赤ちゃんの記憶の発達と特徴

赤ちゃんの記憶の現れとしての弁別能力

ロヴィー‐コリアーの記憶実験と状況依存性

発達心理学のコンテンツ

赤ちゃんの記憶の現れとしての弁別能力

“赤ちゃんの言葉の発達”の項目で書いたように、乳児(赤ちゃん)は1歳以前の前言語期には『有意味語』を殆ど話さないので、幼児期以降のような『言語化される記憶』があるのか無いのかをはっきりと確認することはできません。しかし、言語化される記憶が無いからといって、乳児(赤ちゃん)に全く記憶能力が無いと言って良いかというとそうではなく、乳児にも『経験(知覚)した物事を弁別する』というレベルの原初的な記憶能力はあります。

乳児(赤ちゃん)は生後数週間の時から、匂いや外見の輪郭、音声などを手がかりにして『母親』『母親以外の人』を弁別することができるようになりますが、こういった人物を区別する感覚的記憶の起源は、まだ母親の胎内に居た『胎児期』にあると推測されています。母親の母胎(子宮)の中にいる胎児に、モーツァルトやバッハなど“1/fの揺らぎ”を持つクラシック音楽を聴かせると、知能指数が高くなり頭が良くなるといういわゆる『胎教』にはエビデンス(科学的根拠)はありませんが、母親のお腹の中にいる胎児の聴覚が僅かながらも働いているというのは事実です。

産まれて間もない乳児でも『母語の言語』『母語以外の言語』を弁別して母語の方を選好する(聴こうとする時間が長い)ことが知られていますが、この言語の弁別能力も胎児期にうっすらと聴こえていた『聴覚刺激』によるものとされています。それ以外にも、乳児(赤ちゃん)は母親と母親以外の女性の声を聞き分けたり、いつも抱かれている『母親からの抱き心地(その心地よさ)』を覚えていたりするので、赤ちゃんに全く記憶能力がないわけではなく、『慣れ親しんだもの・経験』『余り知らないもの・経験』とを区別できるような記憶能力が備わっています。

記憶には、自分が経験したり学習したことを言語化して再現することができる『宣言的記憶(エピソード記憶)』と自動車の運転の仕方のように身体を通してその手続きを無意識的に覚える『作業記憶(ワーキングメモリー)』とがあるが、乳児(赤ちゃん)の記憶はどちらかというと、身体感覚を通して覚えた作業記憶(ワーキングメモリー)に近いのではないかと考えられています。

ロヴィー‐コリアーの記憶実験と状況依存性

ロヴィー‐コリアーら(Rovee-Collier et al, 1980)による『乳児の記憶実験』は、乳児(赤ちゃん)が自分の身体を使って実際に学習したことをきちんと覚えているか、更にどれくらいの期間覚え続けているかを確認した実験です。ロヴィー‐コリアーらは『天井からぶら下げた回転式の玩具』を使って、乳児(赤ちゃん)にその玩具を自分の足で動かして遊ばせるオペラント条件づけ(道具的条件づけ)をまず行いました。天井からぶら下げた玩具と赤ちゃんの足をリボン(紐)で結んで、赤ちゃんが足を自分で動かせば、リボンが引っ張られて玩具が回転して動く(更に子供が好きな音も鳴る)という仕掛けを作り、玩具の動きと音が『正の強化子(面白く感じる報酬)』として作用するようにしたのです。

乳児(赤ちゃん)は何回か適当に足を動かしているうちに、『自分の足の動き』『天井からぶら下がっている玩具の動き・音』と連動しているという随伴性に気がつき、玩具で楽しく遊ぶために自分から意識的に足を激しく蹴り出すようになっていきます。乳児に対してこのオペラント条件づけを成立させる訓練を行なった後で、『1日~数週間』の時間を開けて、乳児がその足を蹴り出して玩具を動かす遊び方を覚えているかどうかがチェックされました。これがロヴィー‐コリアーらの『乳児の記憶実験』と呼ばれるものですが、乳児が玩具の遊び方を覚えているかどうかを確認する時には、玩具と乳児の足をリボン(紐)で結ばずに実験が行われました。

もし、遊び方を覚えていれば乳児(赤ちゃん)は足を激しく蹴り出すはずですが、結果は、3ヶ月の赤ちゃんだと1週間が経った後でも『玩具の動き‐足の動きの随伴性』を記憶しており、足を激しく動かしました。しかし、2週間が経過する頃になると、ほとんどの赤ちゃんはもう足を動かすことがなくなっており、『玩具の遊び方についての記憶』が失われたように見えました。しかし、この実験結果の解釈としては、『遊び方の記憶が失われたから足を動かさない』だけではなく『足を動かしても玩具が動かないことを改めて学習したので足を動かさない』という可能性もあり、一義的に赤ちゃんの記憶が2週間で失われると結論づける事はできないでしょう。

この乳児の記憶実験では、乳児の記憶内容は『学習した時と同じような状況・環境』を再現したほうが思い出しやすくなることも分かっており、このことを『状況依存性』と呼んでいます。『学習した時の玩具』と『再実験した時の玩具』とが同じものであり同じような角度の見え方をするほうが、乳児(赤ちゃん)は『学習した遊び方=玩具と足の動きの随伴性』をより思い出しやすくなるということですが、こういった『学習・記憶の状況依存性』は赤ちゃんだけではなく大人にも見られるものです。学習して記憶した時と同じような状況が再現されているほうが、人間は自分が『記憶(学習)した内容』をより思い出しやすくなるというのが状況依存性ですが、乳児の記憶実験では『玩具の見え方の同一性』だけではなく『ベッド・周囲の見え方の同一性(周辺環境の類似性)』も記憶の再現率(随伴性の思い出しやすさ)と関係していました。

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