平均初婚年齢の上昇と『家族・恋愛・結婚』に関する価値観の変化で述べたような『結婚を前提とする恋愛観』や『禁欲的な性道徳による婚前交渉禁止の風潮』が衰退するのは1970年代以降のことであり、そのきっかけとなった代表的要因は『進学・就職面における女性の社会進出』と『青年層を政治から恋愛へとシフトさせた全共闘運動の挫折』『学生の経済的余裕を生むアルバイト機会の増大』であった。
女性の進学率が上がることによって、それまで男子の数が圧倒的に多かった大学のキャンパスに、女子の数が増えてきて『大学の共学化』が進行した。男女が交流する機会も増えて、青年期の恋愛をしやすい環境が整ってきた。元々、女子比率の低かった工学部や理学部、法学部といった学部にも進学を希望する女性の数が次第に多くなってきた。女性の進学率の上昇と社会進出の進展によって、『男女が出会う場や楽しく交流できる状況』が急速に増えたのが、男女交際の活発化の第一の要因であった。
また、1969年の東大安田講堂の占拠事件と敗北、日本赤軍・連合赤軍のテロ組織化など全共闘運動の挫折を経験した学生達は、その後、政治運動や社会問題に対して『シラケと無力感』を感じるようになる。そして、青年期の学生の有り余るエネルギーは、政治運動や社会問題といった『公の領域(パブリック)』から恋愛やレジャー(趣味娯楽)といった『私の領域(プライベート)』に向かうようになっていった。青少年の関心や話題の中心は、『社会をどのように変えていくべきかという政治領域の問題』から『好きな異性と交際して魅力的な恋愛関係(デートやセックス)を楽しむにはどうすればいいのかというプライベートな問題』へと移行していった。その自由恋愛が活発化する過程で、婚前交渉を罪悪視し恋愛と結婚を同一視するような保守的な価値観は次第に衰退していった。
高度経済成長を牽引してきた鉄鋼・造船・化学などの重化学工業(第二次産業の製造業)の成長率が鈍化してくると、今度は、第三次産業に分類される外食産業(マクドナルドなどファストフード業)や小売販売業、アパレル業などサービス業が盛んとなり、店員や軽作業、雑務などのアルバイトとして高校生や大学生といった学生を雇うようになった。製造業からサービス業の産業構造の転換によって増えたアルバイトの機会は、青少年に自由に使える一定の収入をもたらした。学生やフリーター達は、恋愛関係(男女交際)に必要な飲食費や交通費、遊興費などの費用を、自分の短時間の労働で稼ぐことが出来るようになったのである。
日本の未婚化・晩婚化の増大の背景には、『女性がフリーターや極端な低所得者を結婚対象として選び難い』という理由以外にも『親の住居に同居して、基本的生活費を負担して貰っている若年層の男女(パラサイト・シングルと言われる層)が多い』という理由が考えられる。親と同居しているパラサイト・シングルの場合、家賃・光熱費・食費の一部といった基本的生活費や炊事・洗濯・風呂といった家事の手間・時間を家族(両親)に依存しているケースが多い。
自宅を離れて結婚生活を始めると、基本的生活費のコストや家事労働の手間・時間が掛かるようになるので、生活水準や経済状況が極端に悪化することが予見できる人ほど、結婚の選択に相当に慎重になるだろう。また、恋人や自分の所得水準が低いほど、コストの高い結婚の決断を下すインセンティブ(行動を惹き起こす報酬・誘因)が働きにくくなるので、フリーター層で両親と同居している20代~40代の層は結婚時期が遅くなる傾向が見られる。両親に基本的な生活条件(費用と家事)を負担して貰っている割合が大きいほど、『自由度が高くコストの安い恋愛』のほうがそうでない結婚よりも魅力的に映ることになり、それが潜在的な未婚化・晩婚化の要因となっていると言えるだろう。
ここまで、男女交際の活発化の要因として、『女性の社会進出による出会いの場の増大・青年層の興味・話題の政治領域から恋愛問題への移行・青少年のアルバイトの増加による経済的余裕(男女交際に必要な収入)』を上げてきたが、『自由恋愛の活発化と性愛の自由化』を根底で支えたのは、都市化(消費社会)の進展と社会インフラの整備による『若者の遊び場(アミューズメント施設・飲食店・ラブホテル・ブティックホテル)の増大と若年層への自動車の普及』であることも指摘しておきたい。
