そば(蕎麦)の食べ方には、冷たい麺を出汁につけながら食べる『ざるそば』と熱いツユに浸してある麺を食べる『かけそば』とがある。『霰そば(あられそば)』は、季節の旬の素材を用いたかけそば(季節蕎麦)の一種であり、具材として細かく刻んだバイガイ(青柳)の貝柱と海苔(のり)を使う。
霰そばの作り方は、そばの上にまず海苔(のり)を敷いて、その上からバイガイ(青柳)の貝柱を散らすようにかけ、最後に熱いかけ汁をたっぷり掛けるという簡単なものである。バイガイの貝柱はそば汁で軽く煮立てたものを使うが、霰そばという名前の由来は、『白い貝柱』があられ(霰)に似ているということにある。霰そばの歴史は、江戸時代後期に新しい種物のそばとして登場したことに始まったとされる。江戸時代にはお酒(熱燗)のつまみとして貝柱が食べられるということで、『江戸っ子』に人気のあるそばであった。
霰そばを卵とじにしたものを『霰とじ』と呼んでいる。1825年(文政8年)に書かれた『今様職人尽歌合(いまようしょくにんづくしうたあわせ)』には、『風鈴の ひびきにつれて ちる花は あられ蕎麦とも みえておかしや』という歌が収載されている。季節そばである霰そばは、貝柱が旬で美味しくなるとされる『晩秋~早春』にかけて提供されていた。
霰そば(あられそば)に似た感じの名前の種物(具入り)のそばに、『霙そば(みぞれそば)』というものもある。霙そばはダシ醤油で味付けしたおぼろ豆腐を『霙(みぞれ)』に見立てたものであり、そばの上にそのおぼろ豆腐をたっぷりと乗せたそばである。
薬味は白ネギと大根おろし、ワサビを乗せるが、そばの量よりも多いくらいにたっぷりのおぼろ豆腐を使うのが、霙そば(みぞれそば)の特徴になっている。『おぼろ豆腐』というのは、豆乳ににがりを加えてがっちりと圧搾して固めていない段階の柔らかい豆腐(崩れやすい豆腐)のことである。
淡雪そば(淡雪蕎麦)とは、フワフワに泡立てた卵白(卵の白身)を『淡雪』に見立てた種物のそばのことであり、更にもみ海苔や青菜、とろろといった具を加えることで『(緑の草木にかかる)春の淡雪の風景』を再現している。季節そばというわけではないが、新海苔が市場にでてくる2~3月頃が淡雪そばの食べ頃とされていた。
淡雪そばは江戸時代中期に創作されたと推測される種物のそばだが、卵が貴重品だった時代にご馳走とされたそばであり、近年では淡雪そばを提供している蕎麦屋は殆どないだろう。淡雪そばと似たネーミングの種物のそばに、『磯雪そば(いそゆきそば)』というものもある。
磯雪そばというのは、冷たいそばに生卵を落として、そばと一緒に良くかき混ぜ、生卵の白身だけを取ることができる専用の『曲げわっぱ』に盛りつけたもので、淡雪そばと同じく雪の景観を表現するために海苔を加える。そばの種物には、うどんと同じくきつねそば(甘く煮た油揚げ入りのそば)やたぬきそば(天かす入りのそば)といったものもあるが、幕末に創作された面白い具だくさんの種物そばとして『おかめそば(阿亀蕎麦)』というものもある。
おかめそば(阿亀蕎麦)は、幕末期に江戸下谷七軒町にあった蕎麦屋『太田庵』が考え出したもので、『島田湯葉・松茸・椎茸・かまぼこ・玉子焼き』を用いて『おかめ(おたふく)』の顔を大雑把なキャラ弁のようにして作ったそばである。近年でも、同じような具材を用いたおかめそばが提供されることはあるが、昔のおかめそばのように『おかめ(お多福)の顔』を実際に具材で作るところまではしていないことが多い。