山本修二編著『岳人備忘録 登山界47人の「山」』の感想

以下は、『岳人備忘録 登山界47人の「山」』(山本修二編著,東京新聞)の紹介と感想になります。

山本修二が日本を代表する存命の登山家(クライマー)47人にインタビューした内容をまとめた異色の分厚い本である。近年の日本の登山史を俯瞰できるような豪華な登山家・岳人の顔ぶれが揃っており、『登山家・クライマーの人物事典』としても十分に使用できる内容になっている。山の本や雑誌を読んでいれば、一度はどこかで目にしたことがあるような名前がそこには並んでおり、各登山家が自分自身の登山・登攀の実体験に根ざした『登山に関連する含蓄のある言葉・感想・助言・目標』を残してくれている。

名前の一覧に並んでいる登山家には、70~80代の高齢の方も少なからずいるのだが、実に精神的に若々しい人が多く、現代の登山状況への苦言・忠告もあるのだが、意欲的で爽やかなコメントのほうが目立って気持ちが良い。時に生死の危険さえ伴う『登山・クライミング』というスポーツ・人間的活動は、人間を実年齢よりも若くリフレッシュさせてくれるようなところがあり、何十年間も山に挑んで感動と興奮を覚えてきた人たちはみんな、『永遠の少年少女』を彷彿させる純粋さや無邪気さ、行動力を持っているようにも感じる。

卓越した47人の岳人たちの“生の言葉・思い”を収載した本書は、ぜひ座右に置いておいて、折に触れて『山の峻厳かつ清涼な空気』に触れたくなった時に、気軽に彼・彼女たちのコメントを読めるようにしておきたくなる仕上がりの本なのである。『岳人備忘録』にインタビューやエッセイが掲載されている登山家(クライマー)は、以下の47人である。

私自身も日本登山史や日本の著名な登山家に詳しいわけではないので、知っている登山家もいれば知らなかった登山家もいたのだが、プロフィールでその人の山歴・人生・活躍をざっと眺めてからインタビューに目を通すと、『各登山家の山に対する信念・愛着・哲学・感動』のような様々な思いを共有体験できるような面白さがあり、ついついそれぞれの登山家のコメントを目が追ってしまう感じだった。

第1部 30の質問

山野井泰史

岩崎元郎

菊地敏之

坂下直枝

近藤等

平山ユージ

尾形好雄

小山田大

遠藤由加

南裏健康

高桑伸一

木本哲

竹内洋岳

山田哲哉

馬目弘仁

海津正彦

室井由美子

若林岩雄

江本悠滋

黒田誠

加藤慶信

横山勝丘

近藤邦彦

池田常道

第2部 備忘録

国井治

山森欣一

柳澤昭夫

松本龍雄

上田茂春

西尾寿一

佐伯邦夫

川村晴一

三宅修

古川純一

飛田和夫

重廣恒夫

穂苅貞雄

横田正利

森谷重二朗

馬場保男

山本一夫

中西健夫

八木原圀明

黒川惠

寺沢玲子

鈴木昇己

横山厚夫

本書『岳人備忘録』に掲載されている各登山家(クライマー)の言葉で、特に印象に残った人のコメントを幾つか抜粋して紹介してみると以下のような感じになる。

山野井泰史(やまのいやすし)

07.生と死の分岐点と、すぐそこにある頂上について。

自然の力は読み切れないけど、ぼくは自分の体力、精神力でどれだけがんばれるか知っているのでぎりぎりまで突っ込める。頂上は重要です。生と死の分岐点よりちょっと大切なものがそこにはある。

11.山行を共にしたくない人。

力量はあるのにやる気のない人。山でも、仕事のこととか世間話をする人。そういう話は避けたい。

岩崎元郎(いわさきもとお)

12.山岳会が伸び悩んでいます。魅力ある山岳会にするために会の指導者層に言いたいことは。

山しかなくて、山に自分のがんばりどころを見つけていたぼくらの当時とは、いまはあれもこれもで時代が違うからむずかしいけど、汗かいて、つらい思いをして、一歩間違えたら死んでしまうような登山がいかに楽しいか。それを若い人たちに伝えていく手法を考えていかなければいけないでしょうね。

20.好きな作家、本。

M.エンデの『モモ』。時間がモチーフの作品で、ぼくの時間を奪うさまざまな要因から自分をガードしていくうえで、大きな示唆に富んでいる。横山厚夫さんの『登山読本』は山の登り方、登山のありようがきちんと書かれていて好きです。あと不破哲三さんの『私の南アルプス』。

菊地敏之(きくちとしゆき)

04.いいクライマーになるための必要な資質とは。

自然に謙虚であること。自然と共にありたいという飽くなき欲求。

08.「困った」クライマーたちとは。

己をわかっていない人。登山という文化を理解しない人。

坂下直枝(さかしたなおえ)