1970年代以前には、若い男女が二人でデートに出掛けたり気楽に遊びに行けるような都会の盛り場や娯楽施設(アミューズメント)が存在しなかったが、1970年後半辺りからゲームセンターやボーリング場、スケートリンクなどのデートに適した遊び場が増えてきて、若い男女が外で二人で過ごすことが普通になり、不純異性交遊といった表現が死文化してきたのである。また、罪悪感なくカップルが入ることの出来るラブホテルが都市部に多くなり、若い男女の性愛関係のプライベート性が確保できるようになったことも、性交渉を伴う自由恋愛を発展させるきっかけとなった。
ラブホテルという名称も1990年代後半くらいからは、ブティックホテルやファッションホテルといった名称で呼ばれることが多くなり、20代の若年層カップルが他人に気兼ねすることなく匿名性を保ってセックスをする場所が確保されたといえる。モータリゼーションの進展の影響で、自動車が低価格化しアルバイトをしている学生やフリーターでも自分専用の車を持つことが難しくなくなったことも、『二人だけのプライベートな空間の創出』に貢献して『性愛の自由化』に大きく影響したと考えられる。
最近の恋愛状況の変化に最も大きな影響を与えたものとしては、『インターネットと携帯モバイルを基軸とする情報革命』を上げる必要があるだろう。不特定多数の相手と自由にコミュニケーションが取れるようになる本格的な情報革命の前に、高校生の間でポケベルやPHSのブーム(1995年頃)が起こったことは記憶に新しい。そして、1999年2月22日に、NTT DoCoMoがiモードのサービスを開始してからは、個人が一つの携帯電話を持つことが当たり前となり、通信がパーソナル化(個人化)した。電子メール(携帯メール)を何処からでも自由に送れる携帯電話を誰もが手にするようになり、何処からでもインターネットに接続可能なモバイル環境が整備される時代が到来した。
高校生の間にポケベルが流行した時代にも『ベル友』なるポケベルの技術を介在した友達は存在したが、それは、学校の友達や友達の友達など実生活でも接点のある相手が中心となる関係だった。固定電話からポケベルへと通信技術が拡大した時代には、まだ、インターネット内部のコミュニティやアーキテクチャ(SNS,Blog,メル友,BSS,チャット,出会い系サイト)で媒介される『匿名的な人間関係』は殆ど存在していなかったし、『匿名的な人間関係から現実的な人間関係への移行』という現象も観察されることはなかったのである。
男女交際の活発化や性愛関係の自由化の要因としてインターネットや携帯電話のアーキテクチャ(技術)を考える場合の重要なポイントは、『通信手段のパーソナル化(個人化)による両親と子どものプライベート領域の切り離し』である。このことによって、『誰にも干渉されない二人だけの世界とコミュニケーション』を確立することが容易になり、両親や教師が子どもの交友関係(出会いの場)やコミュニケーションを全て把握することが実質的に不可能になった。また、物理的な現実世界以外にインターネットのヴァーチャル世界が誕生したことにより、地理的な距離に左右されない『不特定多数の男女の出会いの場』が広がったと解釈することも出来る。
インターネットの発展と携帯モバイルの普及が青少年にもたらした影響には、光の部分と闇の部分がある。インターネットを活用することには、情報検索による知的好奇心の充足や好ましい相手とのコミュニケーションの発展という良い面もあるが、一方で、匿名性の高いヴァーチャル世界で悪意ある人間と知り合って犯罪に巻き込まれてしまうリスクもある。インターネットを利用する事による犯罪被害や危険性を回避する為には、早い段階からインターネットの情報を吟味するネット・リテラシー教育を行い、正しい情報と誤った情報を見極める能力を高める必要がある。インターネットには、甘い誘惑や危険な取引を仕掛けてくる人物がいたり、根拠のない怪しい情報や犯罪を誘発するようなコンテンツが数多く存在しているが、そういったリスクのある情報やコミュニケーションに振り回されないようにしなければならない。
高度経済成長期を経たことで親世代は総中流化して、子どもを大学に進学させる経済的余裕を持つ世帯が急激に増加した。その結果、女性の高校進学率だけでなく大学・大学院への進学率も上昇し、民間と公務員を含む各産業分野でキャリア職に就く女性も出始めた。今でも、大卒で専門職に就いたり、大企業に就職したり自分で起業したりする女性は少数派ではあるが、男女共同参画社会の理念のもとに時代が進むにつれて、男性と対等の立場で職業的なキャリアを積む女性が少しずつ増えているのは確かなことである。
