き抜けの空間にまで侵入した部外者(住民との関係や用事もない人)に出て行くように注意することが難しくなった。

3.自然監視の不足・見通しの悪さ……住人同士がコミュニケーションできるようにと設けられた吹き抜けのスペースには『窓・ガラス部分』がなく、外部から吹き抜けのスペースの中を見ることが出来なかった。そのため、準公共部分のようになってしまった吹き抜けスペースに自然監視の目線が行き届かなくなり、密室状態のようになった吹き抜けスペースが、見通しの悪い犯罪が起こりやすい場所になってしまった。

4.環境のイメージ(environmental image)・自己評価……集合住宅群のモダンなデザインは余りに特徴的だったので、『低所得者向けの集合住宅群』であることが逆に目立ちやすくなり、住民たちが自分の住んでいる環境のイメージにプライドや自信、こだわりを持てなくなってしまった。低所得者向けの住宅に住んでいると思われたくないという自分の住宅環境のイメージの悪化があり、それに伴って自己評価や周辺への関心も低下してしまった。住民は部屋の外の環境を改善しなくなり、侵入者に声かけをしてまでその侵入を制止しなくなった。また、住宅内部での迷惑行為や犯罪行為を見かけても止めようとしなくなってしまった。

集合住宅の環境デザインと犯罪多発との相関関係を研究したオスカー・ニューマンは、『物理的障壁・象徴的障壁・自然監視(見通しの良さ)・環境のイメージ(自己評価)・周辺環境の良さ』の5つの特徴を持つ犯罪が起こりにくい治安の良い住宅・環境を『防御可能な空間・守ることが可能な空間(defensible space)』と呼んだ。

ニューマンの『防御可能な空間(defensible space)』の考え方に対しては、物理的環境だけが犯罪行動を引き起こすという『環境決定論』ではないかという批判(犯人の性格・動機・状態などの個人的要因が犯罪を引き起こす主な要因だとする批判)もあるが、ニューマンは『住環境の物理的デザイン+住人の防犯意識や治安維持行動』の相互作用のほうを重視していた。ニューマンは、住環境の犯罪の受けやすさとしての脆弱性(ヴァルネラビリティ)は、『物理的な住宅・環境のデザイン設計』だけによって決まるのではなく、『住民の防犯意識や防犯行動』の影響のほうが大きいと述べている。

小さな塀や簡易な門をつけたり、手入れする花壇やロビーを作ったりすることは、『象徴的障壁の強化』になる。この象徴的障壁は『外部の侵入者に対する防壁』であるだけではなく、『住民の自分たちの住宅環境に対する所有意識・責任感覚の強化』につながるのである。象徴的障壁は『自分たちが責任と権利を持って守るべき私的空間の明示化』に役立つのであり、具体的には『不審者や侵入者を制止しようとする言動の増加・落書きや器物破損、集団のたむろなどへの注意や通報の増加・いつもと違う状況や他人に対する関心』といった防犯意識の強まりをもたらす。

『防御可能な空間・守ることが可能な空間(defensible space)』というのは、物理的環境の改善によって直接的に犯罪・侵入を防止するといったものではなく、『住人の住環境に対する関心・愛着・責任(管理者・所有者としての自覚)』を強めるような物理的デザインが施された空間のことなのである。こういった快適で見通しの良い(知らない他人への自然監視が効いている)住環境では、住民が自発的かつ積極的(義務的)に『自分たちの住環境を守るための防犯意識・治安維持の行動』を取り始めるため、結果として犯罪が防止・削減されることになる。

CPTED(環境デザインによる防犯)でも『住環境の物理的デザイン+住人の防犯意識や治安維持行動の高まりの相互作用』がベースになっていて、『状況的防犯論』の具体的運用となるCPTEDのガイドラインでは以下のような防犯の方法や要因が強調されている。

最近のCPTEDでは住人(当事者)たちの自発的かつ積極的な防犯意識・治安行動を強めるために、『自然監視の強化・領域性の確保』が重要視されるようになっているが、高い壁で街の周囲をぐるりと囲んで部外者を一切立ち入らせないようにする『対象物の強化・接近の制御』を徹底したアメリカのゲーテッド・コミュニティ(gated community)のようなものもある。

対象物の強化……犯罪の対象とされる建物・モノを物理的に強化する方法で、具体的には頑丈な鍵やドアを用意したり、割れにくい強化ガラス(防弾ガラス)を導入したりすることである。

接近の制御……犯罪者が犯罪対象に接近できないように物理的障壁を強化する方法で、建物・街の入口にセキュリティ(パスワード入力の必要なドア)を設けたり、ガードマンを配置したりすることである。

自然監視の強化……住人・通行人・店員などの自然な監視の目線や注意が行き届くような環境をデザインする方法で、『誰の目線も届かないような死角』や『閉鎖的・隔離的なスペース』を作らないことである。

領域性の確保……自分たちが責任を持って所有・管理すべき領域(空間)であることを分かりやすく明示化する方法で、『小さな柵・花壇・デザインの変化(象徴的障壁)』などによって自分や住人だけしか入れない私有スペース(自己領域)であることの自覚(不審者に対する警戒・注意と犯罪者の通報・排除)を強めることである。

状況的防犯論というのは、犯罪者本人の生活や心理、問題点を個別に改善して防犯しようとするのではなく、統計的に犯罪発生のリスクが高いとされる『問題のある状況・環境』のほうを改善しようとする防犯論のことである。

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