02.日本の登山でいま気になること。

登山やクライミングには自由、冒険、創造といった要素が含まれていますが、そういった登山や活動が弱くなっていることでしょうか。自分の理想とする登山はこれでいいのか、自分の方向はどうあるべきか、こういう登山ははたしてフェアといえるのか、というようなことについて考える人、機会、時間が少なくなっています。

09.遭難を減らすには。

遭難はなくならないでしょう。山がとことん好きになり、次々に目標のレベルを上げていく人は死にますね。目標をギリギリまでのばしていった場合はもう引き返せなくなってしまうんです。そういう登山では、どうしても点から点への攻め方になってしまう。もう少し面で攻めれば引き返す道はいくつかあると思いますが。まあこれはシリアスなアルパインクライミングの話で、日本の山で日常的に起きているような遭難は、集中力や緊張感を保つことを強く意識することで少しは減らせるのでは。

平山ユージ(ひらやまゆーじ)

14.クライミングの魅力を端的に。

各人がクライミングをどのようにでも創造できること。自分の経験したことのない領域に自らの努力で踏み込んでいけること。トレーニング次第で進歩が実感できる快感。

25.まっさらな人にクライミングを教えるとしたら。

継続して学ぶことの楽しさをまず強調しますね。続けていくことによってうまくなる、するとますます面白くなるので。ぼくは日和田の岩場が最初だったんですが、こんな小さい岩場でもこんなに遊べるかとすごいインパクトがあった。世界中の岩を追いかけていったら、これは一生飽きないなと。

小山田大(こやまだだい)

05.理想のルートに必要な要素とは。

グレードを別にすれば、岩場のロケーションが美しいこと。ルートが加工されていなくて自然のままなこと。体が宙に浮いているようなダイナミックなムーブができる前傾壁。

17.日本人に欠けているもの。

闘争心、ハングリー精神。ルートに対しても、トレーニングにおいても。日本人はまだ精神論でなんとかなるじゃないかというレベルですね。その点、平山さんはすごいですよ、鬼気迫るって感じで。

27.好きな言葉・嫌いな言葉

好きなのは「いまを生きる」。嫌いなのは「人生設計」。言葉じゃないけど、決まり事に縛られるっていうのもだめですね。我慢できないのかな。

遠藤由加(えんどうゆか)

02.山一筋の人生ですよね。

二十歳そこそこでヒマラヤを登り、名声が独り歩きしていたころは、みんなが思っているような自分にならなくてはと思っていたけれど、いまは自然体。まわりが気にならないし、何があっても揺るぎない自分があります。やっと自分の心を強いなと思えるようになった。

09.いまのヒマラヤの状況をどう見ていますか。

人の楽しみやがんばりを否定する気はないけど、ヒマラヤは酸素、ガモフバッグ、パルスオキシメーター、携帯、無線機、パソコンとかまで持って行く場所ではないと思います。より安全性を求めるあまりいろんな物を持ち込んで、かえって、生きるための野性や本能をどんどん退化させる方向に向かっているような気がします。誰でも行けて、安全な場所なら私は魅力を感じません。

竹内洋岳(たけうちひろたか)

01.エベレストで一度「死にました」よね。どんな感じでした?

意識がスパーンとなくなって、いまでも思い出せないところが随分あります。テントに収容されてからは、苦しい中で意識が行ったり来たりしていて、行ってしまうときは、このまま戻ってこない(死んでしまう)のかなあ、戻ってきたときは、あー生きてる、その繰り返しでしたね。そんななかで、「写真を撮ってくれ」と頼んだんです。生きている証というより、ちゃんと死んだことを写真に残してほしいと思ったんじゃないかな。なんでこうなっちゃったんだろう?なんで、なんで?と自分に腹が立って、とにかく怒ってました。

24.好きな言葉。

いまの自分の登山に必要だと思う言葉は、気合と根性と計算。気合は集中力、根性は続ける力、計算はシミュレーションする力。アルパインスタイルは計算し尽くしてやるもんだと思っていましたが、最後の限界を越せる力は気合なんですね。

様々な関わり方や登り方で、『山に人生を賭けている登山家(クライマー)たち・山や自然と共に生きている人たち』の、情熱的なメッセージや経験談に裏打ちされたアドバイスに触れることができる本書は読み物としての完成度も高い。一流のクライマーたちが、どのような思いで日々山と向き合っているのかを率直な言葉を通して知ることができるし、一般の登山者が自分たちの参考にできるような『登山哲学・登り方の技術論・山の自然との共生感覚』も多く掲載されている。日本の現代の登山史や登山家たちの哲学を知る上でも、ぜひ持っておきたい一冊である。

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