また、そういったキャリアの女性だけでなく、一般の女性でも専業主婦になる人の割合は年々減っていて、パートと家事育児を両立させる女性の数が増えている。何故、パートの仕事をするのかの理由は様々であるが、やはり一番多い理由は『生活費を稼ぐため・自分で自由に使えるお小遣いを稼ぐため』というものであり経済的理由によってパート勤めをしている人が多いが、『家庭の外で働くのが楽しいから・社会参加することに生き甲斐を感じるから』という積極的な理由でパートをしている女性も少なくはない。
同じ経済的理由でパートをしている場合でも、『家計で必要な最低限の生活費を稼ぐため』というのと『自分で自由に使えるお小遣いを稼ぐため』という理由の間には大きな落差があり、後者の理由でパート勤めをしている女性の場合には『自己実現の為のパート・自分の楽しみや趣味の為に頑張っている仕事』というポジティブで意欲的な受け止め方をしていることが多い。
現代の晩婚化・未婚化の原因として、『自分が結婚したいと思えるような相手がいないから』という意見があるが、その意見の経済的な側面に焦点を絞ると『現在の生活水準を大きく落とさなければならず、育児や老後に不安を感じる相手との結婚生活を選択できない』ということに行き着く。特に、経済的に自立できているキャリア女性や社会経済的な現実の厳しさを数多く経験した20代後半以降の女性の場合には、結婚相手として男性の魅力を見る場合に『一定以上の安定した経済所得』や『昇給・賞与のある正社員として働いていること』を無意識的にせよ求めていることが多いようである。これは、容姿や性格、価値観、話題の豊富さ、性的魅力といったものを無視しているわけではなく、そういった恋愛感情を呼び起こすための基本条件も必要だが、それに加えて、安定した結婚生活を送るための一定の経済力やキャリアがなければ、経済的に困窮するのではないかという将来不安によって結婚を決断できないということであろう。
10代から20代前半の若年層と比較すると、20代後半以上の女性は、外見的魅力(性的魅力)よりも『性格的魅力と結合した経済的安定性』を重視するようになる傾向があるが、その場合にも特別に高い年収を求めているというわけではない。人並みの家庭生活が維持出来る程度の所得や職業という場合が殆どなのだが、若年層の雇用待遇や所得水準が多様化している現在ではその最低ラインの経済力を満たしていないケースも少なくなくなっている。その結果、年収が極端に低くて夫婦共働きでも家計を維持するのが困難な男性や正規雇用の目処が立たないアルバイトをしているフリーターの男性などが、女性の配偶者の選択対象から外れることにより統計的な結婚率が低下する現象が出てくる。
この正規雇用と非正規雇用の所得格差による結婚率の低下とハイパーガミー(女子上昇婚)の挫折はほぼ同義のことであるが、日本に“イエ制度に基づく家父長制”が残っていた時代の伝統的ハイパーガミーと高度経済成長期のハイパーガミーはその意味合いが異なっている。身分制度の名残のあった家父長制下のハイパーガミーとは、父親の社会的身分・職業的地位・家の財産を継承する息子がその家よりも身分・格式が低い家の娘を嫁に貰うという『嫁取り婚』を象徴するものである。
ハイパーガミー(女子上昇婚)というのは、女性が、自分の生家と同等以上の家柄・身分の家の男性と結婚して、社会階層や経済状況を上昇させるというのが原義だが、それは必然的に自分の父親以上の経済力や社会的地位を持つ男性と結婚することを意味する。日本の高度経済成長期における典型的ハイパーガミーは、零細小作農家や低所得層に生まれた女性が、農作業に従事する必要がなく安定した家庭生活を手に入れられる『サラリーマンの専業主婦』になるという形で再現された。
高度経済成長期には、第一次産業(農林水産業)から第二次産業(製造業)への産業構造の転換が起こり、親世代よりも高い経済所得を稼ぐサラリーマンの子ども世代が増えたことで、女性のハイパーガミーのチャンスが飛躍的に増大し、結婚したいと思う男性と女性の希望が上手くマッチングすることで早婚化と結婚率の上昇(皆婚化)をもたらした。ここでいうハイパーガミーとは、女性が必ずしも低所得層である必要はなく、自分が生まれ育った経済生活環境よりも良い環境を結婚によって手に入れられる状態を指す。それまで農村共同体では、妻は夫婦で田畑の協働作業をしながら育児と家事もしなければならないというのがベーシックな結婚観であったが、高度経済成長による社会的経済的環境の激変によって、妻が外に働きに出ることなく育児と家事に専念できる経済的条件が整備されたのであった。
女性の大学進学率や企業就職率が上昇している現在から考えると、家の中で家事育児のみに専従する専業主婦としての結婚生活に魅力を感じないキャリア志向の女性も少なくないかもしれないが、当時の時代状況を考えると、外で不本意な仕事をして働かなければらないという義務から免除され、安定した経済環境の中で温かい家庭を築くというのは十分に魅力的な選択肢だったと考えられる。また、高度経済成長期には、子ども世代の学歴と経済所得が親世代の学歴・経済所得を上回る世帯が圧倒的多数となったので、父親の所得で生活する実家に留まるよりも、同世代の配偶者を見つけて新たな家庭を作るほうがより豊かで幸せな生活が出来る可能性が高かったのである。
結婚率が高く早婚化の傾向が見られた高度経済成長期というのは、女性の高学歴化や高キャリア化が進んでおらず、自分や自分の親よりも高い学歴を持っていて将来一定以上の経済力を身につけそうな配偶者を見つけるのが容易な時代であった。現在の結婚状況と比較すると、性格や容姿、価値観の相性という結婚の為の最低条件を合わせたとしても結婚しやすい条件が整っていたといえる。
そして、その早婚化や皆婚化の時代に結婚した世代に子どもが生まれ、孫が生まれているのが現在の状況であるが、現在の日本経済は安定経済(成熟経済)の局面に入りかつてのような急速な経済成長は最早望むことは出来ない。つまり、終身雇用制や年功序列賃金制という日本の雇用慣行のメリットを最大限に享受できた親の世代と比較すると、子の世代は正社員・フリーター・無職者という基本的な待遇格差が生まれているだけでなく、正社員のサラリーマン内部でも大企業であるか中小零細企業であるかによって大きな所得格差が生まれている。女性の高学歴化の進展と専門職やキャリア職への社会進出によって、一定のキャリアを積んだ未婚女性が、『結婚する前の生活状況』より『結婚した後の生活状況』のほうが豊かで幸せになれるというハイパーガミーの可能性が非常に小さくなっているのである。
現代的なハイパーガミーの挫折を晩婚化・未婚化の問題との相関で考えると、親の学歴・経済力が高い層の女性ほど、ハイパーガミーの挫折によるデメリット(結婚による経済生活水準の低下・家事育児による職業キャリア上の不利益・学歴や経済力、社会的地位のない相手への親の反対)を受けやすくなる。親や自分に高度な学歴や経済力がない女性の場合でも、現在、正社員や一定の給与のある職業に就いていて、実家に基本的生活費を負担して貰っていれば、自分よりも所得の少ない男性やフリーター層の男性との結婚には一定の躊躇を覚える可能性が高い。
また、人口問題研究所などが出している『男女の年齢別・年収別の未婚率(1995)』などを見ると、年収が少ない層ほど未婚率が有意に高くなっていて、(年齢によって多少割合は異なるが20~49歳までの統計で)年収100万円未満では8割以上の人が未婚、年収100~200万では7割近くが未婚、年収200~300万では6割ほどが未婚である。この未婚率は年齢が若いほど大きくなり、年収200万以下のフリーター層に該当することが多い男性は、30代でも過半数が結婚していないことになる。もちろん、特別に容姿が優れていて高い性的魅力があるとか、優れた話術や知性、ユーモアがあって一緒にいて楽しいとかいう容姿・性格・人間性のベネフィットがあれば、年収に関係なく結婚している事例は多くあるが、そうでなければ結婚願望がある層において年収と未婚率は有意に相関していると考えられる。
男性が極端に経済所得が少なくなると、異性とのデートや遊び、自分のファッションという交際費に投資するお金が不足したり、社会的アイデンティティに関する自尊心や娯楽面での活動力が低下しやすくなる。その結果、一定の経済的精神的コストが必要な恋愛・結婚に向けての行動が消極化して、晩婚化や未婚化に帰結しやすくなることが推測される。但し、統計データでは『本人の思想信条や価値観、主体的選択によって結婚できるチャンスを敢えて拒否している人』について配慮されていないので、自分で希望して未婚状態であるケースも一定数含まれている。
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